「あなた……恋をしてますわね!」
國定道場の面々が都心部から最寄り駅に帰ってきた時には、すでに陽は沈み始めていた。
「夕飯どうしようか?」
「今から炊飯大変でしょ? 商店街で買って帰りましょうよ」
「食べていきません?」
アッと思い出したように言った琴名に、涼が提案すると、ナディアは駅前にあるファミレスを指差した。
國定道場の最寄り駅は、都内だがかなり外れで大都会の発展とはほど遠い、地方の一都市といった風情だがファミレスやスーパー、コンビニなどはある。
「香澄は何食べたい?」
「……」
涼に話を振られた香澄だったが、返答がない。
「香澄!?」
「えっ? な、なんだ?」
歩きながら考え事でもしていたのか、あらためて涼に名前を呼ばれた香澄は、少し慌てた様子で顔を上げた。
「聞いてんの? 夕飯どうする、って聞いたんだけど!?」
「ああ……寿司でいい、寿司で」
「お寿司? スーパーのパック?」
「いや回らない店の……」
「はい、却下」
涼とのやり取りも香澄は上の空、意見の却下に文句も言わず、すぐに端正な切れ長の瞳を横に向け、何かを考え出してしまう。
「香澄ちゃん、電車の中でもそんな感じだったけどさ、大丈夫かい?」
優太が声をかけるが、
「お前は黙ってろ」
と、逆に睨まれてしまい、二の句が全く継げなくなってしまう。
その様子を見たナディアはフゥムと暫し唸り、何かに気づいたようにポンと手を叩いた。
「寿司屋じゃないじゃないか!?」
「当たり前でしょ? あなたは何を話していたたのよ……回らないお寿司を店で食べれますか、あんた話を聞いてなかったの?」
大人しく付いてきたファミレスで、席に座るなり、今、気づいたとばかりに周囲を見渡す香澄に涼が呆れた。
回らない寿司は無理でも、知里のマネージャーからもらった今日のボディーガードの報酬があるからと外食となった。
そんな話をしている間も、ファミレスに入っていく間も、香澄は何やら考え込んで黙っていたのだ。
「香澄さん、何か変だよ? 一体、どうしちゃったのさ」
「フッフッフッ……私にはわかってますわ!」
香澄の隣に座り、心配そうに彼女を覗き込む琴名、香澄の正面に座ったナディアが自信満々で答えた。
「は……?」
「は……ではありませんわ、香澄さん! わたくしはわかってます!」
何を言い出すんだ、と眉をしかめた香澄。
ナディアはそんな態度にはまったく意を介さず、テーブルから身を乗り出し宣言する。
「あなた……恋をしてますわね!」
「は……?」
「同じ台詞を繰り返すんじゃありませんわよ? 恋をしてますのでしょう? それもこの優太さんにっっ!」
ナディアは隣に座る優太に、人差し指をビシッと向けた。
「ええっ!」
あまりにも唐突な指定に驚く涼と琴名。
「な、なに言ってるんだよ、ナディアちゃん!? 香澄ちゃんがそんな訳ないだろ!」
慌てる優太だったが、当の香澄は何も言わずに俯いた。
「おほほほほ……図星、図星ですわね! 知里さんに惹かれる優太さんを見ていて……自らの心に気づき……どういう態度をとっていいか、わからないとか!」
「……」
高笑いするナディアの手に、俯いたまま、震える香澄の手が伸びて掴む。
「わかります、わかりますわ……パッと出のアイドルに愛しい人を奪い取られ、傷ついた香澄さんをわたくしが……」
「あるかぁぁぁぁっ!」
手を取っての見事すぎる返しに、ナディアの身体は豪快な音を立てて、テーブルに叩きつけられた。
***
「ナディアも香澄も、もう止めなさいよ、駅前の数少ないファミレスが出禁になるわよ」
「うむ……」
「わかりましたわ」
店側に注意され、涼に睨まれた香澄とナディアの二人は大人しく席に座る。
「でもさぁ……優太さんに何とかは無しにしても、香澄さんの様子がおかしかったのは確かだったよ、どうしたの?」
「それもそうよ」
琴名と涼に言われると、香澄は頬を掻く。
「いや、ちょっとした他愛ない考え事だ」
「それを話さないから勘違いが起きたんですのよ!?」
「勘違いはお前の勝手だろうが!」
「まぁまぁ、香澄ちゃん、話を続けて」
小手返しでテーブルに叩きつけられた頭をさするナディアに怒鳴る香澄を優太が宥めると、話を続ける。
「ああ……だから、あの事務所……確かセブンフォースといったな、あれだけのアイドルがいるのにお茶出しは知里がやっていたし、事務所自体も何だか小さかったな、儲かっている筈なのに腑に落ちないな、そんな風に思っただけだ」
「そう言えば、そうだよね……オフィスビルのワンフロアかな、とか思ったら一室だけみたいだったしね」
香澄の疑問に、琴名が頷く。
確かに国民的アイドルが所属する事務所にしては寂しい感はあった。
「芸能事務所なんて、そんな物でしょ? わたくしや涼だって知らない訳じゃないですわ、だいたい知里さんが所属している事務所、セブンフォースなんて名前は知りませんもの」
「確かに……私も聞いたことない、私やナディアがモデルで所属している事務所より小さな感じだったわ」
涼とナディアな二人はその容姿を活かして、格闘家としての少ない稼ぎをカバーするのにモデルもしている。
もちろん国民的アイドルと活躍は比べようもないが、全く芸能界と無縁ではない。
二人が所属している事務所は中堅で、何人かのテレビで見るタレントや雑誌のモデルが所属している程度だが、さっきまでいた知里が所属している事務所セブンフォースよりは大きい。
「チーちゃん以外に活躍するアイドルがいないんじゃないかな?」
琴名がスマホのスイッチを入れた、どうやら調べてみる気になったようだ。
香澄はそれを横目でチラリと見てから、
「私は芸能界は良く知らないが、小さな事務所のアイドルが活躍するのは、沢山のアイドルを所属させるような大きな事務所には迷惑にはならないのか?」
と、誰にでもなく訊ねる。
涼が腕を組む。
「う~ん、限られた仕事を持っていっちゃうからね、そりゃあ……あるだろうけど」
「なら知里にギネス記録を阻止されたゴッドアイドル99には動機がある筈だ……だったら相手の事務所が怪しいとは思わないのか? 知里のマネージャーが、犯人は相手の熱狂的なファンかもしれないが、相手方の事務所は全く関係ないだろう、と初めから決めつけていたのが、妙に気になってしまったんだ」
「それって、どういう事だい?」
話に混じる優太。
「あくまでも推測の域を出ないが……」
切れ長の瞳で横を向き、
「もしかしたら、知里のマネージャーは相手の黒幕が判りつつも、大きすぎる相手を告発出来ない事情があるのかもな、だから話が大きくなってしまう警察ではなく、警護を私達に頼んだ、とか思ってしまったんだ、まぁ本当に推測なのだがな」
そう香澄は話し、水を取ってくる、と席を立ちドリンクバーカウンターに歩いていく。
「どう思う? 私はちょっと考えすぎかもと思うんだけど、香澄は芸能界を欲望と謀略がまかり通っている世界と信じてるから」
口元に手を添え小声でいいながら、涼は優太達を見回す。
「う~ん、そうだね、案外に香澄ちゃんは想像力が飛躍するタイプだからなぁ」
「ボクもそう思うよ、チーちゃんの事務所が小さいくらいで……」
普段の香澄の言動を思い出しながら答えた優太に、琴名も同意するが……
「いや……わかりませんわよ」
腕を組んだナディアが顔を上げた。
「え? どゆこと?」
首を傾げる琴名。
「わたくしの考えはこうですわ……やっぱり香澄さんは、知里さんと優太さんの急接近に焦っていて、早く二人を引き離す為に、危ない裏があるように言って、わたくし達の方から手を引くように仕向けているという訳ですわ! やはり愛憎の為せる……わざ」
「……の訳があるかぁぁっ!」
背後に立った香澄の叫びと共に、椅子ごとナディアの身体は大回転していたのだった。
続く




