「知らなくてもいいわよ」
春休み。
都内某所の遊園地の広場は異様な人の密集率であった。
「では登場して頂きます、古き良き清純派アイドル……夏目知里ちゃんです!」
「こんにちわぁ!」
普段はヒーローショーでも行われているような舞台。
司会のお姉さんに呼ばれ、ヒラヒラのアイドルルックスに身を包んだ知里が照れながら舞台に上がると、それだけで満場が一気に沸き上がった。
舞台袖からは、國定道場の格闘女子四人と優太がそれを見守る。
「古き良き……って、なんですのよ?」
「あれもチーちゃんの売りだよ」
お姉さんの紹介にツッコミを入れるナディアに琴名が答える。
「チーちゃんは今の私生活開けっ広げのアイドルとは違うんだよ、あくまでもアイドル、もちろんスキャンダルなんてないし、裏の顔や腹黒とかもなし! 清純派なの!」
「まぁ、会ってみた感じは清純で、性格は大人しかったが……」
「そうね、全然すれてない感じ」
香澄と涼も同意すると、琴名の知里ファンスイッチがオンに入った。
「だいたい最近のアイドルは色んなメディアで晒しすぎだよ! 馬鹿みたいに軽くなってさ、果ては応援してくれたファンを無視して、誰それとはいいお付き合いをしてます、騒がないで静かに見守ってね! とか、自分がアイドルという自覚までないんだよ、そんな連中からしたらチーちゃんは……」
「ドウドウドウ、舞台袖なんだから静かにしてようぜ」
熱くなる琴名を優太は宥めるが……
「優太さんだって、チーちゃんのうるうるアイにやられた口の癖に! お願いしますぅ、って言われたら断れないんでしょ?」
「えあ……あ、あ」
痛い所を突かれて、言葉が出なくなる。
実際にそうなってここにいるのだ。
「おのれ、やはりお前は下心でこの依頼を受けたのか? まだ自分が彼女を守るならいざ知らず、私達に警備させておいて、自分はアイドルに近づき懇ろに……」
「んな、訳ない!」
「ねんごろ、ってなんですのよ?」
「知らなくてもいいわよ」
妄想優先で逆上を始めた香澄に優太は言い返し、ナディアの質問を涼は流す。
「み……みなさん……舞台で知里が歌ってるんで……お、お静かに」
騒ぎ出す面々に、知里のマネージャーは控えめに注意をした。
***
「では、大ヒット中のC・ハッピーエンドでした! 次は握手会に移ります、握手整理券をお持ちの方々が対象になりますので、ご注意ください……では、前にどうぞ!」
「あ……では、お願いします」
三曲ほどのミニコンサートの後。
舞台のお姉さんの声に、マネージャーが涼たちに振り返る。
「じゃあ……行くか」
「ええ……」
整理券を確認する名目のスタッフジャンパーを羽織って、香澄と涼が舞台に歩いていく。
香澄と涼なら、可愛らしいスタッフには見えても物々しい警備には見えないだろう。
「ボクも行きたかったなぁ、チーちゃんと同じ舞台に上がりたいよ」
「琴名ちゃんは次のイベントでね」
ふくれる琴名に笑いかける、人選をしたのは優太だ。
涼と香澄、初めはこの二人が無難だと考えた。
「わたくしの出番は!?」
ナディアも抗議してくる。
その戦闘力は警官襲撃事件で目の当たりにしていて、涼や香澄に劣るとは思わないが……
「ナディアちゃんは見かけが……派手なんだよ、外人さんでその髪型だろ?」
答えにくいが、優太は白状した。
プロポーション抜群の外国人、更にロール状にした長い金髪では、スタッフにしては目立ちすぎてしまうのだ。
「な、なんですってぇ!? このゴールデンクロワッサンロールと近所の子供に言われている優雅な髪型を!?」
「多分……悪口だ、それ」
狼狽えながら、自分の髪を触るナディアに琴名が細い目を向ける。
「優太さんはわたくしの髪型を人前に出せない髪型だと言いますのね!?」
「い、いや……そういう訳じゃないよ、派手かな、と思っただけでね、アハハハハ」
ムッとするナディアに、誤魔化すように背中を向けた優太だったが……
「この差別主義者! 成敗!」
スパーン!
ナディアの平手のチョップが思いっきり背中に入ったのだ。
おそらく、おそらく……本気ではなかったのだろうが、まるで天井まで振ったサンドバッグをいきなり背後から受けた様な衝撃で、優太の身体は思いっきり舞台に向けて吹き飛ぶ。
「うわぁぁぁぁぁ」
「あ……あら?」
「ナディアさんっ、何やってんの!?」
飛んでいく優太。
シマッタ感ありありのナディア、琴名が叫ぶが遅かった。
「ち、知里ちゃ……」
優太の身体はファンを待ち、舞台の中央に立つ知里に向かって……一直線。
「え? ああぁぁぁっ!?」
飛び込んで抱き抱える様に、優太は知里にぶつかって押し倒した形になる。
「こ……これは……」
「し……しまったぁぁぁ」
目の前には寝転がった呆然とした知里の顔。
舞台上でトップアイドルを押し倒す。
これでは……理由のつけようがない!
一瞬で様々な最悪が浮かんだ……が!
ベシャャャァァァ!
ほんの数秒前まで、知里が立っていた場所が何かの破裂と共に真っ赤に染まり……
「きゃぁぁぁぁっ!」
舞台に知里の甲高い悲鳴が響き渡ったのだった。
続く




