「どうして男子はアイドルとかに弱い物かな」
夕方の居間。
皆で揃っての食事中、テレビ画面が華やかなステージで歌う美少女を映し出す。
「やった! 夏目知里【なつめ ちさと】ちゃんだ、チャンネル変えちゃ嫌だよ!」
茶碗を手にし、やや過剰気味の興奮をしてみせた琴名。
「知里ちゃんね、素直そうで可愛いわよね」
「最近、良く観ますわ、中々の売れっ子なんじゃありません?」
「いわゆるアイドル歌手だろ、くだらん」
涼は箸先を唇に当てながら同意、ナディアも好意的に返事をするが、香澄は全く興味無さげに食事の手を止めず、黄色い沢庵を口に運ぶ。
「知里ちゃんは今のアイドルにない清純派なんだよ、メチャメチャ良い娘なんだから」
「カメラの前だけだろうに、アイドルなんてそんな物だ、裏では何をしているか、仕事を獲り、同世代のアイドルを蹴落とすのに、卑猥な接待から、何とか営業、裏金と噂をばら撒き、何とか営業……まったく、なってない」
まるで親友を誉めるかのような琴名に対し、香澄は仇でも貶めるかのようにブツブツと言い放つ。
「何とか営業って何よ、何とか営業って」
いささか偏見が過ぎる香澄に、涼は笑顔を引きつらせ、
「知里ちゃんはそんな事してないもん」
琴名は口を膨らませた。
そんな中で何となく話題に入れず、黙々と食事をしていた優太だったが、
「管理人さんはアイドル興味ありませんの? あの娘、最近人気なんですのよ」
「え……ああ」
いきなりナディアに話を振られ、初めて画面に眼を向ける。
液晶画面に映るのは、いかにもなアイドル舞台衣裳に身を包んだ百五十㎝くらいの小さな美少女。
首筋を隠すくらいの長さの薄茶色のショートカット、温厚そうな丸い瞳の可愛らしい娘。
「あ……カワイイ」
話を振られたのでボンヤリ向けた視線だったが、画面に映るアイドルの好みの可愛らしさに、しばし画面を注視してしまう。
「優太?」
「……」
「優太!」
「あ? いやいや、なかなかカワイイね」
「もう、どうして男子ってヤツはアイドルとかに弱い物かな」
呼びかけをスルーしてしまい、慌てて返事をする優太、声をかけた涼は怒るというより苦笑の顔を見せた。
「まぁ、いくらカワイイからって、そんな見とれるなんて失礼ですわ! ここに画面の向こうでない美人がいるでしょうに?」
「そ、そうだね……もちろん」
口を尖らせるナディアの抗議を素直に受け入れる優太。
もちろん画面の向こうの売り出し中アイドルがカワイイのは、当たり前だ。
でも、ここにいる涼や香澄、ナディアや琴名もアイドルと言っても遜色ないルックスを持っているのである。
「歌も上手いんだよ、CD貸してあげるから優太さんも気に入ったら買ってね」
「うん」
画面の向こうのアイドルには基本的に興味がない優太だったが、琴名の勧めに、この娘だったらCDの一枚くらいは買ってもいいかな、などと思ってしまうのだった。
***
実際に可愛かった。
いやテレビの向こうよりも遥かに。
夕暮れの道場。
二十代半ばの女性マネージャーに連れられ、床に大人しく正座する夏目知里は本当に愛らしい女の子だった。
「知り合いの警備員さんに聞いたんです、ここには本当に腕の立つ格闘家の女の子がいると! ぜひ……貴女たちに、ぜひウチの知里のボディーガードを務めてほしいんです!」
困り果てた様子の女性マネージャーが床に手を着くが、それ以上に困り果てているのは涼だった。
「確かにそう言ってくれるのは嬉しいんですけど……そちらの知里ちゃんは誰でも知ってるような国民的なアイドルですよね? そういう相談は警察……いや、警備会社だって」
「これくらいじゃ警察は動いてくれませんし、それに物々しい警備はかえって下手なスキャンダルになっちゃいます! 今の知里は大切な時なんですから!」
涼に反論したマネージャーが床に置いた脅迫状には……
「夏目知里の芸能人生は、一週間以内に確実に終了する、これは報いである」
と、真っ赤な文字で書かれている。
「報い、って?」
「ああ……そうか! この間のシングルのランキングか!」
首を傾げる涼だが、琴名はスッと一枚のCDを取り出した。
「最新シングルのC・ハッピーエンド、スゴい良い曲だった!」
「買ってくれたんですね、どうもありがとうございます」
興奮気味の琴名に、知里は首筋を隠すくらいの髪の毛を揺らしながら首を傾げ、ニッコリと微笑む。
「カワイイッ、CDにサインしてっ」
「もちろんです」
「琴名ちゃんっ、そういうのは後にしてよ! とにかく、そのCDが何で報いに繋がるのかを説明してよ!」
快くサインにも応じてくれる国民的アイドルを前に、ミーハー全快の琴名。
涼が焦れた声を上げた。
「予想外に売れ過ぎたんだ、歌謡界久々のダブルミリオン!」
「その通りです」
「売れて脅迫状が来るのか?」
琴名の返事にマネージャーも頷くと、今まで黙って腕を組んだまま、泰然としていた香澄が口を開く。
「同じ週に売り出したゴッドアイドル99のCDリリースの連続トップ記録を見事に阻んじゃったんだ、今回もトップだったらギネスに申請して、神々の特番やイベントやるって盛り上がってたんだけど、チーちゃんに負けちゃって、全部がオジャンになったんだ!」
「ゴッド……アイドル?? 神々? チーちゃん?」
香澄の眉が明らかに単語の一つ一つが意味がわかりません、と語っている。
「チーちゃんは知里ちゃんの愛称! ゴッドアイドル99は……毎日誰かが、必ずテレビに出てるでしょ? 99人のアイドルグループよ、名前くらい聞いた事があるでしょ?」
「いや知らん」
「さ、流石は香澄ちゃんだ」
涼の説明に平気な顔で答える香澄に、優太も苦笑いを浮かべた。
ゴッドアイドル99は名前を聞いた事が無い日本人はいないのではというくらいの知名度のアイドルグループ。
99人という規格外の数のアイドル集団で、毎日誰かがメディアに露出している。
二十代の女子で、メンバー名を言えないのならともかく、グループ名すら知らんで片づけられるのは香澄くらいではないだろうか?
「ここでスゴい勢いで、知里の人気が出てきたのはありますけど、CDの売り上げでは相手のやり方がスゴいので、まだまだ敵わないと思ってたのですが、まさかここまで大差で勝てるとは……」
「ゴッドはCDの売り方キライ! 握手権とか下位メンバーとかはバグとか、何枚も買わせようとするんだもん!」
CDの売り上げ競争でゴッドアイドルに勝てるとは思ってなかった事をマネージャーが話すと琴名は憤慨する。
芸能界には詳しくない優太でも、話している意味は解る、CDを同じファンに何枚も買わせようとする手法はビジネス的には良くても、倫理的はどうかと言われているのは知っていた。
「CDの売り上げ競争で勝ったら、脅迫状が来るんですの? それはそれで、スゴいアイドルグループですわね」
呆れるナディア。
マネージャーが難しい顔を見せた。
「おそらく直接ゴッドアイドル99が関係はしてませんが、問題は彼女たちを熱狂的に応援する過激なファンなんです、ネット上で彼等から知里は目の敵にされてるんです、知里に同棲してる彼氏がいるとか、売れてるのは有力プロデューサと付き合っているからだ、とか」
「脅迫状もその一環か?」
「一部の過激なファンがしてるんだと思います、脅迫状だけならいざ知らず、前にはライバルグループの女の子に腐った卵を投げつけたファンがいた、とかあるんです」
香澄の問いに、マネージャーは神妙な顔つきで答えた。
「それで一週間の間、私達に警備してほしいって訳ですね?」
「そうです、貴女達なら知里の周囲にいても男性関係のスキャンダルとも、過剰な警備とも言われませんし……もしもの時も下手な警備員よりもずっと腕が立つ、って」
涼に再びマネージャーが頭を下げると、
「あの……私からもお願いします、何かあったりしたら、ファンの人達に迷惑がかかるかも知れないんです」
知里もペタリと床に手をつく。
そういう仕草も可愛らしいが、本人の表情は真剣そのもの。
「……どうする? こうなっちゃうと管理人の意見も聞きたいけど?」
「ねぇ、協力してあげよう! 大切な人の警護も格闘家の務めだよ!」
困ったように振り返ってくる涼、申し出に乗り気な琴名。
迷った優太は知里と目が合う。
「どうか、お願いします……」
目を潤ませる知里。
はっきり言って破壊力抜群。
「ま……まぁ都合が付くなら、受けてあげたら良いんじゃないかな?」
見事にウルウル知里アイに撃破された、優太は赤面しながら、そう答えるしかなくなった。
続く




