「マジに危ないかも」
庭掃き。
典型的な竹ぼうきをもって行うそれは、敷地が広ければ広いだけ面倒くさい。
國定道場くらいの広さになってしまうと、もうそれは一仕事である。
いつもは午前中には片付けるのだが、色々なヤボ用でそれが午後に回ってしまい、優太が道場の玄関に続く階段を掃いていると見慣れた制服を着てはいるが、顔は知らない女の子が息を切らしながら階段を上がってきていた。
「はぁはぁはぁ……」
「あの……君は?」
「わ、私は琴名の友達ですっ、池垣千鶴、ガッキーと琴名には呼ばれてますっ、はぁはぁ」
池垣千鶴と名乗った三つ編み眼鏡の娘は、どうも文系に体力が寄りすぎている様で、そこまで早口で喋ると、階段の途中で座り込む。
「ただいま、その娘は誰? 琴名ちゃんと同じ制服着てるけど?」
そこに現れたのは涼だ、カジュアルシャツにジーンズ、手には教科書やノートが入ったクリアファイルケースを持っている。
大学から帰ってきたのだろう。
「おかえり、この娘は琴名ちゃんの友達の……ガッキーちゃんらしいけど」
「ガッキー?」
「私、ガッキーですっ、そ、そんな事よりも琴名、琴名が大変なんですっ」
どうにか息がついたガッキーは自己紹介をしてから涼にすがり付く。
「大変って何!?」
その必死な態度に涼の眼が大学生から空手家のそれに変わる。
「スゴい乱暴なボクシング部に乗り込んで行っちゃったんですっ、それも一人で!」
「ええっ? そりゃ大変だよ!」
思わず声を上げたのは優太だった、涼は眼は真剣だったが、
「他流に乗り込むなんてやるじゃないのよ、最近できるようになってきたわね、今度やるときはマジに危ないかも」
と、不敵な笑みを浮かべた。
何処か決定的にずれている。
「イヤイヤイヤ、違うだろ? 女の子が一人でボクシング部に殴り込みとか止めなきゃ! 早く琴名ちゃんの学校に行こう!」
「そうですよ! 何なんですか! 琴名が危ないんですっ」
そんな態度を優太とガッキーに結託して責められると、
「んもぅ、仕方ないなぁ……でも琴名ちゃんが自分から行ったのなら特別危ない事がなきゃ、余計な手出しになるから私は手を出さないからね」
涼はため息をついて、薄茶色に染めた髪の後ろ頭を罰の悪そうに掻くのだった。
***
「音羽……お前、普通じゃないな」
「うん、かなりね」
四人の内の一人、東郷が二秒でKOされてしまった衝撃はまだ部室に強く残っていた。
「まずは……ほらよ」
残った内の一人が部室の隅の机の鍵のついた引き出しを開け、取り出した何かをリング上の琴名に投げよこす。
「え?」
足元に転がってきたのは何枚か重ねて丸めてゴムで止めた千円札だった。
「何これ?」
「何これもねぇよ、東郷に勝った賞金の七千円だよ、次の俺に勝ったら、更に一万四千円だぜ……負けたらその七千円は返して貰うけどな」
「ボクは元手の挑戦料無しなんだ? なんだかお得気分」
「ああ、挑戦料も無し、止めたい時にやめてもいい、どうする?」
「そういう事かぁ、まだやるよ……グローブ外さないから、お金はまだそっちが持ってて」
琴名は丸められた七千円を器用にボクシンググローブで持ち上げて、ポイと投げ返す。
「ちょっと小耳に挟んだんだけど、これは部員集めの為だよね?」
「……そうだよ、俺は二番手だが、この中では一番強い、東郷をあんな風に沈められるお前なら遊びは要らないな、ちなみに俺はお前よりは体重は重いし、身長も高い、階級にしたらピンとフェザーくらいだ、この差はわかるか?」
「何となくね」
「やるんだったら名乗るよ、松岡だ」
名乗った松岡は琴名の前に立つ。
155㎝、46㎏の琴名に対して松岡は160㎝は越していて、体重も55㎏はある。
言う通りプロとアマチュアやジュニアでは呼び名や規定が違うが、9㎏差はボクシングでは約五階級は差がある。
「五階級差制覇に免じて、質問に答えてくれるかな? 熱心だった顧問の先生が急の転勤で居なくなって、元々中学生にボクシングなんて、となってた先生たちが部員を規定の八人にしないと廃部にするって条件を出したらしいね?」
「よく知ってるな、その通りだよ」
「とある筋からでね……だから、こういう手段で男子にボクシングをやってもらってるんだね、挑戦料も無しで勝ったらお金を貰えるなら、腕っぷしに自信のあるけど、お金はない中学生男子には魅力的だね、それで少しでもボクシングを知ってくれたら、って感じかな?」
琴名はそう言って構える。
金をかけたボクシング。
これが廃部寸前のボクシング部の部員集めの為の窮余の策だったのだ。
「とにかく興味を持ってグローブをつけてくれりゃ、初めは攻めさせてから軽くいなしてと思ったが上手くはいかないな……俺達も金はないから負けられはしないし、負けて恥ずかしいもんだから、俺達に無理矢理に連れ込まれたとか、噂を立てるヤツまでいかやがってな」
「なるほど……ね、もういいよ、五階級制覇ならぬ、五階級差制覇を始めるよ」
「やってみろ」
琴名と松岡は同時に構えた。
「ここですっ!」
「よしっ、いくぞ涼っ!」
「ハイハイ」
ガッキーが指さしたボクシング部の部室へのドアを優太は思いっきり開けた。
何かがあれば、ハッキリ言えば涼を頼ることになるのだが、優太も男としては頼りっぱなしにはなれない。
そう気を引き締めたのだが……
「あれ? 何でガッキーが優太さんと涼ちゃんを連れてきてるのかな……」
そこには倒れた四人の男子とそれを介抱するちょっとアザを作った琴名がいたのだった。
***
「もう賭けボクシングはしないで! こんなのバレたら君達のボクシング生命に関わるよ、部活は中学までだけと君達はボクシングをずっとしていくんでしょ!?」
「そうだな……それにここまで女子のお前にやられたら、返す言葉もねぇし」
「今度やったら、四人連続KO分の十二万三千円を頂くからね!」
「参ったぜ、四人で合わせて当てられたのがジャブ何発かじゃ反論の余地もないぜ」
少しアザの出来た顔でウインクする琴名に、実際に四人連続KOされたボクシング部の四人は力なく笑い合う。
逆らいようがない。
そんな感じだった。
「ボクシングは他の格闘技よりも間口が広いからね、高校生くらいからは比較的ジムもたくさんあるし、無理に部活に拘る必要はないわよ、ジムが無理だったらウチに来てもいいよ、中学高校生は謝礼も安いから」
涼が四人の男子に笑顔で話しかけるが、
「この人が高杉涼ちゃん、ボクなんかこの人の前じゃボッコボコだよ、勝ったことがない」
琴名がそう付け加えたので、
「は、はいっ、そうさせてくださいっ」
四人の男子は背筋を伸ばして緊張する。
まさに大ボスにあったレベルの低い冒険者といった所だ。
「琴名ちゃん!」
「だってホントだもん、この間のローキックのアザなんかまだ残ってるんだからね、年下の男の子の前だからって、淑やかなお姉さんぶってぇ!」
睨み付ける涼に琴名はベェと舌を出す。
「このっ、またローを喰らわすっ!」
「冗談じゃないよぉ、涼ちゃんのローをまた受けたら、今度は骨折しちゃうよっ」
リングを中心に追いかけっこを始めてしまう涼と琴名に、一同は明るい笑い声を上げたのだった。
続く




