「男という物は力に憧れるモノか?」
夜の路地裏。
「こっちだ、来たぞっ!」
「わかったっ!」
一人の警官が叫ぶ。
もう一人の警官も警棒を構えて振り返るが、飛び出した影は二人の警官の前に堂々と立った。
黒いシャツに濃い紫のジーンズ。
身長は二メートル近い、筋骨粒々の男……顔には白い虎の覆面。
「でた……コイツが」
「ホワイト……」
次の瞬間、二人の警官の間合いに虎の覆面男は拳を振り上げ、飛び込んでいた。
***
「ホワイト……タイガー!?」
「そうなんです」
國定道場。
香澄が上擦った声を出すと、頭に包帯を巻き顔を腫れ上がらせた青年が頷く。
「ソイツに高松さんはやられたんですか?」
優太が訊くと、
「俺だけじゃありません、界隈の警察官は何人もやられてます! 交番勤務だけじゃなく署の者までです」
高松という名の青年は、悔しそうに正座した腿の上の拳をブルブルと震わせた。
高松は國定道場に格闘技訓練に通う、若い警察官で体格も性格もよい、好青年。
涼にも稽古をつけられる事も多いが、彼としては香澄の使う合気道に強い興味があるようだ。
「ホワイトタイガー……海老ですわね」
「違うわよ、そっちはブラック」
「ボクは知らないけどさ、ブラックなら昔のプロレスにレスラーがいたみたいだね、何だか素手で警察官を襲撃する白い虎、とかニュースは何だか盛り上がってるよ、身長2近いメートル大男だって!」
結構まじめにボケたナディアにツッコミをいれる涼、その傍らで琴名はスマホのニュース記事の画面を見せてくる。
「それだけの身長なら覆面をしていようが、かなり目立つ筈だ、捕まえられないのか?」
「それが……被害が夜中の警ら中の警察官が多くて、目撃者も少ないんです、そして最近管轄書で誤認逮捕がマスコミに騒がれたせいで、警官しか狙わないのを称賛する者までいて、なんだか市民が非協力的で……」
香澄が訊くが、高松は無念の表情が浮かへて首を振った。
「高松さんの勤務してる交番はここらと違って交通の便がいい場所だもの、電車だけでも沢山の私鉄があるし、車でもバスとかもあるし、見つかりにくいわよ……それに誤認逮捕のミスとか関係なしに悪い事をしてる輩は警察官が嫌いよ」
「ボ、ボクは高松さんは好きだな、ほら警察官とか立派なのに偉ぶらないしね」
涼と琴名がフォローをするが、彼は悔し涙すら浮かべてしまいそうだ。
「琴名……貸してくれ」
道着袴で座る香澄が、琴名に手の平を出す。
「あっ、どうぞ」
迷った様子を見せた琴名だが言われた事に気がつき、手に持った画面が点いたままのスマホを手渡す。
「相手は……素手だったのか?」
「そうでした」
元から細長の香澄の瞳が更に鋭くなる。
睨まれた形になった泣き出しそうな高松は背筋を震わせた。
「全員が素手にやられたのか?」
「はい、自分の聞いた話では相手が武器を使用した形跡はありません」
「そうか……」
一息ついた香澄が顔を上げ、涼とナディアに視線を送る、その瞳はいつものキレイな切れ長のそれと変わりはなかったが、何か意味ありげだった。
「まさか……香澄ちゃん?」
嫌な予感に背筋に寒い物を覚える優太だったが……
「面白いわね、良いわよ」
「ですわね、久方ぶりに暴れられますわ」
涼はポキポキと指を鳴らし、ナディアはブンブンと右肩を振って、香澄の振りに全面的に賛成と言わんばかりの態度を取る。
「そ、そんなつもりで話したんじゃありませんよ!? 自分は警察官として……」
慌てる高松。
本当にそういうつもりで話したわけではないのだろうが、琴名まで、
「ボクも行きたいよぉ」
と、駄々をこね始めた状況ではどうにもならないと優太は思うのだった。
***
「思った以上に暗いですわね、私達の下の街より随分と開けてますのに」
「そうだね、でも流石にこんな裏通りまでは監視カメラは無さそうだ」
「この国やイギリスにはカメラばかりで、肖像権が存在しませんのね」
高松が道場に訪れた翌日の夜。
優太はナディアと一緒に高松が勤める交番の最寄りの駅前に来ている。
國定道場の山を降りた駅から何駅か離れただけたが駅前はかなり大きい、しかしメインの道路から一本内に入った路地は所々に店舗の明かりは見えるが、暗く狭かった。
「香澄ちゃんと涼の方は平気かな?」
「あの二人が揃っていれば平気でしょ?」
「あははは……逆に不安はこっちか、ナディアちゃんはともかく俺は格闘なんてからっきしなんだからね」
「アラアラ、でも男子は頼りにしてますわよ」
乾いた笑いを優太が浮かべると、ナディアは肩をすくめる仕草を返してくる。
結局はナディアと優太、涼と香澄の二組に別れてのホワイトタイガーの捜索となった。
時間が時間だけに、琴名には遠慮させ、高松からはあくまでも警察官としてではなく、個人的に聞いた事であり、迷惑はかけられないと連絡はしていない。
「でも問題があるんですのよね」
「なに?」
「相手は警官しか襲わないのですわ、そうなるとこちらには襲いかかってきませんのよ」
「言われたらそうだね」
確かに、と優太は頷く。
「まさか警官を見定めて襲う前からホワイトタイガーの面をしてないでしょうし……」
「それ街の変わり者だよね?」
「こうなったら身長が高くてガタイが良ければ片っ端から……片付けて」
「物騒すぎるよ」
「ああんっ、相手が襲ってこないと! こちらから見切りで襲ったら正当防衛が成立しませんわ、殺り放題できませんのよ!」
「殺らないで……殺ったら過剰防衛っていう事になるからね」
涼や香澄もなりには好戦的な面がある、女子ながらに格闘家を名乗るのだから当然だが、ナディアのそれは先述の二人よりも強いイメージを優太は受けていた。
「そう言えば、俺ってナディアちゃんが闘うところを観たことが……」
優太の言葉が終わる前だった。
「ぐ……ぐぉぉぉぉっ」
悲痛な叫びが聞こえてきた。
「いきますわよっ!!」
「ああ……」
素早い反応で走り出すナディア。
悲鳴は近かった。
更にもう一本入り込んだ店もない路地に……ソイツはいたのだ。
片手だけで見知った顔をした警察官を吊り上げる白虎の覆面男。
「高松さんっ!!」
「出ましたわね、ホワイトタイガー!」
叫ぶ優太とナディア。
身長二メートル以上にもみえる体躯。
黒のタンクトップに迷彩のスボン。
肌はやや白いが、黒人のそれではない、日本人かアジアの人間。
顔には白い虎のマスク。
間違いなかった、ホワイトタイガーだ。
そして……優太を驚かせたのはその異常に発達した筋肉。
まるで膨らませた様な胸板、優太の腿よりも太そうな血管の迸った右腕で、高松の首を軽く持ち上げ吊り上げていた。
突然の乱入者にホワイトタイガーは彼を地面に落とす。
「……ぐっ」
呻く高松をそこに残しユックリとその場を去ろうとしたのだが……
「お待ちなさいな! せっかく見つけたのですわ、白虎さん! わたくしといざ尋常ならざる勝負を所望ですわ」
ナディアは駆け出して、ホワイトタイガーを指差す。
「……」
振り返るホワイトタイガー。
言葉はない。
「大丈夫ですかっ」
一方で優太は失神寸前で地面に投げ落とされた高松に駆け寄り、抱きかかえた。
「だ、だ、大丈夫だ、それよりもアイツは危険だ、き、き、君たちは早く……」
自らより一般人の優太達を気遣う高松だが、首を強烈な力で吊られていたせいか身体が震えて起き上がれない。
「これは……強烈な吊り上げで頸椎を痛めてます、首を動かさないで! 固定できるような担架が来るまでこのままで!」
ダメージに気づいた優太が起きようとするのを押さえると、
「それだけでダメージを見切るなんて流石ですわね……じゃあ、わたくしもわたくしの仕事をやらせてもらいますわ」
ナディアはホワイトタイガーを見据えたままでニヤリと笑い、両手を大きく上げる。
「是非に是非に力勝負を所望ですわ、さぁさぁ組んでらっしゃい!」
「バカな!?」
あまりにも意外なナディアの台詞に優太と高松の声がハモる。
ナディアのような少女が……筋骨粒々のプロレスラーみたいな男に、正面から向かい合うだけで驚愕なのに、更に正面から手と手を合わせての力勝負を挑んだのだ。
「……」
「ニホンゴワカリマセンカ? パワーバトル、パワーバトル! カモン、カモン、カモン! グラップル、カモン!」
沈黙を守るホワイトタイガーにナディアはメチャクチャな英語で挑発する。
「……」
首を振り、やってられないと言いたげなジェスチャーをして踵を返しかけるホワイトタイガーだったが……
「女相手に力比べで逃げるレスラーなんていませんわよ!」
その言葉で彼はピタリと脚を止め、ナディアに向かって巨体を歩ませ始める。
「このアマ……」
「まぁ、おキレイな日本語ですわ」
覆面から伺えるのは血走らせた瞳、対するナディアは両手を大きく構えたままでニヤリと笑った。
「フンッッッッッ!」
咆哮と同時にホワイトタイガーの両手がナディアの両手に組む、身長が違いすぎるので、手四つに組むといってもホワイトタイガーが押し潰す様な態勢。
「ナディアちゃん!」
優太が声を上げた。
両手を組み合ったまま、ナディアの身体が大きく後ろに仰け反る。
「フンッッッッッ、フンッッッッッ!」
再びの咆哮。
更に巨体から押し込まれ、ブリッジに近い状態まで背中を逸らしたナディア。
このまま身体をへし折られそうにも見えてしまい、優太は高松を地面に寝かせて立ち上がろうとしたが……
「あなたはちゃんと患者さんを診ていなさいな、それが出来る事なんですから……」
背中を逸らし、垂れる金髪の縦ロールを地面に着けたままニヤリと笑うナディア。
「え?」
巨体の筋肉男にブリッジ寸前まで押し込まれて笑えるって……優太と高松は言葉を失う
「髪の毛、これ以上は着きたくありませんわっ」
押し込みが止まった。
ホワイトタイガーがではない、ナディアが止めたのだ。
「な……」
ナディア以外の男三人が驚く。
高松と優太、そしてホワイトタイガー本人。
「か、返しますわよぉぉぉ!」
ナディアが叫ぶ。
態勢が戻り始める、なんとブリッジが起き上がり始めたのだ。
「ぐぉぉぉぉっ」
覆面に籠るホワイトタイガーの焦りの声。
体重をかけ、筋肉を震わせて再びナディアを押し込もうとするがそうはいかなかった。
わずか数秒後にはナディアの身体が起きる。
「元に戻りましたわ、今度はわたくしが押し込ませていただきますっ!」
「う……う……」
不敵に上げたナディアの顔からは大量の汗が吹き出し上気し、表情は伺えないがホワイトタイガーの声は震えている。
「パワード・バイ・ナディアですわっ!」
「グワァァァァァァァッ」
ボキッ!
嫌な音とホワイトタイガーの叫びが路地裏に響き渡る。
ナディアの押し込みにホワイトタイガーの肘があらぬ方向に曲がっていた。
「では……」
両手を離しナディアは大きく拳を振り上げ、
「フィニッシュュュュュ!!」
飛び上がるようなアッパーカットをホワイトタイガーの顎にクリーンヒットさせた。
「ウゴゥゥゥィゥゥ」
顎を砕かれ、歯を折られた白虎の覆面男は呂律の回らない断末魔の叫びを上げながら、パンチの威力に八センチ浮かび上がらされてから冷たいコンクリートに倒れ、あえなく気絶した。
***
「ナディアの武器は力、純粋な筋力、トレーニングの結果もあるが、大きくは先天的な怪力だ」
「ホントに驚いたよ」
数日後。
居間のコタツで正座しながら茶を飲む香澄の前に優太はミカンが入った小籠を置く。
結局、連続警官襲撃事件はナディアにKOされたホワイトタイガーの逮捕で幕を閉じた。
犯人の正体は元プロレスラーの男で、何度も警察に厄介になった恨みと最近の誤認逮捕の不祥事への憤りという手前勝手な動機による物だった。
「ナディアの筋肉は万に一人もいない特殊な素質た、あれ以来高松さんがウェイトトレーニングを重ねているらしいが、余計な筋肉は却って格闘技の妨げになる場合もあるのに……そんなに男は単純な力に憧れるモノか?」
ため息をついて、香澄は小籠からミカンを手にして剥き始める。
どうやら今まで合気道をならっていた高松が急にウェイトトレーニングを始めたのが面白くなさそうだ。
「いやぁ……目の前で見ちゃったから影響されただけじゃないかな? 男は単純だからね、もちろんナディアちゃんも凄いけど、涼の空手も香澄ちゃんの合気道もスゴいと思うよ」
優太はそうフォローをしたが、
「なら誰が一番強いと思う?」
珍しく香澄が細長の瞳をイタズラげに向けてきたので、本気で答えに窮してしまうのだった。
続く




