八話 幽男、妖し妖の夢を見る。 二日目
麗らかな日差しの射す冥界の白玉楼。
そんな冬を感じさせないような気候の中、俺は能力の練習をしていた。
…といっても紫さんは、俺が初めてのおつかい(笑)に行ったあと白玉楼に来ておらず、自主練習な感じだが。
最近やっている事といえば、白玉楼に生えているこの西行妖の声を聞く事。
…ちょっと前からこの木が何か言っている様な気がして気になっていた。
『………ゥ』
あ、今も微かに聞こえてきた。…なに言ってるのか分からないが。
「…紫さん曰く出来るらしいんだがなぁ…」
…前、まだ紫さんが来ていたときに話を聞いたのだが、
『俺の能力的にはそういった声も聞ける。』
ということを、少し驚いた顔をして教えてくれた。
…ホント自分の能力が万能すぎてよく分からない…。
ただ俺がよく使うのは、
『自分の体を分裂させて能力はコピーしていない劣化コピーの自分を作って人手を増やす。』
といった事でしか日常生活で使うようなものはない。
なんせこの冥界、ホントに襲ってくる人とかいなくて平和そのもの。
先日行くようになった顕界では妖怪やらが人間と間違えて襲ってくる事があるが、それらにはうまくなってきた弾幕で撒いて、能力を使うようなことはしていない。
ほかに使うといったら妖夢さんが居ない時に、庭に悪さをしようとした悪霊にお帰りになってもらったくらいかな…。
「はぁ…」
…にしても暇になってきた。
かれこれ一時間。西行妖の木の幹に耳をあてて居るが、なに言ってるのか分からない呻き声のようなモノしか聞こえない。
「聞こえないか…」
うん…あきらめよう。
…屋敷に戻って幽々子さんと食事しよう。
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「ん~…おいしいわ~…♪」
幽々子さんは俺の作った料理を食べ、頬を押さえながら喜んでいる。
「…それは良かったです。」
今日は幽々子さんと俺、二人でお昼を食べている。
いやぁ…こうして誰かに自分の料理を食べてもらうって言うのは凄く気分が良い。
確かに幽々子さんは…その、よく食べるけど。…こうして喜んで食べている姿を見ればそんな事どうでもよくなってくるな。
あー…ダメだ。頬が緩む。
「んん?…ゴク。…私の顔見てどうかしたの?」
幽々子さんは動かしていた箸を止め、俺に聞いてくる。
ありゃりゃ…変な顔見せたか…。
「…いや、こうして喜んで食べてくれている幽々子さんを見て、いいなぁ~、と思ってただけです。」
…ホントに嬉しそうに食べてる姿を見せてもらったらこっちまで嬉しくなる。
「そ、そうなの…。」
「…ええ。」
幽々子さんはその後、いつもより遅いペースで完食し、コップに注いであったお冷で喉を潤しお昼を終わらせた。
そんな様子に俺は、死んでもこうして誰かに料理を振舞えることを嬉しく思う。
口元がまた緩むのを感じつつ俺もまた、昼を終わらせた。
…あ、そうだ。
「幽々子さん。俺、妖夢さんに差し入れいれてきます。」
俺は妖夢さんが何も食べてないのを思い出して幽々子さんに一声かける。
…ふむ、握り飯か何かで良いかな?
「そうなの…。…いってらっしゃい。」
幽々子さんは新しく淹れたお茶を口元から離し、ニコニコとしながら送りだしてくれる。
何故俺が妖夢さんに差し入れをいれに行くかというと、最近…といっても三日くらい前からだが、
妖夢さんが屋敷に戻らず、一日中門番をしているためだ。
先日は屋敷に帰ってきたとき、お腹が、くぅくぅと空腹を訴えていたのが記憶に残っている。
そのため俺が今日は何か持って行ってあげようと思ったわけだ。
そしてそのせいで、此処三日ほどは、幽々子さんと俺で二人きりの昼食になる。
…まぁ今年の冥界は温かいから妖夢さん、別段体調を崩す事は無いと思うが…。
「異変…かなぁ…」
…やっぱり異変の影響だろうか?
俺は台所に向かいながらそんな事を思う。
今回の異変…前聞いた紫さんの話だと、冥界の住人が幻想郷全体の春を集めているらしい。
そのせいで未だに顕界では、雪が降り冬が終わらず、此処冥界では春真っ盛りの状態が何日も続いている。
こうして麗らかな日差しの中で快適に自分達が過ごしている中、ほかの所では恨めしい思いで雪を眺めていることを、この前初めて人里に行き知った時は申し訳なく感じた。
…幸い、ココの米類は紫さんが外の世界で買ってきたもので大量に貯蓄して有り、あの幽々子さんがいるとは言え、無くなる事は無いんだが…。
「…早く解決しないもんかね…っと。」
海産物以外の物は全部こっちで調達しているのだ。
だから白飯と魚とかだけではどうしても味気ない。
…いや、お米も十分美味しいけど。
そうこうしている内に台所に着いた。
…さてと、具材は何にするかなっと。
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「…妖夢さーん。差し入れ持ってきましたー。」
俺は、半霊を回りに漂わせ刀を鞘ごと一振り杖代わりにして気を張り詰めている妖夢さんに声をかける。
「……ん?坂井さんですか。…あ、差し入れ有難う御座います。」
妖夢さんは此方を向き、改めて俺が手に持っているものを見て軽くお辞儀する。
いやぁー…絵になるな~…
俺は妖夢さんにおむすびが上に乗った皿を渡し、肩からぶら下げているお茶の入った水筒を持ち、休憩をすすめる。
そして妖夢さんと俺はに座り、階段の上から眼下にある桜を眺め、妖夢さんは膝の上に俺から受け取った皿を置き、俺は水筒からお茶を注ぎ妖夢さんに渡す。
「…大丈夫ですか?」
俺は、片手で受け取ったお茶を持って鮭が入ったおむすびを頬張っている妖夢さんに聞く。
「んん……何がですか?」
…いや、なにってほら、
「…一日中こうして階段にいるじゃないですか。」
俺は妖夢さんの使った水筒の蓋を受け取ったあと、水筒の上に軽くかぶせて自分の横に置く。
「あぁ…大丈夫ですよ?…それにしてもすみません。幽々子様のお昼…。」
妖夢さんは膝の上に皿を載せたまま、体を前に倒して申し訳なさそうにする。
「あ、別に気にしないで良いですって。
…異変、起こってるんですから。俺みたいに戦闘能力がほとんど無い人間はこういう事しか出来ないんですし。」
…ホントにそうだ。
異変の首謀者を探しに冥界まで、巫女とか魔法使いがやって来てこの白玉楼が守れるのは妖夢さんくらいしかいないんだし。
…幽々子さんは別として。
…しかし妖夢さんは浮かない顔をして、
「…そうですか。」
と妖夢さんは言ってから、二つ目のおむすびに手をつけた。
「…ご馳走様でした。」
しばらくして、妖夢さんは俺の作ってきたおむすびを完食し、手を合わせる。
「お粗末さまでしたっと。はい、これお絞り。…じゃ、その皿持って行っときますんで。お茶、此処おいときますね。」
俺は妖夢さんの持っている皿を受け取りながら、水筒の蓋を閉めて階段の上に置く。
「あ、はい。坂井さん有難う御座います。」
妖夢さんはお絞りで手を拭き、俺に返しながら立ち上がって、再び刀を携え気を張り巡らし始めた。
それから俺は門の下まで来て、妖夢さんのほうに振り返る。
妖夢さんは再び、俺が来た時のように階段の上に立っている姿で眼下を見下ろしていた。
…そして俺は、屋敷のほうへと戻りながら今日の晩御飯を何にするか考え始めた。
…その夜。
「幽々子様…彼には異変の事教えてあげないんですか?何も知らない彼にこのまま付き合わせるのは流石に…」
「…駄目よ。…だってコレは私の我侭。…彼を巻き込むのは悪いわ~…。」
「…そうですが、…いずればれますよ?」
「……そのときはそのときよ…。」
「ですが…。」
「あー…もう~。これで話しはおしまい。…今日はもうゆっくり寝ましょう。あなたも一日中外で見張ってて疲れてるのだし、休める時に休んでおかないと…ね?」
「…わかりました。…では私は自室に戻ります。」
「…御休み妖夢~。」
「…はい。お休みなさいませ幽々子様。」