七話 幽男、妖し妖の夢を見る。 一日目
紫さんの作った『幻想郷』という幻想の住人のための箱庭にある、冥界の白玉楼に住まわせてもらうようになって約四年。
そのあいだ、俺は紫さんに特訓をして貰った。
そして今日、墨染め色の幹をした桜の木以外は満開といって過言ではないこの日も、その特訓をしてもらっている。
「…もう終わりかしら?」
特訓は主に、能力の使用についてと弾幕決闘について。
…紫さんの話によれば、この冥界も幻想郷という枠組みに入っており、幻想郷独特の決闘方式に従わなければならない。
その決闘方式…スペルカードルール。
…通称、命名決闘法。
でも、
「はぁはぁ…はぁ~…」
…もう無理。
「京谷ーだらしないわよ~!」
「そうですよ、坂井さーん」
俺の特訓している様子を見学しているお世話になっている白玉楼の主従。
…死角のスキマから出てくる無数の弾幕をかわすなんて無理だろうに!
誰だ!こんな訓練頼んだのは!
……俺だったよ!
「…そんなんじゃすぐに退治されちゃうわよ?…下手すればあの子私よりも強いから。」
二年ほど前に出来るようになった飛行をやめ、俺はゆっくりと地上に降りる。
紫さんも宙に開けたスキマに、腰かけてるのを止めて優雅に降りてくる。
「……誰にですか。紫さんじゃ無いんでしょ?」
俺はだらりと肩のコリをほぐしながら紫さんに聞く。
「えぇそうよ。…でも私の代理をやっているくらいだから相当強いわよ?」
“あの幻想郷の素敵な巫女は…”と紫さんが苦い顔をしながら言う。
…実はこうして無茶な特訓をしだしたのもつい最近のことだったりする。
最近、冥界の外側で異変…幻想郷内に紅い霧が充満するということが起きたらしい。
…らしいというのは、俺が冥界に引き篭りだからしょうがないんだが…。
なんでも吸血鬼が居心地を良くするため、太陽を覆い隠すためにやったんだとか。
流石吸血鬼だなぁ…と俺は考えていたのだが、のんきにそんな事を思っていられなくなった。
幽々子さんや妖夢さん曰く、どうやら近々この辺でも異変が起きるらしい。
霊力の塊である俺にとっては、幾ら殺傷能力が無い弾幕とはいえ危険になるんだと。
そして、その異変を解決したのが今、話に出てきている巫女と普通の魔法使いらしい。
「…それにしてもどんだけ強いのかしらね~。その巫女さんは。」
降りてきた俺達に近づいて来た、見学組の一人である幽々子さん。
「そうですよね…紫様に匹敵するらしいですから。」
そしてもう一人の見学組、妖夢さん。
…いや、戦う気なのか二人とも。
こんなえげつない戦法使う紫さんのような人外と。
…いてっ!
「…なにすんですか紫さん!」
俺は不意にスキマ経由で殴ってきた紫さんに、殴られた頭を触りながら文句を言う。
「…なんだか失礼なことを言われた気がしたからよ。」
紫さんはムスっとしながら答える。
…心が読めるんですか。
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特訓が終わったあと、俺と紫さんそれと幽々子さんは白玉楼の庭が見える縁側で、紫さんの式である藍さんにお茶を入れてもらい、妖夢さんの作った饅頭を食べながらくつろいでいた。
「…そうだ、京谷。」
幽々子さんは、俺と紫さんのよりも数の多い饅頭を平らげたあと、お茶を啜りながら俺に話しかけてきた。
「ん?…どうしたんです、幽々子さん。」
俺はのんびりとしながら聞き返す。
…なんだろうか?
「そろそろ紫との特訓もひと段落してきそうだし、
…今日、今から妖夢と一緒に買出し行ってきたらどうかしら~?…勿論幻想郷のほうにね。」
と幽々子さんは“どうかしら…?”と首をかしげながら聞いてくる。
…まぁ良いんだが、ただ…
「あの、紫さん。…例の巫女さんに会った時って大丈夫なんですか?」
…怖いっていうのは少なからずある。
「んー…そうねぇ…」
と紫さんは茶を啜ってから、
「…ま、大丈夫なんじゃないかしら。
幽々子にもあなたの正体分からなかったわけだし、能力使ってれば。」
Goサインを出してくれた。
俺の能力…正直言ってかなり応用が利いたりする。
例えば自分の体を幽霊化させたり、実体化させたり。
ほかには人の魂を体から引き離して幽体離脱させたり。
はたまた物に魂を吹き込んだり出来たりと、神様に見つかったら叱られそうな具合である。
とはいえ、だ。
「…まぁ程々に頑張ってみます。」
紫さんが大丈夫というなら大丈夫だろう。
そして俺と妖夢さんは三人に“行ってきます”と言って紫さんの作ったスキマを通り、幻想郷の人里へと向かった。
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「…紫様、ちょっといいですか?」
…先程まで黙っていた式、九尾の狐の藍が自らの主に声をかける。
「…どうかしたの藍?」
紫も怪訝な顔つきになりながら後ろにいる自分の式を見やる。
「…あの巫女ですよ?
…勘だけで壁のような弾幕を見切り、先の異変でも紅魔館の当主スカーレット相手に苦戦することなく倒したとの事でしたが……そんな相手にばれない保障ありますか?」
藍は主人に先程出かけていった二人の安全を確認するように聞く。
「確かに…大丈夫なの、紫?
今こうして私は異変を起こすために『春』を集めているのだけれど…相当なやり手なのよね?」
幽々子もそんな続いて紫に己の計画が失敗しないのかと問う。
「…そうね。だけど心配は要らないわよ。藍、幽々子。
…それと一応妖夢と彼、一緒に『意識の境界』を弄っておいたから。」
そんな違う心配をしている二人を見ながら紫は余裕の表所を見せる。
「…そう。…なら問題ないのね。
御免ね、私の私事につき合わせちゃって。
…どうしてもあの西行妖の下に埋まっている人を見たいのよ…。」
幽々子は苦笑しながらここから見える庭の西行妖を見て言う。
「いいわよ…でも本当はアレを咲かせるのは反対なのよ。
……分かってもらえないかしら?」
紫は西行妖を一瞥し幽々子を見る。
「…ごめんなさい、紫。
……私の父かも知れない親しい人があの木の下で眠ってるって考えたら夜も眠れないの。
だから……ごめん。」
幽々子は憂いに満ちた瞳で、咲かない桜を見ながら紫に謝罪する。
「……ならもう言わない。
…ただ幻想郷では未だに雪が降り冬が続いている。
もうすぐ博麗の巫女が異変解決に乗り出すでしょう。」
「…ええ。」
幻想郷の賢者は悔いが残る様子で業務的に淡々と事実を述べる。
冥界の亡霊姫はそんな親友に申し訳ないと思いながら返事をする。
そして紫は立ち上がってスキマを作り出し親友を見ようせず、黙っていた式を連れ立ってスキマへと入っていった。
「…次に会うときは宴会でね。…幽々子。」
…もう二度と会えないとでもいうような呟きが、桜が舞散る中へ消えるようにして幽々子の耳へと届いた。
雪の積もる人里内にて…
「うー…聞いて無いですよ、俺。こんなに外が寒いなんて…」
「いいじゃないですか。…坂井さんは霊体化してるんですから。私なんてそんな事出来ないんですよ?」
「いや、でもさ、こう…ふいんきが寒いっていうか?」
「…雰囲気ですね。…それにしても出ている店少ないですね。…幽々子様はどうしてこんな大事な時に買出しに行って来いなんか…(ぼそぼそ)」
「(最後のほう聞こえなかったな…)…あ、妖夢さん。あそこの八百屋開いてますよ。」
「…ホントですね。…じゃあ今日は鍋にしますか。」
「それいいですね…あぁ寒い…」
「……(もうじき西行妖が咲き始めるっていうのに…どうして幽々子様は…。)…んんっ、なんですか坂井さん」
「妖夢さん、…どうしたんです。ボーっとして。」
「…いえ、ちょっと考え事をば。」
「それじゃ早く行って帰りましょう。心まで冷えそうです…ブルブル…」
「だから坂井さんは霊体って…あーっもう。早く行きますよ、坂井さん!」
「わわわ、歩けます、歩けますから…!」