六話 閑話 壱
-紫、懐かしむ。
…彼、京谷君と私は十年来…いや私にとっては幾千年ぶりの再会を果たした。
それも私の創った、…幻想郷という箱庭で。
-------------------------
私と彼、いや…彼らと出会ったのは、二十世紀の終わり頃。
あの時私は妖怪になって間もない頃。
……といっても、正確には『結界の境目が見える程度の能力』が変化し、『境界を操る程度の能力』となってまだ間もない頃の話だ。
…私が彼らと出会った日…あの日私は心を閉ざしていた。
そんな事になった原因は、私が能力が変わったと自覚し蓮子と実験をしていた時まで遡る。
変化した能力が、境界…つまりモノとモノの境を操る能力だと判明した私は蓮子にこの事を話し、いろんなことを試していた。
…この能力で一体何が出来るのか。そして何が出来ないのか。
結果、ほとんど何も出来なかった。
蓮子が落ち込み、私が疲れてもう止めようとしたその時、裂け目ができた。
私と蓮子は興味の赴くまま、その裂け目を調べた。
しかし幾ら調べても、何も分からない。
物を落としてみても中は無重力なのか、入れた空き缶は宙に浮かび、落ちることは無かった。
そこで私は『中に入っても大丈夫だろう』と仮定し、意を決して中に入った。
中に入ると、どうしたことか安堵感につつまれ、此処が私の居場所だとでもいうような感覚に襲われた。
…このとき私は此処に入るべきじゃなかった。
ここから出ようと思ったとき、その時には既に私が入ってきた入り口は無かった。
入り口が無い…つまりここから出ることが出来ない。
あの時この空間の入り口が開けたのだって偶然に近い。
…出口を作る?…笑わせる。
昨日今日でこの能力が簡単に操ることが出来ないことは私自身自覚している。
…ならどうする。決まっている。
『あの場所へ戻る。』
…そして私は、蓮子の待つあの部屋に戻るため、
長い時間…いま私が使っている“スキマ”と呼ぶようになった空間で試行錯誤を繰り返した。
不思議とあの空間の中では、空腹感は有るけど体型は変わらない、肌や髪の手入れもしなくても良いと誰もが羨む状態だった。
しかしふと周りを見れば誰も居ない、一人ぼっちの世界。
…この空間には私しかいない。
人間、周りに何も無いと発狂するというが、不思議と私には無かった。
…いや、既に狂っていたのかもしれないが。
…それから私が自在に能力を操れるようになった時、長い時間をかけてようやくあの部屋へと戻った。
-------------------------
あの部屋へ戻った時其処は既に、かつての私達の部屋とは思えない物置と化していた。
…あの部屋は?
……私と蓮子がいつも一緒に過ごしたあの空間は?
…そして何よりも蓮子は何処?
そんな事を私は思った。
それから私は部屋のあった夜の大学を飛び出し蓮子の借りているアパートへと向かった。
しかしアパートには蓮子は居なかった。
…見知らぬ女性が住んでいた。
私は少しでも蓮子のことを調べるためにその人に話を聞くと、『前の住人は現代医学では治らない病気を患い、病院に入院している』とのこと。
一人暮らしだったと聞いたので、やっぱり蓮子の事だと結論付けた私は、
その人に蓮子の入院している場所を聞き、その病院へと向かった。
病院へ行き、受付の看護婦さんに自分の名前を言い、宇佐美蓮子の部屋は何処か訪ねた。
そして看護婦さんは慌てた様子で部屋の番号を教えてくれた。
…病室の前についた時、部屋の中からはいつか聞いた年老いて、少し皺枯れた蓮子の両親の声がしていた。
私はその時、途端に背筋に寒気が走り冷や汗が止まらなくなり、その場にしゃがみこむ。
――私はどれくらい“あの中”に居た?
…そんなことを考えながら。
とはいえ、と私は震える肩を抑えながら立ち上がり、病室のドアを開けた。
蓮子と思われる四十台の女性の体は、ベッドの上で目を静かに瞑り、死んだように横になったいた。
私はそんな様子の彼女を見て、足取りもおぼつかずよろよろと彼女の元へと近づいた。
周りが驚き、私の名前を呼んでいた。
それに気づいた彼女は少し驚きながら、瞑っていた目を開き、此方に顔を向け私に笑いかけ涙を流しながら、もう力尽きる寸前だというのに『おかえり』と声に出さず、唇を動かしてくれた。
しばらくして蓮子が息を引き取った後、私は消えるようにしてその場を去った。
私は歩いていると無意識のうちにスキマに入ったらしく、気がついたときあの無重力の感覚を感じた。
…悲しかった。どうしようもなく。
…彼女は死ぬまで私の事を覚えてくれていて…最後まで帰りを待ってくれていた。
“私があの時早くあそこから出ていればこんなことにはならなかったかもしれない。”
そんな事を思いながら一人ぼっちの世界で、
…私は大きな声を出しながら泣いた。
それからというものの、能力を使っているうちに時間逆行が出来るようになり、スキマに初めて入ったすぐの時間帯に飛べるようになったのは良いものの、タイムパラドックスの関係で事実不可能だということに気がついた私は絶望した。
そして私は無計画に時間を遡り、人目につかない路地裏にある、
彼ら坂井一家の経営する店……俗に言う隠れた名店へと辿り着いた。
私がお腹が減って無意識のうちに美味しいものを求めていたのかもしれないし、そうでないのかもしれない。
…私は気がついたら定食を頼んでいて、今まで食べたことが無いほど料理が美味しかったのか、それともある程度落ち着いたからなのか分からないが、私は涙しながら食べた。
…食べ終わった後、無一文だということに気づいて京谷君とその両親に心配され、その日一日お世話になったのも懐かしい…。
-------------------------
――三年間、私がそのお店に通い始めて、ある程度立ち直ってからしばらくして…
(…私は過去に渡って色々な妖怪、神様に直接会って『幻想郷』を作ろうと決意したのだっけ。)
昔…といっても未来だけど、…あの時夢の中で迷い込んでいたのはこの幻想郷かもしれない。
もしそうなら、私が私の創った世界に迷い込んでいたっていうお笑い話になるのよね…。
…そして今日再会した、私を元気付けてくれた一人でもある、坂井夫婦の息子。
……どことなくあの明るいかつての親友に似てて、弟みたいな感じがするこの子。
…私のミスにしろ、偶然迷い込んだにしろ、恩人でもあるこの子には幸せになって欲しい。
それに私が人肉を食べないでいられるのは、この子の両親が作った料理を思い出すから。
…あの時、もしあの二人に会っていなかったら今この時にもスキマから人の腕を取り出し、齧っていたかもしれない。
私は、あの二人の面影が見える、桃を食べている京谷君の顔を見る。
「ング…どうかしたんですか、紫さん?」
「…うんん、なんでもないの。…ちょっと考えごとしてただけ。」
ついさっき能力が見つかって、人じゃ無くなった時点でもう外の世界に帰す事は出来ないけど…。
まだコレといった人は出来ていないみたいだし、こっちで幸せになってくれれば…。
…あ、閻魔に言い訳考えとかないとね…。
…ある日の夜。
「…ねぇ、紫~?」
「あら?…なにかしら、幽々子。」
「…京谷と貴女ってどういう関係なの…?…あ、一杯どう?」
「…有難う貰うわ。…んー、貴女よりも古い友人…かしらね。」
「え?…でも彼ってまだ三十年も生きてなかったんでしょ。…おかしくない?」
「そうね。…ま、色々あるのよ色々。」
「色々ねー…。」
「…信じてない?」
「えぇ、勿論♪」
「はぁー…別に恋人とかなんてい関係じゃ無いから安心しなさいな。」
「あらそうなの…って、何で私がそんな心配しなきゃいけないのよ~」
「…まぁまぁ、一杯どうぞ♪」
「…もう紫ったら~…」
-------------------------
うちの紫は綺麗な紫です。…ご容赦を。