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広い場内を一人の騎士が長い廊下を疾走している。騎士の名はドリス・ルナ・トリニア 通称ドリスである。一見男性に見えるが立派な女性だ。だが彼女は稀にみるよい体格と面倒見のよさそして戦での功績で騎士団の隊長を任せられている。そのドリスが血相を変えてたどり着いたのは城の最奥にある魔術士の部屋。
ドアをノックもせず、乱暴に開けると一人の魔術士が不機嫌そうに読んでいた本から顔を上げる。「人の部屋をノックもせずに開けるとはいい度胸だ。今回は許してやるが、次やったらヤモリに変えるからな」
「ヤモリって…」
彼女が言うとまったく冗談には聞こえない。
むしろ彼女は本気でやりかねない。
全身を黒で統一した服を来た彼女はラナ・椿。異国から来た魔術士だ。大きく空けた胸元と両サイドを紐で編み上げたコルセットで身を包み、というより、しぶしぶ肌を隠しているのよ的な一言で言うなればセクシーである。椿は恋占いから、召喚術等々の術をたやすく使いこなし。この国でその力を認められ城のお抱え魔術士をやっている
「ドアをノックしなかったのは悪かったが今はそれどころじゃないんだ」
ずかずかと部屋の中を進み椿が座っている椅子に歩みよる
「姫がーー」
「姫がまた城を抜けだしたんだろ?」
「へっ?」
なんで?知ってるの?と言うドリスの視線を無視し、本を見たままで椿がサラリと言う。
「前回の脱走事件の後、国王に頼まれて姫にちょっとした術をかけさせてもらった」
「術って…?」
その問いにラナが無言である物を指差す。訳のわからない物が乱雑に置かれているテーブルの上に一際目立つ物がある。透明な箱の中に緑色の平地がありその中に、チェスの駒のような小さな置物がいくつも立っている。箱の上部には呪文が青白い光りを放ち、模様のようになっている。
「前の姫様脱走事件の際に作ったものだ」
「これで何がわかるんだ?」
興味津々に箱を覗きこんでいるドリスの後ろで、明らかに面倒くさげにラナが説明し始める。