第8話 森は、答えを急がない
グリーンフォレスト公国の森は、
何も変わらないようでいて、
確かに季節を進めていた。
柔らかな光が差し込み、
葉が静かに揺れる。
その森の小道を、
二人が並んで歩いていた。
「……ここに来ると、
不思議と肩の力が抜けます」
ダニエルは、鎧ではなく簡素な服を身に着けている。
副団長の徽章は、もうない。
「森は、立場を見ませんから」
メリーナは微笑んだ。
王女の装いではあるが、
その表情は、以前よりも柔らかい。
ここは、すべての始まりの場所だった。
「後悔は、ありませんか?」
メリーナが、足を止めて問う。
「地位を失ったこと。
王国での立場を……」
ダニエルは、少し考えてから答えた。
「正直に言えば、
怖くないわけじゃない」
空を見上げる。
「でも、
自分で選ばなかった道を歩くほうが、
もっと怖い」
メリーナは、胸に手を当てた。
(同じだ)
彼女もまた、
守られてきた未来を手放している。
森の奥。
二人は、最初に出会った場所に立った。
風が吹き、
木々がざわめく。
「私は、王女です」
メリーナは、はっきりと言った。
「だから、
あなたと生きる未来を、
簡単な形では選べません」
ダニエルは頷く。
「分かってる」
「けれど」
彼女は、まっすぐに彼を見る。
「それでも、
あなたと歩く時間を、
私は望みます」
短命であること。
別れが先にあること。
すべて、承知の上で。
「……メリーナ」
ダニエルは、膝をついた。
騎士としてではない。
地位ある者としてでもない。
一人の男として。
「今は、
何も約束できません」
指先が、わずかに震える。
「ですが、
あなたの隣に立つために、
努力し続けることだけは、
誓えます」
森が、静かに息をする。
メリーナは、そっと彼の前に立った。
「それで、十分です」
手を差し伸べる。
「未来は、
一緒に考えましょう」
遠くで、
鳥が羽ばたいた。
森は祝福も、拒絶もしない。
ただ、選んだ者の歩みを、
黙って見送るだけだ。
二人は、手を取り合って歩き出す。
王女と、元副団長。
エルフと、人間。
不確かな未来。
だが、確かな意志。
森に恋が芽吹いた日から、
答えはずっとそこにあった。
――逃げずに、選ぶこと。




