風鈴の令嬢は婚約破棄に静かに微笑む
「幸恵=神宮寺。お前との婚約は破棄だ。私は男爵令嬢アリシア=リーベルと結婚する!」
卒業舞踏会の華やかな会場で、エドモンド=ロザリオは人々の視線を集めながら宣言した。
東方から留学してきた幸恵は花魁道中着に身を包み、黒髪を高く結い上げている。風鈴のついた簪が揺れるたび、光を受けてきらりと輝いた。
しかし、彼女が首を傾げても風鈴はひとつも鳴らない。反応を見せない幸恵に、エドモンドは苛立ちを募らせた。
周囲は息を呑み、二人を見守っている。
その緊張の中――風もないのに、簪の風鈴が「チリン」と澄んだ音を立てた。
「まあ、そうどすか。ほな……どうぞお身体だけはお大事になさっておくれやす」
幸恵はそれだけ告げ、静かに踵を返した。拍子抜けしたエドモンドと、呆然とする周囲を置き去りにして。
◇
「おばさま、お世話になりました」
旅支度を整えた幸恵は、留学中に身を寄せていた商家を訪れ、理沙・ロマーノに深く頭を下げた。理沙は、よかれと思って勧めた婚約がこんな形で終わったことに、どこか後ろめたい表情を浮かべている。
幸恵はただ静かに微笑み、そっと言葉を添えた。
「この国、なんや少しきな臭うなってきておりますさかい……どうぞご用心なさっておくれやす」
「ゆきちゃん……それ、神託かえ?」
理沙は口元を押さえ、そっと近づいて小声で尋ねた。幸恵は伏し目がちに、ゆっくりとうなずく。
「そ、そんな大ごとやん……! ほな旦那に言うて、はよ逃げんと!」
理沙は細い目を見開き、両手で口を覆って慌てふためいた。
「おばさま。お言葉がちぃと、きつうなっておりますえ」
幸恵が目を細めてたしなめると、理沙はハッと我に返った。
「あら、私としたことが……ほな、お隣の国のお店に移りますさかい、ゆきちゃんも落ち着かはったらお手紙おくれやす。ほな、失礼しますえ」
そう言って微笑み直すと、理沙は踵を返し、小走りで去っていった。
◇
幸恵は、留学中に覚えたコーヒーをゆっくり味わいながら新聞を広げた。紙面には、ロザリオ王国が戦争に巻き込まれ、街が混乱しているという大きな記事が載っている。
狭く、しきたりの厳しい実家から離れたいと理沙に相談したあの日――簪の風鈴が鳴ったことを、幸恵はふと思い出した。婚約は不本意だったが、まさかこんな形で自由を得られるとは思ってもみなかった。
「おわらし様は、ほんに優しいですね」
ぽつりとつぶやいた瞬間、風もないのに風鈴が静かに揺れた。
「チリン」
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なろらじのキーワード「風鈴」でした。
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