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また明日! ~転校生の彼女は私と同じ炎使いでした~  作者: ヅレツレ愚者
第一章:灯された恋の火

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6/28

某日、秋月早紀の一番寒い日

 これは私が中学2年生の時の話。

 私、秋月早紀と日向灯花は、小学3年生の時に同じクラスになってから中学2年の今に至るまで一緒に登下校している。

 灯花は私と違ってのんびりしている。待ち合わせに遅れることもあるし、ぼーっとして移動教室を忘れそうになることもある。


「灯花、遅い」

「ごめんごめん」


 灯花が息を切らしながら走ってくる。寝坊したのか、髪がちょっとはねている。


「早く早く」

「わー、待って早紀ー」


 いつもこんな調子。正直、登下校だって一人でした方が早い。

 でも、なぜか一人で行こうとは思わなかった。たぶん庇護欲的なそういうものだ。灯花、私いなくなかったらダメそうだし。


「今日も寒いね~」

「うん」


 冬の朝、白い息を吐きながら並んで歩く。


「早紀は寒くないの?」

「普通」

「え~、私すっごい寒いんだけど」


 灯花が手のひらに小さな火を灯す。橙色の光が、白い息と一緒に揺れる。


「寒くても灯花は別に火出せるじゃん」

「えへへ、まぁ暖かいだけなんだけどね、私の火」


 灯花は自分の異才をあんまり好きじゃないみたいだ。「役に立たない」ってよく言う。

 でも私は、灯花の火を見るのが嫌いじゃなかった。

 暖かい。それはそれで、十分じゃないかと思う。


 ◇◇◇


 中学2年の冬。その日は朝から雪が降っていた。


「今日めっちゃ積もるらしいよ」

「ほんと? 帰り大丈夫かなぁ」


 灯花が心配そうに空を見上げる。灰色の雲が低く垂れ込めていた。


「早めに帰ろ。早く早く」


 放課後、私たちはいつもより早く学校を出た。

 雪はどんどん強くなっていて、帰り道は真っ白だった。傘を差していても、風で雪が吹き込んでくる。


「さ、さむぅ」

「走れば暖かくなるよ。早くいこ」


 私は灯花の手を引いて、近道を選んだ。川沿いの細い道。普段は何でもない道だけど、雪が踏み固められると滑りやすい。


 そしてその時の私はそんなことを考えもせず、走って足元を滑らせた。


「あ」


 体が傾く。踏ん張ろうとしたけど、間に合わなかった。とっさに灯花の手を離したから灯花は体勢を崩さなかったけど、私は冬の川に落ちた。

 冷たい。

 川の水が全身を包んだ。浅い川だ。膝上くらいの深さしかない。でも転んで胸元まで浸かった冬の水は想像以上に冷たくて、息ができなくなった。


「――」


 立ち上がらなきゃ。わかってる。でも体が動かない。濡れた服が重くて、寒さで手足が痺れて、何もできない。


「早紀!」


 私を呼ぶ灯花の声が聞こえた次の瞬間、灯花が川に入ってきた。いつものんびりしている灯花が、迷いなく。


「ちょ、灯花――」

「大丈夫、大丈夫」


 灯花が私の腕を掴んで、引っ張り上げようとする。灯花だって濡れてるのに。灯花だって冷たいはずなのに。


「立てる? 早紀」

「……うん」


 二人でなんとか岸に上がった。でも、上がったところで状況はあまり変わらない。全身びしょ濡れで、雪は降り続けていて、寒い。すごく寒い。


「さ、む……」


 歯の根が合わない。体の震えが止まらない。


「早紀、こっち来て」


 灯花が私を抱きしめた。


「ちょ、灯花」

「じっとして」


 灯花も濡れている。灯花だって冷たいはずだ。なのに、灯花は私を離さない。


「……ごめん、大きい火は出せないけど」


 灯花が私たちのそばに火を灯した。小さな火。いつもの、暖を取る時の火。


「これしかできないけど。でも、ないよりマシだと思う」


 灯花の火が、私たちの近くでゆらゆら揺れる。

 熱くない。全然熱くない。ただ、暖かい。


「大人の人、誰か来るまで……私がいるから。大丈夫だから」


 灯花の声も震えていた。私を助けるために川に入って、私と同じくらい濡れてるのに。気丈に振る舞っている。


「灯花、あんただって寒いでしょ」

「平気」


 平気なわけがない。火に照らされた灯花の唇は紫色になりかけてる。


「嘘」

「平気だよ。早紀が低体温症とかになったら困るから」

「……灯花だってなるでしょ」

「私は火が出せるから大丈夫」


 そう言って、灯花は火を私の方に寄せた。自分より、私を暖めようとしている。


「……バカじゃないの」

「えー、助けたのにその言い方……」


 灯花が唇を尖らせる。こんな状況なのに、いつもと変わらない反応。


「バカだよ。あんただって寒いくせに」

「早紀が心配だったんだもん。仕方ないでしょ」


 灯花が困ったように笑った。

 寒いはずなのに、胸の奥だけが熱かった。

 それから近所の人が通りかかって、私たちを見つけてくれた。

 二人とも毛布を借りて、ストーブの前で暖まって。大事には至らなかったけど、二人とも仲良くしばらく風邪を引いた。


「早紀、体調どう?」


 次の日、灯花からメッセージが来た。


「まあまあ。そっちこそ」

「私は平気。火があるから暖かくできるし」


 またそれだ。自分のことは後回し。

 というか体調悪い時に家の中で火を使うのは絶対危ない。

 とはいえ、それらをまとめてつっこむ気力はなかった。


「あっそ」


 そこで会話を切ろうとして、やっぱりやめた。言わなきゃいけないことがある。


「ありがとう」

「え? 何が?」


 メッセージが返ってくる早さからしてちょっと考えて、でも結局わからなかったのだろう。


「助けてくれたこと。私が勝手に滑って転んだのに、灯花まで濡れて」

「そんなの当たり前でしょ。早紀が困ってたんだから」


 当たり前。灯花はそう言う。

 自分も濡れて、自分も寒くて、風邪まで引いたのに。当たり前で済ませてしまう。


「早紀が無事でよかった。それだけで嬉しいよ」


 灯花の返事を見て、胸が痛くなった。

 なんだろう、この気持ち。


 それから、私は前より灯花の火が好きになった。

 暖かいだけの火。役に立たないと灯花は言うけど、私はあの火に救われた。


「今日も寒いね」

「うん」


 冬の朝、一緒に登校する。灯花が手のひらに火を灯す。


「……早紀も暖まる?」


 灯花が火を差し出してくる。いつものように、当たり前のように。


「いい、私は寒くないし」

「そう?」


 灯花が首を傾げる。

 本当は暖まりたい。灯花の火に手をかざしたい。でも、あの日のことを思い出してしまいそうで、なんとなく恥ずかしい。


 ――いつからだろう?

 灯花の隣にいると、落ち着くようになったのは。灯花がいないと、寂しいと思うようになったのは。灯花の笑顔を見ると、胸が痛くなるようになったのは。


「早紀? どうしたの、ぼーっとして」

「……なんでもない。早く行くよ」


 我ながら素っ気ない返事だと思う。でも、それ以外にどう返せばいいのか分からなかった。


「あ、待ってよー」


 灯花に先立って歩き出す。

 私は多分、灯花のことが好きだ。友達としてじゃなくて、それ以上の意味で。

 いつから好きになったのか、はっきりとは分からない。あの川の日がきっかけだったのか、それともその前からだったのか。

 でも、一つだけ確かなことがある。

 灯花の火に、私は救われた。

 暖かいだけ。役に立たない。灯花はそう言うけど、私にとっては違う。

 灯花の火は、私の一番寒かった日に、そばにいてくれた火だ。

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