2月14日、いつまでも、何度でも、それでも!
2月14日。土曜日。
バレンタインデー。
朝、目が覚めた時から、ドキドキしていた。
今日は3人からチョコをもらう日。早紀と彩羽ちゃんと詩織さん、3人それぞれから。
11時に早紀と駅で。14時に彩羽ちゃんが家に来る。17時に詩織さんと喫茶店で。
3人が相談して、時間をずらしてくれた。
その気遣いが、嬉しくて、でも少しだけ申し訳なくて。
朝ごはんを食べて、身支度を整えた。
鏡を見ながら、髪を整える。今日くらいは、ちゃんとした格好をしていたい。
時計を見ると、10時20分。徒歩で行くならそろそろ出なきゃ。
玄関で靴を履いて、家を出た。
◇◇◇
駅に着いたのは、10時50分。珍しくまだ早紀は来ていなかった。
まさか私のほうが早いなんて、と思って改札の前で待っていると、少ししてから早紀が来た。
「灯花」
「早紀、おはよう」
「おはよう。遅れてごめんね」
スマホの時計をちらりと見ると10時53分。やっぱり早紀の中では7分前とか5分前って遅刻なのだろうか。
早紀は少し緊張しているみたいだった。いつもよりも少しだけ大きなカバンを持っている。
「……場所、変えない?」
「え?」
「ここだと人が多いから。近くの公園、行こう」
「うん、いいよ」
2人で駅を出て、近くの公園に向かった。
2月の公園は人が少ない。ベンチに座れる場所を見つけて、並んで座った。
「……」
早紀が黙っている。
手に持った箱を、じっと見つめている。
「早紀?」
「……うん」
早紀が大きく息を吸って、吐く。白い息が消えながら空に昇っていく。
そして、早紀が私の方を向いた。
「灯花」
「うん」
「これ、受け取ってくれる?」
早紀が、箱を差し出した。
「バレンタインだから……って言うのは、なんかありきたりだけど。でも、バレンタインだから」
早紀が少し伏目がちにこちらを見た。
「灯花に食べてほしくて、作ったの」
「作った? 早紀が?」
「うん。手作り」
私は箱を受け取った。赤いリボンがついた、シンプルな箱。
「開けていい?」
「……うん」
リボンをほどいて、箱を開けた。
中には、小さな丸いチョコレートが並んでいた。ちょっといびつで、コーティングにムラがある。でも、一生懸命作ったのが伝わってくる。
「……上手じゃないかもしれないけど」
早紀がやはり目を少し伏せながら頬を掻いた。
「1月からずっと練習してて。何回も失敗して、やっと形になったの」
「早紀……」
「本気のチョコだから」
早紀が私を見つめた。
「私の今の心を、全部込めたつもり」
その目が、真剣だった。いつもの少しぶっきらぼうな早紀じゃない。本気の、真剣な目。
「……ありがとう、早紀。いただいていい?」
「もちろん。でも時間を止めてあるからすぐに食べなくても大丈夫」
「そうなの? でも――」
だとしてもせっかく早紀が作ってくれたチョコはすぐにでも食べたくて、私はチョコを一つ取って口に入れた。
少しだけ苦くて、でも甘い。美味しいチョコレート。もしも恋に味があるのなら、こんな味であってほしい。
「……美味しい!」
「ほんと?」
「うん。すごく美味しい」
早紀の顔がぱっと明るくなった。
「よかった……」
早紀がほっとしたように笑った。
「灯花」
「うん」
「私、灯花のことが好き」
早紀がまっすぐ、私に告げる。
「クリスマスにも言ったけど、もう一回言う。私は、灯花のことが好き」
心臓がドキドキする。
早紀の言葉が、胸に響く。
「返事は大丈夫。灯花が答えを出すまで、待つよ」
その言葉を口にした瞬間の早紀の笑顔がどれほどまぶしかったことか。
「その代わり、灯花が好きになってくれるまで、いつまでも伝えるから。灯花のことが好きだって」
「……うん」
たぶん顔を赤くしながら、ぼんやりと頷く。
有り体に言って、私はその笑顔に魅せられていた。
その笑顔を見て思う。
暖かさとか、優しさとか、私はそういうものを持っているのだと、みんなは言う。だけど、そういうものってもともと早紀からもらったものなんじゃないか。
異才で人を傷つけて、人と関わるのが怖くなっていた私と、隣の席になったからっていう理由だけで仲良くしてくれた。隣の席じゃなくなってからも仲良くし続けてくれて、中学になってもそれは続いて。
ぶっきらぼうには見えたけど、早紀は私に笑いかけ続けてくれたのだ。
「……ありがとう、早紀」
そんな、小鳥か蚊の鳴くような音のお礼を漏らすだけで精いっぱいだった。
「チョコ、ちゃんと食べてね」
「うん。全部食べる」
私はチョコの箱を大事に抱えた。
「じゃあ、私はこれで」
「え、もう帰るの?」
早紀が立ち上がった。私も早紀に手を引かれて立ち上がった。少し名残惜しさを感じながら、早紀の手を引いたけど、早紀はそれよりも強い力で私を引き上げる。
「うん。彩羽と詩織も待ってるから」
早紀が笑う。その笑顔に寂しさが混じって見えたのは、私の願望込みなのかもしれないけど。
「今日は、私だけの時間じゃないから」
「早紀……」
「でも、嬉しかった。灯花と2人で会えて」
早紀が手を振った。
「じゃあね、灯花。また学校で」
「うん、また学校で」
早紀が歩いていく。
その背中を見送りながら、私は早紀がくれたチョコを見つめた。
◇◇◇
家に帰って、早紀のチョコを冷蔵庫にしまった。
時間を止めてあるって言ってたからきっと悪くはならないんだと思うけど、かといって出しっぱなしにするのも気が引ける。
大事に食べよう。早紀が一生懸命作ってくれたんだから。
時計を見ると、12時過ぎ。彩羽ちゃんが来るまで、まだ2時間くらいある。
お昼ごはんを食べて、部屋を少し片付けた。
14時少し前。玄関のチャイムが鳴った。
「はーい」
玄関を開けると、彩羽ちゃんが立っていた。
——大きなカバンを持って。
「灯花ー! 来たよー!」
「いらっしゃい、彩羽ちゃん」
彩羽ちゃんを家に入れながら、私はカバンを見た。スクールバッグくらいの大きさ。普段の彩羽ちゃんが持ち歩くには、ちょっと大きすぎる。
「何持ってきたの?」
その大きなカバンには何が入っているの、というニュアンスを込めた質問。私の表情はたぶんジト目気味だったことだろう。
「女の子にはいろいろあるでしょ?」
彩羽ちゃんがにっこり笑った。
まあ、彩羽ちゃんだし、何か面白いことを考えてるのかもしれない。
「上がって。部屋に行こう」
「おじゃましまーす」
彩羽ちゃんを自分の部屋に案内した。
彩羽ちゃんは部屋に入ると、きょろきょろと見回して2、3深呼吸をした。恥ずかしいからやめてね。
「灯花の部屋、久しぶりー」
「年末にも来たでしょ?」
「じゃあ久しぶりじゃん!」
そうかな? 2か月も経ってないわけだけど。まぁ彩羽ちゃんが私と過ごす時間をそんな風に待ち望んでくれているのであれば、悪い気はしない。
「座って。お茶入れるね」
「ありがと~」
彩羽ちゃんがベッドに座った。私はお茶を用意しようとして——。
「あ、待って灯花」
彩羽ちゃんに呼び止められた。
「お茶はとりあえずいいや。先に、渡したいものがあるから」
「うん、分かった」
私はその場に立ち止まった。
彩羽ちゃんが大きなカバンを膝の上に乗せた。
「さ、引っ張ってもしょうがないし、受け取ってくれる? 私のチョコ」
彩羽ちゃんがカバンを開けた。
「カバンの中に……あれ?」
「どうしたの?」
彩羽ちゃんの表情が変わった。
「な、ななななんでもないよ?」
「え、もしかして」
「いやだからなんでもないって、大丈夫大丈夫」
彩羽ちゃんがカバンの中を覗き込みながら言った。
「ちゃんと入れたんだから、バレンタインにチョコ忘れるなんてそんな、ねぇ?」
ねぇ、と言われても持ってきてくれるのは彩羽ちゃんじゃん?
彩羽ちゃんがカバンを床に置いた。そして、本格的に中を探し始めた。
「え、ウソ、そんなことないよね?」
彩羽ちゃんが焦っている。あ、本当に忘れた?
だとしたら彩羽ちゃんには申し訳ないけど、ちょっとの間は笑い話かもしれない。たぶん今の私たちの関係性ならそれを笑い話にしてもたぶん許されるし。
「マママママジ?」
彩羽ちゃんがカバンに顔を突っ込んで探し始めた。
頭がカバンの中に入っている。
「……ん? ちょっと彩羽ちゃん」
見ていると、彩羽ちゃんの身体がどんどんカバンの中に入っていく。肩まで入って、腰まで入って——。
「ちょーっと待ってね灯花、絶対忘れてないから!」
彩羽ちゃんの声がカバンの中から聞こえた。
そして——彩羽ちゃんが完全にカバンの中に入ってしまった。
「え」
私は呆然とした。
スクールバッグくらいの大きさのカバンに、彩羽ちゃんが丸ごと入ってしまった。
ひょこ、とカバンから彩羽ちゃんの頭だけが出てきた。
「カバンの中覗かないでね、いろいろ入ってるから!」
そう言って、彩羽ちゃんはまたカバンの中に消えた。
「…………」
私は1人、部屋に取り残された。
目の前には、彩羽ちゃんが入ったカバン。
覗かないで、と言われた。
でも、覗きたくなる。
だって、あんな小さなカバンに人が入るなんて、どうなっているのか。
「…………」
カバンを見つめる。
覗いちゃダメ。彩羽ちゃんが覗かないでって言ったんだから。
でも、気になる。すごく気になる。覗かないでと言われたせいで余計に。
「…………」
私はカバンに近づいた。
そっと手を伸ばして——。
いや、ダメだ。覗かないでって言われた。
手を引っ込めて、少し離れた。
でも、やっぱり気になる。
彩羽ちゃん、中で何してるんだろう。大丈夫かな。
「…………」
カバンを見つめたまま、時間が過ぎる。
時間にしたらたぶん1分とか2分しか経っていないのに、すごく長く感じる。
彩羽ちゃん、まだかな。
「と~うか!」
後ろから声がした。
同時に、頬に何かが触れた。暖かくて、柔らかい感触。
「ひゃっ!?」
振り返ると、彩羽ちゃんがいた。
私の頬に、自分の頬をくっつけていたようだ。
「え、彩羽ちゃん!? いつの間に!?」
「へへ、驚いたぁ?」
彩羽ちゃんが笑っている。驚いたか驚かなかったかの二択を聞かれるなら、間違いなく驚いた。
「ほんとに覗かないでいてくれたなんて、素直だねぇ」
「だって、覗かないでって言ったから……」
「普通、気になって覗いちゃうでしょ」
「気になったけど……我慢したよ!」
彩羽ちゃんがくすくす笑った。
「そういうとこも大好き」
「……彩羽ちゃん」
手には、綺麗にラッピングされた箱。
「え、もしかしてさ。ここまで素直だと灯花って私が好きになって、って言ったら好きになってくれたりしちゃう?」
「え。いや、そこまで単純じゃないと思う……よ?」
「そういえば試してなかったよね。物は試しって言うし」
そう言うと彩羽ちゃんは私に抱き着いた。そして私の耳元に口を寄せた。
そして、私の目元を左手で覆った。
間違いなく、いつもよりドキドキしている。そして、その拍動が彩羽ちゃんに伝わったらと思うと、恥ずかしい。
「ねぇ灯花? 私、灯花が大好き。灯花にも私のこと好きになってほしいな?」
冬休みの宿題をしにきたときに聞いた、あのいつもよりも低い声で、そう囁かれた。
彩羽ちゃんの声はかわいい。少し高くて、甘い印象のある声だ。そして私なんかに甘える時はもっと甘い。
「好きになってほしいな」。甘えるような言葉だ。きっといつもだったら煮詰めた蜜のような声で言うような言葉。
今日は違った。彩羽ちゃんが言うところの、本当の彩羽ちゃんの声で囁かれて。
心臓が痛むんじゃないかというほど、ドキドキしていた。
彩羽ちゃんの左手が目元から離れるとそこにいたのはいつもの彩羽ちゃん。
今の私がどんな顔をしているのかは分からないけど、彩羽ちゃんは私の顔を見てわかったような顔をして笑っている。
「はい、これ。私からのチョコ~」
そして私がどんな顔をしているかについては何も触れずに、彩羽ちゃんが箱を差し出した。
「そのすべてが分かったような顔はなんなの彩羽ちゃん」
「いやいや~なんでもございませんことよ」
華やかなリボンがついた、綺麗な箱を受け取る。こういう時の彩羽ちゃんに迫っても結局のらりくらりとかわされて私が雁字搦めにされているのだ。
だからこういう時にするべきは話を先に進めてしまうこと。ほら、将棋でも迷ったら歩を進めろっていうし(?)。
「ありがとう、彩羽ちゃん」
「一日で全部食べるとデブるからね」
「そこは大事に食べてねとか、言うところじゃない!?」
「灯花が人からもらったものを大切にしないわけないじゃん?」
ちゃんと目を見て真摯にお礼を言ったのに落とされて、落とされたと思ったら上げられて。
そんな乱高下にドキドキしないなんて、土台無理な話だ。
「ねぇ灯花」
彩羽ちゃんがどこか妖しく、それでいてとびっきりの笑顔で言った。
「これからも退屈なんて言葉、思い出せなくなるくらいドキドキさせてあげる。灯花が退屈しそうになったら、何度だって。手を変え品を変え、顔を変えて、ね?」
手を変え品を変え、顔を変えて。なんとも彩羽ちゃんらしい言葉だ。
「……ありがとう、彩羽ちゃん」
「お礼はいいよ。私が『好き』でやってることだから」
彩羽ちゃんがにこっと笑った。
「じゃあ、私はそろそろ帰るね」
「え、もう?」
「うん。詩織ねぇも待ってるでしょ」
彩羽ちゃんが立ち上がった。
「今日は、私だけの時間じゃないからね~」
早紀と同じことを言った。
3人とも、ちゃんと分かってる。分かった上で、こうしてくれてる。
「彩羽ちゃん」
「ん?」
「ありがとう。今日、来てくれて」
「こちらこそ。灯花に会えて嬉しかったよ」
彩羽ちゃんがカバンを持って玄関に向かった。
「じゃあね、灯花。また学校で」
「うん、また学校で」
彩羽ちゃんを玄関まで送った。
「あ、そうだ」
彩羽ちゃんが振り返った。
「さっきのカバンのやつ、タネは分かった?」
「いや、全然……」
「へへ、教えてあげないけどね!」
彩羽ちゃんがウインクして、出ていった。
ドアが閉まって、私は1人になった。
彩羽ちゃんがくれたチョコを見つめながら、さっきのことを思い出していた。
ドキドキした。すごく、ドキドキした。
◇◇◇
16時。
私は家を出て、あの喫茶店に向かった。
詩織さんに詩をもらった、あの喫茶店。
電車に乗らないといけないから早めに向かう。
喫茶店には17時少し前に着いた。
店に入ると、詩織さんはもう来ていた。窓際の席に座って、外を見ている。
「詩織さん」
「あ、灯花ちゃん」
詩織さんが振り返って、微笑んだ。
「来てくれたのね」
「もちろんだよ、詩織さんとの約束だもの!」
約束通りに会いに来た。そんな当たり前で些細なことをありがたいことだと思える、思ってくれる詩織さんに感謝とか尊敬とかそういった念が堪えない。
私は詩織さんの向かいに座った。
店員さんが来て、私の分の注文を取ってくれた。詩織さんは紅茶を頼んでいる。
前回はココアを頼んだけど、今日は紅茶にしてみようかな、とダージリンを頼んでみる。
「……」
詩織さんが、テーブルの上に小さな包みを置いた。
上品なラッピングがされた箱と、折りたたまれた紙。
「灯花ちゃん」
「うん」
「これ、受け取ってくれる?」
詩織さんが言葉少なに包みを差し出した。
「バレンタインだから」
「ありがとう、詩織さん」
私は包みを受け取った。いつも詩織さんと少し雰囲気が違うかも、と思いつつ。
「開けていい?」
「ええ」
ラッピングを開けると、上品な箱が出てきた。中には、可愛らしいチョコレートが並んでいる。
そして、折りたたまれた紙。
「これは……」
「詩を書こうとしていたの」
詩織さんが言った。
「でも、結局は詩にならなかった」
「完成しなかった……みたいなこと?」
「いいえ」
詩織さんが少し寂しそうに笑った。
「結局は詩にならなかったの。言葉は尽くせば尽くすほどいいと思っていたわ。でもそうじゃないのかもしれないと思ったの」
「…………」
「私の気持ちを言い表せる正解の言葉なんていうものはなくて、単純明快な気持ちは単純明快な言葉でしか本当には伝わらないのかも、って」
詩織さんが少し潤んだ目で私を見つめた。
「だから、この言葉を受け取ってくれると、嬉しいわ」
「うん。受け取る」
私は紙を開いた。
そこには、詩織さんの綺麗な字で、こう書かれていた。
『日向灯花ちゃん。私はあなたのことが、大好きです』
「……っ!」
思えば、詩織さんから好きだと言われたのは、初めてな気がする。告白の時も『好き』とは言われなかったはずだ。それはきっと『好き』だとか『愛している』といった言葉以上に自分の気持ちにふさわしい言葉を探していたからなのだろう。
でもそんな詩織さんが、私のことを大好きだと言ってくれた。
それはなんというか、その大好きという言葉偽りのない言葉であることを証明しているかのように思えて。
ともすれば詩織さんの心に触れることができたかのような、そんな嬉しさと、詩織さんの大切なものに触れてしまった恥ずかしさがあった。
「……恥ずかしいわ」
俯く詩織さんの顔は赤いけど、私も多分同じくらい赤面していただろう。
喫茶店の少し暗い照明のおかげでバレていないのでは、とか、いやでも私に詩織さんの頬の赤さが分かるのだから、詩織さんからもわかってしまうのではないか、とか。
お互い言葉少なになったところに、店員さんが紅茶を持ってきてくれた。
湯気が上がるティーカップは熱そうだけど、手持ち無沙汰なこともあったし、口をつけてみる。
「あちっ」
「大丈夫?」
やっぱり熱かった。火の異才を持っているわりに猫舌なのだ、私は。
「大丈夫、ありがと詩織さん」
大丈夫だと詩織さんに微笑みながらも必死に紅茶を吹き冷ます。
「……結局、言葉にするのが恥ずかしくて文字にしてしまったの。でもやっぱり言うわ」
「え?」
「日向灯花ちゃん。私はあなたのことが、大好きです。きっと、愛してすらいる」
詩織さんがまっすぐに私を見つめている。
「伝わらなくても、それでも伝えるわ。必要なら好き以外の言葉だって尽くす」
詩織さんが続けた。
「それは詩かもしれないし、散文かもしれない。好き以外のたった一言かもしれない。それでも灯花ちゃんに伝えるの」
「詩織さん……」
心臓がドキドキする。
早紀とも、彩羽ちゃんとも違う。静かで、深くて、じんわりと染み込んでくるような響き。
「だから、待っていてね。私の言葉が、ちゃんと届くまで」
「……うん」
私は頷いた。
声が震えそうになるのを堪えながら。
「待ってる。詩織さんの言葉、ちゃんと待ってる」
「ありがとう、灯花ちゃん」
詩織さんが嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔を見て、胸がきゅっと締め付けられた。
詩織さんは言葉の人だ。
たくさんの本を読んで、たくさんの言葉を知っている。詩を書いて、想いを言葉にしようとする人。
そんな詩織さんが、「大好き」というシンプルな言葉を選んでくれた。
それがどれだけ勇気のいることだったか。どれだけの想いが込められているか。
私には、たぶん分かった。
それから私たちはさっきよりも少し冷めて口をつけられるようになったお茶を飲みながら話をした。
詩のこと。本のこと。学校のこと。他愛のない話。
心地よかった。詩織さんと話すのは楽しい。
でも、と思う。3人と2人きりで会ってチョコを貰ってみて思う。
ここにみんながいたらもっと楽しいんだろうな、なんて。
詩織さんと話していたら外が暗くなってきていた。
時計を見ると、18時を過ぎている。
「そろそろ帰ろうかしら?」
詩織さんが言った。
「うん」
お会計を済ませて、店を出た。
外は冷たい風が吹いていた。2月の夕方は、まだ寒い。
「送っていくわ」
「え、いいよ。ここからなら詩織さんの家のほうが近いんだし」
「いいの。灯花ちゃんと一緒にいたいから」
詩織さんがにっこり笑った。
「……ありがとう」
2人で、駅に向かって歩いた。
並んで歩きながら、詩織さんが言った。
「今日、楽しかったわ」
「私も」
「また一緒に来ましょうね。この喫茶店」
「うん」
駅に着いた。
「じゃあ、ここで」
詩織さんが言った。
「今日は、ありがとう。灯花ちゃん」
「こちらこそ。チョコと……その、ありがとう」
「大事にしてね」
「うん。大事にする」
詩織さんが手を振った。
「じゃあね、灯花ちゃん。また学校で」
「うん、また学校で」
私が改札に入ってからも詩織さんはまだ、そこにいて微笑んでくれていた。
その微笑みを受けながら、私は詩織さんがくれた言葉を思い出していた。
『日向灯花ちゃん。私はあなたのことが、大好きです』
シンプルな言葉。でも、たぶん詩織さんの全部が詰まった言葉。
◇◇◇
家に帰って、部屋で一人になった。
部屋着に着替えてベッドに横になってから今日のことを思い出す。
早紀の手作りチョコ。彩羽ちゃんの華やかなチョコ。詩織さんの上品なチョコと言葉。
3人とも、私のことを想ってくれている。
3人とも、真剣に、本気で、私のことが好きだと言ってくれた。
早紀は「いつまでも伝える」と言った。
彩羽ちゃんは「何度だってドキドキさせる」と言った。
詩織さんは「どこまでも言葉を探す」と言った。
3人とも、諦めないって言ってくれた。
私が答えを出すまで、ずっと待ってくれるって。
「……」
一つだけ分かることがある。
3人とも、大切だ。
早紀も、彩羽ちゃんも、詩織さんも。みんな、大切な人。
私はスマホを取り出してメッセージを送った。
『今日はみんな、ありがとう』
『ちゃんと応えるから、待っててね』




