1月28日、黄金の火
1月28日。水曜日。放課後。
私は屋上で待っていた。
冷たい風が吹いている。1月下旬の屋上は、やっぱり寒い。
環さんにお願いして、3人を呼び出してもらった。
早紀には「灯花が火の練習の成果を見せたいって言ってた」と。
彩羽ちゃんには「灯花がサプライズを用意してるから来てほしいって」と。
詩織さんには「灯花が詩の感想を伝えたいって言ってた」と。
三者三様の理由。全部嘘だ。
こんなことしていいのかな、と思う。でも、普通に呼んだら、きっとまたバラバラに私を誘ってくる。それじゃあ意味がない。
だから、環さんに協力してもらった。
屋上のドアが開いた。
「灯花?」
早紀が来た。
「あれ、環から火の練習の成果見せたいって聞いたんだけど」
「うん、ちょっと待って。もう少しで——」
また、ドアが開いた。
「灯花ー! サプライズって何ー?」
彩羽ちゃんが来た。そして、早紀を見て固まった。
「……え、なんで早紀がいるの」
「私が聞きたいんだけど」
早紀も彩羽ちゃんを見て、表情が硬くなった。
また、ドアが開いた。
「灯花ちゃん、詩の感想を……あら」
詩織さんが来た。そして、2人を見て足を止めた。
「……早紀ちゃんと彩羽ちゃんも」
「詩織も呼ばれたの?」
早紀が聞いた。
「ええ。灯花ちゃんが詩の感想を伝えたいって」
3人の視線が、私に集まった。
「灯花、これ……」
早紀が私を見た。問い詰めるような目。
「ごめんね」
私は正直に言った。
「環さんにお願いして、みんなを呼んでもらったの」
「……どういうこと?」
彩羽ちゃんが聞いた。
「私が普通に呼んでも、みんなに逆に誘われちゃうと思って。早紀には一緒に帰ろうって言われて、彩羽ちゃんには遊びに行こうって言われて、詩織さんには図書室に誘われて……そうなったら、また今みたいにバラバラになっちゃう」
3人は黙っていた。
「だから、環さんに協力してもらって、みんなを同じ場所に呼んだの」
私は3人を見た。
「話したいことがあるの。みんなに」
3人は顔を見合わせた。気まずそうな空気が流れる。
でも、誰も帰ろうとはしなかった。
「……まあ、ここまで来たんだし。聞くよ。灯花の話」
早紀が諦めたように言った。
「私も聞く」
彩羽ちゃんも言った。
「私も」
詩織さんも頷いた。
「ありがとう」
私はほっとした。
「じゃあ、まずは暖まろう? 寒いし」
私は手のひらに火を灯した。橙色の光が、屋上を照らす。
3人が火の周りに集まった。いつもの光景だ。
でも、いつもより距離がある。3人とも、お互いを避けるように立っている。
「……」
私は火を見つめた。
橙色の火。暖かい火。
この火で、みんなを暖まってくれたらいい。みんなの心も。
「それで、話って何?」
早紀が聞いた。
「うん……」
私は深呼吸した。
「最近、みんながギクシャクしてるのが……辛いの」
3人が私を見た。
「昼休みも、全然会話続かないし、放課後も、みんなバラバラに帰っちゃう。前みたいに、5人で楽しく過ごせてない」
私は正直に言った。
「みんなが私に恋をしてくれてるのはわかる。嬉しい。でもそれと同じくらい3人の友情も、私にとって大切なの。早紀と彩羽ちゃんと詩織さんが仲良くしてるのを見るのが、好き」
3人は黙っていた。
「だから、このままギクシャクしてるのは……嫌」
「灯花」
早紀が口を開いた。
「もう大丈夫だよ。私たち、仲直りしたから」
「そうだよ。ちゃんと謝ったし、許してもらったし」
彩羽ちゃんも言った。
「ええ。もう気にしていないわ」
詩織さんも微笑んだ。
でもそれは。
「嘘だよ」
私は言った。
「え?」
3人が驚いた顔をした。
「もう大丈夫なら、なんで昼休みあんな空気が重いの。なんで放課後、みんなバラバラに私を誘うの。今だって、なんでお互いを避けるように立ってるの」
私は3人を見た。
「私、そんなに鈍感じゃない」
3人は何も言わなかった。
「……確かに、まだぎこちないかもしれない」
早紀が小さく言った。
「でも、時間が経てば……」
「時間が経てば、本当に戻るの?」
私は聞いた。
「このままお互いを避け続けて、本当に前みたいに戻れるの?」
早紀は答えられなかった。
「……分かんない」
彩羽ちゃんがぼそりと言った。
「正直、さきっちと詩織ねぇと一緒にいると、まだちょっと気まずい」
「彩羽ちゃん……」
「だって、ひどいこと言っちゃったし。謝ったけど、言ったことはなかったことにならないし」
彩羽ちゃんが下を向いた。
「私も」
早紀が言った。
「彩羽にも詩織にも、ひどいこと言った。謝ったけど、まだ……」
「私も同じよ」
詩織さんが言った。
「2人に強く当たってしまったわ。許してもらったけど、心のどこかで……まだ引きずっている」
3人とも、顔を伏せていた。
「……やっぱり」
私は呟いた。
「みんな、まだ傷ついてる」
「灯花のせいじゃないよ」
早紀が言った。
「私たちが勝手に……」
「私のせいだよ」
強く遮った。
「私のせいで、みんなが喧嘩した。私が答えを出せないからみんなが焦って、傷つけ合った」
「それは違う!」
「違っても、みんなが傷ついてるのは事実だよ」
私は3人を見た。
「私、みんなに友だちでいてほしい。前みたいに、5人で笑い合いたいの」
胸が熱くなってきた。
言いたいことが、次々と溢れてくる。
「私ね、みんなが好き」
私は言った。
「早紀も、彩羽ちゃんも、詩織さんも。みんな大切な友達で、みんなといる時間が大好きで」
声が震えてきた。
「みんなが私のことを好きでいてくれるのは、すごく嬉しい。でも、そのせいでみんなが傷つけ合うのは、嫌なの」
目頭が熱くなってきた。
「私は、みんなに幸せでいてほしい。私のせいで、みんなが苦しんでほしくない……!」
言葉が詰まった。
胸の奥から、何かが込み上げてくる。
「私、みんなのことが大好きなの。友達として、それ以上の何かとして、まだ分からないけど……でも、大好きなの」
涙が溢れてきた。
「だから、みんなの仲が悪いのは……嫌なの。みんなが傷つけ合うのは……見たくないの」
私の感情が、どんどん高ぶっていく。
抑えられない。止められない。
「みんなでいる時間が、大好きなの。5人で笑ってる時間が、宝物なの。それが壊れていくのが……怖い」
胸が苦しい。息が荒くなる。
「私のせいで、みんなが本当に友だちでいられなくなったら……私……!」
要するに、守りたいのだ。みんなの間の友情を。みんなとの時間を。彩羽ちゃんが面白いことを言って、早紀がツッコんで、私が笑って、詩織さんが微笑み、環さんが平然としている、そんな時間を。
その時。
傍らに浮かべていたの火が、変わった。
「え……?」
橙色だった火が、金色に輝き始めた。
そして、どんどん渦を成し、大きくなっていく。
「灯花、火が……!」
早紀が叫んだ。
「落ち着いて、灯花ちゃん!」
詩織さんの声が聞こえた。
でも、止められない。
火がどんどん大きくなる。金色の光が、屋上を照らす。
「や、やだ……止まって……」
止めようとした。でも、止まらない。
感情が溢れすぎて、火が制御できない。
「灯花!」
早紀が駆け寄ってきた。
そして、私の手を握った。
「大丈夫、大丈夫だから」
早紀の手が、私の手を包み込む。
「灯花、落ち着いて。私がいるから」
早紀の声が、耳に届く。
彩羽ちゃんも駆け寄ってきた。
そして、後ろから私を抱きしめた。
「大丈夫だよ、灯花。私もいるよ」
彩羽ちゃんの温もりが、背中に伝わる。
「灯花ちゃん」
詩織さんも来た。
そして、私の頬に手を当てた。
「大丈夫よ。私たちがいるから」
詩織さんの手が、私の涙を拭う。
3人の温もりが、私を包み込む。
早紀の手。彩羽ちゃんの抱擁。詩織さんの優しさ。
「……っ」
火が、少しずつ小さくなっていき、消えた。
「……」
火が消えた。
屋上に、静けさが戻った。
「……」
私は立っていられなくなって、その場にしゃがみ込んだ。
涙が止まらない。
「ごめ……ごめんね……」
嗚咽が漏れた。
「私、また、みんなに……迷惑かけて……」
「迷惑なんかじゃないよ」
早紀が私の隣にしゃがんだ。
「灯花は何も悪くない」
「でも……私のせいで……」
「だから灯花のせいじゃないんだよ」
彩羽ちゃんも言った。
「私たちが勝手に焦って、勝手に傷つけ合っただけ。灯花は何も悪くない」
「灯花ちゃん」
詩織さんが私の手を握った。
「あなたは、私たちのことを想ってくれていたのね。私たちの友情を、守ろうとしてくれていたのね」
「……うん」
私は頷いた。
「みんなが……仲良くないのが……嫌だった……」
声が震える。
「自分で思ってたより……ずっと嫌だった……みんなが、お互いを避けてるのが……辛かった……」
涙が頬を伝う。
「私、みんなのこと、大好きだから……みんなが、仲良くしてほしいの……」
3人は黙って聞いていた。
「……ごめん」
早紀が言った。
「私たち、灯花のこと考えてるつもりで、全然考えてなかった」
「うん……」
彩羽ちゃんも頷いた。
「灯花のために争って、灯花を苦しめてた。……大晦日、私たち約束してたのにさ。恋をするのって難しいね」
「……そうね。私も」
詩織さんも言った。
「灯花ちゃんの気持ちを考えずに、自分のことばかり……」
3人が、顔を見合わせた。
今度は、避けるような目じゃなかった。
「……ねぇ」
早紀が口を開いた。
「私たち、ちゃんと仲直りしよう。言葉だけじゃなくて、本当に」
彩羽ちゃんと詩織さんが、早紀を見た。
「さっき灯花が言ってたこと、その通りだと思う。私たち、仲直りしたって言いながら、全然仲直りできてなかった」
「……うん」
彩羽ちゃんが頷いた。
「私も、まだ気まずいって思ってた。でも、それを見て見ぬふりしてた」
「私も同じ」
詩織さんも言った。
「心のどこかで引きずっていたのに、大丈夫なふりをしていたわ」
早紀が、彩羽ちゃんと詩織さんを見た。
「改めて、ごめん。私、2人にひどいこと言った」
「私も」
彩羽ちゃんも言った。
「さきっちにも詩織ねぇにも、ひどいこと言った。ごめん」
「私こそ」
詩織さんも言った。
「2人に強く当たってしまった。ごめんなさい」
3人が、お互いを見つめ合った。
さっきまでの気まずさは、もうなかった。
「……これもたぶん許すとかじゃなくて」
彩羽ちゃんが言った。
「だって、私たち友達だもん。友達が喧嘩して、仲直りするのは、普通のことでしょ」
「……そうだね」
早紀が小さく笑った。
「私たち、友達だもんね」
「ええ」
詩織さんも微笑んだ。
「大切な、友達」
3人が、笑い合った。
さっきまでとは違う、本当の笑顔だった。
「灯花」
早紀が私を見た。
「ありがとう。灯花がこうやって集めてくれなかったら、私たち、ずっとぎくしゃくしたままだったと思う」
「うん、ありがとう、灯花」
彩羽ちゃんも言った。
「灯花のおかげで、ちゃんと向き合えた」
「ありがとう、灯花ちゃん」
詩織さんも言った。
「あなたの想いが、私たちを繋ぎ止めてくれた」
私は、3人を見た。
みんな、笑っている。
さっきまでの気まずさは、もうない。
「……よかった」
私は笑った。涙で顔がぐちゃぐちゃだけど、笑った。
「みんなが、仲直りしてくれて……よかった……」
また涙が出てきた。でも、さっきとは違う涙だ。
嬉しくて、安心して、出てくる涙。
「灯花、泣き虫」
早紀が笑いながら言った。
「だって……嬉しいんだもん……」
「分かるよ」
彩羽ちゃんが私の頭を撫でた。
「私たちも嬉しい」
「ええ」
詩織さんがハンカチを差し出してくれた。
「顔、拭いて」
「……ありがとう」
私はハンカチを受け取って、涙を拭いた。
「……ねぇ」
早紀が言った。
「さっきの火、すごかったね」
「え?」
「金色に光ってた。すごく綺麗だった」
金色の火。感情が高ぶった時に出た火。
「あれ、何だったんだろう」
私は自分の手を見た。
「分からない。でも……怖かった。止められなくて」
「でも、止まったじゃん」
彩羽ちゃんが言った。
「私たちが触ったら、止まった」
「……うん」
3人が触れてくれたから、止まった。
3人の温もりが、私の火を鎮めてくれた。
「灯花ちゃんの火は、私たちと繋がってるのかしら……?」
詩織さんが言った。
「私たちの想いが、灯花の火に届いたのかもしれない」
「……そうかも」
私は頷いた。
私の火は、感情に反応する。3人への想いで、変化する。
そして、3人の想いも——私の火に届く。
「……そろそろ寒いから、屋内入らない?」
彩羽ちゃんが言った。いつもだったら火を出してよ、とでも言いそうなところだけど、さっきの今で心配してくれているのだろう。でも。
「ありがと、でもたぶん大丈夫だと思う」
「え、いや灯花」
私は手のひらに火を灯した。
金色の光が、屋上を照らした。
でも、さっきみたいに暴走はしていない。落ち着いて、輝いているけど、暖かい火。
「金色……だね」
早紀も驚いた様子で言う。
「え、でもあったかいよ!」
彩羽ちゃんが火に手をかざした。
「色は変わったけど、これも灯花ちゃんの火なのね」
詩織さんも手をかざした。
早紀も少しためらってから手をかざした。
「……暖かい」
みんなが、私の火の周りに集まっている。
さっきまでみたいに、距離を取っていない。
肩が触れ合うくらい、近くに。
「……ありがとう」
私は言った。
「みんな、ありがとう」
屋上に、暖かい空気が流れていた。
火の暖かさだけじゃない。
きっと、みんなの心の暖かさが、この場所を満たしていた。
◇◇◇
日が暮れてきて、私たちは屋上を後にした。
階段を下りながら、みんなで話をした。
さっきまでのぎこちなさは、もうなかった。
「ねぇ、今度の日曜日、みんなで遊びに行かない?」
彩羽ちゃんが言った。
「いいね。どこ行く?」
早紀が答えた。
「カラオケとか? 思いっきりみんなで歌いたい」
「いいわね」
詩織さんも言った。
「灯花は?」
「うん、行きたい」
私は笑った。
「みんなで行きたい」
校門で、環さんと合流した。
「終わった?」
環さんが聞いた。
「うん。ありがとう、環さん」
私は頭を下げた。
「環さんのおかげで、みんなで話せた」
「私は何もしてない。灯花が考えて、灯花が決めて、灯花が動いた」
環さんがそう言って、私たちを見た。
「仲直りできたんだ」
「うん」
早紀が答えた。
「ちゃんと、仲直りした」
「そう。よかった」
頷いてから環さんは付け加えた。
「恋するって難しい。最初からうまくなんていかない。独りよがりになって、人を傷つけながら、恋と愛を学んでいくんだと、私は思う」
そう言って私たちの反応を待たずに歩き出してしまった。
私にはまだ分からない。3人には、分かったのだろうか。
それから5人で、駅に向かって歩いた。
みんなで並んで、いつものように話しながら。
東の空には星が輝き始めていた。
冬の空は澄んでいて、星がよく見える。
「綺麗だね」
私は空を見上げた。
「うん、綺麗」
早紀も見上げた。
「星いっぱいだ」
彩羽ちゃんも言った。
「冬の星座は……まだちょっと見えないかしらね」
詩織さんが微笑んだ。
「……」
環さんは黙って、空を見ていた。
みんなで、星を見上げながら歩いた。
この時間が、好きだと思った。
みんなで過ごす時間が、大好きだと思った。
これからも、ずっと——こうやって、みんなで笑っていたい。
そう、心から思った。




