1月19日、小さな狂い?
1月18日。日曜日。
今日は詩織さんと一緒に図書館に行く約束をしていた。
昨日、詩織さんから「日曜日、一緒に図書館に行かない? 読みたい本があるの」とメッセージが来て、私は二つ返事で「行く」と答えた。
待ち合わせは駅前。午後1時。
少し早めに着いたから、駅前のベンチに座って待っていた。
「灯花ちゃん、お待たせ」
詩織さんが来た。今日は私服で、白いニットにロングスカート。大人っぽくて、綺麗だ。
「ううん、私も今来たところ」
「そう? じゃあ、行きましょうか」
詩織さんと並んで歩き出した。
図書館は駅から歩いて10分くらいのところにある。市立図書館で、結構大きい。
「今日は何の本を借りるの?」
「詩集を探そうと思って。最近、いろんな詩人の作品を読んでいるの」
詩集。詩織さんらしい。
「灯花ちゃんは? 何か借りたい本ある?」
「私は……特に決めてないかな。詩織さんと一緒にいろいろ見ようかなって」
「ふふ、嬉しいわ」
詩織さんが微笑んだ。
図書館に着いて、中に入った。
日曜日だから、人が多い。でも、静かだ。図書館特有の、落ち着いた空気。
「こっちよ」
詩織さんに案内されて、詩集のコーナーに向かった。
棚にはたくさんの本が並んでいる。詩集だけで、こんなにあるんだ。
「灯花ちゃんは、詩を読んだことある?」
「学校の授業で読んだくらいかな……」
「そう。じゃあ、いくつかおすすめを紹介するわね」
詩織さんが棚から本を取り出した。
「これは現代詩のアンソロジー。いろんな詩人の作品が入っているから、入門にいいと思うわ」
「ありがとう」
私は本を受け取った。ぱらぱらとページをめくる。
短い言葉が並んでいる。でも、一つ一つの言葉に重みがある気がする。
「詩って、短いのに深いよね」
「ええ。限られた言葉で、無限のことを表現しようとする。それが詩の魅力よ」
詩織さんが嬉しそうに言った。
「詩織さんは、いつから詩が好きなの?」
「小学生の頃からかしら。図書室で偶然見つけた詩集を読んで、言葉の美しさに惹かれたの」
詩織さんが遠い目をした。
「言葉って、不思議よね。同じ『好き』という言葉でも、使い方で全然違う意味になる」
「……うん」
「だから私、灯花ちゃんへの気持ちにぴったりの言葉を探しているの」
詩織さんが私を見た。
「まだ見つからないけれど……きっと見つける。灯花ちゃんへの気持ちを、ちゃんと言葉にしたい」
「詩織さん……」
胸がきゅっと締め付けられた。
詩織さんの真剣な眼差し。私のために、言葉を探してくれている。
「あ、ごめんなさい。こんな話をするつもりじゃなかったのに」
詩織さんが少し慌てたように言った。
「今日は純粋に、図書館を楽しみましょう」
「……うん」
私たちは棚の間を歩きながら、いろんな本を見た。
詩織さんは詩集を何冊か選んで、私は詩織さんがおすすめしてくれた本を借りることにした。
◇◇◇
図書館の後はカフェに寄った。
他愛もないけど、かけがえもない世間話をしながら、詩織さんは紅茶を、私はココアを飲んで。
西の空が茜色に染まり始めてから、カフェを出た。
「今日は楽しかったわ」
「私も。詩織さんと一緒だと、なんか特別な時間って感じがする」
「特別……」
詩織さんが少し驚いたような顔をした。そして、ふわりと笑った。
「嬉しいこと言ってくれるのね」
「本当のことだよ」
詩織さんが私の手を取った。
「灯花ちゃん」
「ん?」
「私、待っているわ。灯花ちゃんの答えを」
詩織さんの目が、真っ直ぐに私を見ている。
「焦らなくていい。ゆっくり考えて。でも……私のこと、忘れないでね」
「忘れないよ。絶対に」
詩織さんが私の手をぎゅっと握った。
暖かい。でも、少しだけ震えている気がした。
詩織さんも、不安なのかもしれない。
「……ありがとう、詩織さん」
「こちらこそ」
詩織さんが手を離した。
「じゃあ、またね」
「うん、また明日」
詩織さんと別れて、電車に乗った。
窓の外を流れる景色を見ながら、今日のことを考えていた。
詩織さんとの時間。穏やかで、落ち着いていて、少しだけ胸が苦しい。でも、それは嫌な苦しさじゃない。
言葉にできない何かが、胸の中でうずいている。
◇◇◇
その日の夜。詩織さんからオススメされた本は面白くてすぐに読み切ってしまった。
『ねぇ、詩織さん!』
喜びのスタンプをいくつか送る。
『オススメされた本、面白くてもう読み切っちゃった!』
『あら、早いわね』
『感想会! 明日って空いてる?』
『空いてるわよ』
OK! のスタンプが送られてくる。私もやったー! のスタンプを返す。
『じゃあ明日の放課後!』
◇◇◇
翌日。1月19日。月曜日。
学校が終わって、放課後。
「灯花、一緒に帰ろう」
早紀が声をかけてきた。
「今日、話したいことがあるんだけど」
早紀の顔が、少し赤い。話したいこと、って何だろう。
でも今日は詩織さんとの約束がある。
「ごめん、今日は――」
答えようとした時、彩羽ちゃんがやってきた。
「あ、灯花! 今日一緒に帰ろうと思ってたんだけど!」
彩羽ちゃんが割り込んできた。
「え、私が先に誘ったんだけど」
早紀が眉をひそめた。
「えー、私も今日こそ灯花と帰りたかったのに」
「私だって灯花と話したいことがあるの」
「私もあるもん!」
2人の間に、微妙な空気が流れた。
いつものじゃれ合いとは、少し違う。
「あら、どうしたの?」
詩織さんも来た。
「あれ詩織、灯花と帰る約束してた?」
「帰る約束ではないけれど、本の感想会を一緒に」
詩織さんがにっこり笑った。
そう、今日は詩織さんと約束していて――。
「私が先に誘ったんだけど」
早紀が言った。
「でも、私も灯花と帰りたいし」
彩羽ちゃんも譲らない。
「私も図書室に行く約束を——」
詩織さんも困ったようにそう言いかけて、止まった。
3人の視線が、私に集まる。
「……えっと」
どうすればいいか分からない。
普通に考えれば事前に約束してたんだから、詩織さんとの約束を優先するべきだとは思うんだけど、なんだか雰囲気がおかしい気がして、素直にそうしていいのか分からない。
「灯花が決めなよ」
早紀が言った。
「今日の放課後はどうするの?」
「え……」
急にそんなこと言われても、困る。
3人とも大切だ。こんな形でなし崩し的に誰か1人を選ぶなんて、できればしたくない。
「決められないなら、じゃんけんする?」
彩羽ちゃんが提案した。
「じゃんけんしたとして、灯花の意思はどうなるのよ」
早紀が呆れた声を出した。
「じゃあどうするの」
「それは……」
早紀も言葉に詰まった。
「いったんみんなで帰ればいい」
環さんの声がした。いつの間にか、環さんも来ていた。
「え?」
「みんなで一緒に帰る。それなら誰も困らない」
環さんが淡々と言った。
「……それもそうね」
詩織さんが頷いた。約束してたのに、いいのかな……。
「5人で帰るのも、楽しいかもしれないわ」
「まあ、いいけど……」
早紀が渋々という感じで頷いた。
「私も別にいいよ」
彩羽ちゃんも同意した。
「じゃあ、行こう」
環さんが歩き出した。私たちもその後に続く。
◇◇◇
5人で学校を出た。
でも、空気がぎこちない。
いつもなら、彩羽ちゃんが何か面白いことを言って、早紀がツッコんで、詩織さんが笑って、環さんが静かに見守って……そういう流れになるのに。
今日は、みんな黙っている。
「……」
私は居心地が悪かった。
詩織さんとは結局約束を反故にする形になってしまった。
早紀と彩羽ちゃんにも、申し訳ない。
2人とも、私と一緒にいたいと言ってくれたのに。
「……ねぇ」
沈黙に耐えられなくなって、私は口を開いた。
「詩織さん、明日は一緒に感想会しよ? で、明後日は早紀、一緒に帰ろ。その次は彩羽ちゃん。これじゃダメかな……?」
「……いいの?」
早紀が聞いた。
「うん。みんなと一緒にいたいから」
私の言葉に、3人の表情が少しだけ和らいだ。
「……分かった」
早紀が頷いた。
「じゃあ明後日ね、灯花」
「うん」
「私は明々後日だね!」
彩羽ちゃんも笑顔になった。
「えぇ、明日。楽しみにしてるわ」
詩織さんも微笑んだ。
少しだけ、空気が軽くなった気がする。
でも、まだぎこちなさは残っている。
環さんが、静かに私たちを見ていた。
何を考えているのか、分からない。でも、さっき助け舟を出してくれたのは環さんだ。
「環さん、ありがとう」
小声で言った。
「何が?」
「みんなで帰ろうって言ってくれて」
「みんな灯花と過ごしたかっただけ。ケンカがしたいわけじゃない」
「そうだね。でもありがとう。私じゃ咄嗟にそうは言えなかっただろうから……」
「どういたしまして」
環さんはそれだけ言って、前を向いた。
駅に着いて、改札前で彩羽ちゃん、詩織さんと別れる。
「また明日ね、灯花ちゃん」
「また明日ー!」
私と早紀と環さんは改札を通ってホームに向かう。
環さんは元より話題を向けなければ話さないし、早紀はきっと2人きりで話したいことだったのだろう。居心地こそ悪そうにはしていなかったものの黙っていた。
電車に乗って、窓の外を見ながら考えた。
今日の空気。ぎこちなかった。
3人とも、私と一緒にいたいと思ってくれている。それは嬉しい。
でも、そのせいで3人の間に微妙な空気が流れている。
私のせいだ。
私がはっきりしないから、みんなが困っている。
……でも、まだ答えは出せない。
自分の気持ちが、まだ分からないから。
明日は詩織さんと一緒に過ごす。その次は早紀。その次は彩羽ちゃん。
順番に、みんなと過ごす。
そうすれば、自分の気持ちも分かるようになるかもしれない。
——本当に?
ずっと順番にみんなと過ごすのも……なんだか不誠実なようにも思えて。
分からない。
でも、今はそうすることしか思いつかなかった。




