1月12日、それぞれの火!
1月12日。朝。
金曜日の練習で分かったこと。私の火は、感情に反応して変化する。
今日は意識して、3人といる時の火を観察してみようと思った。
朝の支度中、スマホが鳴った。早紀からのメッセージだ。
『今日も一緒に登校しない? 駅で待ってる』
いつもと同じだ。早紀とは毎朝一緒に登校している。でも、わざわざメッセージを送ってくるのは珍しい。
『うん、一緒に行こう』
返信して、朝の準備を再開した。
◇◇◇
駅に着くと、早紀がホームで待っていた。
「おはよう、灯花」
「おはよう、早紀。今日はメッセージくれたんだね」
「うん、まあ……」
早紀が少し目を逸らした。
「なんか用事あった?」
「別に。ただ、一緒に行きたかっただけ」
一緒に行きたかった。
その言葉に、胸がじんわりと暖かくなった。
「……ありがとう」
「お礼言うようなことじゃないでしょ」
早紀がぶっきらぼうに言った。でも、耳が少し赤い。
電車に乗って、並んで座った。朝の電車はちょっと混んでいて、肩が触れ合う距離だ。
「ねぇ、灯花」
「ん?」
「明後日、暇?」
早紀が聞いてきた。
「明後日? 特に予定ないけど……」
「じゃあ、一緒に出かけない?」
早紀が私を見た。真剣な目だ。
「出かけるって、どこに?」
「まだ決めてない。でも、2人で」
2人で。
冬休みに、早紀と2人で出かけた。雪の日、思い出の場所を巡って、早紀の気持ちを聞いた日。
「……いいよ」
私は頷いた。
「ほんと?」
早紀の顔がぱっと明るくなった。
「うん。早紀と出かけるの、楽しいし」
「……そう」
早紀が嬉しそうに笑った。その笑顔を見て、胸がまた暖かくなる。
——あ、そうだ。火のこと。
私はこっそり手のひらに意識を向けた。火を出すわけじゃないけど、自分の中にある火の気配を感じようとした。
暖かい。安定している。いつもより少しだけ、火が大きくなっている気がする。
「灯花?」
「あ、なんでもない」
早紀に見つめられて、慌てて意識を戻した。
「なんか、嬉しそう」
「え、そう?」
「うん。なんかあった?」
「……別に、早紀と一緒にいるのが楽しいなって思っただけ」
正直に言った。
「……っ」
早紀が顔を赤くした。
「な、なに急に」
「急にって、本当のことだし」
「……バカ」
早紀が顔を背けた。でも、口元は笑っている。
「灯花、最近なんか変わった?」
「変わった?」
「うん。なんていうか……前より、素直になったっていうか」
素直になった。そうなのかな。
自分では分からないけど、3人に告白されてから、自分の気持ちと向き合おうとしているのは確かだ。
「そうかも。ちょっと、自分のこと考えるようになったから」
「自分のこと?」
「うん。自分がどう思ってるか、とか」
早紀が私を見つめた。
「……私のことも、考えてくれてる?」
早紀の声が、少しだけ小さくなった。
「考えてるよ」
私は正直に答えた。
「早紀のことも、彩羽ちゃんのことも、詩織さんのことも。みんなのこと、ずっと考えてる」
早紀の表情が、一瞬だけ曇った。でも、すぐに笑顔に戻った。
「そっか。ちゃんと考えてくれてるんだ」
「うん」
「……私だけじゃなくて、3人のこと」
「えっと、うん……ごめん」
謝ると、早紀が首を振った。
「謝らなくていい。灯花が3人のことを考えてくれてるなら、それでいい」
「早紀……」
「でも、私は諦めないからね」
早紀がにっと笑った。
「灯花の一番になりたい。だから、もっと灯花と一緒にいたい」
「……うん」
早紀の言葉が、胸に響いた。
胸の中の火が、また少しだけ大きくなった気がした。
◇◇◇
学校に着いて、教室に入った。
「おはよー!」
彩羽ちゃんが手を振ってきた。
「おはよう、彩羽ちゃん」
「おはよ彩羽」
「2人とも一緒に来たんだー。相変わらず仲良しだねぇ」
彩羽ちゃんがニヤニヤしている。
「別に普通でしょ。毎朝一緒に登校してるんだから」
早紀がぶっきらぼうに言った。
「はいはい、ごちそうさまー」
「何がごちそうさまなの」
早紀と彩羽ちゃんがいつものように言い合っている。
私は彩羽ちゃんを見ながら、胸の中の火の気配を感じようとした。
さっきまで安定していた火が、少しだけ揺らいでいる。弾けるような、明るい揺らぎ。
やっぱり、弾ける。彩羽ちゃんといると、こうなるんだ。
「灯花? どしたの、ぼーっとして」
「あ、なんでもない」
彩羽ちゃんに顔を覗き込まれて、慌てて答えた。
「なんか最近の灯花、普段よりもぼーっとしてない?」
それは普段からぼーっとしてるという意味? そんなことはないでしょ。……ないよね?
「そうかな……?」
「そうだよ。なんか考え事?」
「ちょっとね」
曖昧に答えた。火のことを説明するのは難しい。
「おはよう、みんな」
詩織さんが教室に入ってきた。
「おはよう、詩織さん」
「おはよう詩織ねぇ」
「おはよう詩織」
詩織さんを見た瞬間、胸の中の火がまた変化した。
さっきまでの弾けるような揺らぎが収まって、静かに波打っている。確実にさっきよりも静かだ。
「あら、灯花ちゃん。今日はなんだか穏やかな顔をしているわね」
「そう……かな」
「うん。なんだか、落ち着いた感じ」
詩織さんが微笑んだ。
詩織さんといると、火が静かになる。穏やかになる。
3人といる時、火がそれぞれ違う反応をする。昨日の練習で分かったことが、今日も確認できた。
「おはよう」
環さんも教室に来た。これで5人揃った。
「おはよう、環さん」
「おはよう花輪さん」
「おっは~環さん」
「おはよう環」
環さんは私をちらりと見た。昨日の練習のことを思い出しているのかもしれない。
私は小さく頷いた。大丈夫、ちゃんと観察してる、という意味を込めて。
環さんも小さく頷き返した。
◇◇◇
午前中の授業が終わって、昼休み。
「ねぇ灯花ちゃん、今日のお昼、一緒に図書室で食べない?」
詩織さんが声をかけてきた。
「図書室? ご飯食べて大丈夫なの?」
「あ、そうねぇ……。準備室でなら平気かしら。私、借りたい本があるの。灯花ちゃんも一緒にどうかなって」
詩織さんが微笑んだ。
図書室で詩織さんと2人。火の反応を観察するにはちょうどいい。
「いいよ。行こう」
「ありがとう、灯花ちゃん」
詩織さんが嬉しそうに笑った。
「えー、私も行きたい」
彩羽ちゃんが言った。
「彩羽ちゃんは図書室で静かにできる?」
「……できない」
彩羽ちゃんが正直に答えた。
「じゃあダメね」
詩織さんがにっこり笑った。怖い。
「うぅ、詩織ねぇ厳しい……」
「図書室は静かにしなきゃいけない場所だから」
「分かってるけどぉ」
彩羽ちゃんがしょんぼりしている。
「彩羽、私と屋上で食べよう」
早紀が言った。
「えー、さきっちとー?」
「何、不満?」
「不満じゃないけど、灯花と食べたかった」
「私だって灯花と食べたいよ。でも今日は詩織に譲る」
早紀がそう言って、私を見た。
「今日の朝は一緒に登校できたし。明後日も約束したし」
「……うん、ありがとう、早紀」
早紀が少しだけ笑った。
「じゃあ、また後でね」
早紀と彩羽ちゃんは屋上に向かった。環さんも一緒に屋上に向かう。何も言わなかったけど結構平然と一緒にいてくれるな。
「じゃあ、行きましょうか」
詩織さんと一緒に、図書室に向かった。
◇◇◇
図書室は静かだった。お昼時だから、人もまばらだ。
準備室に入って、お弁当を広げた。
「静かでいいわね」
「うん」
静かな図書室の、準備室。輪をかけて静かだ。詩織さんと向かい合って、お弁当を食べる。
無言の時間。でも、気まずくない。環さんといる時ももそうだけど、詩織さんといても、こういう静けさが心地いい。
「灯花ちゃん、最近どう?」
詩織さんが聞いてきた。
「どうって?」
「いろいろ。学校のこととか、火の練習のこととか」
詩織さんが微笑んだ。
「……いろいろ考えてる」
私は正直に答えた。
「そう。考えることは大切よ」
「うん……」
詩織さんが私を見つめた。
「私ね、灯花ちゃんのそういうところが好きなの」
「そういうところ?」
「ちゃんと考えるところ。逃げないで、向き合おうとするところ」
詩織さんの言葉が、胸に響いた。
「私、逃げてばっかりだった気がするけど……」
「そんなことないわ。灯花ちゃんは、ちゃんと向き合ってる」
詩織さんが手を伸ばして、私の手に触れた。
「私の詩、読んでくれたでしょう?」
「うん」
「あの詩、まだ完成してないの」
詩織さんが少し寂しそうに笑った。
「最後の言葉が、まだ見つからない」
「……うん」
「でも、見つけたいの。灯花ちゃんへの気持ちを、ちゃんと言葉にしたい」
詩織さんの手が、私の手を握った。
「私も逃げずに探すわ、灯花ちゃんへの気持ちにふさわしい言葉を」
「……」
胸がきゅっと締め付けられた。
詩織さんの手の温もりが伝わってくる。
——あ、火。
私は少し詩織さんに申し訳ないと思いながらも自分の中の火に意識を向けた。胸の中の火の気配。
静かに波打っている。
「灯花ちゃん?」
詩織さんの声で、我に返った。
「あ、ごめん。ちょっと考え事してた」
「何を考えてたの?」
「……詩織さんのこと」
正直に答えた。
「私のこと?」
「うん。詩織さんといると、なんか……落ち着くなって」
詩織さんが目を丸くした。そして、ふわりと笑った。
「嬉しいわ」
「……えへへ」
なんだか照れくさくなって、笑って誤魔化した。
お弁当を食べ終わって、詩織さんは本を借りに行った。
私はその後ろ姿を見ながら、さっきの火のことを考えていた。
詩織さんといると、火が波打つ。
◇◇◇
放課後。
「灯花、一緒に帰ろー!」
彩羽ちゃんが駆け寄ってきた。
「うん、いいよ」
今日は彩羽ちゃんと一緒に帰る番だ。朝は早紀と登校して、昼は詩織さんと図書室で過ごした。放課後は彩羽ちゃんと。
3人それぞれと過ごして、火の反応を観察する。そういう一日。
「じゃあね、灯花」
「またね、灯花ちゃん」
「また明日」
早紀と詩織さんと環さんに手を振って、彩羽ちゃんと一緒に学校を出た。
「今日、灯花ずっと誰かと一緒だったね」
彩羽ちゃんが言った。
「そうかな」
「そうだよ。朝はさきっちと、昼は詩織ねぇと。で、今は私と」
彩羽ちゃんがにやにやしている。
「もしかして、順番に回ってる?」
「……ばれた?」
「ばれるよぉ。分かりやすいもん」
「怒らないの?」
「なんで怒るの?」
「だって、順番に回ってるって……」
なんかちょっと不誠実な気がする。
「いいじゃん。灯花がみんなのことちゃんと考えてくれてるってことでしょ?」
彩羽ちゃんがにこっと笑った。
「私は、灯花が私のことも考えてくれてるなら、それでいいよ」
「彩羽ちゃん……」
「まあ、欲を言えば私だけを見てほしいけどね~」
彩羽ちゃんがウインクする。かわいい。
「でも、今は灯花が考える時間。だから、待つよ」
「ありがとう」
「お礼はいいから、ちゃんと考えてね?」
彩羽ちゃんが私の肩をぽんと叩いた。
「それでさ、今日どこか寄っていかない?」
「どこか?」
「うん。せっかく2人で帰るんだし、どこか行こうよ」
彩羽ちゃんがわくわくした顔で言った。
「どこ行きたい?」
「えーっとね……あ、ゲーセン行かない?」
「ゲーセン?」
「うん! クレーンゲームとか、プリクラとか!」
彩羽ちゃんらしい提案だ。
「いいよ。行こう」
「やったー!」
彩羽ちゃんが飛び跳ねた。
◇◇◇
駅前のゲームセンターに入った。
平日の放課後だから、そんなに混んでいない。
「灯花、あれやろうよ!」
彩羽ちゃんがクレーンゲームを指さした。中には可愛いぬいぐるみが入っている。
「取れるかな……」
「やってみなきゃ分かんないでしょ!」
彩羽ちゃんが100円を入れた。
「よーし、いくよー」
彩羽ちゃんがレバーを操作する。クレーンが動いて、ぬいぐるみを掴もうとして。
「あー! 惜しい!」
クレーンがぬいぐるみをかすめて、空振りした。
「もう一回!」
彩羽ちゃんがまた100円を入れた。
何回かチャレンジしたけど、なかなか取れない。
「うぅ、難しい……」
「私もやってみていい?」
「うん、灯花やってみて!」
私は100円を入れて、クレーンを操作した。
ぬいぐるみを狙って——。
「あ、動いた!」
クレーンがぬいぐるみを掴んだ。そして。
「取れた!」
ぬいぐるみが取り出し口に落ちた。
「すごい灯花! 一発で取れた!」
彩羽ちゃんが飛び跳ねて喜んでいる。
「たまたまだよ」
「たまたまでも取れたからすごい!」
彩羽ちゃんがぬいぐるみを取り出して、私に渡してきた。
「はい、灯花の」
「え、彩羽ちゃんが欲しかったやつでしょ? 彩羽ちゃんにあげるよ」
「いいの?」
「うん」
彩羽ちゃんが目を輝かせた。
「ありがとう灯花! 大事にする!」
彩羽ちゃんがぬいぐるみを抱きしめた。
「次、プリクラ撮ろう!」
「うん」
プリクラコーナーに移動して、2人でプリクラを撮った。
ポーズを取って、落書きして、印刷されたプリクラを分け合う。
「灯花と2人でプリ撮るの、久しぶりかも」
「そうだっけ?」
「うん。最近は5人で撮ることが多かったから」
彩羽ちゃんがプリクラを見つめながら言った。
「5人も楽しいけど、2人もいいよね」
「……うん」
彩羽ちゃんが私を見た。
「ねぇ灯花」
「ん?」
「私ね、灯花といると楽しいの」
彩羽ちゃんが真剣な顔で言った。
「灯花の反応が面白いから、ついからかっちゃうんだけど……でも、本当は灯花と一緒にいる時間が好きなの」
「彩羽ちゃん……」
「だから、これからもいっぱい遊ぼうね」
彩羽ちゃんがにこっと笑った。
「……うん」
私も笑った。
胸の中の火が、弾けるように揺れている。明るくて、楽しくて、キラキラしている。
彩羽ちゃんといると、やっぱりこうなるようだ。
◇◇◇
朝、早紀と登校した。火は安定して、暖かくて、少し大きくなっていた。
昼、詩織さんと図書室で過ごした。火は静かに波打っていた。
放課後、彩羽ちゃんと遊んだ。火は弾けるように揺れて、明るかった。
この変化は、3人のことを想った時、つまりは目の前にみんながいなくてもそういう反応だったし、一緒にいた時も同じだった。
なぜこうなっているのかは、まだ分からないけれど。
無視することはできないし、すべきでもない。みんなからの想いと同じように、私が向き合うべきことだ。




