12月28日、ドキドキする気持ち!
冬休みも中盤に差し掛かった頃、彩羽ちゃんからメッセージが来た。
『灯花~、宿題終わった?』
『まだ半分くらい……』
『私も~! 一緒にやらない? 灯花の家行っていい?』
彩羽ちゃんらしい唐突な提案だった。でも、一人で宿題やるより誰かと一緒の方が捗る気がする。
『いいよ。いつ来る?』
『今から!』
今から。本当に唐突だ。
慌てて部屋を片付けた。散らかってるわけじゃないけど、なんとなく見られたくないものとかあるし。
だいたい30分くらいして、彩羽ちゃんが来た。
「お邪魔しまーす!」
いつもの元気な声。彩羽ちゃんは大きな鞄を抱えていた。宿題とか教科書が入ってるんだろう。
「彩羽ちゃん、寒かったでしょ。お茶入れるね」
「ありがと~! 灯花の家あったかいね~」
彩羽ちゃんが私の部屋に上がり込んで、きょろきょろと見回した。
「灯花の部屋、相変わらず灯花っぽいね」
「灯花っぽいって何……」
「なんか、落ち着く感じ?」
よく分からないけど、褒められてる気がするからいいか。
お茶を持って部屋に戻ると、彩羽ちゃんはもう机の前に陣取っていた。
「よーし、宿題やるぞー!」
「やる気あるね」
「灯花と一緒だからね!」
彩羽ちゃんがにっこり笑った。
こういう時の彩羽ちゃんは、本当にまぶしい。太陽みたいだ。
◇◇◇
宿題を始めて、1時間くらい経った頃。
「つっかれたー!」
彩羽ちゃんが机に突っ伏した。
「まだ1時間しか経ってないよ」
「1時間も経ったんだよ! 休憩! 休憩しよう!」
彩羽ちゃんが顔を上げて、私を見た。
「灯花も疲れたでしょ?」
「まあ、ちょっとは……」
「じゃあ休憩! 決定!」
彩羽ちゃんは勝手に決定した。まあ、いいけど。
私が椅子に座ったまま伸びをしていると、突然、後ろから腕が回ってきた。
「わっ」
「灯花~、疲れた~」
彩羽ちゃんが後ろから抱き着いてきた。
「ちょ、彩羽ちゃん……」
「いいじゃん、休憩なんだから」
彩羽ちゃんの体温が背中に伝わってくる。暖かい。
「灯花、あったかいね」
「火の異才だから……」
「知ってる。だから抱き着いてるの」
彩羽ちゃんが私の肩に顎を乗せた。
「ねぇ、灯花」
「ん?」
「私、疲れたから、変身解いちゃおうかな」
え。
「変身……?」
「うん。私、普段から変身してるから」
彩羽ちゃんの声が、いつもより少しだけ低い気がした。
「好きな人の部屋で変身を解くのって、ドキドキしちゃう」
好きな人。
それは、私のことだ。
心臓がどくんと跳ねた。
「恥ずかしいから、絶対振り返っちゃだめだよ」
彩羽ちゃんの腕が、少しだけ強くなった。
振り返れない。振り返っちゃいけない。
でも、気になる。彩羽ちゃんの「本当の姿」って、どんな姿なんだろう。
「灯花は、本当の私ってどんな感じだと思う?」
彩羽ちゃんが耳元で囁いた。
「どんな、って……」
「こんな感じじゃあ、ないよね」
声が変わった。
早紀の声だ。
「ちょ、彩羽ちゃ――」
「こんな感じでも……ないわよね」
今度は詩織さんの声。
背筋がぞくっとした。
「もしかしたら、こんな感じかも」
環さんの声。
「彩羽ちゃん、やめ――」
「なんて、冗談」
聞いたことのない声だった。
普段の彩羽ちゃんより、少しだけ低い。でも、彩羽ちゃんの声だと分かる。
「灯花が私のことを好きになったら、本当の姿も見せてあげる」
その声が、耳元で囁いた。
心臓がうるさい。顔が熱い。
何が起きてるのか、分からない。
「――ふふっ」
彩羽ちゃんが笑った。そして、腕が離れた。
ひらり、と。
彩羽ちゃんが私の前に躍り出た。
「じゃーん!」
いつもの彩羽ちゃんだった。いつもの顔、いつもの声、いつもの笑顔。
「な、何……今の……」
「演劇も手品も、そして恋も、人をドキドキさせること」
彩羽ちゃんが私の顔を覗き込んだ。
「ドキドキさせられる準備しといてって、言ったよね?」
彩羽ちゃんがにやりと笑った。
いつもの彩羽ちゃんの笑顔。でも、どこか違う。いつもより、大人っぽい。
「彩羽ちゃん……今の、本当に変身解いてたの……?」
「さあ? どうだろうね」
彩羽ちゃんは答えなかった。
「灯花が私を好きになったら、教えてあげる」
そう言って、彩羽ちゃんはまた机に向かった。
「さ、休憩終わり! 宿題の続きやろー!」
いつもの彩羽ちゃんに戻っている。
私は椅子に座ったまま、しばらく動けなかった。
心臓がまだうるさい。顔がまだ熱い。
彩羽ちゃんの「本当の姿」。
あの低い声は、本当の彩羽ちゃんの声だったのか。それとも、演技だったのか。
分からない。
分からないけど、一つだけ確かなことがある。
今、私は――ドキドキしてる。
彩羽ちゃんに。
◇◇◇
その日の夜、布団の中で彩羽ちゃんのことを考えていた。
彩羽ちゃんは、いつも明るい。太陽みたいに。
でも、今日見た彩羽ちゃんは違った。
ミステリアスで、大人っぽくて、ちょっと怖くて。
「本当の私」。
彩羽ちゃんは普段から変身しているって言っていた。じゃあ、私が知っている彩羽ちゃんは、本当の彩羽ちゃんじゃないってこと?
あの明るい笑顔も、元気な声も、全部演技?
……それは、ちょっと寂しい。
でも、彩羽ちゃんは言った。「灯花が私のことを好きになったら、本当の姿も見せてあげる」って。
それは――私に本当の自分を見せたいってこと?
私だけに?
考えれば考えるほど、分からなくなる。
早紀の時は、胸がじんわりと暖かくなった。
彩羽ちゃんの時は、心臓がドキドキした。
どっちも「好き」なんだろうか。どっちかが「恋」なんだろうか。
……分からない。
でも、彩羽ちゃんのことが気になるのは確かだ。
彩羽ちゃんの「本当の姿」。見てみたい、と思った。
それが恋なのかどうかは、まだ分からないけど。




