12月26日、暖かい気持ち!
灯花をデートに誘う。
そう決めたのは、クリスマスパーティーの夜だった。
告白はした。でも、それだけじゃ足りない。転校生に言われた通り、灯花に恋することしかできないなら、ちゃんと行動しなきゃいけない。
灯花は鈍い。ただ好きって言うだけじゃ、たぶん伝わらない。
だから、見せようと思った。私がどれだけ灯花のことを想ってきたか。どれだけ長い間、灯花のそばにいたか。
思い出の場所を巡る。小学校の公園。通学路。中学の頃の寄り道。そして――あの川べり。
あの日のことを、ちゃんと伝えたい。
私が灯花を好きになったきっかけ。灯花の火が、どれだけ私を救ったか。
当時は必死で、そんなこと考える余裕もなかった。ただ寒くて、灯花の火が暖かくて、それだけだった。
でも後から、気づいた。
灯花は小学生の頃、火で人を傷つけたことがある。その噂は、私も聞いていた。灯花が自分の火を嫌っていることも、知っていた。
なのに、あの時、灯花は私のために火を使ってくれた。
怖かっただろうな、と思った。自分の火で人を傷つけた過去があるのに、それでも私を温めるために火を出してくれた。
その勇気が、嬉しかった。その優しさが、愛おしかった。
だから今日、全部伝える。
天気予報を見ると、明日は雪らしい。あの日と同じだ。
これは――運命かもしれない。
スマホを開いて、灯花にメッセージを送った。
『明日、暇?』
◇◇◇
クリスマスパーティーの翌日から、冬休みが始まった。
そして冬休みが始まってから数日。私はのんべんだらりと過ごしていた。
気が向いたら宿題をして、ゲームをしたり本を読んだり。
でも頭の中にはやっぱりクリスマスパーティーの時の告白の件が堂々と鎮座ましましている。3人の気持ちは嬉しいけど、自分がどう思っているのかは、まだ分からないままだ。
そんな時、早紀からメッセージが来た。
『明日、暇?』
『暇だけど、どうしたの?』
『ちょっと出かけない? 2人で』
2人で。
告白された後だから、なんだかドキドキする。
『いいよ。どこ行くの?』
『着いてからのお楽しみ』
早紀らしくない返事だった。いつもなら「ここかここかここ、どこ行きたい?」とか「10時に駅集合、遅れないでね」とか、具体的に指示してくるのに。
『分かった。何時?』
『10時に駅で』
10時なのは変わらないらしい。早紀は朝型だから。
◇◇◇
次の日。
目を覚まして、カーテンを開けた。
「……雪」
窓の外が、白かった。
雪が降っている。しんしんと、静かに。
珍しい。このあたりで雪が積もるのは、年に数回あるかないかだ。
寒そうだなぁ、と思いながら着替えを選ぶ。暖かい格好で行かないと。
……いや、私には火があるから、そこまで寒くはないんだけど。
でも、早紀は寒いだろうな。
朝ごはんを食べて、家を出た。自転車は無理そうだから、歩いて駅に向かう。雪を踏む音が心地いい。
駅に着くと、早紀はもう待っていた。
「おはよう、灯花」
「おはよう。早いね、早紀」
「灯花が遅いの」
時計を見ると、9時55分。……買い物の時もそうだったけど、別に遅刻してないよ私。
「寒くない?」
「ちょっと寒い」
早紀がマフラーに顔を埋めた。やっぱり寒そうだ。
「あったかくしてあげようか?」
私は小さな火を出して、早紀の方に寄せた。
「……ありがと」
早紀が少しだけ顔を緩めた。
「じゃあ、行こう」
「どこに行くの?」
「着いてからのお楽しみ」
早紀が歩き出した。私はその後を追う。
◇◇◇
早紀について行くと、見覚えのある場所に出た。
「ここ……」
「覚えてる?」
小学校の近くの公園。私と早紀がよく遊んだ場所だ。
「覚えてるよ。よくここでブランコ乗ったよね」
「灯花、ブランコ下手だったよね」
「下手じゃないよ! ちょっと怖かっただけ!」
早紀が少しだけ笑った。
ブランコは雪を被っていた。座れそうにはない。
「……次、行こうか」
早紀がゆっくりと歩き出した。今日の早紀は、いつもより静かだ。「早く早く」も言わない。私のペースに合わせて歩いてくれている。
次に着いたのは、小学校の通学路。
「ここも覚えてる?」
「うん。毎日一緒に歩いたよね」
「灯花、いつも寝坊してた」
「してないよ! ……たまにしかしてないよ」
「ほぼ毎日だったでしょ」
否定できなかった。昔はたしかに寝坊が多かったと思う。
雪の中を歩きながら、昔のことを思い出す。
早紀とは、小学5年生で同じクラスになってからの付き合いだ。通学路が同じで、クラス替えで同じクラスになってから自然と一緒に登校するようになった。
最初は早紀のせっかちさに振り回されてばかりだった。「早く早く」が口癖で、いつも私を急かしていた。
でも、いつの間にか、それが当たり前になった。
早紀がまた歩き出す。
次に着いたのは、中学校の近く。
「ここは?」
「中学の時、よく寄り道した場所」
「あぁ、アイス買ってたところだ」
近くにコンビニがあって、中学生の頃はよく2人でアイスを買った。冬でもアイスを食べる早紀に
「寒くないの?」って聞いたら、「美味しいから平気」って言っていたのを覚えている。
「灯花、いつもいちご選んでた」
「だって美味しいじゃん」
「私はバニラ派だったね」
そういえば、そうだった。早紀はいつもシンプルにバニラを選んでいた。
雪が少しずつ強くなってきた。早紀のコートに、白い雪が積もっていく。
「早紀、寒くない?」
「大丈夫」
大丈夫って言うけど、鼻が赤くなっている。
「もうちょっとだから」
早紀がまた歩き出した。
◇◇◇
最後に着いた場所は、川べりだった。
「ここ……」
見覚えがある。というか、忘れられない場所だ。
「覚えてる?」
早紀が聞いた。
「覚えてるよ。中2の時、早紀がここで川に落ちたよね」
冬の寒い日だった。今日みたいに、雪が降っていた。
「うん。あの時、灯花が助けてくれた」
私は頷いた。
あの日のことは、よく覚えている。
川べりを歩いていた早紀が、凍った地面で滑って、川に落ちた。冬の川の水は冷たくて、早紀はすぐに動けなくなった。
私は必死で早紀を引き上げた。でも、早紀の体は冷え切っていて、このままじゃダメだと思って。
「灯花が火を出して、私を温めてくれた」
早紀が言った。
「あの時、すごく暖かかった。灯花の火」
私は黙って頷いた。
「あの時から、私は灯花のことが好きになった」
早紀が私を見た。
「え……」
「私を助けるために、灯花は自分の火を使ってくれた」
早紀の目が、真っ直ぐに私を見ている。
「当時は必死で、そんなこと考える余裕なかった。ただ寒くて、灯花の火が暖かくて、それだけだった」
早紀が一度言葉を切った。
「でも後から、気づいたの。灯花は小学生の頃、火で人を傷つけたことがあるって。噂で聞いてたけど、あの時は頭から抜けてた」
私は息を呑んだ。
「あの時、灯花はたぶん怖かったよね。自分の火で人を傷つけた過去があるのに、それでも私のために火を使ってくれた」
早紀の声が、少しだけ震えていた。
「その勇気が、嬉しかった。灯花の優しさが、伝わってきた」
私は何も言えなかった。
あの時、本当は怖かった。でも、早紀が凍えていた。だから何も考えずに火を出した。
後から、私も怖くなった。もし早紀を傷つけていたら、って。
「だから、私は灯花の火が好き。灯花が好き」
早紀がそう言って、少しだけ笑った。
「……中学の頃から、ずっと伝えたかった。でも、言えなかった。灯花が自分の火を嫌いだって言ってたから、『火が好き』なんて言ったら、灯花を傷つけるかもしれないって思って」
早紀が空を見上げた。雪が、しんしんと降っている。
「でも、今の灯花は違う。自分の火を、少し好きになれたって言ってたでしょ」
私は頷いた。環さんのおかげで、少しだけ自分の火を受け入れられるようになった。
「だから、今なら言える」
早紀が私を見た。
「灯花の火が好き。暖かくて、優しい灯花の火が」
「早紀……」
「だから――私、その火の隣にいたいっていうか」
早紀の言葉が、胸に響いた。
雪が降り続けている。白い世界の中で、早紀だけが色を持っているみたいに見えた。
「……ありがとう、早紀」
私はそう言うのが精一杯だった。
「ありがとう、じゃなくて」
早紀が少しだけ拗ねたような顔をした。
「もっと、こう……」
「こう?」
「……いや、いい。今日は伝えられただけで十分」
早紀が私から目を逸らした。耳が赤い。寒さのせいだけじゃない気がする。
「……寒くなってきたね」
「うん。どこかで暖まる?」
「そうしよう。近くにカフェあったはず」
早紀が歩き出した。
私はその背中を見ながら、少しだけ火を大きくした。早紀を温めるために。
「……ありがと」
早紀が小さく呟いた。
私は何も言わずに、少し早歩きをして早紀に追いついて、隣を歩いた。
◇◇◇
その日の夜、布団の中で早紀の言葉を思い出していた。
「灯花の火が好き」
そう言ってくれた人は、早紀が初めてだった。
環さんは「暖かいのは才能」と言ってくれた。でも、「好き」とは言わなかった。
早紀は「好き」と言ってくれた。私の火を。私を。
嬉しい。
素直にそう思えた。
でも、それが「恋」なのかは、まだ分からない。
早紀のことは大好きだ。小学3年生から、ずっと一緒にいてくれた。私の火を怖がらずに、そばにいてくれた。
でも、それは友達としての「好き」なのか、恋としての「好き」なのか。
分からない。
分からないけど、今日、早紀と過ごした時間は、特別だった。
思い出の場所を巡って、昔のことを思い出して、早紀の気持ちを聞いて。
胸がじんわりと暖かくなった。
これは恋なのかな。
それとも、友情なのかな。
やっぱり、分からない。
でも、考え続けよう。
早紀の気持ちに、ちゃんと向き合うために。
◇◇◇
家に帰って、ベッドに倒れ込んだ。
「……疲れた」
でも、心地いい疲れだ。
今日、伝えたかったことは全部伝えられた。灯花の火が好きだってこと。中学の頃から、ずっと好きだったってこと。
灯花の返事は「ありがとう」だった。
正直、もうちょっと違う反応を期待してた。「私も」とか、「嬉しい」とか。
でも、灯花らしいと言えば灯花らしい。鈍いから。自分の気持ちにも鈍いから。
その火の隣にいたいって言った時、灯花はちょっときょとんとしてた。意味が分かってなかったのかもしれない。
でも、いい。
今日は第一歩だ。灯花に私の気持ちを、ちゃんと見せることができた。
これから、もっと見せていく。私がどれだけ灯花を想っているか。私が灯花のために何ができるか。
彩羽と詩織もいる。油断はできない。
でも、私には6年間の好きがある。灯花に抱いてきた6年間分の好きの気持ち。それは、誰にも負けない。
負けたくない。
灯花の隣にいるのは、私がいい。
灯花の火で温まるのは、私がいい。
灯花が笑いかけるのは、私がいい。
「……絶対、振り向かせる」
そう呟いて、私は目を閉じた。
雪の日の、暖かい記憶を胸に。




