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「ヒト」をそれまで生活していた世界から全く異なる、あるいは類似した世界へ送り込むことが考えられ始めたのは、とある「神A」の好奇心からの発言がきっかけであった。
「自分が創った世界と他の「神」によって創られた世界の「ヒト」を混ぜたら、自分の創った世界にどのような変化をもたらすのか、あるいは全く変化をもたらさないのか、ということを思いついた。「神A」は同僚である「神B」はこの話を持ちかけると、「神B」も興味を示し、この『実験』への協力を快諾した。
こうして、今では一般的となった「異世界転移」「異世界転生」と呼ばれる最初の『実験』が行われることになった。
最初の実験の被検体は初老の男性の「転移」であった。身寄りもなく周りに他の家もないところで暮らしていたため、突然消えたとしても特に騒動が起きることは無いであろうというのが理由であった。しかし、この実験は失敗した。「転移」させた途端、その男性は喉を押さえ、口を何度か開閉させたあと倒れ、そのまま窒息して亡くなったのである。
二人の神は困惑した。両者が管理する世界・生物は、ほぼ同じ条件・構成で創られていたため、なぜ転移させた途端に亡くなったのか原因が思いつかなかったのである。転移させる際に「ヒト」の体に思っていた以上に負担がかかったものと思い、次に20代前半の男性を転移させた。今度は、特に窒息することもなく、見た目に異変も置きていなかったため、年齢が問題だったのだと結論づけた。しかし、結果から見るとこの男性の転移も失敗に終わった。翌朝、男性はやはり窒息死していたのである。
両者の世界に何らかの違いがあるということに気付いたが、性差による違いも確認するため、同じように初老の女性と20代の女性を同時に転移させてみたが、生存していた時間は違えど、同じように亡くなった。逆に、転移元と転移先を入れ替えて「ヒト」を転移させたところ、こちらは窒息死することはなく、普通に生活を送っていけるように思えたが、1ヶ月と立たずに転移した「ヒト」は亡くなった。その世界の医療機関は「臓器不全」と診断していた。
これで、両者の世界には、文字通り致命的な違いが存在することが明確になった。
二人の神は、実験を中止し二つの世界の環境の違いについて調べ始めた。そして、片方の世界には「魔素」と呼ばれる物質が余計に存在していたことが判明した。「魔素」がどのように呼吸に影響を与えたのかは不明であったが、これが窒息の原因であり、臓器不全については逆に「魔素」が存在しないため、「魔素」を必要とする臓器が機能せずに亡くなったものと仮定した。
『実験』は頓挫したかのように思えたが、「神B」が直接転移させるのではなく、いちど別の空間に移動させ、我々が手を加えて環境に適応できる体にしてから送るということを考えついた。
※※※
「…というわけで、貴方が最初の手術例なのです」
俺の眼の前にいる若い男が手に持った紙束に目をやりながら語ってくれた内容は、俺の長年の疑問への答えだった。
両親も亡くなり、兄弟もいなかった俺はとある山を相続することになった。相続するのに結構な額の税金払わなければならなかったが、他人と関わりを持つことに疲れていた俺は、両親の保険金の大半を払って相続し、山の中で暮らすことにした。
まぁ、完全に世間から離れて暮らしていたわけでもないので、週に3日はバイトのために近くの街へ通っていたわけだが、深夜シフトから帰ってきたある日、自宅とは異なる、硬いベッドの上で目が覚めた。子ここはどこだ、なんてお決まりのセリフを言う前に、人の気配を感じてそちらの方を見てみると、若い男が椅子に座ってこちらをみており、自分に起きた状況 ー「神」とやらの実験ー を説明してくれたのだ。
「で、どうですか?なにか、体に異変とか違和感とか感じたりしますか?頭痛がするとか、息苦しいとか、お腹が痛いとか」
「いや、特には…」
「ふむ、とりあえず体に異変は感じないと」
そういいながら、男は手に持っていた紙束とは別に紙を取り出し、書き始めた。
変な夢を見ているな、と思い、生返事をしながら男の話を聞いていたが、俺が信じていないと気づくと男は「これ、夢じゃないですよ。現実です」と言いながら、俺の頬を思い切りつねった。
「痛っ。なにするんですか」
「ね、夢じゃないでしょ」
「なっ…」
「あなたの世界ではこういう時は頬つねって、夢かどうか確認すると聞きましたが、違いましたか?」
「いや、確かにそういうのもありますが…」
それでもまだ、これが現実であるという実感はなかったが、そんな俺の気持ちにはお構い無しに男はまた説明を始めてきた。
「それで、貴方にはこれからこの世界で暮らしていただきます。とはいえ、いきなり今までとは異なる世界に連れてこられたわけですから、まともに生活というか、生きていくことが難しいと思われます。そのため、1年ほど私がサポートすることになりましたので、よろしくお願いしますね」
そういいながら男は呆けている俺に一度頭をさげ、立ち上がると部屋の出口へと向かった。
「いや、ちょっと待って!」
「何か?」
ドアに手をかけて部屋を出ようとしている男を俺は呼び止めた。
入院してました。