婚約破棄実行委員会
※別作品に出てきた単語が登場しますが、リンクしているというほどではないので、そのままお楽しみください。
「ビルギッタ! 貴様のような悪女とは共にいられない! 俺はお前との婚約を破棄する!」
「そ、そんな……!?」
可憐な容姿をした少女の腰を抱いた男が、壇上から仕立ての良いドレスを身に纏う令嬢に向けて吐き捨てた。
ババーンという効果音の中、名前を呼ばれた令嬢が信じられないといったふうに口元に手を当てて、ショックを受けた表情を浮かべている。
そして婚約破棄を声高に叫ぶ男は、その令嬢がどれほどの悪行を行ってきたのかをつらつらと述べてみせる。
無実を訴える令嬢が崩れ落ちたところで、大きな音を立てて開いた扉をスポットライトが照らし、そこからまた別の見目の良い青年が現れた。
「ビルギッタ! 大丈夫か!?」
「ら、ラーシュ様……?」
青年は颯爽と令嬢の元へ向かうと、手を伸ばして抱き寄せる。
歓声が上がる中、青年は令嬢へ甘い笑みを浮かべると、次に先ほど高らかに婚約破棄を宣言した男を睨みつけた。
「これは一体、何の騒ぎだ!」
「なっ、ラーシュだと……!? カマルク侯爵家の嫡男が何故、その女の肩を持つ!?」
「それは……お前の言う彼女の悪事は事実無根で、俺がビルギッタを愛しているからだ!!」
「な、なにィッッ!?」
「ラーシュ様……!」
再びババーンという効果音と共に、先ほどよりも大きな歓声が上がる。
ジタバタと暴れる男が傍らの少女と舞台袖へ連れられて行くと、場は一転して静かになった。
花びらが舞う中、ライトが見つめ合う二人を照らし出す。
「ビルギッタ、俺はずっと君のことが好きだった。必ず愛し抜くと誓うので、どうか俺と結婚してほしい」
「ラーシュ様……はい、喜んで!」
幸せそうに抱きしめ合う二人に、大きな拍手が降り注ぐ。
そして、舞台の幕が下ろされた。
***
「はい、お疲れ様です。楽屋に記念品を用意していますので、忘れずにお持ち帰りくださいね」
「ありがとうございました!!」
「楽しかったです! 良い記念になりました!」
「それは良かった。どうぞお幸せに」
満面の笑みを浮かべたカップルが去っていくのを見送り、ふぅと胸を撫で下ろす。
――今回の組も無事に終わった。
この学園では、婚約者のいるご令嬢が卒業する際、卒業パーティーで婚約破棄を行うのが定番となっている。
私は婚約破棄実行委員会の一人として、こうして滞りなく行事が進行するように従事しているというわけだ。
婚約破棄といっても、もちろん本当に婚約破棄するわけじゃない。
それっぽい演出の後に本当の婚約者との愛を誓う、一種のセレモニーなのだ。
偽の婚約者とその新しい恋人を仕立てて、主役のご令嬢が悪役令嬢であることを理由に婚約破棄を宣言されたところで、本物の婚約者が割って入る――というのが大まかな流れになっている。
何故こんな面倒な行事が行われているのか。
きっかけは、遡ること十……何年だっけ?
とにかく昔の出来事から。
当時は、各国で不思議な事件が立て続けに起こったらしい。
それが冤罪によって悪役に仕立て上げられた、令嬢たちの婚約破棄事件。
それぞれ事件を主導したとされる婚約者を奪った側の令嬢が、最終的に意味不明な理由を喚き散らすということで『悪役令嬢症候群』なんて呼ばれたりもしたみたい。
当時存在しなかった悪役令嬢という言葉は、そこから定着したものらしい。
幸いなことに我が国に被害者は出なかったそうで、だからこそ余計に美談の部分が強く印象付けられる結果となった。
つまり――悪役令嬢に仕立て上げられた令嬢は、もっと素敵な相手に助けられて幸せになる、というもの。
いわば、一種のジンクスとでもいうのだろうか。
そこから紆余曲折を経て、この学園では希望者が卒業パーティーで婚約破棄を行うのが定番行事になったというわけ。
ちなみに実行委員会のメンバーは、主に卒業生を除いた生徒会役員と演劇部の生徒たちで構成されている。
生徒会役員が進行役で、壇上で偽の断罪劇を繰り広げるのは演劇部の担当だ。
私なんかは生徒会役員だからその一環として実行委員を務めているに過ぎないけれど、『どうしても婚約破棄実行委員になりたい!』という熱意溢れる理由で生徒会役員や演劇部に入る人もいて驚いた。
もちろん婚約破棄関係でない役割もきちんとこなすし、それ以外の人も実行委員になれるけれど……立候補者の多さからして、やっぱりみんな婚約破棄が大好きなんだろう。
はじめのうちは実行委員会もなく、卒業パーティーの場は混沌を極めたという。
今では様々なノウハウが蓄積されているのでそうおかしなことは起きないものの、参加者にとっては晴れの舞台なので、私なんかはどうしても緊張してしまう部分もある。
婚約破棄の希望者は当時から見れば減少傾向ではあるけれど、やっぱりそれなりに申し込む人は多い。
恋愛結婚も増えている分、むしろ『幼いころからの婚約者がいる』というシチュエーションにも需要があるのかもしれない。
「あっ、ざまぁ演出はもう一組後です」
「すみませんー、了解ですー」
「いえ、残りもあと数組なので頑張りましょう」
まだ使わない小道具を運んできた演劇部員と頷き合う。
舞台は他にもあるので、演劇部員は荷物を端に置くと足早に通路の向こうへ消えていった。
うん、やっぱりみんな疲れ始めているみたい。
私も気を引き締めなきゃ。
この偽婚約破棄には、なるべく他の人と被らないような演出が加えられる。
といっても、大まかなパターンは決まっているのだけど。
先ほどのカップルはご令息の方が侯爵家の嫡男だったので、正面から権力でぶん殴るスタイルだった。
他には略奪側の少女が乗り換えようとするけど上手くいかない、みたいな流れのものもある。
お相手のご令息を持ち上げることで、主役たちをいい気分にさせるのも大切なのだ。
偽の婚約者に威勢よく言い返して逆転するご令嬢に、そんな君が好きだ! という展開のものも、少ないながら毎年続いている。
その場合、ご令嬢が女性陣に人気なことが多いので悲鳴じみた歓声が上がったりしてわかりやすい。
大抵は後から登場するのが本当の婚約者なのだけど、中には『婚約破棄する側をやってみたい』という本格派(?)な人もいたりする。
その場合ご令嬢のことは学園一のイケメンが助けてくれて、最終的になんだかんだ元サヤに戻る……というストーリーとなる。
……ただの公開痴話喧嘩じゃないか、とかツッコんではいけない。
イケメン役はその年の投票によって決められるので、『卒業の思い出に……!』と、このパターンを望むご令嬢も一定数いるのだ。
もう少し変わったものだと、後から登場するのはたくさんの友達で、ご令嬢との友情を確かめ合って終わるというものもある。
卒業後の結婚が決まっていない人も思い出が作れると、最近はこれも人気だったりする。
大抵は悪役令嬢に仕立て上げたご令嬢が婚約破棄されるというストーリー上、偽の婚約者が悪行を述べるシーンがあるのだけど、それも見どころの一つとされている。
当然、ご令嬢は実際には悪行なんてしていないわけで。
なので一見罵っている風のシーンだけど、実際は学園での功績などを称える、一種の表彰のようなものでもある。
傍から見れば偽の婚約者が素敵なご令嬢をやっかんでいるような、そんな小者感も漂ってくるので外せない。
見に来た親御さんたちからの受けも良い。
多分……その後に続くロマンスシーンよりも、この部分が一番心置きなく見られるんだと思う。
奇を衒った出し物をしていたころと比べると、いろんな人が楽しめる行事として良いんだろう。
参加するのも、他の人の婚約破棄模様を観ているのも、それぞれ違った楽しさがあるわけだし。
卒業パーティーは、もちろんこの婚約破棄の舞台だけじゃない。
メインホールで別れを惜しむもよし、ダンスフロアや食事なども用意されているので、どう過ごすかはその人次第となっている。
けれど舞台袖から観客側を見るに、それなりの人が集まっていて、やっぱり人気の催しなのだと実感する。
さて、私ももうひと踏ん張りだ。
***
「――イルヴァ」
小声で名前を呼ばれて振り向くと、見慣れた人物が立っていた。
彼も先ほどまで舞台でスポットライトを浴びていただろうに、疲れた様子は見えない。
「あら、エリオット。向こうの舞台はもう終わったの?」
「俺が出る分はね」
「ふふ……イケメン役、お疲れ様」
我が婚約者様が今年のイケメン役に選ばれるというのは、なんとも複雑な気持ちではある。
……まぁ、名誉なことだと思わなくちゃね。
助けるシーンというのも、単に手を差し伸べてご令嬢を立たせるくらいなものだし。
別に、ベタベタと抱き着かれたりするわけじゃないし。うん。
彼の装いを見るに、そういったマナー違反者は流石にいなかったみたい。
酷かった時代は、この役に選ばれたらそれはもう揉みくちゃにされたこともあったらしいけど……この伝統が途絶えては困ると、その辺は年々厳しくなってきたのだ。
エリオットは役目は終えたとばかりに、髪を乱して襟元を緩めた。
普段はそんなことしないのに、彼なりに緊張の連続だったに違いない。
品行方正な彼のいつになくワイルドな姿に、少しドギマギしてしまう。
うぅ……私はまだ仕事中なのに。
「こっちはざまぁ演出が始まってるのか」
「えぇ。ようやく終わりが見えてきたわ」
ざまぁ演出はお楽しみ要素が強めになっているので、終盤に行われる。
仮の婚約者とその恋人役では、ご令嬢たちとの利害関係が生まれるはずもない。
なので本当に、余興という感じになる。
これまでの婚約破棄がロマンス要素が主なのに対して、勧善懲悪な部分が強いというか……そんな感じ。
前後関係の凝ったストーリーで長丁場な分、演劇部員も本領発揮とばかりに力を入れているところだったりする。
舞台の上では偽の婚約者の父親役が、ご令嬢との婚約関係が無くなったらどれほどの不利益を被るのか滔々と捲し立てている。
一応お祝いの席なので、処刑とかそういう過激な結末はない。
時代というのもあるんだろう。
そこまですると、かなり古典じみた感じで重くなってしまうのだ。
「ねぇ、俺たちはどんな婚約破棄にする?」
悪戯っぽく問うエリオットに、肩を竦めて応じる。
「婚約破棄は、もう十分よ」
「そうだよな。違いない」
分かりきった返答に、お互い乾いた笑いを零す。
かなり食傷気味なのは仕方ない。
二人とも実行委員となると、もう婚約破棄はお腹いっぱいなのだ。
「主役は君だからね。好きに決めたらいい」
「なら、そうね……他人の見世物になるなんて、真っ平御免ってところかしら」
「ふっ……、イルヴァらしいな」
婚約者が人気者とあって、ただでさえ衆目を集めがちなのだ。
そういうのは本当にもう勘弁してほしいというのが正直なところ。
「俺としても、君を独り占めしたいからその方がいい」
「ちょっと……!」
エリオットが私を抱き寄せる。
舞台では今まさに最後のワンシーンが始まっているところだけど、こっちとしてはそれどころではない。
慌てる私を気にする様子もなく、エリオットは私を腕の中に閉じ込めてしまった。
「はぁ……、ようやくイルヴァに触れられた……!」
そんな風にしみじみと呟かれ、私もゆっくりと力を抜く。
確かにお互い朝からバタバタしっぱなしで、碌に顔も合わせていなかった。
この時期の実行委員は、他人の婚約破棄で手一杯となる。
それもどうなんだと思わなくもないけれど……とはいえ年に一度のことだし、私たちが携わるのもこれで最後だ。
そう思うと、少しだけ感慨深いものがあるかもしれない。
幕の向こうから、誰かの語る愛の言葉が聞こえてくる。
どうせ今の舞台が終わるまでは誰も来ないだろうから、少しくらいこうしていたって良いだろう。
ここまで気を緩めたエリオットも珍しい。
遠く歓声が聞こえる中、瞳を閉じる。
降ってきた口づけを受け入れながら、こういうのも役得なのかしら、と心の中で呟いたのだった。
***
――ちなみに。
今年の婚約破棄も好評のまま、無事に終了した。
きっと来年も、たくさんの卒業生が婚約破棄するんだろう。
次の婚約破棄実行委員会のみんな、頑張れ!!
あるあるが行き過ぎるときっとこうなるんじゃないかな、っていうお話でしたw
多分この世界で人前で婚約破棄したら、一生ネタにされるんだと思います←
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