初恋
僕は両親の考えに反対だった
「人間も、動物と心を通わせる事が出来る」と本で読んだ
ならば、僕達の様な人間より上位の存在である夜血種が人間と解り合えないという話は、どうしても理解出来なかった
いや、理屈の話はいい
実際のところ僕は人間の少年に恋をしていた
そして両親と考えの違いから言い合いになり、家を飛び出した
今は、夜の森を急ぎ足で歩いている
僕が恋した少年は、いつもならこの森の沼のほとりに居る筈だった
「やっぱり来てくれたんだ」
彼は沼のほとりに座っていたが、僕の姿を認めると、花が咲いた様な明るい表情になってそう言った
星明かりがその顔を照らす
かけがえのない微笑みだった
お互い、眠れない夜はここで会って話をする仲だった
「いま一番会いたい相手に会えた」喜びに、まだ険しさが残っていた僕の表情も明るくなる
「君も、僕がここに来る気がしてたのか?」
「なんか恋人同士みたいだな」
喜びのあまり、言葉が泉の様に溢れて恥ずかしい事まで喋ってしまった
だが、彼も「そうだね」と言うと、照れた様に視線を泳がせ始めた
「一つ聞きたい」僕も彼の隣に座る、躰が触れてしまいそうな距離だ
「君は、僕の事が好きか?」
沈黙
何を話せば良いのか解らず、僕達は互いに眼も合わせられなくなった
「好きだったよ」
「最初会った時から、ずっと」
「でも、そういうのってヘン…だし…」
永劫にも似た静寂のあと、少年は少しずつ、絞り出す様にそう言った
僕は、「ヘンじゃないさ」と言いながら彼の手に自分の手を重ねる
触れた手が一瞬雷に打たれた様に跳ね、それでも僕の手を求めた
少しの甘い時間のあと、僕は少年を仰向けにすると覆い被さり、口付けながら背中に両手を回して抱き締めた
「痛いッ!」
少年が叫び声を上げる
夜血種と人間では腕力が違い過ぎる、きつく抱き締め過ぎていたのかも知れない
少年が涙に濡れた瞳で僕を視る
その眼が内なる加虐心を目覚めさせ、僕の思考は完全に「狂ってしまった」
僕の心は、躰は、完全に自らの意識を離れ、血に狂った衝動だけが僕を動かしていた
「やめて」
「助けて」
「どうして」
息も絶え絶えだが、総て自分を批難する言葉だ
それでも意味が頭に入って来なかった
「骨がいくつも折れて、愛らしい人間の少年が森中に響き渡るような悲鳴を上げるのが視たかった」
僕は衝動のままに両腕で、二つに切断してしまいそうな程、彼の躰を締め上げていた
やがて、暴力の興奮に満ちた僕の願いは総て叶い、彼は痛みに耐えきれず、森中に響き渡る様な声を上げて叫んだ
木々の間に悲鳴がこだまし、その反響が更に僕の昂揚を誘った
骨が一つ折れるたびに悲鳴は大きくなっていく
まるでピアノを弾いているみたいだった
衝動に取り憑かれた思考の中で、僕は「この地獄を恋した相手と作っている」という悦びに震えていた
「狂ってしまった」僕にとって、この行為は婚礼に他ならなかった
幾つ目かの骨が折れた時、少年の躰から、蛍が去っていくように体温が消えていった
暴力の衝動が静まり、僕の思考が僕のものになっていく
その時になって初めて、僕は少年が失禁している事に、血と唾液まみれになっている事に、苦しみのあまり暴れて舌を噛んでしまっていた事に、助かろうとして僕の腕を命懸けで引っ掻いていた事に……
そして、少年が死んだ事に気が付いた
僕はその場に崩折れると、声を上げて泣いた
それはまるで、先程まで自分が聞いていた悲痛な悲鳴の再現の様でもあった
「おお、そんな所にいたのか」
ランタンの灯りと、よく知った声が近付いてくる
父だった
父は亡骸を抱いて泣いている僕を視ると「ついにやったか!」と眼を丸くし、僕の肩に手を置いた
「早速食べてみろ!心から愛した人間ほど、きっと美味しいぞ」
父が僕に促す
僕には泣き喚く事しか出来なかった
それでも、少年の血は砂糖の様に甘かった
それでも、少年の肉は花束の様に美しかった
それでも、少年の悲鳴はこの世のどんな音楽より僕には心地良かった