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タンザニアン・ガール  作者: 遠松 信盛


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プロローグ4 論文提出

 改めて、僕は一線を越えてしまった、と感じた瞬間だった。将来のキャリアを考えれば、研究を続けていた方がよっぽど良いに決まっている。でも、もう決めてしまったことだ、今更引くわけにもいかない。当日、僕は早めに研究室を切り上げて、船旅の申込書に一通り目を通し、書き上げた。


申請するのは簡単だが、問題はどうやって、“言い訳”を作ることだ。とくに、研究のボスでもある指導教官に1か月の船旅に参加することの正当性を主張する必要がある。しかも、僕の指導教官はヤリ手で知られていて、研究に対する執念は人一倍強い。恐る恐る僕は指導教官の研究室に出向き、伝える。


「山田先生、お忙しいところすいません。ご相談させていただきたいことがあります。」

スーツ姿に銀フレームの眼鏡をかけた指導教官は鋭い目で僕を睨み、


「突然、何だ?忙しいので、手身近に言ってくれ。」


「す、すいません、3か月後の11月から1か月、船旅に参加しますので、休ませてください。」


指導教官の眼光はさらに鋭さを増し、


「なんだって!1か月も留守にして、研究はどうするんだ。ただでさえ、お前の研究は進んでないだろう。」


僕は緊張する。


「そ、そうなんですが、、、この船旅には日本のみなず、いろいろな国の人が参加して、コンピュータの専門家も多いと言います。研究成果が上がってないからこそ、いろいろな人とふれあって、視野を広げたいんです。どうか許可をお願いします!」


我ながらよく口から出まかせがでてきたものだ。しかし、指導教官は納得しない。


「そんなの単なる現実逃避だろう。今、直面している現実から逃げているだけだ。お前は今、研究が上手くいかなくて壁にぶつかっているかもしれない。でも、1か月遊ぶのは、その壁から逃げることだぞ。一回逃げる癖がつくと、何事も逃げる癖がつくだけだ。やめとけ。」


僕の心の奥にあるもどかしさをズバリつかれた。まさに彼の指摘通りで、100%正しい。とはいうものの、僕もその点については十分認識している。


「先生、たしかにおっしゃるように逃げているのかもしれません。でも、一つだけ指摘させてください、僕は今袋小路に陥っています、自分がどこにいきたいのか、まったくわからない。それは研究でもそうですし、将来もそうです。そして、船旅に参加したからといって、袋小路から抜け出せるとは限りません。でも、違った環境から世界を観ることができるのは、大きなチャンスだと思います。ぜひ、1か月いかせてください。」


指導教官としても、出来の悪い僕に大きな期待はしていないのだろう、こう畳み込む。

「わかった。そのかわり、一つ条件がある、11月に出発するんだよな、10月末締め切りの学会があるので、それまでにいままでの研究結果をまとめて、論文を出すこと、これが条件だ。わかったな?」


「先生、もちろんです!ありがとうございました!論文はかならず提出します!」

論文提出という条件はついたものの、間違いなく、一番大きなハードルを越えた瞬間だった。


そこからというものの、僕は水を得た魚のように研究に打ち込んだ。たしかに、実験は満足のいく結果はなかったが、論文提出という目標ができたので、何度も実験を繰り返し、慎重に結果を分析しながら、論文という形でまとめていく。論文作成と船旅の準備で2カ月はあっという間に経過した。そして、船旅が始まる前日の10月31日、研究室にこもって、ついに論文を完成させた。


「やったー、完成だ!」 


誰もいない研究室で思わずガッツポーズをして、早速、郵送する準備をする。郵送の準備が終わると、念のため論文のプリントアウトを机に置いて、研究室を去る。これが船旅前の最後の研究室だった。

 


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