別れの日5 彼女との別れ
「タケシ、いよいよ船旅も終わりだな。長いようで短かった。オレのモラトリアムもそろそろ終わりだ。」
「ハルは明日から会社?」
「一応、その予定。会社にオレの席があればの話だけど。こればっかりは何ともいえないね。」
「ハル。今回の旅はたのしかった?」
「もちろん、たのしかった。自分の知らない国にいけて、自分の知らない人に会えて。おそらく、このままずっとサラリーマンをやっていたら、こんな経験はできないことは確かだ。」
「そうだね。自分もハルに誘われなければ、こうした経験はできなかったと思う。お前とはいざこざがあったけど、最初に誘ってくれたのはお前だし、いろいろと感謝してるよ。」
「ところで、彼女とはどうなった?」
「今日会って、本当のことを話そうと思っている。」
「そうか。お前と彼女のことは、外国人の間で話題になっていて、心配していた。」
以前、ハルにこの件について、詰め寄られたとき、不快でたまらなかったが、今回はそういう思いは失せていた。自分のなかで気持ちが整理できたかもしれない。
ハルとの会話中も、僕は気が気でなかった。やっぱり、彼女は帰ってしまったのだろうか。もう、会えないだろうか。会場中を見渡すものの、彼女の姿は見当たらない。
一体、どれくらいの時間待ったことだろう。正確に言えば、時間自体はほんの10分ほどだ、だけど、僕にとってはとても長い時間だった。
ふと、入口をみると彼女が来た。彼女が来たのだ!
ドクン、ドクンと僕の胸の鼓動が高鳴る。いてもたってもいられなくなってきた。しかし、彼女は、タンザニアの仲間と一緒だった。仲間同士で仲良く談笑している。
僕はどうしてよいのかわからなかった。僕と彼女に関する悪意に満ちた噂を流したのは、このタンザニアの仲間の中にいるはずだ。僕があえて彼女とあうのは、火中の栗を拾うようなものだ。僕は、ともかくとしても、彼女にとってはあまりにもリスクが高すぎる。やっぱり、あの日本人と何かあったんじゃないかと、疑われるにきまっている。かといって、僕がここで何もアクションしなければ、僕と彼女の関係はこのまま永遠に終わってしまう。
このままでいいのか?
昨日の夜と同じ問いかけが僕を劈く。僕はどうすればいいんだろう?このまま、パーティが終わるのを待っているだけでいいのか?もしかしたら、何もしない方が彼女のためには良いかもしれない?でも、本当にそれで良いのか?
そのとき、彼女が飲み物をピックアップするためか、談笑の輪から一瞬抜けた。今しかない!僕は、一秒でもはやく彼女の元に向かうべく、人の波をかき分けて、僕は彼女のもとへ向かう。僕はそのとき周りは何も見えなかった。ただ、一秒でも早く彼女の元へ辿り着きたかった。
そして、僕は彼女と対面した。彼女は、黒いドレス姿で、スラリとしたスタイルに黒いドレスが良く映える。僕は、昨日の夜、何度も練習した、あの言葉を伝えようとした。
でも、いくら伝えようとしても、言葉が出てこない。。。。思いを伝えようとしても、溢れるのは涙だけだ。僕は涙をこらえることができなかった。その涙が、彼女と会えたことのうれし涙か、それともこれからの別れを悲しむ涙か、自分にはよくわからない。涙が止まらなかった。
最初は彼女も周りを気にしてか、若干、動揺している様子だった。僕の感情を読み取ったのか、どうかわからない。でも、彼女の目にも涙があふれていた。もう、周りの目を気にしている段階ではない。僕は、周囲に憚ることなく、彼女を抱きよせた。強く、強く、彼女を抱きしめた。。。このままずっと彼女と過ごしたかった。このまま、時が止まれば、どんなに幸せだろう。
このときほど、時間が過ぎることを恨んだことはない。無情にも僕と彼女の最後の時間はあっという間に過ぎ去った。最後にお互い目と目を見つめる。彼女は僕のことを憎んでいないか、本当に心配したけれども、彼女も彼女で気持ちの整理がついたのかもしれない。
「いままで、ありがとう。これからもよろしく。君のために手紙を書いたので、後で読んでみて。」
「ありがとう。タケシも、元気でね!」
最後に軽く抱擁を交わして、僕は彼女と別れた。
そして、僕の船旅は終わったのだ。




