プロローグ2
毎日、大学にいって研究をし、家に帰っては寝るだけ、そんな生活に疑問を持ち始めたのが、博士課程2年のころだ。もうすでにそのころは、最初にインターネットに出会ったときのような衝撃もなかったたし、研究もうまくいかず、正直行き詰っていた。大学院、とくに博士課程の場合、学会に論文を発表して、その発表した論文の数によって、博士号が取得できるか決まる。まわりの同級生が次々と海外をはじめとして論文投稿をこなしていくのに対して、自分はまるで袋小路にさまよったまま、論文投稿はおろか何も成果を出せていない。焦りと不安が入り混じりながらも、毎日研究に打ち込む日々が続いていた。
僕の単調な研究生活を変える出来事が起きる。それは博士課程2年の5月のことだ、研究も進んでいなくて、精神的にも参っていた。ある日、大学からの友人ハルと久々に飲みに行こう、ということで、数年ぶりに彼と上野で飲む機会があった。彼も、大学を卒業して、システム会社に入社、入社して5年目の春を迎える。僕はハルに問いかける。
「ハル、最近の会社の調子はどう?」
ハルはグラスのビールをあおりながら、こう答える。
「もう今年で5年目、だいたい会社のことはわかって、仕事も楽しい。とくに、お客さんのネットワーク提案が佳境に入っていて、忙しい日が続いている。でもなあ、なんだか物足りないんだよな。こう、全身から沸き起こってくる気力がなくてさあ。」
「オレもそう、毎日研究室で研究しているけど、さっぱり成果があがらない、最近精神的にも参っていて、やる気もどんどん落ちている。やばいよ。」
「オレは、今回の案件が終わったら、1か月休職して、船旅に出ようと思っている。オレたちの同期で、隆弘いるだろ、彼は3年前に船旅に参加して、この間、その時の写真を見せてもらったんだよ。船でいろいろなところにいって、いろいろな人と知り合うことができる。自分にはこういう刺激が必要だと思ったのよ。」
僕はハルの突然の告白に驚いたとともに、理解できるような気がした。それは、ハルとは社会人と学生と立場は違えものの、自分の取り巻く環境を変えたい、“船旅”は、自分の環境を変えてくれるかもしれない、僕もそんな予感がした。でも、自分がすぐ船旅にいけるか、といえばノーだ。気力が落ちているといえども、研究を途中で投げ出すわけにはいかない、そして、船旅に出たからと言って何が得られるのか、環境を変えることは大切かもしれないが、目の前のものをすべて放り投げるにはリスクが高すぎる。そして、“自分の環境を変える”、というのは聴こえの良いフレーズであるに違いないが、結局のところ、現実逃避ではないか。
ネガティブな気持ちもありながらも、久しぶりの友との再開に話題は尽きず、結局帰宅したのは翌朝過ぎ。二日酔いになった頭を抱えつつも、ハルのいう“船旅”が自分の頭をよぎる、ネガティブに考えながらも、どうしても今の環境を変えたい、というのが心の底にある思いなのだろう。