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タンザニアン・ガール  作者: 遠松 信盛


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19/23

別れの日3 黒い海と沈む心

 コージとの夜の会話から数日経過した。暗澹たる僕の気持は一向に晴れず、ただ、時間ばかりが過ぎていく。シンガポールを出港した船も、そろそろ沖縄に差し掛かり、もう、数日で最終地点である横浜の大桟橋に辿り着く予定となっている。確実に別れの日が近づいている。


 あれから僕と彼女に何かあったかといえば、何もない。僕と彼女はすれ違うことがあっても、とくに言葉を交わすわけではない。彼女は物憂い表情を僕に向けるものの、僕はつとめて何もなかったようなふりをした。でも、心の中では、すべてを忘れて、今、ここにいる彼女を抱きしめたい、それだけだった。自分の思いを行動にうつすことができない切なさ、やるせなさ、無力感。彼女との出会いと彼女とすごしたわずかな時間が人生の絶頂であるとすれば、今、僕が置かれている立場は、その絶頂から急転直下に滑り落ちた、そんな状況だ。


 僕が彼女と距離を置く一方で、噂だけは広まっていく。おそらく、前、ハルと話した内容が、尾ひれをつけて、周りに広まったのだろう。あまり話さないルームメートのジェームスからも、コージとの会話の翌日、こんなやりとりがあった。


「タケシ、タンザニアの彼女と付き合ってるの?」


「ジェームス、僕は彼女とは何度か話したことはあるけど、今は距離を置いている。」


「タケシが、タンザニアにいって、彼女と一緒に暮らすって聞いたぞ。」


「そんな話はしていない。それは全部でたらめだ。」


 人間だれしも噂話は好きだ。実際に僕も噂話は好きだし、むしろ、嫌いな人の方が少ないだろう。でも、その噂が自分の悪い噂話、しかも、明らかに誤りである噂話ほど嫌なモノはない。

 

 心配なのは、彼女だ。僕は、いかようにいわれても、この先、おそらく大きな問題になることはないだろう。一方、彼女は、タンザニアの同僚が、彼女を貶めるために、噂を流し、船を降りてからも、その噂に葛藤しながら暮らすとなると、僕はいたたまれなくなってくる。彼女も十字架を背負っているのだ。


 お互い背負った十字架は、いつになったら解放されるのだろう、彼女を単に愛しているのに、お互いどうしてこんなつらい目に会わなければいけないのだろう。


 ジェームスと話しながらも、僕の心は沈むばかりだった。まるで、僕の沈む心を表すかのように、海も暗い。シンガポール近辺の海は、まるでエメラルドブルーで透き通っていた、それにくらべて、沖縄から本州に向かう海はどす黒く、波も高い。


 もう、船のプログラムも残りわずかだ。対話プログラムも、これまでの内容のまとめ、船のイベントもこれまでのふりかえり。コージも、彼が入れ込んでいたバンド活動の集大成として、彼らのバンド「ゴーバンズ」のコンサートが先日開催され、1時間程度ながらも、船の参加者がほぼ全員参加した。それは、みんなが一つになった瞬間だった。もちろん、そのときも彼女は参加していた。僕は、コンサートの内容はそっちのけで、彼女が何をしているのか、気になって仕方なかった。彼女と一緒に参加できたら、どれだけ楽しかったことだろう。


 船のプログラムも残り2日。船はとうに沖縄を通過し、もう紀伊半島を横切り、順調に横浜に向かっている。明日は、横浜に到着し、そこでさよならパーティが開催される。その名の通り、“さよなら”なのだ。日本人同士であれば、また会う機会はあっても、外国人、とくに、彼女とは、このまま何もなければ、おそらく、もう二度と会うことはないだろう。


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