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タンザニアン・ガール  作者: 遠松 信盛


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11/23

シンガポール1 はじめてのデート

あの衝撃的な夜から一夜明けた。船旅の目的は、交流研鑽ではあるものの、夫婦でもないのに、衆人環視の中、恋人気どりはできない。むしろ、彼女はタンザニアの仲間と一緒であり、日本人の恋人ができたと知れば、何を言われるかわからない。したがって、僕たちは、二人の関係を出来るだけ知られないようにする必要があった。だから、朝食時すれ違っても、お互いほほ笑み返すだけで、他人を装う。唯一会えるのは、就寝前の数時間だけだ。場所は、最上階のデッキの裏だ。


 今日も、彼女とともにデッキの裏で二人きりの時間を過ごす。デッキを背に二人肩を寄せ合う。手を握り合い、お互い見つめ合いながら、愛を確かめる。そのとき、僕たち二人には言葉は必要なかった。ただ、お互いにふれあい、その存在を確かめ合うこと、それが僕たちのコミュニケーションだった。しばらくして、彼女がこう切り出す。


「明後日、シンガポールに寄港するけど、タケシはどうするの?」


「まだ、決まってないなあ。シンガポールは何度も行っているので、あまり、どこ行きたいというのもないな。でも、一緒に行かない?君と一緒だったら、また違ったシンガポールを楽しめるかもしれない。」


「いいわ。では、別々に出発して、11時にマーライオンの前で待ち合わせましょう。」


「オッケー、楽しみ。」


 時間が許す限り、僕と彼女の二人きりの時間が続く。でも、そんな至福なひとときは長く続かない。いつの間にか就寝の時間だ。僕は、頬を寄せ合って、キスをして、彼女と別れた。別れても、僕の脳裏には彼女のことが一杯だ。あのとき、彼女は何と言ったのか、一つ一つ頭のなかで、反芻してみる。


 シンガポールは何度か訪ねたことがあるが、今回は特別だ。船経由でシンガポール港に入港するのも初めてだし、さらには、彼女と一緒にシンガポールというのももちろん初めてだ。ルームメートのコージと一緒に船を降りて、税関を抜ける。


船の揺れに体が慣れているせいか、陸にあがるとクラクラする。僕は、軽く陸酔いしながらも、地下鉄でシンガポール中心部に向かう。


「タケシ、シンガポールでどこにいくの?」


コージは地下鉄のなかで、尋ねてきた。


僕は、まさか、彼女とデートするなんてことは言えない。


「たまたま、大学の友達が商社に入社して、最近シンガポール支社に赴任しているヤツがいるので、彼とランチの約束をしたんだ。コージはどうするの?」


「オレは、彼女とあってくるよ。彼女が今回たまたま仕事で休みを取れたので、シンガポールまでのチケットをプレゼントした。」


「いいな、ひさしぶりの再会ってわけか。」


「今回は、オレの我儘で参加させてもらったから、彼女に何かしてあげられないかって、ずっと考えていた。彼女と一緒にシンガポールを過ごす、これがオレにできる唯一のことさ。」


「えらいな、コージ。オレがコージの立場だったら、おそらく彼女にチケットを贈るなんてことしないだろうな。えらい奴だ」


 本当にそう思う、僕はいままで、自分の好きな道を歩んできた、だから、“誰かのために”ということは正直あまり考えたことはなかった。でも、コージは違うのだろう。彼は、自分の好きな道とは正反対に、家業の魚屋を継ぎ、誰かのために生きてきた。


「今回の船旅は、オレのなかでは、大きなチャレンジ。こんなに長い間、海外にでるのもはじめてだし、もちろん、こんなに沢山の初対面の仲間と旅をするのもはじめて。」


コージと話しながらも、シンガポールの中心部であるラッフルズ・プレースに僕たちは辿り着いた。コージと僕は別れて、僕は、マーライオンへと向かう。マーライオンへ向かう途中の僕の気持ちは“入り乱れている”と表現するのにふさわしい。シンガポールで彼女に会えるという高揚感、一方で、マーライオンと言えば、代表的な観光スポットだ。おそらく、他の船旅の参加者もマーライオンを訪れるにちがいない、実際、さきほど別れたコージも彼女と一緒にマーライオンに行くと言っていた。マーライオンの途中で僕と彼女が一緒にいるところを目撃されて、あとで、何か言われたらどうしよう、という不安が、僕のなかで入り乱れている。


 そして、僕はマーライオン公園に辿り着いた。相変わらず、観光客が多く、この日は、韓国からの団体ツアー客でいっぱいだ。時刻は約束の11時、マーライオンあたりを見回してみるものの、彼女はまだ来ていないようだ。約束の時間になっても、彼女はまだ来ない。


 何かあったのだろうか、僕の中で不安がよぎる。途中で事故にでもあったのか、それとも、具合でも悪くなったのか。僕は携帯電話を持っていないので、彼女にコンタクトすることはできない。不安で胸一杯のなかで、どれくらい待ったのだろう、それは僕にとっては永遠とも言える時間だった。

 彼女がやってきた。赤い帽子に、サングラスをかけて、まるで何ごともなかったようなそぶりでやってきた。


「タケシ、おまたせ。さあ、行きましょう。」


「よかったー、途中で事故にあってないか、なんかあったのではないかって心配したよ。」


「心配しすぎよ、タケシ、でも、うれしいわ。心配してくれて。さあ、行きましょう。タケシ、シンガポール、何度も行ったことあるのよね。私を案内して。」


どこに連れて行けば、彼女は喜んでくれるのだろう。実際、僕はシンガポールに何度か行ったことはあるものの、ほとんどは、学会やトランジットで、本腰をいれてシンガポールを観光したことがなかった。でも、一つ思い当たるところがある。昔、学会に一緒になったシンガポール人につれていってもらったリトルインディアだ。高層建築が立ち並ぶいかにもシンガポールという場所ではないものの、彼女だったら、楽しんでもらえるだろう。


 「今から、とっておきの場所に連れていっていくよ。」


 よし決まった、僕たちはタクシーに乗り込み、リトルインディアに向かう。シンガポールは渋滞がないので、リトルインディアに到着するのもあっという間だった。


 リトルインディアに到着したあと、彼女と僕は手をつなぎながら、寄り添って歩く。リトルインディアは、百貨店が軒を連ねるシンガポールの中心のオーチャード通りのような高級感はないものの、マーケットには、日常品、雑貨、食品、衣服など数多くの製品が所狭し、と並べられている。


 「この服、可愛いわ。下の妹にピッタリ合いそう。」


彼女は、買い物をするとき、いつも家族を優先して、自分のモノはほとんど買わない。タンザニアは、家族を大切にするという風土以上に、彼女は、家族から愛情をたくさん受けて、育ってきたのだろう。


何件、何十件の店を回ったのか、あまりにも沢山の店をめぐったので、僕は憶えていない。とにかく、彼女は、たくさんのお土産を買った。


「タケシ、私はもうお土産は十分買ったわ。もう、船に戻りましょう。」


 彼女と合流してまだ2時間、時間は午後1時で、船の集合時間の18時までまだまだ時間がある。


「うーん、まだ3時間しか経ってないよ。他には、チャイナタウンとか、いくつか見るところはあるけど、本当に十分なの?」


「もちろん、もう、十分だわ。楽しかった。」

 

「わかった、じゃあ、戻ろう。」


僕たちは、リトルインディアを後にし、地下鉄で港へ向かう。幸い、この時間に船に戻る仲間はいなかったので、僕たちは行きも帰りも、船の仲間とは遭遇することなく二人だけの秘密の時間、アヴァンチュールを満喫することができた。


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