彼女との出会い2 タンザニアン・ガールと恋に落ちる
10分のダンスが終わろうとするころ、僕は彼女を思い切り抱きしめた。彼女を離したくない、心から思 った。僕の思いが通じたかどうかわからない。彼女も僕を抱きしめてくれた。胸の高揚感はさらに高まるとともに、不思議だった。何せ、まだ一度も話したことがない。
かつて、何かの本に、人間の行動は“ロゴス”(論理)と“パトス”(感情)がある、と書いてあった。そして、僕はずっと理系でもあり、何事も理屈で説明する“ロゴス”を是としてきた。でも、今回の僕の行動は、完全に“パトス”に基づいている。逆に言えば、久しぶりに自分の感情に従って行動した、とも言えるかもしれない。
ダンスが終わって、僕と彼女は一緒にデッキで初めて話した。吸い込まれそうな大きな瞳をみつめて僕は口を開いた。
「どこから来たの?」
彼女はたどたどしい英語で、こう言う。
「タンザニアからきたの。」
もちろん、僕はタンザニアにいったこともないし、知己もいない。でも、彼女が住むタンザニアをさらに知ってみたいと思いが芽生えた。
「タンザニアは貧しい国なの。幸いなことに私は両親が会社を経営していて、経済的には困らなかった。そして、ちゃんとした教育を受けさせてもらって、いまはイギリスまで留学させてもらいながら、モデルをやっているの。ゆくゆくはタンザニアのために貢献したいと思っているわ。」
たしかに、彼女は八頭身で身長も170cnの僕とほとんど同じくらい。僕が“ナオミ・キャンベルみたいと称したのも、あながち間違いではなかったようだ。
僕も彼女に自分のことをもっと知ってもらいたいと思って、いろいろ話した。でも、日本語では100%伝えられることが、英語になるとおそらくその半分くらいしか表現できない。彼女も同じだろう。彼女はイギリスに留学しているといえども、母国語はスワヒリ語。おそらく、僕と同じで自分が思っていることをすべて伝えきれないのだろう。でも、そんなことはどうでもいい、一緒にいるだけで幸せだった。
「家族は何人いるの?」
タンザニアでは、家族をとても大切にするらしい、彼女は僕の家族のことに興味があるようだ。
「父親と母親と弟の4人家族、父親と母親は長野にくらいしていて、弟は京都にいる。」
「家族バラバラにくらしていて淋しくないの?」
「淋しいといえば、淋しいけど、たまに連絡とっているから。でも、これは日本では当たり前のことだよ。」
お互い自分の伝えたいことがすべて伝えられるわけではないけど、文化の話、将来の話、など話題が尽きない。でも、そろそろ就寝の時間も近づいており、僕たちは明日の夕方会うことに。周りに誰もいなくなったのを確認して、僕たちはキスをした。あまりにも夢のようなひとときだったので、夢ではないことを確かめるために、お互いに舌をからませ、顔の輪郭をなぞりながら、お互いの存在を確認した。もう、このまま時間が永遠に止まってしまってほしい、そんな瞬間だった。
でも、時間は永遠には止まらない、もう、就寝の時間になり、別れを惜しみながら、僕たちはそれぞれのキャビンに戻る。僕は、デッキからキャビンに戻る間も、そして、キャビンに戻ってからも高揚感は続いていた。しかし、こんな展開を予測できただろうか。僕は環境を変えるために船旅に参加した、そこで、こともあろうに、タンザニア女性と恋に落ちる。こんなことを全く予想しなかった。
予想をしないことが起きること。これを思い出したのは父親が語る歌舞伎の話。
「タケシ、歌舞伎の世界ってフィクションだと思うだろ。実はそうでもない。たとえば、近松門左衛門の曽根崎心中という名作がある。これは実際、大阪で発生した心中事件をベースにして、近松門左衛門が2週間で書き上げたノン・フィクションなのだ。事実は小説よりも奇なり。人生何が起こるかわからないってことさ。」
そう、本当に何がおきるかわからない。




