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第八話 譲れないもの

 殺し屋ギルドのメンバーを引き込んだのは、ウィイが保有する異能、【勝者の手】。引き込んだ対象に陣営を割り振り、どちらかが勝利するまで抜け出せない領域を作る。


 またこの際発生する黒い手は絶対に破壊・回避が不可能であり、観測した時点で引きずり込まれることは確定している理不尽な性質を持つ。誰も例外にはなれない。


「あなたの相手は私です、敵性ホムンクルスたち」


「……お下がりください、ルゥ様。私が戦います」


「フィフス。ファーストたちは、どうしたのです?」


 ルゥとフィフスと戦闘するのはウィイ。弦特製の、感情を封印するカチューシャを外す。殺し屋ギルドの人間がいる手前、“敵性”とだけ呼んだが……当然、記憶はある。


 と言っても、ウィイたちの一方的な認識だ。ルゥがこの屋敷にいる段階では、まだ脳細胞の記憶領域のみが存在しているだけであった。ルゥたちがいなくなってから急造され、その反動で弦の病状は更に悪化することとなった。


「死んだ。あの襲撃で、生き残ったのは私たちだけだ」


「弦様のご命令は、新たな主人になり得る鼓吹坊っちゃまに接触すること。サブミッションは魔獣の子の回収でしたが、その優先度の低さは分かりきっていたでしょう?」


 む、とフィフスが黙りこくる。


 魔獣の子に接触する必要性はなかった、と言い切っても良い。アレは、弦がポロッと漏らしただけの……研究者としての強欲。寧ろ無視しても良いレベルであった。


「知らん。過ぎたことを言われてもな」


「……フィフス。あなたでは話にならない。ルゥ、私はあなたと会話がしたい。あの襲撃は、どんな意図で行ったのですか。部下を失い、憎むべき敵と共にいる理由は?」


 ゴギン、とウィイの手から破壊的な音が響いた。近接戦闘を得意とする彼女は、戦闘前にこの動作を行う癖がある。会話の内容、返答次第では殺しにかかるということか。


「襲撃が間違っていたとは思いません。先行偵察の時点でギルド周辺の罠や仕掛けの量は把握し、またその全解除による無傷での接触は100%不可能だと判断していました」


「ならばいくらでも待機し、誰かが出てくるのを待てばいい。何故彼らに敵対する状況を作り上げたのですか」


 どんどん、殺意が膨れ上がっていく。フィフスも先程までよりも深く構え、いつでも対処出来るようにしている。


 家族に対する愛情は、ルゥもウィイも抱いている。否、弦の病状が悪化してからずっと、ホムンクルスたちと共にいるウィイの方が愛情深いのかもしれない。


 ルゥは、部下と良好な関係を築いていた。弦も、口の悪さは相変わらずだったが、好意的に接していた。


 なのに何故、今そちら側にいる。


「恩義です」


「……恩義?」


「家族は、素晴らしい。帰るべき場所。待ってくれている場所。私は、弦様を中心とした家族を心から愛していた」


 分かっていたことだ。所詮ホムンクルスは作り物。


 生命体としては、どう足掻いても贋作なのだ。人と同じように食い、眠り、喋り、動いても……所詮は作られた命。本当の意味で、人間と同じように生きることは出来ない。


 それでも弦は優しいから、家族同然に接してくれた。鼓吹を探して仕えろと命じてきた時は、まるで別人のように冷たかったけれど……それでも、彼は優しかった。


 酷いことを言われた。全部偽物だと突きつけられた。でもあの人がどこまでも優しいことは知っているから、理由は分からないけど、必要な嘘なんだと分かっていた。


「でも、それは鼓吹の坊っちゃまも同じです。殺し屋ギルドという組織は、もうあのお方にとって家族なのです」


 どちらかを選ぶなんて、できっこない。


 悩んだ。長い時間、会話が出来ないホムンクルスも交えて話し合った。でも、結論は出なかった。鼓吹の坊っちゃまよりも、弦様の方が大事だという消去法しかなかった。


 何より、今まで家族として愛してくれたのは弦様だった。恩義に報いるため、家族と対面させてやりたかった。


「私は、私たちを作ってくれた弦様に幸せになって欲しかった。例え鼓吹の坊っちゃまの幸せを踏みにじってでも。だから襲撃して、無理やりにでもついてきてもらおうとした」


「その結果が、このザマですか……あなたの言う、大好きな家族を失い、弦様の元を離れ、あまつさえ仇を新しい家族と慕って共にいる。度し難い度し難い……なんて度し難い」


 ウィイの額に青筋が浮かび上がっていく。特別製の機械鎧を身に纏う彼女は、頭部のみが露出している。


 本気の殺意が溢れ始めた。すると、ルゥは覚悟を決めた顔でフィフスの前に出た。瞳には強い意志が宿る。


「私の心の弱さです。私は、殺し屋ギルドがどれだけ暖かい集団なのか知ってしまった……私たちと、何も変わらないのだと。私たちの愛する家族が、あの人たちにもある」


 まだまだ時間は経っていない。殺し屋として何も出来ないと分かり、料理の腕も散々だと分かった。あの場所で出来ることは、確かに何もないのかもしれない。


 弦の元にいれば、色々なことで役に立てた。ホムンクルスたちと笑い合い、弦と一緒にいることが出来た。


 でも。


「私の愛した弦様は、私たちが戻ることを望んでいない」


 分からないのだ。頭の中に靄がかかったように、記憶の一部が霞んでいる。きっとここに、弦が冷たくなった理由があるのだろう。暴こうとは思わない。隠されているのだから。


 彼が隠したならば、意味がある。知って欲しくない何かがあって、あんなことをした。新しい主人を探せという命令は決別の証だった。最初から、戻ることを望まれていないことなど分かっていた。悲しいけれど、それも一つの優しさ。


「きっと、弦様が知らないどこかで。私たちが幸せになることを望まれていた。そういう人でしょう?」


「……一理ある。私がまだ記憶領域しか存在しなかった頃、弦様はしきりにあなた方の改造計画を進めていた」


 ただ、不器用なだけの人。


 元々、ホムンクルスの研究に手を付けたのは鼓吹のことを思ってのことだった。同年代の友人もおらず、父親としての接し方も分からない。だからホムンクルスを頼った。


 ルゥのことを知らない、と言った。ルゥも、主人にバレないよう裏で部下たちを可愛がった。ただ、きっとあの人は全て知っている。情が湧いてしまわないように無視して、繋がりや絆といったものを全て断ち切ろうとしている。


 この気持ちにも、きっと気付いている。


「最初の成功例であるあなた方を特別だと思っていることに間違いはない。私たちだって、それは分かっている」


 だからこそ許せないものがある。


 蝉折弦の寂しさを、苦しさを、本当の意味で理解出来るのはルゥたちだけなのだ。ルゥたちをベースにして後から作られたウィイたちでは、真に理解は出来ない。


「けれど。あなたが殺し屋ギルドに家族としての愛情を求めたのなら、せめて弦様が逝くまで待って欲しかった」


 病状は更に悪化している。


 優しいあの人のことだ、自身の命令と分かっていても、ルゥたちを失った悲しみは大きい。精神は段々と弱っていき、生きる気力も湧いていない……まるで骸のようだ。


「あの人の特別になりたかった。最初の成功例であるあなた方には勝てない。でも、最後だけは譲りたくなかった」


 その特別さえも奪われてしまったら。


 もう、何もないから。


「ここで破壊する。私たちが、弦様の特別になるために」


 予備動作なしの突進……ルゥを後ろに守りながら、フィフスが受け止めた。戦闘に特化した、“最高のホムンクルス”であるウィイの拳は重く……芯が揺れる感覚がする。


 対人外を想定されているとしか思えない。外殻や鎧等の堅牢な物質の奥に、直接衝撃のみを通すための打法。


「私たちにも、譲れないものがある。今、この時だけは」


 本当に不器用な人だから。


 ルゥたちの記憶を弄ったことは知っている。だから、心の弱さに負けたのだろうことも、分かっている。同じ状況になって、違う選択が出来るとは到底思えない。


 でも、それでも。それでも、この特別だけは。


「……奪わせない!」


 宙に浮き、回転しながら顎を撃ち抜く。フィフスの脳が強く揺れ、一時的な脳震盪……この隙があれば十分。


 回転の勢いをそのままに、反対の足でフィフスの頭部を横薙ぎに蹴る。根を張ったように身体は動かないが、膝はついた。着地と同時に膝を曲げ、引いた方の拳を突き出し……


「私には、難しい話はわからん」


 ルゥを狙った拳だった。フィフスの手に掴まれる。


 順番がどうとか、特別がどうとか。ただルゥのために生きると決めた自分には、何一つとして分からない。


 だが、譲れないものがあるというのなら。奪わせないと言うのなら。そんなのは、こっちだって同じだ。


「だが! ルゥ様には傷一つ付けさせん! 私にとって譲れないものは、ルゥ様を守るこの志だ!」


「訳の分からないことを……言うなァ!」


「なっわからんのか!? 結構分かりやすく言ったぞ!」


「そういう意味では……なぁぁあああい!!!」


 ギャリリリリリ、とフィフスの機械鎧のみを掴んで回転して壊し剥がす。ウィイたちと違い、ルゥたちの世代のホムンクルスは鎧に隙間があるだけで弱体化するはずだ。


 戦闘の基本は“弱らせて殺す”。弦様直伝必勝法……!


「甘い! 根性とは万物に勝る最強の武器よ!」


 身体全体が宙に浮いた状態のウィイは抵抗出来ない。まだ機械鎧に覆われた方の腕で頭部を掴まれ、そのまま地面に叩きつけられた。軽度の脳震盪による吐き気。


 しかし、反射により身体は動く。足払いによりこかし、全体重を乗せた肘鉄を打ち込める体勢に


「させるかァ! 足払いが軽いわァ!」


 実際、体重差で言えばウィイはフィフスに勝てない。


 いつの間に改造したのか、フィフスの機械鎧から手錠が飛び出る。ウィイの足を拘束したソレは、アダマンタイトとオリハルコンの合金。そう易々と壊れるものではない。


 それが破壊されるまで、ひたすらに振り回す。この空間から脱出出来ないということは、どれだけ無茶苦茶な力を加えても崩壊する危険はないということ。好きなだけ攻撃……螻蟻の真似が出来る! あの怪物的な戦闘が!


「ごっ……がはっ……」


 手錠が壊れ、ウィイが遠心力で吹き飛んでいく。


 フィフスの機械鎧も耐久限界を迎え、脚部装甲がボロボロと崩れていく。背後のルゥはドン引きしていた。


「その力は、どこで……私は、最高のホムンクルス……!」


「確かに、総合力で言えばお前は最高だ。ルゥ様とまともな会話が可能で、弦様への忠義心も凄まじい。我々の事情を考慮した上で、それでも譲れないものとやらのために戦う」


 誰にでも出来ることではない。


 けれど、“最高”なだけだ。ホムンクルスとして、誰かに寄り添う生命として見た時、確かにウィイは最高だ。必要な要素を全て兼ね備えている。生命の最高到達点。


 けれど、“最高”と“最強”は違う。


「私は一度螻蟻に負けた。だが! 敗因を研究し、己がものとして今お前に叩きつけた! 素晴らしい吸収力! そして何より、今私の背中には! 守るべき人がいる!」


 人は、何かを守るために限界を越える。自分一人のためじゃない、自分よりも大切な何かのために。


 今のフィフスは、無敵だ。


「私は最強のホムンクルスだ!」


 瓦礫を巻き上げながら向かってくるウィイを、正面から迎え撃つ。放たれんとしている拳を、無理やり押さえつけた。


 そして蹴撃。最初やられたように顎を撃ち抜き、膝をついたところに拳をブチ込む。身長的に頭部を蹴るのは不可能。


 だが十分な効果はあったようで、一瞬とはいえウィイの身体から力が抜ける。その隙に蹴り上げ、胸のあたりまで浮いてきたところに正拳を叩き込む。螻蟻直伝の拳。


 血を吐き倒れた。フィフスの腕部装甲が砕け散る。


「こんな、はずは……ごぶっ、私は、譲れない……」


 何かを守るために限界を越えるというのなら。


 それは、こちらだって同じはずだ。


「私たちが、せめて最後の時だけでも……! あのお方の特別な存在になるために、私は……負けられない……!」


 全身の機械鎧が砕け散り、裸体を晒す。急所のみを守るように装着された特殊装甲にもヒビが入っていた。だが構わない、一切懸念する要素はない。だってまだ戦える。


 安寧の死。ウィイたち第二世代に見守られながら、弦は死んでいく。それが、最高の安寧のはずなのだ……!


「強いな、お前は。これ以上ないほどに強い」


 チラリ、と後方に視線を向ける。もし今ここにルゥがいなかったなら……状況は、まったく違っていただろう。


「だが、お前に勝利は渡せない。私たちにも任務がある」


 もうなんとなく分かっている。


 蝉折弦が、自分たちをどう思っているのか。きっと悪い感情なんてない、全て善意によるものだということは。


 だから、制裁ではない。ルゥたちは誰よりも早く弦の元へ辿り着き、そして感謝を告げるのだ。生んでくれて、愛してくれてありがとう。幸せにしようとしてくれてありがとう。


 そう、一方的であっても。どれだけ否定されても。だってあの人の優しさは、今も変わっていないから。


 ウィイがこれほど強く、想っているのだから。


「すまない。私たちは、弦様に愛を届けなくては」


「最後の最後で、気持ちの悪いことを言う……」


 ダランと腕を下げたウィイが、壁を強く押した。扉のように開き、広がっていく闇は行く先を示していた。


 倒れ込むようにして、ウィイが道を譲った。ルゥとフィフスは感謝を告げながら、闇の世界に踏み出していく。


 ルゥ・ズィー……敗者、ルーザー。


 ウィイ・二ァー……勝者、ウィナー。


 ただ、守ってくれる騎士がいた……それだけのことか。


 敗北を運命付けられた姫は、しかし不敗の騎士がいた。


「申し訳ありません、弦様……」


 最高を自負するようになってから、初めて抱く感情。初めて流す涙。覆った手のひらから零れ出していく。


「私は、貴方の特別になれませんでした……」


 嗚呼、やっぱり。


 勝てなかった。最高のホムンクルスでは。


 愛に。勝てなかった。

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