第六話 家族皆んなで
「何あの集団……どういう組み合わせなのかしら……」
「凄い美人さんとイケメン……あとどういう組み合わせ……」
「幼女と組み合わせにしか目が行かねえぜ……」
巨漢と細身の老爺と、幼女一人に楽器を背負った青年が一人。加えて機械鎧が二人とスーツと刀の女が一人。
あまり気にしたことはなかったが、なるほど確かに特異な組み合わせであることに間違いはないだろう。かと言ってそんなに囁かれるほど特異でもないと思うのだが。
あとなんかヤバい奴がいた気がする。気のせいだろうか。
「まずは飯だ。俺が街で任務の時知り合った奴の店行くぞ」
「あの店か。魚介の出汁がいい香りだった」
螻蟻と佩盾が懐かしむように話し出す。まだ殺し屋ギルドに二人しかいない頃の任務の話らしく、だいぶ時代を感じられる会話内容だ。まだ銃器が浸透していなかったらしい。
しかし、ルゥとフィフスも入れての食事。大体の店は突然団体が入ることに悪印象を持っているが……果たして。
「おう佐伯さん! 久しぶりだね! 嘉村さんも!」
「……誰ですか佐伯さん、嘉村さん。初耳の名前ですが」
「任務の時の偽名だ。昔はスパイ紛いのこともやりまくってたからな、必要だったんだよ」
「今は諜報ギルドもある……いい時代だ……」
さて、皆んなで“ディナー”だと思っていたが。
ラーメン店だとは思わないだろう。
「はいよ豚骨三丁と醤油二丁、小ライス二つね!」
「なんでえお前ら、ラーメンだか定食だか食わねえのか」
「いえ、私たちは……ホムンクルスは胃が小さくて……」
えへへ、と笑うルゥと何も言わないフィフス。
ふーん、と呟いて食べ始めた。螻蟻と蝉折は顔を見合わせて何かコソコソ話し、その後盛大にため息を吐く。
「おいお前ら。あんま分かりやすい嘘を吐くな」
「僕は知ってるからね〜。内臓は人と同じでしょ〜?」
店主から取り皿を受け取り、汁と麺、チャーシューやメンマに薬味を入れていく。ルゥたちは戸惑うばかりで何も出来ず、視線はオロオロと螻蟻たちの顔と皿を行き来する。
獅子王たちも何か察したようで、同じように取り分けていった。たまに味が混ざるが、そこはご愛嬌。
「はいよ、トンカツ定食。お代はいらねえよ」
「あ〜? お前まで気ぃ利かせるこたぁねえんだぞ?」
「俺も嬉しいんだよ。お前みてえな殺す殺されるの世界で生きてる奴に……こんな、家族みてえな連中が出来たみたいでよう。あん時、ひでえ顔してたからなあ」
「なんでえ、バレてたのか。隠すのが下手だったからなあ、あん頃は……」
「いや、私が教えた。彼なら良いだろうと思ってな」
「いくらなんでもバレるこたねえよなそりゃ」
聞くに、螻蟻と佩盾はこの店の店主を任務に巻き込んでしまった。無論二人は責任を取り、働き口の紹介や当面の間は暮らしていけるだけの金を渡して縁を切った。
しかし、店主の方がギルドの伝手を使って佩盾に接触、粘りに粘って素性や事情を聞き出したという訳だ。
「あの頃のお前は誰も寄せ付けたがらなかった。店主は優しいからなあ、放っておけなかったそうだぞ」
「へへ、俺のラーメン食ったやつぁ皆笑顔にしてみせらあ」
獅子王たちは顔を見合わせる。今の螻蟻は頼れるリーダーというか祖父という感じで、誰も寄せ付けないどころか人を引き寄せまくるタイプだ。暗い空気など感じたことはない。
誰にでも、暗黒期というのはあるものなのか……
「そうかぃ……ほら、お前ら。遠慮せず食え」
完全に硬直しているルゥたちを見て、昔話を終わらせる螻蟻。全員分の取り皿を纏めて、彼女たちに差し出した。
「く、食えって……私たちは、そんな」
「いい、いい。変に遠慮されるとこっちが困る」
「私たちはもう家族。親代わりに、甘えてくれないか」
種類の違う二人の笑顔。嬉しいような、悲しいような感情で獅子王たちに視線を向ける……彼らも笑っていた。
トンカツ定食をがっつく螻蟻が、どこかガサツだけれど優しい父親を思わせた。主人でも、創造主でもない誰か……父親。何故、求めているのだろう。ただの知識だったものを。
こうして手にして、困惑するのは何故?
「ありがとう……ございます、皆さん……」
「ルゥ様。私は、こうするべきだと愚考致します」
ガッ! と割り箸を掴み、バキィ! と割るフィフス。
何気にフィフスからルゥに何かを提案するのは初めてなので面食らう。同時に、その奇行を脳が処理出来ない。
「感謝はしないぞ! いただきます!」
「それが正常なのは絶賛反抗期中のお前だけだ」
そう言い放つ螻蟻に、場が笑いに包まれる。フリーズするルゥだったが、釣られて小さく笑って箸を手に取った。
そうか。人の心が家族を求めるのに理由はいらない。帰るべき場所、暖かい場所、そして大好きな人たち。それがある空間が世界が、こんなに心地よいのなら。
「ふ、ふふ、ふ……フィフスも、ありがとう」
「さあ、なんのことやら……食べましょう、ルゥ様」
「ええ、ええ。どちらが先に食べ切れるか、勝負よ!」
「望むところです!」
肉体的、精神的に成熟しているように見えてもまだ子供。ホムンクルスとして、誰かに仕えて動くことしか知らない子供なのだ。こうして、一から知っていく必要がある。
と言って、この中でまともな“家族”を知っているのは佩盾と蝉折だけなのだが……それは、今はいい。
月明かりの照らす中、家族団欒の時は流れた。
――――――
「お風呂は別にギルドのでもいいんじゃない?」
「そうですよ。何も街でお風呂なんて」
「だーめだ駄目だ。折角街まで来たんだからよう……」
店を出て、街の中心に向けて歩き出した螻蟻。あの時夕飯に並べて“風呂”と言ったのが疑問だった。別に風呂は壊れたりしていないのだから、ギルドのもので問題はない。
そんな若者たちの疑問に答えるように、螻蟻は全力の決めポーズ――軽くホラー――を決めながら宣言した。
「温泉に入ろうぜい!」
「あの、オンセンってなんですか」
「私も知らないわ」
「私とフィフスも知らないです」
宣言が台無しだ。
螻蟻や佩盾は人生経験も豊富で、任務でもプライベートでも行ったことはある。特に最近は足腰が脆く、休みは温泉で体を休めることも少なくない。無論正体は隠して。
だから失念していた。温泉は別に有名ではない。
「あー、温泉ってのは……皆で風呂に浸かる施設で……」
「それギルドのお風呂と何が違うのよ」
「体が特別休まる……裸の付き合いで友人も出来る……」
「体はそんな疲れてないし私たちに友人なんていらないわ」
「男女別々の大浴槽で、普段できないトークも……」
「行きましょう今すぐ」
「今どき混浴はどうかと思ってたんですよ」
まったくである。
かくして渋っていた鬼門と獅子王は陥落、ルゥたちは方針に従うスタイル、蝉折は温泉がなんだか知っているので、久々に入ろう程度の感覚、佩盾は異論なし。
殺し屋ギルドは温泉に浸かることにした。
――――――
「ふぅ……確かに、ギルドとは一味違うかもね」
「そうですね……なんだか染み渡ります……」
「ほわぁ……保存液とは比べ物になりません……」
「まったくです。風呂とはかくも良きものですか」
「あんたは男風呂行きなさいよ変態!」
嫌だ私はルゥ様の傍に〜! と絶叫するフィフスをボコボコにして、男風呂に投げ入れる。短時間なら機械鎧を脱いでいても支障がないらしく、今は二人とも全裸だ。
支障と言っても、人間基準では軽い徹夜気分のような状態になるだけらしい。日常生活に問題はない。
「にしてもあんたやっぱり……肌白いわね〜」
「しかもツルツルスベスベモチモチです。属性過多です」
「そんな見られると照れます……うう……」
ルゥとフィフスが親しみやすいお陰か、鬼門のホムンクルス嫌いも治りつつある。フィフスは親しみやすいと言うよりかは……見ていて愉快なだけではあるのだが……
普段守られているルゥの肌は、この世のものとは思えないほどに美しい。天上の果実液でも塗っているのだろうか。
「き、鬼門さんたちも……綺麗、ですよ」
「私はホラ、ケアとか処理とかしまくってこれよ?」
「私は特に何もしてませんよ」
「はぁ〜ん何あんたブチ殺されたいならそう言いなさいよ」
何もせずとも美しい。そういう輩は死ねと思う鬼門。
この温泉の管理人も螻蟻の知り合いらしく、この時間はあまり客も来ないので貸切でも良いとのことで、風呂には殺し屋ギルドの人間以外存在しない。深夜23時である。
月と星がよく見える、奇異な夜。
「まいいわ……ルゥ、上手くやっていけそう?」
「ええと……まだ、分からないです……」
「ルゥ様を悲しませてみろ! ブチ殺してやるからな!」
「うるっさいわねあいつ」
獅子王に合図を出して、浴槽のすぐ側に生えている竹を投げさせる。「あ痛ー!」という声が気持ちいい。恨むなら露天風呂をチョイスした螻蟻を恨むといい。
ルゥは引っ込み思案だ。元々敵だったという負い目もあるのだろうが、気配を感じたという理由だけで斬り殺そうとして来た獅子王も上手くやれている。きっと大丈夫だろう。
「そう、ま、私たちは味方だから。いくらでも頼んなさい」
「そうですよ。私もまだ加入して日が浅いですが……」
「え、そうなんですか。すっかり馴染んでるのに……」
「結構空気読まないから、こいつ。父さんに似てるのよ」
本人がいない場所では、螻蟻のことを父、佩盾を祖父、蝉折を弟、獅子王を妹と呼ぶ鬼門。恐ろしいことに自覚がないらしく、獅子王も最初は判別に苦労したものだ。
「そういえば、鬼門さんは何歳で殺し屋ギルドに?」
「え? あー……何歳だったかしら。八歳?」
「八歳。それはまた早いですね」
今は十九歳だから、かなりの年数殺し屋をしている。
命を奪うことに躊躇がなく、サポートも殺しも年齢の割に上手いと思っていた。思ったよりどっぷりのようだ。
「で、異能を手に入れたのが五歳。苦労したわよ本当に……」
「異能、ですか。不幸を視る目、手にした経緯を聞いてもよろしいですか? 前々から気になっていたのです」
「戦火で右目がなくなって、魔獣のを移植しただけよ」
ルゥは絶句する。そうなんですか、と呑気に言っている獅子王が正気とは思えない。魔獣の目を、移植?
蝉折現当主でさえ、ホムンクルスの身体能力強化のために魔獣の素材を使おうとして断念した。世界最高レベルの研究者が捨てたことを……十四年前の人間が!?
人と魔獣は根底から違う。一体どうやって……
「……くふ。隙ありよルゥ!」
「っひゃわあ! 何するんですかあ!?」
「何をしているんだ貴様らァ!」
「くっそ何しても邪魔くさいわねあいつ!」
鬼門もルゥも幼女体型。獅子王はもう成熟しきった体をしているので、劣等感が凄まじいが……ルゥは数ミリ程度鬼門よりも小さい。一切敗北感に塗れることなくイジれる。
フィフスが冗談抜きでやかましいことを抜きにすれば、こうしてイジるのは最高に楽しい。
竹は二本に増やしてブン投げてもらった。
「ほらほらぁ〜見た目と同じで小さいわねあなた〜」
「き、きききき鬼門さんも小さいでしょう!」
「鬼門先輩、お胸が揉みたいのですか。でしたら、ほら」
「クズアホハゲノロマゴミカスボケバカ」
久々の低レベル罵詈雑言。何がいけなかったのだろうか。
何やら思案顔のルゥの胸を後ろから揉みしだき始めるから提案したのに……そんな泣きそうな顔をされるとは。
(幼女体型二人で楽しみたいのでしょうか……)
そう思い、一足先に風呂から上がることにした。
いつもより長時間浸かっていたせいか、じんわりと汗が滲む。スーツは少し暑苦しいので、下着の上にタオルを巻いて更衣室を出た。冷えた牛乳のなんと美味いことか。
螻蟻に教えてもらった時は半信半疑だったが、なるほど火照った身体が丁度よく冷える。考えた者は天才だ。
「あ、獅子王さん。偶然ですね」
「蝉折先輩。温泉はどうでしたか?」
「いや、久々に入ったけどいいもんだね。盛り上がったよ」
男性は開放感に包まれると何をしでかすか分からない。冒険者時代の教訓だが、殺し屋ギルドの面々は落ち着きがあっていい。冒険者の合同任務先の風呂はまあ酷かった。
男性に幻滅した瞬間だった。
「……獅子王さん、服は着よう、一応」
「今更でしょう? 何度もお風呂を一緒にしていますし」
「そういう問題じゃないんだよ〜!」
変な人、と思いながらスーツを羽織る。
殺し屋ギルドの風呂は経費削減とスペースの問題から、混浴となっている。時間をズラしたり入浴中の札を貼ったり、色々対策はしているが……どうしても、という時はある。
特に夜間任務に慣れている獅子王と、徹夜で作業しがちな蝉折はよく一緒になる。裸など、とうに見飽きた。
「良かった……明日から、蝉折家殲滅任務だね」
「殲滅ではありません。少しお灸を据えるだけです」
「いや……殲滅になる。あの人は絶対に反撃してくるよ」
腐っても父親だ。どうするかは分かりきっている。
そして、殺し屋ギルドのやり方も。殺そうとしてくる者は殺す、それが殺し屋ギルド。どちらかが全滅するまで終わらないだろう。そして、殺し屋ギルドは絶対に負けない。
ホムンクルスに詳しい鼓吹と、つい先日まで蝉折邸にいたルゥたちもいる。負ける方が難しいレベルだ。
「……悲しいですか? 父親を殺すことになるのは」
「嫌い、だから……そこまでじゃないけど……」
研究に没頭するようになってから、仲は段々と悪くなっていった。母親はおらず、父と二人で生きてきたからこそ悲しかった。今では、そう特別な感情も抱いていない。
けれど、それでもたった一人の肉親だ。殺すことに、二度と会えなくなることに躊躇がないと言えば嘘になる。
「悲しくはない。でも、ほんの少しだけ、苦しい」
「ごめんなさい、私にはその感情が分からない」
魔獣の子と呼ばれる獅子王にとって、親という概念そのものが好きではないのだろう。故に分からない。
けれど……苦しんで欲しくないとだけは、思う。
「だから、せめてこうして、手を握っています。きっと安らぐから……嫌でしたか?ごめんなさい、なら……」
「いや、いいんだ」
ああ、やっぱり。少し涙腺が緩くなっている。
風呂上がりの、温かい手。それが、この心にある苦しみを包み込んで、隠してくれるようで……
それがこんなに、嬉しいなんて。
「ありがとう」
獅子王と蝉折は、手を握りあって微笑んだ。