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第五話 ルゥの実力

「うーし、じゃ、最後に回収しなきゃならん奴がいる」


 螻蟻のその言葉に導かれ、殺し屋ギルドのメンバーはぐちゃぐちゃになった食堂を訪れた。螻蟻と偽司令塔の戦闘で更に地獄絵図になったそこは、佩盾の胃痛を加速させた。


 その端で、螻蟻が得意とする拘束法で柱に繋がれたホムンクルスが一人。偽司令塔、言語を解する個体だ。


「こいつの処分を決めねえとなあ」


「ごめんなさい、螻蟻さん。私に交渉させてください」


 未だに昏睡している偽司令塔の頬を、ルゥが弱々しい音を立てながら叩く。呻き声を上げながら目覚めた。


 殺し屋ギルドの面々と、ルゥが一緒にいる状況が中々飲み込めないのだろう。数秒フリーズした後、何を曲解したのか偽司令塔は敵意を溢れさせながら立ち上がった。


 厳重に固定された両肩を無理やり引きちぎり、ボタボタと血を垂れ流しながらルゥを後ろに隠して立ち塞がる。


「オ逃ゲクダサイルゥ様! 私ガ時間ヲ稼ギマス!」


「ほぅ……大した漢気だな」


「応戦しようとするな馬鹿。猪頭が」


 例え四肢がなくなろうと、口だけでも戦う。そんな覚悟を感じさせる立ち姿だった。尋常ではない速度で進行する失血で、元々悪い顔色が更に悪くなるが、それに反比例するように覇気は増していく。眼光も魔獣のように鋭い。


「ルゥ君。交渉するんだろ? 任せたぞ」


「は、はい……ねえフィフス。大丈夫。敵じゃないわ」


「シカシルゥ様、コヤツラハ標的デハ……!」


「私は、ここに残ろうと思う。そしてね、この人たちと一緒に生きていく。フィフス、あなたはどうしたい?」


 髪留めを外して止血しながらルゥが問う。寝起きの頭では考えにくいことだろうが、必死に考えを巡らせているらしい。「私ハ……」と呟きながら倒れるように座った。


 ホムンクルスは主人に逆らえない。自我の強いルゥはそれを振り切ったが、フィフスというらしいこいつは……


「私ハ、アナタノ騎士。剣。奴隷。アナタノ望ムママニ生キル駒。ドウカ、貴方様ノ望ム私ノ在リ方ヲゴ命令クダサイ」


「違うわフィフス。私は、あなたの望みを知りたいの」


 ……知らぬのだ。


 恐らくルゥは、元々司令塔として作られた。それ故に知識も知恵も決断力も、おおよそ“人間らしい”機能が最初から備わっている。けれど、フィフスにそれはない。


 望みを知らぬ。あったとして、自覚する方法を知らぬ。誰かに縋り、望みを形にする方法しか知り得ぬ。


「難しいことだと思う。でも、お願い。私の最後の家族」


 ルゥが、フィフスの首にもたれかかるようにして抱き着いて告げる。他のホムンクルスは殺し尽くされてしまった。


「あなたに幸せになって欲しい。私が、この場所で幸せになろうとしているように。難しいけれど、考えて」


「私ハ……私、ハ……望ミ、願イ、ソレハ……」


 フィフスは、殺し屋ギルドの人間を見渡した。敵として相対した螻蟻も、ホムンクルスを一瞬で殺し尽くした、最初に視認した獅子王も。今は優しい顔をしている。


 託せるのか。ルゥを。託して、頼って……いいのか。


「私ハ、アナタト共ニイタイ……」


 絞り出すような言葉に、ルゥの表情が輝いた。


 螻蟻も歯を見せて笑い、フィフスの頭を撫でた。


「決まりだな!」


「気安ク触ルナ、私ハルゥ様ノ……!」


「もうフィフス! 仲良くして!」


 ルゥの訴えに、黙って撫でられることを渋々認めたフィフス。気難しいが、根は悪いやつではなさそうだ。


 新メンバーが二人加入。新しい風が吹いてくれそうだ。


 ――――――


「起きてくださーい! 朝ですよー!」


「早ぇよ! まだ7時にもなってねえだろうがよ!」


「ルゥ様に逆らうな! 朝と言ったら朝なのだ!」


「お前もうるせえな! 寝不足なんだよこちとらァ!」


「早く寝るのも仕事のうちだ! 怠慢を押し付けるな!」


「誰のせいだと思ってやがるこのクソが!」


 その口論が一番やかましい。そう思う獅子王だった。


 偶然と言うべきか必然と言うべきか、蝉折にはホムンクルスに関する知識が豊富にあった。それ故、ルゥとフィフスの状態確認と怪我の回復を、メンバー全員の立ち会いの元行っていたのだ。お陰で今日は全員寝不足。


 特に蝉折は、聞き取りにくいフィフスの声を滑らかにするために誰よりも頑張っていた。腕の縫合もだ。


 こんなやり取りが行われていても爆睡するほど疲れている。

「朝食が冷めてしまいます! 早く起きてくださーい!」


「クソッ仕方ねえ……朝飯? お前飯作れたのか」


「万能ホムンクルスですので。ばっちりです」


 確かに、食欲を刺激するいい香りが充満している。


 これは……一度嗅いだことがある。遙か東方の調味料、味噌を使ったスープか。独特なので記憶に残る。


 螻蟻が蝉折を背負い、食堂に向かう。まだ椅子やテーブルはぐちゃぐちゃだが、かろうじて全員が座れる分は用意されていた。ルゥたちに礼を言いながら座る。


「おはようございます鬼門先輩。昨日は大活躍でしたね」


「何煽ってんの? 何もしてないわよ私」


「いえ、立ち会いの時。何度か命を救われました」


 佩盾と螻蟻は今後について話し合っているので、大きな欠伸をしている鬼門に話しかけた。確かに彼女は、襲撃の際は何もしていないが、その後の立ち会いで大活躍だった。


 ルゥとフィフスは蝉折も見たことがないほどに精巧に作られていて、修復に苦労した。その際、爆発や本人たちの死に直結するミスも何度か起こりかけたが……その度に、鬼門の不幸を視る目が「それはダメ」と教えてくれたのだ。


「あんなの仕事に入らないわ。刀の素振りみたいなものよ」


「そんなものですか……ルゥさん、フィフスさん。なんで機械鎧を? まだ戦う気ですか?」


「あぁ……それに関しては、僕から説明するよ……」


 味噌の匂いか、螻蟻の運び方が雑なせいか。極限まで眠そうな目を擦る蝉折が口を開いた。


「おはようございます蝉折先輩。疲れてますね」


「はは、流石にね……で、機械鎧を着てる理由ね。ホムンクルスの別名が【フラスコの中の小人】なのはご存知の通りなんだけど、彼女たちもそれは例外じゃなくてね」


 元々ホムンクルスは、フラスコの中でだけ生存可能な生物である。それを外で動けるよう改良した変異種もいるにはいるが、それは最早ホムンクルスとは呼べない。


 今まで数多の学者が挑戦し、ホムンクルスの特性を残すのに苦労した。現在通説とされている方法では、ホムンクルスの生存能力も人との相違点も何もかもが弱体化してしまうという欠点がある。克服は不可能とされている。


 しかし、蝉折の家は可能としたらしい。それが、機械鎧をフラスコに見立てて装着させる技法。


「だから、彼女たちが十全の能力を発揮するためには機械鎧の装着が必要不可欠なんだ。決して敵意がある訳じゃない」


「理解しました。見た目が物騒なのに変わりはないですが」


「……ごめん。今後、デザインをマイルドにしてみるよ」


「ああいえ、決して責めているわけではなく」


 分かってるよ、と微笑みながら蝉折が答えた。


 まだ痛みの残る手首を見る。量産型と対峙している時に使いすぎた……軽い腱鞘炎だ。量だけは無駄に多かった。


 しかし、昨夜弄っていて分かった。高度どころの話ではない、ロストテクノロジーにも近い何らかの技術を転用している可能性が高い。蝉折の家のどこにそんな伝手が……


「ルゥさん。そろそろお腹が空きました」


「あっすいません。すぐにお出しします!」


 ガシャガシャと音を立てる機械鎧に、思考に落ちかけていた意識が現実に引き戻される。今は、考えずとも良いか。


 ルゥとフィフスの能力を確認したら、久しぶりの殺し屋ギルドを総動員した大任務。相手は蝉折家……真実も裏の事情も、その時全て分かるだろう。焦る必要はない。


「こちらお味噌汁と、アビラジャケの塩焼き。付け合せに大松菜のおひたしと、白米に卵焼きと焼き海苔です!」


「へえ、豪勢ね……ところでこれなんの卵?」


「外の森に生息していた夜鳴鶏です。お嫌いでしたか?」


「いや、保管の魔具全損だったから怖かっただけよ」


 ホムンクルスに睡眠は必要ない。夜の間に大松菜とアビラジャケはそこらで採って、米は倉庫のもの。海苔と味噌は街で買ってきたのだとして、卵焼きだけが不安だった。


 街で買ったとして鮮度が不安なのだ。街に冷蔵機能付きなんて高価な保管の魔具を持った店はないし、それが夜間に売っている卵など食えたもんじゃない。だがまあ、そこで採ってきたなら無問題だ。ちゃんと気も遣える。


 (戦闘は無理でも家事要員で置いてもいいかもね……)


 実のところ、鬼門はあまりホムンクルスが好きではない。それはルゥたちが特別という訳ではなく、単純にホムンクルスという種族そのものが苦手なのだ。


 ほぼトラウマの幼少期、野生化したホムンクルスに連れ去られかけたことがある。あれ以来どうも好きになれない。


「じゃ、いただきます」


 鬼門のその言葉を合図に、全員が朝食に手を付ける。


 期待と不安の入り交じった表情を向けるルゥ。不味いと言ったら殺すオーラ全開のフィフス。そんな二人に見守られながら口の中に広がった味は……なんと言うか……


「……………………ちょっとトイレ行くわね」


「私も同行します」


「おう錏、突然外の空気が吸いたくなってきたな」


「うむ。日課のジョギングがまだだった気もするな」


「美味しい! 僕はとっても美味しいと思うよ!」


 お察しの通りというか。


 鼓吹は思い出した。蝉折の家、現当主。つまり鼓吹の父親は自身の肉体改造が趣味という終わっている男であった。そりゃ味覚の一つや二つ、簡単に狂うというものだ。


 この世のものと言えるのかどうかすら怪しい。


「え、どうしたのですか皆さん。何故食卓を離れていくのです? 何故鼓吹の坊っちゃまは泣いてるのです? え?」


「殺す……! 全員ブチ殺してやるぞ殺し屋ギルド……!」


 分からない、というよりは信じたくない様子だ。ルゥのような可愛らしい幼女がオロオロしていると……果てしなく悲しい気分になってくる。鼓吹は全力で静かに泣いた。


 そして、味覚と脳の処理能力が限界を迎えた時……食堂からルゥとフィフスも退散。そして誰もいなくなった。


「何が悪かったのでしょう……食材……?」


「ルゥ様は完璧でした! 奴らの味覚がおかしいのです!」


 ――――――


「気を取り直して、次は実力を見る。俺と鼓吹のボウズが見てるから、まあ何も気にせず好きに全力出してくれ」


「は、はい! 頑張ります!」


「ルゥ様かっこいいー! 素敵ー! 頑張ってー!」


「うるせえな応援の癖に。耳イカれるぞ」


 鬼門と佩盾、獅子王は散らかされたギルド内の片付けをしている。ルゥたちがすると言ったのだが、元々の構造を知らないホムンクルス組では時間がかかるだろう。時間はあるが無駄にはしたくないし、先に実力を見ることにした。


 殺し屋ギルドで管理している魔獣と戦ってもらう。獅子王のときもこうするつもりだったが、視察に来ていた佩盾たちの気配に躊躇いなく攻撃したのでクリアとした。


 ランクB、コカトリスドライヴ。石化能力の代わりに炎熱と暴風の操作能力を手に入れたコカトリスの変異種だ。


 むね肉の辺りが美味い。


「五秒以内で即戦力。二十秒で補欠要員。三十秒越えたらギルドの管理だ。あ、飯は他の奴が作るからいいぞ」


「貴様ァ! こうも容易く地雷を踏み抜くかァ!」


「うるせえなマジで」


 因みにフィフスの試験はパスだ。螻蟻と戦闘した際に、ある程度の実力は確認出来た。十分即戦力クラスだ。


 しかし、ルゥと同じ仕事をすると言って聞かない。奴隷だの剣だの言ってたし、それは問題ないのだが……少々うるさすぎるのは問題か。“教育”、せねばならない。


「では……ふぅ、初め!」


 勢いよく吐き出された葉巻の煙が開始の合図だ。


 調教されたコカトリスドライヴが炎を吐く。機械鎧の補正もあってか、俊敏な動きで躱したルゥが下腹部に回る。事前に殺していいとは言ってある……どうなるか。


 振りかぶられた右拳が今、コカトリスドライヴに命中しようとしている! フィフスの応援も最高潮!


 勢いのついた拳は、必殺の角度から肉を抉り……!


 ポコン。


「ん〜まあ、知ってた。そんなこったろうと思った」


「佩盾さんタイプですね。殺傷能力はほぼ皆無」


「貴様らァ! 後で覚えておけよォ!」


 そもそも容姿を見れば分かる。明らかに戦闘に特化した外見をしていない。現当主がやろうと思えば、フィフスのような筋肉質な個体も作れるのは確認済みだ。それでもこの体型にしたのだから、そこが主目的ではないのは明白。


 襲撃時もそうだったが、明らかな司令塔タイプ。ポコポココカトリスドライヴの下腹部を殴る時間が一分ほど続き、そろそろ可哀想になってきたので切り上げる。


 佩盾は主に“盾”。敵を殺す能力は持ち得ない。ルゥはそれと似たタイプのようだ……試験を変えるか。


 殺し屋は戦闘能力が全てではない。他の分野ならば活躍のチャンスは十二分にある。次に行ってみよう。


 数時間後。


「見事に全滅か。何が出来るんだお前」


「ひぐぅ!」


「指揮能力に特化した試験はないのか貴様ァ!」


「わざわざ指揮する必要ないだろこの数で」


「クソッ正論ばかり言いおって貴様ァ!」


 愉快な面もあるのでうるささも捨てたものではない。


 日も傾き、ギルド内の片付けも終わったようだ。ルゥのギルド管理役は確定として、ひとまずは夕食に……


「え、何? 食材がない? なんで?」


「さあ……何故か、残っていたものが全損していました」


「ルゥ様の料理練習に使ったのだ! ありがたく思え!」


「お前早く言えよそういうことはマジでさあ!」


 こうも分かりやすくキレる螻蟻は初めて見た。佩盾でさえ数回しか見たことがない。


 困った。全員場所を変えたり動いたりでそれなりに腹は減っているが、食材はない。今から調達しようにも、朝と違って一から全員分は骨がバッキボキに折れる。


「……………………仕方ねえ! お前ら余所行きに着替えろ!」


「え、なによいきなり。全員で買い物?」


「俺も面倒だが……空腹と不快感には耐えられんからな、仕方ねえ。殺し屋ギルド総出でおでかけだ!」


 まさか、と衝撃が伝播する。同時に喜びも。


 殺し屋ギルドはその性質上、結構な人間から嫌われている集団だ。依頼とあらば友をも殺す無情な組織。あまり関わり合いになりたくないのが当然と言える。


 それを理解しているが故に、あまり街で遊んだりはしないし、するにしても顔を隠したりして遊ぶ。買い出しも最低限の量、人員、時間で済ませてとっとと街から出ていく。


 鬼門は例外として。


 なので、全員で出かけることなどなかった。


「晩飯と、ついでに風呂! 街で好きなだけ堪能するぞ!」


「「「おおー!」」」


 とてもとても、楽しみだ。

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