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第四話 魔獣の子

 (中々見つかりませんね……ギルド長は目がいい)


 真夜中ということもあり、木々の隙間は闇で塗り潰されている。裸足のため足の裏には小石や枯れ枝が刺さり、冷たい風が体の芯を冷やす。あまり、猶予はない。


 ストレッチ用の薄手の服を着ているせいだ。一刻も早く司令塔を見つけて、殺すなり連れ帰るなりせねば。


「ここも……いえ、ここ。ここにいる」


 冒険者時代に培った、命の気配を読み取る技術。司令塔は地面に足をつけているという発想が間違いだった……現在位置の上か下にいる。この勘が外れた試しはない。


 教えに従う。任務外での戦闘は会話から始めるべし。


「出てきてください。今の所危害を加える気はありません」


 普段あまり大きな声を出さない獅子王が、最大限張り上げた声が響き渡る。しかし、返答はない。


 困った。ここが敵地なら、周囲の木々を薙ぎ倒して無理やり引きずり出すのに。【村雨の刃】を最大解放すれば、地面の下を斬ることも出来る……だが、ここはギルドの近く。


 天然の要塞を、この手で切り崩す訳には行かない。


「大人しく私に従えば、命は取りません。我々は殺し屋ギルドです、任務の外でまで命を狩りたくはない」


「ふ、ふふ、ふ。いいわ。その言葉が聞きたかった」


 樹上から、三体の屈強なホムンクルスと、一人の幼女が降ってきた。一口に幼女と言っても、鬼門とは随分系統が違うように見える。機械鎧で武装した幼女など初めて見た。


 そして、付き従うホムンクルスは全員が偽司令塔並の強さを持っている。真司令塔の護衛としては妥当だろう。


「間違いない。ここに、蝉折鼓吹がいるわね?」


「……? いますが。それがどうかしたのですか」


「ふ、ふふ、ふ。私たちは、あのお方を回収しに来たの」


 パチン、と幼女が指を鳴らした。すると、ギルド方面で一際大きな破裂音が鳴り響いた。音からして、蝉折の部屋近辺で大規模な爆発。随分と用意周到な計画だ。


 いいだろう。【村雨の刃】、最大解放。そちらがあくまで戦う気なら、こちらも戦闘は望むところだ。


「私たちの回収班は、五分もあればあのお方を回収し、私たちのお家に連れ帰る。あなたたちには何も出来ない」


「さあ……それはどうですかね。少なくとも私は、ホムンクルスの十や二十程度は敵にすらならない人を知っている」


 くい、と指で示した方向に幼女が視線を向けた。そこには一人でホムンクルスの大群を蹴散らす螻蟻の姿があった。武器も何も使っていないのに、肉片が次々と飛び散る。


 ちっ、と幼女が舌打ちすると、また追加のホムンクルスが出現した。偽司令塔クラスはいないが……まさか、無尽蔵に出現するのか。となると、こちらも急がなくては。


 限界が来る前に、この司令塔を機能不全にする。


「行きますよ。出来れば一撃で気絶してください」


 刀を抜く。【村雨の刃】の副作用で、良心が欠けていくのを感じる……倫理観の喪失。スムーズな殺しには必須。


 無音。しかし、這い寄る蛇のような異質な空気感。獅子王はただ刀を抜き、腰だめに構え、幼女を見据えている。瞳から光は消え、筋肉から無駄は抜け。思考は湖面のように澄み渡っている。今、全神経が“殺し”に注がれている。


 偽司令塔クラスのホムンクルスが、幼女の前に立った。それが、彼らに出来る最大限の抵抗であった。


「獅子王、村雨。血を吸う刃。止まらず、折れず、殺す」


 獅子王の異能、【村雨の刃】は心臓を起点とする。それ故に過度な連続発動や長時間発動は不可能……しかし、限界まで異能としてのエネルギーを圧縮することは可能。


 集中する時に零れ出る詠唱。音も光も、全て“殺す”。


「擬似真空抜刀、横薙ぎ、獅子王狩り」


 悪徳議員の屋敷にいる人間全てを皆殺しにした、あの時のような音が静寂を引き裂いた。聞いたこともない独特なあの音が、幼女の鼓膜を揺らした次の瞬間……


 ホムンクルスは全て微塵切りにされ、幼女の意識も暗転していくのを感じていた。首の裏が、異常に熱い。


「……ふぅ。疲れるから、あまり使いたくないんですが」


 獅子王の異能、【村雨の刃】。経験を蓄積し、進化する異能であるとされる。異能覚醒から現在に至るまでの全ての経験は脳と、心臓に刻まれている。今回は心臓を使った。


 対人は心臓。対魔獣は脳。どちらでもない場合は両方使うと決めている。獅子王は、幼女は人間として扱った。


「限界活動時間である十五分、それを一秒未満にまで圧縮しました。褒めてあげましょう、よく生き残りましたね」


 遙か後方、蝉折の部屋。


 螻蟻が、何かとてつもない“力”を感じて部屋から脱出した次の瞬間、全てのホムンクルスが細切れになって死んだ。それが獅子王の斬撃であると、到底信じ難い光景であった。


 正に神業。獅子王は、窓から侵入可能な範囲と、木々の隙間を縫って全てのホムンクルスを殺し尽くした。それ以外に一切傷はない……裏の世界に肩まで浸かった螻蟻でさえ、これほどの圧倒的な力を見たことはない。


 天才的な戦闘センスと異能の併せ技、こうまで至るか。


 その殺しに、継ぎはない。寸分の狂いはなく、全て同時に死ぬ。【継無殺つぎなしごろし】。


「では、回収させていただきますね」


 ――――――


「ぷあっ……何々なんなの……って、そうだったわ」


 ジムの器具をどかして、拷問用スペースを作った。中々目を覚まさない幼女を椅子にくくりつけて、水を浴びせているところだった。何もかもを諦めたような顔をしている。


 ホムンクルスらしい、生気を感じられない肌。獅子王の気まぐれで傷一つ付いていないが、絹のように繊細だ。


「私たちの家族は、全員死んでしまったのね」


「おうクソガキ。誰も勝手に喋れたァ言ってねえぜ」


 威圧感を全開にして座る螻蟻の後ろで、獅子王が刀を僅かに抜いた。その音だけで、幼女の体は大きく震える。


 殺し屋ギルドの面々がここに集結している。螻蟻、佩盾、鬼門と蝉折……獅子王。幼女は恐る恐る全員を見渡し、蝉折と目が合ってすぐに口を開きかけ、噤んだ。


「じゃ、首謀者と目的、蝉折のボウズとの関係を話せ」


「……首謀者は私よ。愛しい家族は私に付き従って……」


「嘘だ。小娘、悪いが私に嘘は通じない」


 ピン、と佩盾がガラス片を指で弾いた。なんてことはない指弾だが、肩の急所に突き刺さったそれは、幼女が経験したこともないような激痛を与えた。肌が赤くなっていく。


「ぐうっ……お父様よ。私たちのお父様が、命じたわ」


「お父様ねえ……ま、それは後で聞くとするか。んじゃ次は目的、さっさと話せ。また嘘吐いたら、次は目だぜ」


「鼓吹坊っちゃまの回収と……魔獣の子のサンプル回収。でも魔獣の子は出来たらでいいって……言ってたわ」


 佩盾に視線を送る。嘘ではない。


「次……って感じでもねえか。落ち着け、獅子王」


「私は落ち着いています。ええ、とても」


「馬鹿言え……それが、刀抜いてる奴のセリフかよ」


 恐らく、久方ぶりの【村雨の刃】最大解放の影響が残っているのだろう。理性というか、落ち着きの部分が大きく欠如している。気付けば脅しの刃を抜き放っていた。


 幼女の首に当てられたそれは、薄皮を裂いて血液を溢れさせた。雪原のような肌に、朱色の線が混じる。


「……失礼。少し聞き飽きた名が聞こえたもので」


「やっぱり、あなたが魔獣の子なのね。道理で……」


 指弾が眼球に突き刺さる。声にならない叫びを上げて、幼女は黙りこくった。ダラダラと濁った血が流れ続ける。


 鬼門と蝉折は、何が何だか分からず動けなかった。ただ、魔獣の子という単語が、獅子王にとっての地雷であることだけは分かった。一瞬で息まで切らしている。


「お前とボウズの関係を話せ」


「くっぁあ……鼓吹の坊っちゃまは、お父様の一人息子。私は、お父様の奴隷だから……新しい、ご主人様を」


「待って、新しい主人? てことは……死んだのか、あの人」


 まさかとは思ったが……ようやく確信出来た。幼女の言うお父様とは、蝉折の実家の当主のことか。


 数年前、任務で前当主を殺してすぐに代替わりしたと聞く。断片的な情報だけでも明らかにスムーズ過ぎたので、恐らく匿名の依頼主は死んだという現当主だったか。


「新しい主人、ねえ……めんどくせえなァお前ら。誰かに仕えなきゃ生きてけねえから、血縁を無理やり攫うか。いやこうしろって命じたお父様とやらが一番めんどくせぇな」


「攫ったのはどっちが先だ……!」


 また指弾を打ち込もうとする佩盾を止める。とりあえず必要な情報は全て吐かせた、これ以上追い詰める必要はない。


 鼓吹は、その任務の時に攫ってきた。もちろん本人の同意の上で、付いて来たいというから攫ったのだが。


「獅子王。お前にとっちゃ不快な話になるが、出てくか」


「いえ。いい加減、私もしっかり聞いておきたいので」


「そうか……じゃ、話せ。魔獣の子が必要な理由を」


 そのためにはまず、魔獣の子とはなんなのか、を話しておかなくてはならないだろう。その呪われた名を。


 獅子王村雨、という名を知る者は案外少ない。けれど、魔獣の子を知っている者はあまりに多い。というより、魔獣に関わる職種で知らない者などまあいないだろう。


 ランク測定不能、【天光の龍】。世界中の英雄を掻き集めても討伐出来なかった、史上最悪の邪龍。意思疎通は不可能であり、目につく全てを破壊する生きた災厄……螻蟻も一度目にしたが、“死”が形を取ればああなると納得した。


 ソレは、ある霊峰を手中に収めんと攻撃し……結果、周囲の地形や気候を変えての大爆発の末に相打ち。死体に接近可能状態にするため、数十年を必要としたという。


 そして、その死体を解剖、回収中……跡地から取り出された赤子が、魔獣の子。邪悪なる意志を継ぐ者とされる。


「【天光の龍】のみを研究する者も多い。蝉折の家系も、アレが死んでからはそっちの方面に移った……だよな?」


「そうです。父さんもじいちゃんも、ある時期を境にして狂い始めて……まさか、あんなものに手を出してたなんて」


 現代でも、【天光の龍】の伝説は子守唄代わりにして聞かされている。知らない者はいない。


 それからしばらく、魔獣の子の所在は知れなかった。が、恐らく独占しているのであろう匿名機関からの遠回しな情報発信は常に行われていた。誰もが注目していた。


 曰く、成長しない。何故か人間の肉体をベースとして作られている魔獣の子は、内臓のほとんどが魔獣のものであることで成長を阻害されていた。赤子のまま時ばかりが過ぎた。


「んで、ある日ぽっと出の癖に馬鹿強い新人冒険者。その上異能持ちが現れた……それが、お前だ。獅子王」


「……だからと言って、私が魔獣の子と呼ばれるとは……」


 人は常に、差別出来る何かを求めている。


 獅子王は、その実力や経歴の曖昧さもあって、その格好の対象だった。多くの者が魔獣の子と呼び、蔑んだ。


「で、やっと本題だ。何故今頃になってそれがいる」


「お父様の、新たな研究のため……もうじき病で死んでしまうから、最後の研究成果を世界に発表したい、と……」


「なんだ死んでないのか。さっさと死ねばいいのに」


 普段の鼓吹からは考えられない過激な発言に、誰もが驚愕し視線を向けた。とうの本人はまったく無意識だったようで、「あ、え」と呟きながら後頭部を掻いた。


 鼓吹が螻蟻について行きたがったのも、元々は研究馬鹿の父親に嫌気が差したからだ。つまり仲が悪い。


「なるほど、大体分かった。だが見当違いだったな」


 確かに鼓吹はここにいる。主な目的を果たすという観点で言えば、ホムンクルスたちの狙いはドンピシャだ。


 しかし、魔獣の子探しという名目なら大ハズレ。何故ならここに、殺し屋ギルドにいる獅子王村雨は……


「こいつは獅子王村雨。ただの獅子王村雨だ」


 にっと笑う螻蟻に釣られて、佩盾が、鬼門が、鼓吹が笑って……最後に、獅子王も小さく微笑んだ。


 幼女はぽかんとした表情を浮かべて、殺し屋ギルドの面々を見渡した。先刻までの敵意や殺意は消え失せ、いつも通りの家族との触れ合いに夢中になっている。


 初めて見る、本当に暖かい家族。


「……ルゥ・ズィー。私、ルゥ・ズィーって……名前」


「んあ、どうしたいきなり」


 ぼそりと、蚊の鳴くような声だったが。螻蟻の耳にはしっかりと届いていたようで、反応が返ってくる。


 帰りたいと思っていた。また蝉折の家、死にかけの主人のところに帰って、働きたいと。けれど、憧れていた家族を……本当の家族を目にして、そう思ってはいられない。


 わざわざ部下のホムンクルスを家族と呼んだ。冷たく機械のように使ったが、主人にバレないよう裏では可愛がっていた。どこか虚しくても、これが家族なのだと言い聞かして。


 でも、でも。本当の家族が、ここにあるのなら。


「私、なんでもする。だから、ここにいさせて……」


「……どうする?」


「なんで私を見るんですか。ギルド長が決めてください」


 首を捻る。一応ギルドの襲撃犯で、鬼門や蝉折を危険な目に合わせた……分類としては敵。けれどホムンクルスは主人に逆らえず、恨むならば命令を出した主人か……


 素質があるなら来る者拒まず。それが殺し屋ギルド。指揮官として、こいつは十分役に立つだろう。


「……うし! ルゥ・ズィー、お前は六番目の殺し屋だ!」


 縄を解き、医療道具を持ってこさせる。


「そんじゃお前ら、明日からの任務はキャンセルだ」


「……大方予想は出来るが、何をするんだ」


「決まってんだろ。こいつの実力確かめるのと……」


 パン! と拳を打ち鳴らす。


 殺し屋ギルドの大切なメンバーを攫おうとして、心に傷を負わせて、更に大事な家までめちゃくちゃにしやがった。


 死にかけだろうと許すものか。


「蝉折の当主をブチのめす!」


 堂々と宣言する。月の色が、少し明るく見えた。

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