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第三話 ギルド襲撃

「人ばかりなので忘れてましたが、魔獣も対象でしたね」


「おう。というか魔獣の場合の方が多いぜ」


 もっちゃらもっちゃら飯を食う時間など、そうそうあるものではない。蝉折が教育係になってから一週間、鬼門の時よりも格段に良質な関係を築くことが出来ていた。


 しかし彼は基本一人になるのが好きで、任務以外の時はバーにいるか、自室で楽器の世話をしているかの二択だ。


 食事も自室で摂っているらしく、この食堂で見かけたことは一度もない。「一人でご飯なんて愚かね」とルンルン気分で蝉折の自室に突入する鬼門は何度か見かけている。


「次の依頼は、A++級飛竜種のワイヴァーン・ドラゴニックの討伐。どうだ、鼓吹のボウズと二人で出来そうか」


「少し厳しいですね」


 対面で豪快に肉を頬張っていた螻蟻が一瞬フリーズし、その後歯を見せながら笑った。いい笑顔だが汚い。


「そうだ、よく分かってるな。蝉折のボウズも鬼門も対人特化の技術を持ってる。対象が人ばっかだったのはそういう理由だ。なんだ、よく見てるじゃねえか」


 鬼門の視ることの出来る不幸は、あくまで人間が相手の場合に限って命に関わる不幸。生命力の強い魔獣が相手では、多少の傷を負わせる程度の力しか持っていない。


 また【蝉折の音】は脳と神経を保有する生物全てを殺すことが出来るが、魔獣は多少の不調程度では動きに影響することはない。彼が演奏している途中で殺されるだろう。


「魔獣担当は俺と佩盾。ジジイ共は力仕事って訳だ」


「……私、次は魔獣殺しの任務。つまり私もジジイですか」


 螻蟻はチラリと獅子王の皿を見る。


 基本バイキング形式のこの食堂、何を選ぶかで個人の好みが分かるが……獅子王は干物類八割、海鮮一割、肉類一割と大変野蛮な組み合わせとなっている。個人差はあるが。


 ……この食事メニューを見て、うら若き乙女のものだと見抜ける者はいないだろう。どう見ても年寄りのメニューだ。いや、年寄りというよりは……酒飲み?


「ジジイじゃねえが……若い女って訳でもねえな」


「失敬な。食事メニューだけで決められるとは心外です」


「……お前、夜は何してる。錏から聞いてるぞ」


 任務のない日は、バーの奥にある簡易的な筋トレ装置で汗を流した後に風呂。湯上りのさっぱりした状態で佩盾の作るカクテルを軽く飲み、自室で器具を整えて就寝。


 任務がある日は風呂に直行し、課題の見つかった部位を軽く鍛えてバーで気晴らしに少し遊ぶ。乾物をつまみに酒を嗜み、酒を二、三本もらって自室で一人晩酌する。


「こんな感じですかね」


「その頻度で酒飲んでる奴が若い女な訳あるか!」


 思わず螻蟻がツッコミに回るレベルである。


「今の時代、趣味嗜好に性別も歳もないですよ」


「じゃあお前、鬼門の夜のスケジュール知ってるか」


 任務のない日は街に繰り出して買い物、金はギルドのものを使って可愛いものをとにかく買い込む。そのまま街のレストランに直行してディナー、風呂に入って眠る。


 任務のある日は獅子王同様に風呂に直行し、肌や体調のケアで深夜に至る。太らないようカロリー少なめの食事を自分で作り、軽くストレッチをして、就寝。


「別に若い女性らしさは感じられませんね」


「クソッまともな女がいやしねえ」


「というか、なんでそんなにジジイだの女性だのに拘るんですか。殺し屋ギルドはそういうの関係ないでしょう」


 少し暗い目をした獅子王がそう呟く。


 冒険者ギルドにおいて、獅子王は実力者だった。ギルド長や同期はその実力を頼り、また良き仲間として接してくれた。強く、こちらとしても頼りがいのある人たちだった。


 しかし、他の人間は違う。魔獣の子、と呼ばれる獅子王をあさげり見下し、ギルド内での笑いものにしていた。


 獅子王はそもそも人間に興味がない。優しく接してくれた人には優しく接するし、厳しく接する者には同じように厳しく接する。その程度の、反射的なコミュニケーション。


 けれど、やはり生まれをバカにされて、笑いものにされるのは……いくら興味がなかろうと、つらいものがある。


「あなたに勧誘された時、俺たちは何も気にしないと豪語したから乗ったんです。あなた方も、“そう”なのですか?」


「……獅子王。気を悪くさせちまったなら、謝る。すまなかった。そして、俺はそんなことを気にしてる訳じゃねえ」


 頭を掻いた螻蟻が、肉を置いて頭を下げる。


 獅子王もどう反応すればいいか分からず、数瞬狼狽えた後に頭を下げた。


「分かってると思うが、若さってのは一瞬だ。俺みたいなジジイになると実感する。俺ァ……申し訳ないと思ってる」


「申し訳ない、ですか」


「ああ。殺し屋なんて物騒な世界に入れて、人も魔獣も殺させてる。冒険者も似たようなもんかもしれねえが、それでも肩書きは殺し屋だ。だから、せめて若いモンらしい生活をして欲しかった……余計な世話だったら、すまん」


 矛盾している、と自重する。


 螻蟻は人を殺すことを、命を奪うことを特別だと思っていない。死は死だ。そして、スカウトする時は自身と同じ精神性を持っている者だけをスカウトする。


 つまり、物騒な世界で若さを浪費している自覚がない者にしか声をかけない。それは分かっている。けれど、この世界は決して幸せではない。それも分かっていながら引き込んだことに……申し訳なさを感じない方が、無理がある。


「頭を上げてください。別に気にしてませんから」


「だが……」


「単純に気になったんです。そして、また私のことを魔獣の子と呼んで蔑むなら全員殺すと、そう思っただけですから」


 下げて見えない表情筋が歪むのを感じていた。獅子王村雨は生粋の殺し屋だ。出来ることなら気付いて欲しくはない。


 獅子王には、それが出来る力がある。累積が力となる【村雨の刃】を保有する彼女は、あとほんの少し経験を積めば螻蟻さえ殺せるだろう。皆殺しは可能である。


 そしてその引き金を、簡単に引くことが出来る。


 (……逸材だ。殺し屋としては嬉しいが……)


 けれど、やはり悲しい。


 若い者は若い者らしく、何も気にせず生きて欲しい。自分が若い頃そうだったように、何にも縛られず。


 それを強制するものでもないが、けれど。老婆心を抑えることが出来ない、螻蟻勁松には大きな責任がある。


 (悪い癖だな……こいつらが、自分で考えることか)


 適度な距離感というのは、本当に難しい。


 そう思いながら頭を上げた。


「いやなんでお前も頭下げてんだよ」


 ――――――


 その襲撃は夜だった。昼間の螻蟻の言葉が気になって、鬼門のスケジュールを真似してストレッチをしていた。


 山奥の隠れ里のようにして存在している殺し屋ギルドの本拠地は、本来襲撃をかけられる場所ではない。天然の要塞であるし、周囲には螻蟻の仕掛けた罠もある。


 しかし。時にして、あらゆる前提は覆される。


 知性と剛力、人間を遥かに越えた身体能力を保有する魔獣がいた場合、そのどちらも意に介さず攻撃を行う。


「……人型。臭いとしてはホムンクルスに近いですね」


「排除スル。生体反応ハ六。仕留メヨ」


 蝉折のペットまでカウントするとは、良いセンサーだ。


 防弾ガラスの窓が割れ、無数のホムンクルス型生命体が襲撃を開始した。獅子王は、その司令塔らしき個体と向き合いながら観察している。本体が動く気配はない。


 ホムンクルスは本来、人の手で作り出される擬似生命体。しかし、稀に創造者の制御を離れて野生化する個体もいる。それらは魔獣に分類され、なまじ知性を保有しているため分類は最低でもA。最優先駆除対象にもなっている。


「し、獅子王ちゃん! 鬼門の姉さん! ここは任せて!」


 ギルド全体に響き渡る蝉折の声……防音性の壁や床を貫通する特殊な発声法。刀と最低限の防具を抱えて、部屋から脱出する。走る鬼門も脇に抱えて、食堂に向かった。


「なんなのよこれ……獅子王、なんか知ってんの!?」


「いえ、まったく。しかし妙ですね……」


 ここ近辺でホムンクルスが目撃された、という情報は一切ない。突如出現することなど有り得ない魔獣だ。


 隠れていた? 否、基本的に、ホムンクルスにそんな知性はない。となると、何者かの命令によるものの可能性が高い……しかし誰が?殺し屋ギルドに恨みを持つ者など……


「めちゃくちゃいますね」


 追加と言わんばかりにギルド内部に突入してくるホムンクルスの首を切り飛ばしながら、走る。鬼門が攻撃の飛んでくる位置を教えてくれるので安全な道のりだった。


 一体一体は弱い。しかし、この数は少々厄介だ。


「ギルド長、佩盾! 状況を教えてくれる!?」


「何もわからん、というのが正直なところだ。しかし……」


「俺が司令塔を見つけた。獅子王のとこのはフェイクだ」


 寝間着姿の螻蟻が、外に広がる木々の隙間を指差す。何もいるようには見えないが、彼がいると言うのならいるのだろう。鬼門を佩盾に預けて、獅子王は駆け出した。


「ギルド長たち、ここは任せました」


 獅子王がそう言うと同時、姿が消える。【村雨の刃】を発動したのだろう。視覚で捉えることも出来ない速度。


「そりゃあ、俺のセリフじゃねえかあ……?」


 佩盾に視線を送る螻蟻。鬼門を腕の中に抱えたままの佩盾は、そのままバーの奥へと走り出した。


 居住区を通過すれば食堂、風呂、そしてバー。こういった状況で【鬼門の目】は機能しにくい……まずは、彼女を安全な場所まで運ぶ必要がある。適任は佩盾だ。


「標的発見。螻蟻勁松デ確定。交戦ヲ開始スル」


「なんだァ、皆殺しが目的か。いいぜ、気が合いそうだ」


 飛び散らかったテーブルやガラスを見る。明日の朝はこれらの掃除から始まると思うと、今から億劫だ。


 壁に飾ってあった絵は床に落ちている。鬼門が殺し屋ギルドに来てから、一時期絵を描くのにハマった時期があった。まだ幼さの残る絵を、額縁に入れて飾っていた。


 大切な、宝物だ。断じてこうなるべきではない。


 怒りが満ちるのを感じている。拳が固くなっていく。


「俺も、てめぇら全員ブチ殺してえと思ってんだよ」


 偽の司令塔は、全身を機械鎧で包まれたホムンクルスのようだった。元々はかなりの身体機能があったのだろうが、蝉折の攻撃のせいで機能不全を起こしている。


 しかし、ここまで来ることが出来たことを鑑みると……蝉折が不安だ。鬼門の安全を確保したら向かってもらおう。


 体重を前方に傾け、司令塔の背後に移動する。


 背部の機構が開き、刃が飛び出す……が、螻蟻は肩の筋肉のみでそれを弾いた。下手な攻撃は意味を持たない。


 カウンターのアッパーが、複数の機構を抉り破壊した。司令塔の体は大きく吹き飛び、壁に衝突する。視線が螻蟻を捉えようと動いた瞬間、骨ばった膝蹴りが飛んできた。


「グゥッ……!」


「この程度も反応出来ねえか、ホムンクルス」


 一瞬視界を居住区に向ける。敵方の増援が来ていない。ということは、蝉折の攻撃は成功。こいつが強いだけか。


 足首を掴まれるが、逆に利用する。寝間着の裏に隠していた小型の手錠を使い、無理やり繋げた。その場で回転し、引き回す。手錠が壊れるまで何度も何度も何度も。


「イイ気ニナルナヨ……!」


 機械鎧が剥がれ、中の肉が露出する。ホムンクルスらしい白さを持った肉体は、種族の割に屈強だ。一瞬で距離を取られ、同時に遠距離武器を構えられる……


 が、螻蟻が接近する方が速い。


 壊れた椅子の破片を投げて肘関節を破壊し、そっちに気を取られている間に腰を掴んで投げる。


 設置地点に移動し、強烈な右ストレートを叩き込んだ。


「ゴハッ……コ、ノ……!」


 足首に機構が残っていた。ブースト機能を持つ。


 青い炎が軌跡を描きながら螻蟻の首に迫る。しかし、これまた寝間着に仕込んでおいた鉄片が衝撃を殺した。僅かに生まれた隙を逃さず、ホムンクルスの首を掴みあげた。


「貴様ァ……! ナンダソノ、手札ノ多サハ……!」


 殺し屋らしく、その場にあるものを利用する。椅子の破片はソレだ。しかし、手錠や鉄片は違う。この男は、今から眠るための服に何故こんなものを仕込んでいる……!?


「螻蟻の意味、わかるか」


 ホムンクルスのデータベースに、その情報はある。


 螻蟻。小さくてつまらない、虫けらのように価値のないもの。


「俺に名前はなかった。代わりに、師匠だか犯罪者だか分からん野郎に育てられ、名前を与えられた」


 それが螻蟻勁松。


 虫けらのようにつまらない存在。しかし、雨にも雪にも負けない松のような忠義心を持った存在。


 螻蟻の育ての親にとっては、そのような認識であった。


「俺は負けねえ。常在戦場だ。常に油断はねえ」


 確かに彼は螻蟻だ。幼くして親に捨てられ、体も弱く、何も出来ない虫けら同然であると考えていた。しかし、勁松の名を与えられた。“負けなければいい”と思った。


 蟻も螻蛄ケラも、長く生きれば強くなる。勁松の名を冠する、決して負けない虫けらは……弱くない。


「俺にゃあ異能も、鼓吹みてえな凄ぇ技術もねえ」


 ただ、泥臭く積み上げてきた“生”がある。


 負けないように、負けないように。そうすればいつかは必ず勝てるから。ただひたすらに、負けないように。


 積み上げてきた、人生が。


「【螻蟻の生】。あいつらに倣って付けた名だ」


 振りかぶり、ホムンクルスを叩き付ける。


 呻き声を上げて沈黙した。拘束し、放置しておく。


 ひたすらに積み上げた全てが、力。【技無殺わざなしごろし】。


「さぁて、蝉折のボウズは無事かねえ」


 無事だったら、そろそろ一人前だと認めてやろう。


 そう思い、居住区に向かった。

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