第二十話 今日は殺し屋バースデイ!
「嬢ちゃん、今日はお父さんとお母さんはいねえのかい」
「お、おと……? まさかフィフスのことですか!?」
街中の、とある洋食屋にて。ルゥとウィイの共同開発により、弦の鎧は透過能力を獲得。物々しい鎧で街中を歩かずとも良くなったホムンクルス組は、よく街に降りて人間らしい生活を楽しむようになっていた。
ただ、ルゥはその身長故にホムンクルス組の中では娘ということになっている。なんなら一番歳上なのに。
「失礼な、フィフスは父親ではなく部下です……まさか、今まで“娘”と呼んでいたのは、単純に見た目が可愛らしいからとかではなく、あの三人の中で一番小さいからですか!?」
「どんなに可愛らしい子でも娘とは呼ばねえよ」
怒りましたよ! と言いながら、運ばれてきたティラミスを一口食べる。蕩けるような甘さと、ほんのりと感じられる苦味のコントラストが一気に感情を冷ましていく。
「ま、まあ……これに免じて許してあげますが……」
「はは、優しいお姫様で良かったよ」
「もむもむ……あ、それでフィフスとウィイですか? 彼らは今日、何やらギルドの方でバタバタしていましたよ」
「ギルドって……まだ残ってたのかい、殺し屋ギルド」
少し、ほんの少し、ルゥの表情が曇る。洋食屋の主人は、地雷を踏んだか、というような反応を見せた。
魔神獣01及び“師匠”討伐から、二年の歳月が経過した。仕事は今まで通り続けていたが、螻蟻と佩盾の歳や異能を失った鬼門のことを考えて、数ヶ月前に解散した……これに関しては嘘偽りない真実だ。もう殺し屋ギルドは、地平のどこにも存在していない。
「利便性の面も考えて、ギルドの土地と建物を売ったお金で街に移る……その予定、だったんですけどね」
「どうしたい、何か問題でもあったってのかい?」
「土地の場所が不便すぎて誰も買ってくれないんです……」
「心配して損したよ。まあ、あんな場所じゃなあ……」
くすん、と涙目になるルゥ。殺し屋ギルドは攻守共に優れた立地をしているが、裏を返せばそれだけだ。人が普通に生活することを考えると、不便という他にない。
蓄えは螻蟻たちの治療費と帝国への謝罪でほとんど使ってしまったし、土地が売れなければ家も買えない。
「現状無職の私たちではローンも組めません……」
「大変だねえ……パフェ一個おまけしとくよ」
「本当ですか! わーいありがとうございます!」
カウンターに置かれた生クリームパフェを貪るようにして食らうルゥを、店内の全員が見つめていた。あまりにも可愛らしすぎるのだ。尚、ロリコンではない。
元殺し屋ギルドの面々が、冒険者ギルドを通した依頼で金を稼ぎながら生計を立てているのは知っている。そして、その金の大半が……この娘の食費に使われていることも。
(客寄せにもなるし、俺は何も構わないんだが……)
もう何度目になるだろうか、この疑問は……
殺し屋ギルドは、それでいいのだろうか。
――――――
「お帰りなさいませルゥ様! お待ちしておりました!」
満腹状態でギルドに戻り、玄関を開けたルゥの視界に真っ先に飛び込んできたのは、カラフルな服を着たフィフス。
奥の方では、フィフスほどではないものの、やはりカラフルな外見のウィイが不機嫌な顔でワインを飲んでいた。どうして私がこんなことを……という呟きが聞こえてくる。
「……フィフス。今日は朝から何をしていたの?」
「おや、お忘れですか? 今日は特別な日ですよ……」
どこから調達したのか、上質な布で作られたレッドカーペットの上を無理やり歩かされる。そしてこれまたどこから調達したのか、長机の一席に座らされると……すぐに分かった。チッ! というウィイの盛大な舌打ちと共に。
「あ、そうでした。今日は私の誕生日でしたね」
「ええ、そうです! 他の方々はもうすぐお戻りになりますから、今のうちにささ、主賓に相応しいお化粧を!」
「なんで私よりノリノリなのよ、フィフス……」
鬼門直伝の化粧技術を満遍なく発揮し、ルゥを彩っていくフィフスは正に職人。鏡の前の自分がどんどん別人になっていく感覚は、何度見ても不思議という他ない。
髪の化粧に移ったフィフスは一旦置いておいて、ワインボトルをもう五本は空けているウィイに声をかけた。
「意外ですね、ウィイ。こんなことを手伝うとは」
「……手伝わされたんですよ。負けたら手伝い、勝ったら休暇の賭け勝負……結果はまた私の惨敗でした」
なんであなたが絡むと無敵なんですかこいつは……とぼやくウィイが、少し可哀想になってきた。ウィイの誕生日は確か……彼女の大嫌いな白子クリームパスタを作ったはずだ。
次の誕生日は、もう少しまともなものを作ってやろう。
思えば、彼女も散々だ。魔神獣01との戦闘で異能機関が完全に破壊、連動していた部分も全て大破損。戦闘そのものが困難になり、今では家事以外にすることがない。
「ルゥ先輩」
「なんですか」
「ぬっ……くう、ぬう……誕生日、おめでとうございます」
ワイングラスをバッキバキに粉砕しながら、絞り出すようにそう言った。変なところで義理堅いのは弦譲りか。
「ふふ、ありがとう。来年は白子酢にしてあげます」
「なんで頑なに白子を手放さないんですかねえ!」
ついにボトルごと行きやがった。
「なんだなんだ、もう始めてやがんのかお前ら」
「む、螻蟻。遅かったな。ルゥ様の化粧は完了したぞ」
「そうかい。こっちも調達は無事終わったぞ」
玄関を開けて、飾りつけを少し邪魔そうに跳ね除けながら入室してきた巨漢。以前とは違う、機械で構成された右腕が物々しく……その手には、華々しい飾り付けの小箱があった。
「む、ホールケーキを頼んでいたはずだが」
「馬鹿が、食い切れるわけねえだろうが。こいつどうせ街でなんか食ってんだろ。顔見りゃ分かんだよ」
「ナチュラルにホールケーキを一人で食べさせようとしないでくださいます? 皆で食べるものですよあれは?」
「痛い! グラスの破片が攻撃してきている!」
「割ったの使うからですよアホなんですか!?」
主役をツッコミ役にするとはどういうことだろうか。
ため息を吐きながら、眼前に置かれた料理を見る。どれもウィイの得意料理ばかりで、口に運ぶ前から美味いのだろうことが分かる盛り付けと匂いだ……流石と言ったところか。
やはり、戦闘よりも家事が向いている……ということを言ったら、軽く一週間ほど拷問されるのだが。
「何よ騒がしいわね……なんだ、揃ってたの。じゃあまだ来てないのは佩盾と……」
「私はいるよ。ふふ、機械の内臓も捨てたものじゃないね」
ウィイが盛大に割り散らかしたグラスの片付けをしていた佩盾が、地面から生えるようにして姿を現す。螻蟻同様に、体の中を損傷した彼は……内臓を機械に置き換えていた。あの戦闘……“師匠”の討伐後、獅子王がそんな能力を使えるようになったのだ。肉片を同じ機能を持った機械に変える能力。
ホムンクルス組なら分かる……やっていることは、魔神獣01とまったく同じ。“師匠”が戦闘中に言っていたというセリフと合わせると、使える理由は誰でもわかるものだ。
獅子王は第二の魔神獣01となった。
(彼女の善性が色濃く残っていて良かった、本当に)
少し暗い方向に傾きかけた心を、無理やり明るい方向に引っ張る。今日の誕生日会は、自分のために用意してくれたものだ。理由はどうあれ、主役が暗い顔でいてはいけない。
「気配遮断……内臓が持っていい機能じゃないでしょ」
「ふふ、鬼門君……存外、いい気分だよ」
「聞いてないわよ」
「何歳になっても機械は男のロマンだぜ!」
「聞いてないわよって」
興奮した様子の年長者組を見て、盛大なため息を吐く鬼門。最近、ルゥは彼女に近しい何かを感じていた。
「おう、あの二人はどうする。呼んだ方がいいか?」
「やめときましょ。邪魔しちゃ悪いでしょ」
「ルゥ様の誕生日会よりも優先するべきことがあると!?」
「あんたそんなんだからいい相手が見つかんないのよ」
「何故だろうな、お前に言われるとすんごい心に来る……」
「俺も……」
「来年は白子酢かあ……報われないなあ私……」
所々関係ない気もするが、まあ、獅子王と鼓吹は放置しておく方針で決定のようだ。一応料理は残しておこう。
秘蔵のシャンパンを開けて、クラッカーも鳴らして、日頃の愚痴と誕生日の祝福が入り交じったパーティは続く。皆の笑い声がギルドに響き渡って、反響する。
ただのホムンクルスが掴むにしては、まあ、上々の結末ではないだろうか。ここで涙を流す訳には……いかないか。
「ルゥ。誕生日おめでとう。これ、あげるわ」
「鬼門先輩、これは……似顔絵?」
「螻蟻以来だから、上手か分かんないけど……どう?」
食堂に飾られている、しわくちゃな老人の似顔絵。鬼門がまだ子供の頃に描いたというそれは、不格好で、輪郭すら危ういものだが……確かな愛が篭っている。
そして、この似顔絵も……いいや、これは似顔絵ではない。ルゥと、フィフスと、ウィイと、螻蟻と佩盾と獅子王と鼓吹と……鬼門と。皆が描かれた、家族の肖像画。
「嬉しい……とても、とても嬉しい……私は……」
頬を濡らした雫が、テーブルの上に落ちる。仕方ないわねこの子は、と呟いた鬼門が撫でるようにして、ハンカチで頬を拭った。慈愛に満ちた、聖母のような笑みで。
「ここに残って、良かった……私は……!」
グラスを傾けるウィイが、その光景を見ている。
相も変わらずの顰めっ面……それが、一瞬だけ綻んだ。まだ生きている理由……ふふ、アレを目標するとしようか。
「改めて……誕生日おめでとうございます。ルゥ先輩」
その呟きは、誰の耳にも入らなかった。
――――――
階下から伝わる、皆の騒ぐ声が暖かい。本当は行きたいのだが……この日は、獅子王にとっても特別な日だった。
「ごめんなさい鼓吹。あなたも、あちらに行きたいでしょうに……付き合わせてしまって。あの、今からでも……」
「もう、何言ってるの。僕はこっちじゃないと」
少し躊躇って、獅子王は、ありがとうとだけ呟いた。鼓吹が微笑んで、少し俯いた頭を優しく撫でた。
獅子王も薄く微笑んで、椅子から立ち上がった。机の上に置かれた手袋に触れる……あの日、“師匠”が拠点としていたらしい基地に唯一残っていた、彼女の遺品。
「少し……縁起が悪いですが。ごめんなさいルゥさん。せめてこの日だけは、想ってあげると決めているんです……」
今日は“師匠”の命日だった。最後の最後で、遠い世界の誰かに思いを馳せた彼女を、今でも鮮明に思い出せる。
彼女の悪行の精算はまだ終わっていない。完全に破壊された帝国の修復、【天光の龍】が世界に与えた影響、魔神獣01に未だ恐怖する人々のケア……終わる兆しはない。
でも、彼女だけは赦す。獅子王はそう決めた。
「……あなたは、私を魔獣の子と呼んだ最初の人。でも、唯一私を“娘”と呼んでくれた人……複雑な気分です」
あの人に優しくしてもらったことなどない。けれど、好意的な感情を向けられたことは何度かある。その度に彼女は、自分のことを娘と呼んで……恥ずかしそうにしていた。
「私は、あなたの娘が出来ていましたか? あなたの心を癒す存在になれましたか? 少しでも……救えましたか?」
救うべき存在ではない。それは分かっている。
ただ、【天光の龍】を奇跡的に生き延びた自分を育てて、戦う術を与えてくれたのは彼女だ。そのことに対しての感謝や敬意が、全くないと言う訳ではない。
胸に手を当てる。魔神獣01討伐後、戦場に残されていた神の欠片が自身の脳と心臓にある欠片と融合したのが分かった。あの破壊の神の、【置換】能力を……手に入れた。
「陛下から聞きました……あなたの目的は、なんの意味もない破壊と終焉。私を救ったのも、そのため……でも、こうして今生きていることに……結果論でも、感謝を」
手を合わせる。黙祷……背後の鼓吹も同じようにしているのが分かった。彼にとっては父親の仇でもある存在に、こんなことをさせるのは申し訳ないが……ありがたい。
手袋に向けて微笑み、鼓吹の横に立った。まだ照れの残る表情で手を繋ぎ……今日で一番の笑みを浮かべる。
「私たち……結ばれるんです。私が欲しかったものを全て持っているこの人と、これからはずっと一緒にいる……」
あなたは喜ぶだろうか。
この命を遺してくれたあなたは、今も見えない場所で。
喜んでくれるのだろうか……この新生を。
「新しい人生を、この人と歩むことにしました」
完