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第十七話 ホムンクルス格差

「ん……ウィイ。これは」


「分かっています。どうやら状況は私たちの味方ですね」


 身体能力の都合上、ウィイがルゥを、螻蟻が鬼門を抱えて走っている。魔神獣01と帝国の戦闘は苛烈を極め、飛んでくる瓦礫やエネルギー状の攻撃から身を守りながら接近するためには、こうする他に選択肢はない。


 ウィイとルゥが目線のみで会話し、頷く。その様子を後方から見ていたフィフスも状況を理解し頷いた。


「よしお前ら、最初の作戦通りに地盤沈下を」


「螻蟻ギルド長、ホムンクルス格差をご存知ですか」


「ホムンクルス格差」


「ホムンクルスは、その内蔵システムや構造で格差が生じます。そして、上位のホムンクルスは下位の者に命令できる」


 当然そんなものを初めて知った螻蟻は、目を白黒させたまま思考がフリーズしていた。確かにギルド襲撃時のホムンクルスたちは、どれだけやられようと突っ込んできていたが、アレは単に知性がないので命令に従っていた訳ではないというのか。その格差とやらのせいで逆らえなかったのか。


 なんだかホムンクルスの見方が変わりそうな仕組みだ。


「あの巨大な……機械? は動力源がホムンクルスです。それも、エネルギーの内蔵に特化した、私たちより下位の」


「なんでそんなこと分かるんだよ怖えよ」


「反応がありました。指揮系統がどうなっているかは分かりませんが、もしかするとアレを支配出来ます」


「してどうする」


「螻蟻ギルド長と鬼門先輩は“師匠”を討伐に向かってください。あなた方が加われば、討伐成功は絶対のものになる」


「ダメだ許可できん。お前たちだけでは危険すぎる」


 その意見も最もだ。ホムンクルス組で最も戦闘能力に長けているのはウィイ。ただ、ルゥを守らねばならない時はフィフス。だがどちらも、不安定さの残る強さだ。


 戦闘慣れしていない。なので、慣れている螻蟻や鬼門がいないと敗北率がグッと高まるのだ。理解しているだろうに。


「ふふ……螻蟻様。私のことをお忘れですか」


「お前なんもできねえじゃねえか」


「ちょっと泣いてきますね」


「ルゥ、ルゥ。今は堪えて話を進めて」


 降ってくる瓦礫を吹き飛ばしながらウィイが急かす。フィフスからの視線はなんかもうめんどくさいので無視。


 こんな状況でもハンカチを持ち歩いているルゥは、零れ落ちた涙を優雅に拭ってから口を開いた。


「くすん……私は、指揮に特化したホムンクルスです」


「そういやそうだったな。それがどうした」


「ウィイの異能により、怪物と機械を閉じ込める。フィフスが

動力源且つ指揮を担い、私は後方指示。どうです?」


 なるほど、と思う。確かにそれなら悪くない。


 ギルド襲撃は、獅子王の予想外の戦闘能力のお陰で楽に乗り切ることが出来た。それでも鼓吹は無効化され、鬼門を逃がすために佩盾も一時離脱。加えて、フィフスの脅威も無視出来ず……本来なら、落とされていた可能性まである。


 獅子王というイレギュラーがいたからこその楽勝。殺し屋ギルドに一切勘付かれずにそれだけの作戦を立てる頭脳、情報収集能力、それを持ちながら本領は指揮であると自他共に認める……ようやく、ルゥが役に立つ時が来たのか。


 あのウィイでさえ、指揮能力に関してのみ認めている。安全性にはやや欠けるが……絶対性を取るべきか?


「……鬼門。俺は、この任務を絶対に成功させたい」


「私もよ。何迷ってるの、ここはビシッと決めるとこよ」


 やはり。弱くなっている。


 最初は敵だったホムンクルスたちも、今では大事なギルドメンバーで……家族だ。失う可能性が高くなる行為は避けたい……けれど、この任務を“絶対”にするためには……!


 ふと、後方を走るフィフスを見る。彼の、大事な人がいるからこそ強くなるという精神性……自分とは真逆のもの。ルゥを失うかもしれないこの作戦を、どう思うのか……


「螻蟻」


 力強い、声だった。


「私たちは、死なない」


 脇腹に抱えた鬼門の、強く頷く動作。ルゥもウィイも、螻蟻に視線を向けた。取るべき行動は分かりきっている。


 ちくしょうめ。バカみたいに頼れるやつらだ。


「……任せたぞ。絶対に、あの怪物をブチ殺せ!」


「「「応!!!」」」


 ――――――


「さて、問題はどうやって引きずり出すかですが」


「流石にこの距離じゃ命令は届きませんよねえ」


 螻蟻たちが離脱し、帝国の周辺を走りながら様子を見ているホムンクルス組。正直、やり方が分からない。


 出来ることは確実なのだ。だが、この大きさの対象相手にしたことはない。まずはホムンクルスの場所を……


「分析出来ました。支配、いつでもいけます」


「これマジ?」


 これは……想像以上の優秀さだ。


 ルゥは知識こそあれ、それを生かせる場所がなかった。ただの言い訳だと思っていたが、事実だったか。対象の体躯や動作速度により、内部の状況まで見抜くとは。


 この目は、真実を見抜き過ぎていた。


「ホムンクルスは胸部パイプを移動中。常に移動しているようです……十六秒後に心臓部。指揮は遠方から何者かが行っているようですが、権限はホムンクルスの方が強い」


「聞きましたねフィフス。跳ぶ準備をしてください」


「……? 何故、ウィイが私に命令を……?」


「こんなとこでも張り合わなくていいんですよ!」


 帝国の巨大な脚部を、垂直に駆けていく。今動力源となっているホムンクルスを引きずり出し、そこにフィフスが置き換わり……そして、ルゥが指示を出せる状況を作る。


 そして、ウィイは魔神獣01と機械を【勝者の手】に引きずり込む。これを、十六秒間以内にする必要がある。


 何故、わざわざ十六秒後の情報を伝えたのか。それは、気付かれないギリギリの時間。帝国も魔神獣01も、索敵能力には優れている。これ以上ウロウロしていると危険だ。


「胸部装甲到達。ルゥ様、ご指示を!」


「右三十二度、破壊! ホムンクルスを引きずり出して!」


「了解!」


 帝国の右腕が魔神獣01の頭部に掴みかかり、戦況が膠着した一瞬。帝国の動力源であるホムンクルスが消滅した。


 元より帝国の動力源以外に使い道のない存在。フィフスがその手を掴み、外の世界に触れさせた時点で……その肉体は灰と化して散り、影すらも残すことはなかった。


 (点の攻撃には弱いのか……思ったよりあっさりだな)


 消えていった同胞に手を合わせることもなく、ルゥの手を引いて空いたスペースに滑り込んだ。直後、ウィイの異能の応用により穴が閉じられる。中は思ったより広かった。


 操縦用の何かがある訳ではない。けれど、この機械と繋がっていく感覚がした。手足のように動かせる気がする。


「……ルゥ様。どうか、ご指示をお願い致します」


「任せなさいフィフス。私の本気を見せてあげる」


 ――――――


「ふむ、やられたなあ。帝国の支配を奪われた」


「なっ……どういうことですか!?」


「敵……恐らく殺し屋ギルドにホムンクルスがいるな。あの鎧、なるほど。ゲン・セミオレ作のホムンクルスか」


 あの屋敷で全滅したと聞いていたが……と呟き、帝王は静かに笑った。最早こちらから出来ることはない。


 何となく、こうなる気はしていた。いや、“こうなるために作った”。ホムンクルスを動力源としたのは、あくまで効率化のためだが……何故、欠陥をそのままにしたのか。


 真に使いこなせる者に託すため。辿ってきた永劫とも言える生の中で、帝王は知っている。最後に立っているのが己である必要はない。生存のために必要なことを、誰かにしてもらえればいい。生きてさえいるならば、それでいい。


 きっとこの世のどこかに、自分よりもホムンクルス技術に優れた者がいる。その者に、託すため。


「余が意味を与えたいだけの……後付けかもしれんが」


「陛下?」


 ただ、死なないために帝国を作った。魔獣の世界から追放され、人の世界には入り込めず、常に“死”に晒され続ける苦痛は、持ち前の性格でも相殺することが出来なかった。


 己が安心するために。世界最強の兵器が欲しかった。異邦の者と一緒に、その日を夢見て全てを捧げた。


 完成し、側近にその動作権を譲り渡せるほどに帝国が成長した時……もう、その意味はなくなっていたのかもしれないが。今こうして、意味を与えることが出来たのだ。


 きっと、そうだ。


「く、く……どうなるかなあ……楽しみだなあ……」


「へ、陛下? どうなさったのです?」


「ハルフェージュ。その目に焼き付けておけ」


 一瞬、静止した帝国を殴りつける魔神獣01の姿が見える。倒れた帝国に、追撃をかける……だが、もう再起動は済んでいる。帝国の機械的な瞳が、紅く輝いた。


 先程までとは比べ物にならない速度で、帝国の左腕が動いた。魔神獣01の頭部を消し飛ばさんとする勢いで、エネルギー砲を喰らわせる。魔神獣01の巨躯が大きく吹き飛んだ。地の果てまで震わせる地響きが轟く。


 立ち上がり、“構えた”。それは、極限まで戦闘に特化した構え……全ての闘う者にとっての、理想形であった。


「これが帝国だ」


 放たれる。死を纏った閃光が。


 ――――――


『動作異常なし、感度良好。全機能掌握、解放』


「了解。【勝者の手】、発動します」


 弦が、その死の間際に開発した……【異能機関】を起動する。魔獣を取り込まずとも異能を使えるようになる、彼の人生における最高傑作。漆黒の手が魔神獣01を包む。


 刹那、ウィイの穴という穴から血が噴き出した。


「ぐっ……がぼっ……これ、は、なんだ……容量、か?」


 思わず膝をつく。まだ発動出来ていない。


 そうか。帝国と魔神獣01、どちらも大きさ的にも存在の格的にも、規格外極まりない。ホムンクルス如きが、強制的にこちらの空間に引きずり込むのは難しいか……!


 震える首の筋肉を無理やり動かし、顔を上げる。帝国は魔神獣01と互角の戦いを繰り広げているが、まだ不慣れな分こちらが劣勢。所々、傷が増えていく。


 早く、好きに動ける場を。その差を埋めるため、こちら側に有利な空間を……【勝者の手】を発動しなくては。


 (動け、動け動け動け動け動け動け動け動け動け)


 停止した異能機関に力を送り続ける。寿命、エネルギー、そんなものは今どうだっていい。必ず斃すと誓ったのだから止まるな! こんな場所で、停止するんじゃない!


 容量がなんだ格がなんだ、たかだかホムンクルスだからなんだってんだ! お前は勝者、ウィイ・ニァーだぞ!


 (ここで勝たずに、いつ勝つつもりだ!)


 ずっと探していた。自分が殺し屋ギルドにいる理由。


 約束を果たす。勝利を捧げる。彼らのために働いて、尽くして、その中で幸福を見つける……弦が理想としたホムンクルスの姿を遂行し続けてきた。足掻いてきた。


 まだ、分からない。何故こんな場所にいるのか。けれど、一つだけ確かなことが、焼き付いていることがある。


 負けるのは嫌だ。


 (彼らは負けない、絶対に負けない! でもこのままだと私たちは負ける! 負けてしまうのは嫌だ!)


 それはきっと、この世のどんなことより腹立たしい。


 ルゥたちに勝利を譲ったあの時、諦めと同時に湧き上がってきた、対極の感情。苛立ちと怒りと、悲しみ。


 こんな化け物如きに、再び味合わされてたまるか。


「私は勝者。私はウィイ・ニァー。そうあれかしと作られた弦様の最高傑作。敗北は、二度と有り得ぬ」


 願わくば、我が創造主よ。


 どうか、天の彼方から、見守っていてください。


 それだけで、私は。勝利を掴めるから。


「壊れ果てよ、【勝者の手】。今一度の勝利がために」


 もう一度、漆黒の手が帝国と魔神獣01を包み込んだ。ミシミシと、己の異能機関が壊れていくのが分かる……だが、それでいい。それだけのことで勝てるのならば。


 余計なことはしない。外部からの認識を阻害する闇の幕は張らない、地形そのものの変化もしない。ただ、帝国にとって有利なのではなく……魔神獣01にとって不利な領域を。つまり、その領域は……常に変動し続ける。


 魔神獣01の動きに合わせて変質していく。あの怪物が最もその行動をしにくい形に、性質に。妨害に徹する。


「壊れるだけで勝てるのなら。それだけで報われるのなら」


 殺し屋ギルドにいる理由。勝利を捧げ続ける意味。


 ルゥたちとの格差を見せつけることなど、後付けのどうでもいい理由……弦への忠誠を裏切るようなこの行為に、どんな意味を与えればいいのか……それは、きっと。


 彼に笑ってもらえていると、信じることなのだろう。


「笑ってください、弦様。私の愛した蝉折弦様」


 彼への忠誠は消えていない。彼の死と共に、この身も消えて果てるつもりだった。それでもまだ生きている。


 彼が、ホムンクルスたちが幸せに生きることの出来る世界を望んでいるのなら。共に散る覚悟の私たちを、馬鹿野郎共とだけ言ったのなら。これが正解のはずなのだ。


「私は、あなたのことを想って、想い続けて……」


 星の海は、今は見えない。


 夜になれば、日が落ちれば、月が昇る。星の海は、その光に掻き消されてしまう。天の国には辿り着けない。


 そこにいるはずのあなたを想って、私は……


「一人で、泣き続けるから」


 異能、発動。【勝者の手】は完成した。

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