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第十六話 帝国

 獅子王にとっては、運命の日。待ち望んだ復讐の日は、瞬きの間にやって来たような気がした。腰元に携えた刀の煌めきは、僅かな恐怖さえ感じるほどに美しい。


 しかし、“運命”と言うのなら……それは、帝国にこそ相応しいのかもしれない。躍動する大地が美しい。


「よいなあ、よい帝国起動日和だ。なあハルフェージュ」


「あなたは雨の日でも同じことを言いそうですね」


「ふはは! そういえば、今の今までよくなかった日などなかったな! 世界は! なんとも美しいものよなあ!」


 相も変わらず、訳の分からない前向きさだ。一時期は魔獣社会にも人間社会にも入り込めず、闇の中を彷徨ったこともあったというのに……本当に、尊敬する。


 玉座に備え付けられた操縦桿は、虹色に光り輝いている。帝国と共有した視界も、同じように見えてしまう。


 奇しくも、殺し屋ギルドによる襲撃決行と魔神獣01の起動は同じ日、同じタイミングに行われた。それに伴い、帝国の試運転――という名目の魔神獣01殺し――もまた、同じタイミングである。世界そのものを揺るがしている。


「なあハルフェージュ。余の再三のおねだりにも応じず、帝国は絶対に動かさないと言ったのはお前だったな」


「……は。そのようなこともありました」


 帝国は、帝王がその生涯のほとんどの時間をかけて開発、管理してきた超兵器。何かミスがあれば被害は尋常ではなく、また何よりも帝王のために動かしたくなかった。


 流石のこの人も、帝国に何かあれば心を痛めるだろう。彼のそんな姿は、絶対に、何があっても見たくはない。


「帝国。余がまだ国を興して間もない頃、別の世界から渡ってきたという者と知恵を寄せあって創った」


「存じております。帝国の神話にも載っております」


「この世界には有り得ぬ金属、機構。原理を用いて動いている……これを上回る兵器は、この世に存在してはならぬ」


 何かを懐かしむようにして操縦桿を撫でながら、いつもの豪快な笑みは鳴りを潜めた。年齢に相応しい、静かな笑みを浮かべていた。思わず見蕩れてしまうほどの。


 大切な思い出だった。帝王として君臨するよりも前の時代のこと、あの異邦の民と触れ合ったほんの僅かな時のこと。


「なあ、ハルフェージュ。怒らぬから申してみよ」


「何を……でございましょうか」


「“誰に唆された”?」


 やはり勘づいていたか、という諦めにも似た感情が込み上げてくるのを感じていた。そりゃそうだ、忘れていたフリをしていたが、絶対に動かさないと何度も言った。


「……それなりに年老いた、特殊な服を着た老婆に」


「老婆? ふむ、それはこんな格好をしていたであろう」


 空中に光の粒子が浮かび上がり、それはやがて一人の人間の姿となった。それは、ハルフェージュが見た“師匠”そのもので、思わず息を飲んでいた。


「なるほど。余の管理する世界で、お前を唆すことが出来る策士などこやつぐらいのものよの。いや脅しか……?」


 まんまと愛国心を利用されたの、と帝王は笑った。頭を下げながら、ハルフェージュも同じようにして笑う。このお方には何も……隠せない。隠そうとも、思えない。


 どうやら面識があったらしい。どういう関係なのか聞いてみたかったが……前方の光景からして、時間切れだ。


「ハルフェージュ。こやつを殺せば良いのだな?」


「は。陛下の御業、ご披露くださいませ」


「任せておけい。余に出来ぬことなど、この世にない」


 まるで地獄の蓋をこじ開けて、現世への復讐を今果たさんとしている鬼の如く。その怪物は、地を蹴った。


 (ほう、この見た目で肉弾戦を好むか)


 山の如き体躯は、帝国と同程度。紅蓮の外殻は燃え上がっているかのように紅く、それは血と死を連想させる。体中に付いた攻撃的な棘の先端からはマグマが噴出し、触れたもの全てを溶かしながら帝国の顔面を拳で捉えた。


 しかし、帝国も決して無抵抗ではない。左肘先に備え付けられたブースト機能を使い、見事なストレートを魔神獣01の腹部に叩き込んだ。僅かに浮いて、吹き飛ぶ。


「弱い弱い! 鍛えようが足りておらんわ怪物! 見よこの上腕二頭筋! プニプニで可愛らしいであろう!」


 一切鍛えていない筋肉を見せびらかす。そのプニプニはスライムか何かのようで、彼が腕を動かす毎に可愛らしく揺れている。ハルフェージュは摘みたい衝動をグッと堪えた。


 足裏のブーストを使用し、飛翔する。尻もちを着くようにして倒れた魔神獣01の腹部に膝蹴りを叩き込んだ。苦しげな呻き声を上げる魔神獣01の口に、容赦なく高エネルギー粒子砲をブチ撒ける。一気に攻め込んでブチ殺す。


「脆いなあ、脆すぎる! それそれそれぇい!」


 凄まじい熱量に融解し始めた下顎を、ガッシリと掴む。このまま下方に引っ張り込んで、正中線を視覚化してやるのも悪くない。久方ぶりのガッツリ戦闘、楽しまねば損……


「おいおい、寝起きの我が神に何をしてやがる」


 刹那、帝国の側頭部に超常的なエネルギーの塊が衝突したのを感じた。遠く離れた玉座にいる帝王には、そのダメージは通らないが……帝国の頭部は、焼け落ちて半壊していた。


 ハルフェージュに指示を飛ばし、何が起こったのかを肉眼で確認させる。そこにいたのは一人の老婆。


「誰も一方的な蹂躙をしろなんて……言ってないよ」


「なっ……話が違う! どういうことだ!」


「馬鹿者めが、ハルフェージュ。目が曇ったな」


 理解。先程の攻撃は、【天光の龍】を再現したものか。


 そう何度も顔を合わせた、友人のような間柄という訳ではない……だが、“師匠”のことはそれなりに知っている。正真正銘のクズであり……目的の為なら手段を選ばぬ外道。


 まんまとハルフェージュは利用されたな。大方、この怪物を倒すのに手を貸せと言われたか……そして奴は怪物の味方をしている。愛国心も、ここまで来れば盲信だ。


「罠だ。帝国はアレに目をつけられた以上、あの怪物を斃さねば後退は不可能。恐らくは別の……奴の真の目的のために利用されるのだろう。くく、失態だなぁハルフェージュ」


「申し訳ございません……恐怖と、信心が、つい……」


「良い良い、人は失敗せねば学べん生き物だからなあ」


 左腕にエネルギーを集中させ、怪物を見据える。回復の時間を与えてしまった……もう下顎が修復されている。先程までのように、一方的な蹂躙とは行かなさそうだ。


 奴は……どこに行った。いや、違うな。元からか。こうして怪物に手を貸すことこそがイレギュラーだった。


「ハルフェージュ。奴は、何と言っていた」


「殺し屋ギルドが邪魔してくる。儂は殺し屋ギルドの相手をしてやるから、そちらはアレを斃すようにと……」


「半分真実で半分嘘だな。殺し屋ギルドの相手をするというのは真実だが、余らにアレを斃させる気は毛頭ない」


 殺し屋ギルドを殺せるとも思っていない。心の中でそう付け加え、段々と冷えていく思考回路をフル回転させる。


 目的はなんだ。あのむちゃくちゃな女のことだ、特に理由のない破壊でも頷ける……邪魔者は殺す主義だったか。だとするならば、怪物と帝国の戦闘余波に加えて、自身の異能で仕留めるつもりか。なるほど回りくどいことを考える。


「ふむ……見ていろ、ハルフェージュ。きっと楽しいぞ」


「は……何が、でございましょうか」


 致命的な失敗に、世界が暗くなっていく気がした……けれど、帝王のその言葉だけで現実に引き戻される。


 その自信に満ちた横顔を見る度に……嗚呼。


 何故、こんなにも安心出来る。


「余が、この怪物を打ち倒す様が、だ!」


 ――――――


「うおおなんだあの怪獣大決戦!」


「集中してくださいギルド長。いやほんとマジで」


 殺し屋ギルド、作戦決行。全員での突入を開始した。


 生涯で一度しか使えないという切り札を解禁する覚悟を決めた鬼門も、普段は頑としてフィフスが戦場に出そうとしないルゥも……“師匠”を殺し、魔神獣01を殺すために。


「鬼門先輩。本当にいいんですか? 切り札」


「一生使う機会なさそうだしね〜。使い所でしょ」


 曰く、鬼門は弱いので、この情報を解禁すると襲われる可能性があったので隠していたという。内容を聞けば、なるほど確かに強力極まる。隠している必要もあるだろう。


 嬉しいと同時に、悲しく思う。自分の復讐のためだけに、そんなものを使わせる覚悟をさせてしまったことを。


「っと……獅子王、鼓吹、錏。前に出ろ……標的だ」


 【燼滅の光】による【天光の龍】再現により、更に細胞寿命を持っていかれた。少し走るだけでも息が切れる。


 それでも、殺し屋ギルドの相手ぐらいは出来るだろう。小規模な再現であれば、それほど多くの細胞寿命を使用せずに行使できる……冷や汗を拭いながら、“師匠”は思考した。


「手筈通りにな。螻蟻たちは迅速にアレを仕留めるように」


「俺を誰だと思ってやがる……朝飯前だぜ」


 豪快に笑い、螻蟻は駆け出した。“師匠”が、その無防備な背中に発光する手のひらを向ける……しかし、次の瞬間、再現した爆発が襲ったのは螻蟻ではなく佩盾だった。


 脚部を狙った小規模爆発。少し硬度に優れた障壁があれば防げてしまうようなもの……佩盾は、無傷だった。


「……どういうことだいジジイ。儂に何をした」


「身体動作に限らず、視線や呼吸、音……それを観測している知性体の注意をズラす手段はいくらでもある」


「あ〜……高橋みたいな技術か。めんどくさいねえ……」


「お仲間に、似たような人間がいたかな? それは僥倖。私とそいつの格の違いを、すぐに思い知らせてやろう」


 佩盾は意外とマウントを取るのが好きなのである。


 螻蟻同様、その人生の中で積み上げた技術。あらゆる要素を利用した攻撃先の誘導と、一部分限定の筋肉超硬化。対単体の戦闘において、無類の防御力を誇っている。


 事実、爆破程度ならいくらでも防げる。皮膚は多少ダメージを負っているが、筋肉にも骨にも損傷は皆無。


「獅子王君、鼓吹君。役割は把握しているね?」


「はい。防御と直接戦闘は……任せましたよ佩盾さん」


「僕もサポートに徹します。どうかお気を付けて」


 直後、散開。獅子王は遊撃、鼓吹は妨害とサポート。


 殺し屋ギルドの基本戦術、適材適所を極めた動き。最硬の防御に最強の攻撃、そして最悪の妨害が重なる。


「こりゃあ……だいぶ、めんどくさそうだね」


 発光する手のひらを地面に向ける。ひとまず煙幕を張ろうと思ったのだが……気付けば、佩盾の胸部に押し付けている。金属でもこうはならないというほどの硬度だ。


 元仲間のソレとは次元の違う練度。これは、最早異能と言っても過言ではない。認識を強制的に歪められた。


「どうした? 一目惚れというやつか?」


「酷い自惚れだね。皺ァ数えてから口開きな」


 目を瞑る。一時的に聴覚も遮断。危険だが、嗅覚も遮断した。残されたのは味覚と触覚……干渉は不可能。


 まずは距離だ。今は何もしていないが、鼓吹の厄介さは蝉折邸に侵入した時に情報として理解している。何かされる前に仕留めねば、どう転がるか分かったものではない……


「は?」


「駄目じゃないか。まだ触覚が残っている」


 有り得ぬ。また、佩盾の胸に攻撃している。


 認識外からの干渉? 否、触覚を利用されたのか。しかし接触した感触はなかった……なんだ? 触れずに相手の注意をズラすなど、それこそ糸使いでもない限り……


「風か? 動作による風圧で操ったのか?」


「察しが良くて助かる。神経が敏感すぎるんじゃないか?」


「詐欺師が。こりゃ技術じゃなくて異能ってんだ」


 化け物などというレベルではない。あれから、この短期間で殺し屋ギルドの情報を集めたが……佩盾がここまで化け物だという情報はなかったぞ。どうなっている。


 いや、そうか。“分からない”のか。一度佩盾が意識を逸らせば、同行している他の人間が対象を殺すから。


 (クソが……こいつ、下手したら一番厄介だね)


 何より、筋肉の鎧というのが厄介極まる。どれだけ攻撃しようとも、剥がすことが出来ない。関節技による破壊も不可能。極めれば最硬となるのは、金属ではなく筋肉か。


 作戦を切り替えよう。徹底的に攻撃し、なんとかして破壊する。獅子王たちがまだ攻撃して来ない、今の内に。


「分かるよ。君の考えていることはよく分かる。君の異能を警戒して、まだ何もしてこない二人が行動を起こす前に私を仕留めようというのだろう。しかし、それは不可能だ」


「言うねえ。儂の身体能力と異能、組み合わされば」


「違う。何もかもが見当違いだ」


 脳のリミッターを解除し、右腕を振りかぶったその瞬間。鼓膜を揺らした不協和音が精神を掻き乱し、一瞬夢の中にいるような感覚に包まれ……背骨に沿った激痛が現実に引き戻す。後退しようと動かした足は、佩盾の方を向いた。


「前提から違う」


 刺突。胸の中心から、鋭利な刃が生えていた。


「こ、の……!」


「本当に、なんで普段はあんなに影が薄いのか」


 冒険者時代はソロだった。本来パーティーで行うべき役割を全て一人でこなしていた。戦闘の基本である、アタッカーとタンクとサポーターを一人で担った。それ故に分かる、佩盾の異常性。


 高すぎる防御力、俊敏な動作。そして、それ以上に着目すべきはヘイト管理。認識改変は最早チートだ。


「最強のタンクじゃないですか」


 股下まで引き抜いて裂く。鮮血が噴き出る。


 復讐は、果たされたかに思えた。

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