第十四話 救われながら
「だァらそれはどう考えてもウチの管轄じゃねえだろ」
「仕方ないだろ、冒険者ギルドよりは適任だ!」
冒険者ギルド皇国第四支部、応接室。螻蟻は怒鳴り声を上げながら冒険者ギルド長と口論を交わしていた。かなり興奮しているらしく、頭部全体が赤みがかっている。
対する冒険者ギルド長も中々引き下がらず、何度も眉間を擦りながら正面から螻蟻の圧に立ち向かっている。
「ウチだって人間だけで運営してるんだ。禁足地に踏み込んで未確認生物の調査なんざ、あまりにも危険過ぎる」
「冒険者ギルドは“冒険”が仕事だ。最悪、その未確認生物を殺すことになる……なら殺し屋ギルドが適任だろうが!」
「なんだそのカスみてえな無茶苦茶理論は」
数十年間誰も踏み入っていない、禁足地の調査。しかもそこには未確認生物の痕跡が確認されている……そんなの、最高に胸が踊る“冒険”ではないか。何を渋っているのやら。
(大体予想は出来るけどなあ……)
恐らくは、近年の冒険者の弱体化と他国との関係悪化が原因なのだろう。魔獣も異常なほど活性化している。
近年、文明の発展により冒険者は人数が減少し、また以前ほどの強さを持った者はほとんど存在しない。また皇国は冒険者ギルドへの干渉権限を保有しているが故に、他国との関係悪化がギルド全体の方針に直結する。難儀なものだ。
そんな状態で、優秀な冒険者を失う可能性のある危険な任務は引き受けられない。だから、強さの面では冒険者ギルドを大きく上回る殺し屋ギルドに任せようというのだろう。
「それに、皇室からの依頼でもある。任務成功率百%の殺し屋ギルドになら任せられると、そう仰られている」
「皇室だァ? あんのクソジジイ共も絡んでんのかよ」
「ああ。だから頼む、引き受けてくれ。ウチじゃ無理だ」
「遂に言い切りやがったなこの野郎」
ガシガシと後頭部を掻いて思考する。
そもそも、皇室直轄の探索隊が遠隔操作可能な探知機を試したいとかで、禁足地を観測したのが悪い。あんな余計なことをするのは、普通それ専用の機関を作ってからだろう。
皇室が絡んでるなら納得だ。あの神の子を自称する狂人集団は、一度コレと決めたら絶対に意見を曲げない。
「……一応聞いておくが、報酬はどんなもんだ」
“師匠”関連で、殺し屋ギルドも暇ではない。鬼門とホムンクルス組以外は、依頼の受付を停止しているぐらいだ。報酬がショボいようなら、万が一にも受けることは有り得ない。
「殺し屋ギルドを独立した組織にする権利をやろう」
「中央からの報酬レベルじゃねえか。羽振りがいいな」
「その分危険ということだ。どうだ、引き受けてくれるか」
冒険者ギルド皇国中央支部でもないと与えられないレベルの報酬だ。殺し屋ギルドが、冒険者ギルドの派生組織であるが故の面倒事を、一気に無視できるようになる。
どれだけ苦労してもぎ取ったのか……逆に、この冒険者ギルドは皇室からどれだけの圧をかけられたのか……?
「分かったよしゃあねえな。殺し屋ギルドが引き受けよう」
「本当か! 感謝するぞ螻蟻。俺もようやく楽になれる」
「ジジイ共の圧は、キレた錏並に怖ぇからなあ……」
こうして、殺し屋ギルド全体に新たな任務が与えられた。
禁足地及び、内部にて観測された未確認生物の調査。図らずも“師匠”に大きく関わることになった殺し屋ギルドは、果たしてどのような結末を迎えるのか……
それは、まだ誰も知らない。
――――――
「暇ねえ」
「暇ですねえ」
「暇だな」
ウィイの優秀さを舐めていた。アレは化け物だ。
“師匠”に関する調査を進めるために、最近はギルド本拠地にメンバーが全員揃うことの方が珍しい。鬼門たちもちょくちょく来る任務をこなしてはいるが、正直レベルが低い。
数時間あれば終わるようなものばかりで、たまに任務終わりにホムンクルス組の家事を手伝えるほど余裕があった。
ということをウィイに話すと、
「なるほど。であればこのウィイ、全力を尽くします」
と宣言し、それ以降ウィイ無双が始まった。
掃除洗濯料理に任務、その他の雑務に及ぶまで。弦の作成したエネルギーボックスをフル活用したウィイは、正にパーフェクトウィイと言うのが相応しい働きを見せている。
鬼門たちは本格的にやることがなくなり、かといって自分たちだけ街で何がするのも違う。“師匠”の調査を手伝おうかとも思ったが、ホムンクルス組は弦の事件もあって危険が大きく、鬼門も突発的な戦闘になると危険が大きい。
あくまで戦闘が専門外の一般人担当だった鬼門は、ホムンクルス組同様に真に何もすることがなくなっている。
「ちょっとウィイ〜? なんかすることない〜?」
「ありません。パーフェクトホムンクルスに全てをお任せください。人間は非力ですので、私に従ってください」
「ワンチャンバカにされてるわよねこれ」
連日の暇で、精神に異常なまでの余裕が生まれている。こんな物言いをされても、一切怒りが込み上げてこないあたり暇というのは恐ろしい。人間、働かなくてはならないらしい。金以外にも働く意味はあるのだな……
「おや、食材をいくつか切らしてしまいました」
「「「買い出し行ってきまーす!!!」」」
勢いよく玄関を駆け抜けていく暇人組を見つめる。
本当はまだまだ余裕はあるのだが……まあ、たまには動くのも大事だろう。体力の温存という意味合いも込めて働かせずにおいたが、あまりやり過ぎると毒らしい。
この辺りは、まだまだ加減が分からない。弦の屋敷にいた頃に比べれば、今でも全然働いていない部類なのだが。
「ルゥもフィフスも、立ち直っているようで何より。最愛の部下を殺した相手と仲良くできる心理は、このウィイにはまだまだ理解出来そうにありませんが……」
弦の仕掛けも、殺し屋ギルドが理想の家族であったことを加味しても。まだ、ルゥたちの心情は理解出来ない。
ホムンクルスは誰かに尽くし、幸福を与え、その中で自己の幸福を見つけることが義務。弦はそう言っていた……であれば、今間違っているのは、このウィイなのだろう。
「いつか私も、あなた方の輪の中に加わりたい」
脳裏にこびりついた、弦の死に様。最後の笑顔。
ソレを裏切る覚悟は……まだ、出来ていない。
「そう思っていますよ」
――――――
「あ、何が必要なのか聞いてなかったわね」
「ふむ。とりあえずルゥ様の好物を買っておこう」
「フィフス! ウィイの嫌いなものも必要よ!」
「あんた、意外といい性格してるわよね」
それとかなり厚かましくなった、というセリフはギリギリで飲み込んだ。鬼門なりの気遣いだ。
以前のルゥならば、「そんなものいらない」と言いそうなものだが……好物を買っておくこと自体には、一切の疑問を抱いていないらしい。フィフスが甘やかしすぎたか。
ポイポイ買い物カゴに食材を放り込んでいくホムンクルス組を眺めながら、鬼門は思わず苦笑した。
殺し屋ギルドも、随分と騒がしくなったものだ。
「これぐらいだな。鬼門、財布を出せ」
「うわ買いすぎでしょ。生物あるし……今日食べなきゃダメなのよこれ? わかってる?」
「大丈夫です! 大半はウィイの嫌いなものなので!」
「何が大丈夫なのよ。ていうかそっちのが多いのね」
あの完璧超人が悶えるところを見たいので、これ以上問いかけはしないが……本当に、見違えるほど厚かましくなったものだ。フィフスは最初から一切変わっていないが。
会計を済ませ、折角街に降りてきたので軽く観光することにした。無論、荷物は全てフィフスに持たせている。
「あ、映画! 鬼門様、映画見たくないですか!」
「映画……最近王国で発明されたってアレよね。うーん、恋愛モノか……私はあまり興味ないのよねえ」
「でも三十分ぐらいで終わるようです! 見ませんか!」
「うーん……いや、私はパスでいいわ。ルゥだけで見てきなさい……あ、フィフスも当然付き添いよね」
王宮か何かと見紛うほどに、豪華な装飾が施された巨大な施設。最近王国から輸入された、映画館というもの。
意外とミーハーで新しいもの大好きなルゥは、もう好奇心を抑えられないらしい。一人分の代金を手渡し、駆け出すルゥの背中を見つめるフィフスにも渡そうとする。
「いや……私もパスだ。そもそも興味がないしな」
「珍しいわね。あんたがルゥについてかないなんて」
「ふっ……最近、ルゥ様も反抗期のようでな……」
「多分思春期よそれ。くっつきすぎなのよあんた」
そういうものか……と肩を落とすフィフスを、ベンチに座るよう促す。鬼門もそのすぐ横に座った。
ホムンクルスは成長しない。誕生時点から完成された生命体である彼らは、人間が本来辿るような成長過程の全てを無視して生きる。思春期など、有り得るはずもない。
しかし、弦のホムンクルスに関する技術は神の領域。人間と共に過ごせば、人間のような性質を得るホムンクルスを作っていても……まったく、おかしな話ではない。
実際、ウィイはホムンクルスには有り得ぬ感情を持っている。煽りあいをしている時のルゥたちも同様だ。反抗期だの思春期だの、そんなものは寧ろ健康な証かもしれない。
「ウィイをいじめている時は、以前と変わらぬ接し方をしてくれるのに……遊ぶ時は、近寄らせてももらえぬ……」
「子供ってそんなものよ〜。めんどくさいんだから」
「今ルゥ様が子供だと侮辱したのか」
「めちゃくちゃめんどくさいわねあんた」
無表情でそう返すと、「……冗談だ」、と明らかに冗談ではなさそうな声音で返された。まさか、気遣いか?
仮面をもぎ取ってやりたい。どんな顔をしているのか。最近、自分のルゥへの忠誠心が過剰だということに気づき始めたこともあり、多少は気遣いを見せるようになってくれた。それでも、まだまだ全然制御は出来ていないのだが。
「……子供、か。人は、全員そこを通過するのだな」
「嬉しい?」
「ああ……ルゥ様が成長してくれて、嬉しい」
「ふふ、そう。良かったわね」
「鬼門。お前の子供時代は、随分とひねくれていそうだな」
「そうでもないわよ。寧ろ無感情だったわ」
戦争により家族を失い、片目を欠損。補うために、魔獣の眼球を移植し……奇跡的に、異能を手にした。
死にかけているところを螻蟻に拾われ、まだ年齢が一桁の頃から殺し屋稼業に手を染める。初めての感情の発露は、殺しの罪悪感に耐えきれず叫んだ夜だった。
「私は私の手を染めて誰かを殺したことがない。それを良かったと思う自分も、ズルいと思う自分も……嫌い」
螻蟻と佩盾は、どちらも育児に向いた性格をしていない。それでも、彼らは当時まだそこまで広くなかった人脈をフル活用し、困惑しながらも鬼門を育ててくれた。
少しでも興味を示したものは何でもさせてくれたし、堪えられない恐怖に心を灼かれた時は、不器用ながらもそばにいて、優しく包み込んでくれた。鬼門が幸せだと思う生き方をして欲しいと願う彼らが、どうしようもなく好きだ。
「あの人たちと同じ罪を背負いたい。あの人たちが肯定してくれる私の在り方を、他ならぬ私が肯定したい」
「……」
「そうすればきっと、全員が。少しだけ救われるから」
おかしいかしら? と笑う鬼門を見つめる。人工的なものであるフィフスの眼球が、脳が捉えるその姿は……普段よりも少しだけ立派で、輝いて見えるような気がした。
幼い容姿、過激な性格。けれどギルドメンバーへの、家族への愛情は誰よりも深い。そんな歪な鬼門のことを、心のどこかで“おかしい”とすら思っていたが……今は、そんなことを思ってはいない。気高く、美しい人間だと思う。
「私はまだ新参だが……誰も、罪がどうだとは思っていないのではないか。命を奪うことは、そう重い罪ではない」
「過激な思考ね」
「殺しの意味を見出さないことが問題なのだ。そして、我々の遂行する殺しには……きっと、依頼主が意味を与える」
誰かの命を奪うこと。それ自体は罪ではない。
自然界では弱肉強食。殺さなくては生きていけない。そもそも人は他の生物を食って生きている。人が人を殺してはいけない理由など、一体どこに存在しているというのか?
ただ、そこに意味がない時。それは罪となる。
「愛し愛され愛し合い。その中に殺しがある。常に救われながら生きている私たちは……罪を犯していないと思う」
「そう……ふふ、随分と人間らしいことを言うじゃない」
「人間に寄せて作られているからな」
【鬼門の目】に、小さな不幸すら見えなかった。
言い訳かもしれない。殺しという、尋常ならざる世界で生きる者たちが……ソレを正当化するための、醜い言い訳なのかもしれない。けれど同時に、真実であるかもしれない。
少なくとも、フィフスは。そう信じているらしい。
「罪ではなく、それ故に救いも必要ではない……いいえ、救われながら生きている。考えたこともなかったわ」
何度、間違えていると自分を責めたことか。
誰かの悲鳴を、断末魔を。冷めていく肉体を、止まっていく鼓動を見つめる度に……間違っていると確信した。
でも、そうか。そういうことなら、別にいいか。
「私も、そう思うことにするわ」
笑顔で駆けてくるルゥを見つめながら、そう微笑んだ。