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第十三話 起動帝国

 三千年前に、世界は四つに分かたれた。


 皇帝を神と讃える皇国、恐怖政治の共和国、絶対王政の王国、そして無限の寿命を手にした帝王率いる……帝国。


 殺し屋ギルドの拠点が存在するのは皇国の端であり、稀に皇帝から直々の依頼が来ることもある。皇国の特徴としては他の三ヶ国に囲まれており、戦争になった際に一瞬で最悪の状況が生まれてしまうという側面を孕んでいる。


 そのため、皇国は戦闘力において最強である。冒険者ギルドの【国家間の人間によるあらゆる紛争に干渉しない】という規則の一時無効権限を有し、また皇帝の近衛兵団は他国の軍全体に匹敵する力を持つ。最強の軍事国家なのだ。


「……ということは、ご存知かと思いますが」


「知っている。知っているとも。その上で儂は、あんた方帝国にこの話を持ちかけている……安心しな、必ず勝てる」


「【天光の龍】を操れるというあなたなら、確かにそうなのかもしれませんがねえ……我々に、対価は?」


 帝国、最高位応接室。総括執政官である【ハルフェージュ】は、もう“師匠”と数時間に渡る交渉を続けていた。持ちかけたのは“師匠”で、どんな断り方をしても絶対に引きさがろうとしない彼女に内心うんざりしていた。


「そもそも、【天光の龍】を操れるという話も半信半疑なんですよ……いいです、実演しようとしなくていいです!」


「なんだい、実際に見せた方が早いだろうに」


「真実だった場合、視認した瞬間死んでしまうんですよ」


 それもそうか、と“師匠”は発光し始めていた手のひらを握りしめた。ハンカチで冷や汗を拭う。


 何回このやり取りを繰り返したのだろうか。もう覚えていない……業務もある、頷いてしまえば楽になれる……


「……えー、あなたのご提案を再確認させていただきます」


 正直、無茶苦茶な話だと思っている。


 今も尚禁足地となっている、【天光の龍】討伐の地。その地下には、【天光の龍】と同じかそれ以上の破壊力を持つ生物が眠っており、それを殺害しなくてはならない。


 その生物は八体の眷属を使役して外界の様子を探っており、その眷属は人間界で動きやすくするために……冒険者ギルドから派生した【殺し屋ギルド】という名前を使って、着実にその生物が動きやすい状況を作って行っている。


 まずは眷属を殺害しなくてはならない。しかし、“師匠”の調べでは眷属はかなりの強敵……単独での討伐は不可能であるとして、帝国に協力を要請している……


「まず、質問が四つあります。一つ目、その生物……あなたが言うには【魔神獣01】。何故発見出来たのです?」


「儂は国家に所属しない独立した存在だ。禁足地だろうとなんだろうと、必要であれば出向く……そこで見つけた」


「二つ目、何故我々に協力を要請したのです?」


「殺し屋ギルドは皇国の所有物。なれば、皇国に次ぐ戦闘力を保有するあんた方に協力を頼むのは当たり前だろう」


「……三つ目、眷属を眷属だと確信出来る理由は?」


「儂の異能。詳細は言えんが……生物の本質を見抜ける」


 淀みのない返答、はっきりと言い切る姿勢、迷いのなさに情報の合致率……疑う要素は、確かに何一つない。


 しかし、無所属というのが気にかかる。身分証のないホムンクルスのようなものだ、信用出来ない。だがそれを口に出すとまた何かとんでもないことをしてきそうで恐ろしい。


「最後に、あなたの提示した情報に確実性はありますか?」


「……ない。だが、これだけは言っておくよ」


 ハルフェージュの顔面に、“師匠”の手のひらが肉薄した。脊髄反射すら間に合わぬ速度で、ハルフェージュの認識としては【気付いたらそこにあった】、というレベルの速度。


 思わず息を呑む。こんなの、A+冒険者でも。


「儂は、この国を道連れにするぐらいは出来る」


 バチバチと光を放つ手のひらは、尋常ではない熱を孕んでいる。接触しただけで、顔面は原型を失くす。


 今までの情報に絶対性はなかった。一つ情報を付け加えるだけで、まったく意味の変わるものだった。しかし、この言葉だけは真実……そう、ハルフェージュには確信出来た。


「……魔神獣01の情報を、全世界に公開しましょう」


「ダメだ。世界に不必要な混乱は与えられない」


「我々帝国だけで、皇国所属の殺し屋ギルドのフルメンバーを相手取り、魔神獣01を討伐しろと?」


「やることとしては変わらんな……だが、儂は知っている」


 ピン、と床を指さした。否、その更に下方を。


「起動させれば、無理な話ではないはずだ。そうだろう?」


「……魔神獣01の討伐だけならば。しかし、そこに殺し屋ギルドも加わるとなれば……それも、定かではない」


 皇国は最強だ。それは歴史が物語っている事実。


 かつて三ヶ国同盟を組んで侵攻した際も、皇帝の近衛兵団と冒険者ギルド、そしてまだフリーだった【心無殺】と【技無殺】に壊滅させられた……勝てる未来などなかった。


 そうか、確か【心無殺】の名は【佩盾錏】。そして【技無殺】は【螻蟻勁松】。殺し屋ギルドのギルド長と副ギルド長だ。あの理不尽なまでの強さ、【天光の龍】クラスの生物が作り出した眷属だというなら納得がいく。


「そうかね。じゃ、殺し屋ギルドは儂が相手しよう」


「絶対に不可能です。いくらあなたでも、単独では」


「……殺し屋ギルドは、帝国そのものより強いと?」


「はい。これを帝王様に聞かれれば死刑ですが……あの集団は、我が国よりも強い。それは断言出来ます」


 そう言い切ったハルフェージュの目を数秒見据えて、“師匠”は満足気に笑った。口元を抑えながら立ち上がる。


「正解だ。あんたに持ちかけて良かったよ。あの帝王様じゃあ、絶対に聞き入れてくれなかったからねえ……」


「脅しで無理やり従わせただけでしょう。聞き入れてませんよ私も」


「さてなんの話かな」


 正確な事実を捉え、対策を決定する。余計なプライドは捨てて全力を尽くす……言葉にしてみれば簡単なことだ。


 ただ、立場を手にすればするほど……人間は、そんな単純なことも出来なくなる。帝王などいい例だ、奴は自分が世界最高の生物なのだと確信している。


 ハルフェージュ、噂以上に優秀な男だ。立場の割に現実を見ている……存分に、こき使わせてもらうとしよう。


 ――――――


「ほう、これが起動スイッチかね。厳重なこったねえ」


「それは当然です。帝国の最終兵器……いえ、帝国そのものなんですから。私と帝王様以外に接触権はありません」


 帝国地下は迷宮となっている。常に構造が変わり続ける特殊な迷宮であり、これを突っ切る権限はハルフェージュと帝王にのみ与えられている。未だ正当攻略者はいない。


 また、それを越えた先には毒沼や溶岩地帯、戦闘特化のオートマタが数百体……無敵の要塞となっている。


 そしてそれら全てを乗り越えた先にあるのが……帝国の切り札、【起動スイッチ】。赤い、丸いボタン。


「魔神獣01の討伐は帝国が担う。その間邪魔してくるであろう眷属はあなたが相手取る。ということでしたね」


「その通りだ。上に話を通すのだけ頑張ってくれ」


「ボタンは私が押しますから、覚悟も決めないとですね」


 この男なら、そんなものとうの昔に決まっていそうだが。


 帝国の由来は、他と少し異なる。リーダーが生まれ、民を導いてやがて国となる……他の三国はそうだった。


 しかし、帝国は。ハルフェージュのみ知る真実だが、帝王は魔獣である。限りなく人間に近い容姿を持つ魔獣である彼の、唯一の人間と違う点……それが不死であること。


 初めて知った時は驚いたものだ。一般魔獣のような、他種族への殺害衝動も知性の欠如も見受けられない。完全に人間なのだ……そしてそれ故に、魔獣から受け入れられることはない。そこで人間を統治しようとするあたり、帝王は中々に前向きというかメンタルが強い。そこは尊敬している。


 ただちょっと自己肯定感が強すぎるのが問題だが。


「というか、話は通せるのかい?」


「そもそも一度の実験もしていませんでしたから、起動実験ということにすれば話は通るでしょう。後はベストタイミングで魔神獣01が出現したということにすれば完璧です」


「シナリオ作りが早いねえ、流石政界で生き残った猛者だ」


 ボタンを弄り始めたハルフェージュを尻目に、“師匠”は腕を組みながら思考の世界に身を沈めた。


 当然ながら、目的は殺し屋ギルドの抹殺及び世界の蹂躙。身の内から溢れ出す破壊衝動をそのままに、魔神獣01を用いてこの世界を破壊と混沌の渦に叩き落としてやる。


 帝国に与えた情報に、確定したものは存在しない。しかし各情報の連結と、既存の情報を組み合わせれば“なくはない”ものではある。後は、“力”があれば従わせられる。


 (魔神獣01が帝国と互角というのは事実。00みたいに世界を一瞬で灼く力はなくとも、十分に破壊は可能)


 そんな力と力がぶつかればどうなるか……余波だけでも望んだままの破壊が手に入る。こんなに素晴らしいことはないだろう。生まれて初めて、この欲求が満たされる。


 そして、目障りな殺し屋ギルドも殺せる。正面から戦えば確実だ。何せこちらには【燼滅の光】があるのだから。


 (異能の詐称もバレんもんだな。そもそも異能が希少であるが故に、確実性を確かめる手段もないのか)


 必要とあらば、詐称した異能と同じ性質を持っている人間を連れてくるつもりだったが。確か殺し屋ギルドに、同じような“眼”に関する異能を持つ者がいたはずだ。


 我が子同然のあの子を殺すのは多少気が引ける。少し歪なやり方だったかもしれないが、沢山可愛がってきたから。だがしかし、腹を痛めて産んだ訳ではない……痛みのない完璧な愛など存在しないのだと、証明してくれた。


 (見られたからには殺す。どうせ何もないと侮って死んだ者を何度も見てきた。儂は、不安要素は確実に潰す……)


「準備完了です。いつでも起動出来ますよ」


「ん、ああ、そうかい。じゃ、儂が起動するよう指示を出すまで待機だ。そうすぐ起動する訳じゃない」


「了解です……ま、話通さないといけないので今すぐ起動しろって言われても全然無理だったんですけどね」


 あっはっは、と今日一番の笑い声を上げるハルフェージュに、呆れた視線を向ける。こいつこの笑いのツボで、よくあの帝王に気に入られることが出来たな……


「それにしても、まさか私が生きている内に起動する日が来るとは思いませんでしたよ。帝国……この超兵器が」


「なんだったか、数千年前に伝来した“異界の技術”を用いて作られたんだったか。確かに、その面影はあるねえ」


 そんなアニメがあった気がする。元々そういったものに興味がなく、目の前の破壊に傾倒していたので記憶は曖昧だが。


 超巨大な人型兵器が、眼前に鎮座している。胴体部と頭部は中世の騎士のような外観をしているが、右腕はミサイル付きの噴射ジェット接続型鉄拳。


 そして左腕はロケットか何かのような推進エンジンの取り付けられた、大砲か何かと見紛う空洞となっている。


「動力源はホムンクルスで、生命エネルギーを消費して行動します。と言っても、ホムンクルスの自意識はありませんけどね。防御力も攻撃力も、間違いなく世界最高ですよ」


「それでも、殺し屋ギルド全員を殺すことは出来ない」


「それは……はい。魔神獣01は【天光の龍】に並び、この帝国は【天光の龍】に並ぶ。しかし、帝国は【天光の龍】のような理不尽な“力”ではない。人のように動く兵器です」


 彼らが見据える兵器に正確な名称はない。ただ、ハルフェージュも帝王もこう呼んでいる……【帝国】と。


 他に、コレを表す名はない。帝国の歴史を影から支えた力であり、帝王が何よりも優先して守り続けた至宝。コレで殺せぬ存在は、どうあっても殺すことは出来ない。


 だが、殺し屋ギルドはレベルが違う。単体でも、状況次第では一国の軍事力に並ぶ怪物が揃い……その上、皇国中枢に干渉する権限を一部保有している。加えて冒険者ギルドの派生組織であるが故に、冒険者ギルドにも協力を要請することが出来る。最近入った新人も、厄介極まる存在だという。


「向き不向き、というやつです。魔神獣01は、この世界のために帝国が殺す。私はまだ実在を疑っていますが」


「それでいい。いずれ分かることに確信は必要ない」


 満足気に頷いて去り行く“師匠”の背中に、ハルフェージュは懐疑の視線を向ける。果たして気付いているだろうか。


 どこの国家にも所属しない、独立した存在。魔神獣01という、【天光の龍】に匹敵する怪物を発見し、殺し屋ギルドをその眷属だという……胡散臭いどころの話ではない。


 ただ、“なくはない”。故にこそ、信じる価値はある。


 ハルフェージュは【天光の龍】に故郷を滅ぼされ、帝王に拾われた過去を持つ。誰かがあんな思いをする可能性が、万に一つでもあるのなら……疑いながらでも行動しよう。


「……ただ、帝国にも一つだけ弱点がある。それだけが気がかりですね……まあ、そう都合のいい存在もいませんか」


 帝国の唯一の弱点。それは指揮権限の移動。


 現在エネルギー源として使用しているホムンクルスを破壊ないし引きずり出し、代わりのホムンクルスを使われると詰む。何せ、最大指揮権限はホムンクルスにある。


 自由意志を剥奪し、外部からの予備指示権限を使用しているからこそ、帝国は帝国として成り立っている。


「殺し屋ギルドにホムンクルスはいない……はずですから」


 呟きは、地下の闇の中に溶けていった。

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