第十二話 合同任務
(まさか初の単独任務が冒険者ギルドとの合同とは)
会議から数日が経過し、この日獅子王は初めての単独任務を任された。この時期は魔獣の大量発生が多く、殺し屋ギルドは毎年鼓吹と螻蟻を貸し出すのが恒例だった。
しかし、対魔獣且つ殲滅が役割なのであれば獅子王の方が適任だ。よって、彼女は今集合場所に一人で立っている。
合同で任務を行うチームの性格を考慮して、一時間前行動をしたのだが……何故か、影も形も見せない。
(不調でしょうか。それとも、私が場所を間違えているのでしょうか? あのお方たちが一時間前に来ていないとは)
エクストラパーティ・【ルーラーズトリニティ】。通常任務は一切行わず、年に一度のこの任務のみに参加するという稀有なパーティ。メンバーが三名のみというのも特異だ。
彼らが結成される以前は、魔獣のパンデミックに凄まじい人員が投入されていた。それ故にその時期に滞った通常任務の消化に苦労し、不景気になっていた過去がある。【ルーラーズトリニティ】は、冒険者ギルドの救世主なのだ。
殺し屋ギルドからの貸出メンバー含めて四〜五名で魔獣のパンデミックを鎮静する。尋常ではない高難度任務だが、彼らのみが可能だ。莫大な報酬金――一年間は遊んで暮らせるだけの額――が支払われるため、そのポジションを狙う者も多いが……未だに真似できた者はいない。
そんな彼らにとって、任務とは常に想定外の連鎖。なので基本一時間前行動を豪語していたはずだが……
「たまには、初心者時代に思いを馳せてみますか」
来ないものは来ないで仕方ない。
冒険者として活動し始めた初期によくやっていた任務の真似事をしてみよう。その名も【薬草採取】。
薬剤師が冒険者に護衛を依頼することで成り立っていたが、近年魔獣の凶暴化が相次ぎ、冒険者単独での遂行が求められるようになった任務だ。内容は読んで字のごとく。
場所による報酬の差が大きいのも特徴だ。氷河山脈・紅蓮口の寄生燃草採取は流石に笑った記憶がある。探索だけでもA+ランクのエリアに薬草採取? 有り得ない。
「このエリアは、行ってFでしょうねえ……」
ポーチに薬草を詰めながら呟く。
一般的な軟膏に使用される薬草だ。たまに見た目の酷似した毒草、ワヨルイ草があるので注意。アレは間違って使うと下戸になるというとんでもない毒草なのだ。
それ以外は特に何もない、魔獣の出現率も低い安全な場所だ。昔はよくここで採取ついでに鍛錬したもので……
「……はい? そんなことあります?」
汗を拭い、ふと空を見上げたその刹那。
【ルーラーズトリニティ】の一人、殲滅担当【白鴉】が頭から突っ込むようにして飛んできた。衝撃を殺しながら受け止めるが、これは一体全体どういうことなのか。
吹き飛んできた方角は、これから任務が行われる予定の方角……まさか、もうパンデミックが始まっているのか。
「【白鴉】さん。迅速な状況説明を願います」
「パンデミック発生……抑えるのが精一杯……」
「了解しました、すぐに向かいます」
――――――
「ちょっとォ!? なんで最初にあいつ落ちるんだよ!」
「クッソいい加減慣れやがったのかクソ魔獣共……!」
【ルーラーズトリニティ】の陣形は、結成当初から一度も変わったことがない。【宵鴉】が防壁を展開し、【暁鴉】が他二人を回復し、【白鴉】が殲滅する。
だが、要の【白鴉】が離脱してしまうと、一気に状況が不利に傾く。守り続けるだけで、攻撃力が0になる……!
(せめて殺し屋ギルドのジジイがいればなァ……!)
彼の殲滅力は大したものだ。何より怪力が素晴らしい。魔獣の頭部を鷲掴みにしてブン投げ、その余波で魔獣の波に穴が開いた時は本当に人間なのかどうかを疑った。
少年も強かった。おどおどして、まだ幼さの残る顔立ちをしていたが……広域戦闘においては、神がかっていた。
(あいつが戻ってくるまで持ちこたえられるか……!)
【宵鴉】が防壁の強度を上げる。彼の異能である【親鴉の翼】は、一枚一枚が独立した超巨大な翼。手術によって魔獣の肉片を取り込んだことで発現した異能であり、数万を越える量の防壁は未だに打ち破られたことがない。
しかしそれも、殲滅担当がいての話。【暁鴉】の【子鴉の瞳】があるとはいえ、限界は時間の問題
「獅子王、村雨。血を吸う刃。断頭台に命が躍る」
刹那、鼓膜を揺らす冷酷な声音。
【白鴉】が攻撃する時と同じように、射線を開く。本来目に見えぬはずの斬撃軌道が……真空の刃となって可視化された。魔獣たちが頭から割れて死んでいく。
【暁鴉】とアイコンタクトを取り、全リソースをその攻撃のために割く。せめて第一波は突破せねばならない。
「……十五分。私のために動いてください」
そこからは一方的な蹂躙だった。
鳥類型や昆虫型は【親鴉の翼】で押し潰し、疲労や小さな怪我は【子鴉の瞳】で誤魔化す。味方から見ても恐ろしい殺意を孕んだ真空の刃は、冗談かと思えるほどに鋭い。
彼女が口にしたように、ものの十五分でパンデミックの第一波は殲滅された。申し訳程度の休憩時間が生まれる。
「や……助かったよレオちゃん。久しぶりだね」
「お久しぶりです。お変わりないようで、何よりです」
魔獣の死骸を組み合わせて作った、即席の椅子に腰掛けながら握手を交わす。冒険者時代に何度か会話したことはあるが、こうしてじっくりと対面するのは初めてだ。
【白鴉】には薬草類を渡してきているので、じきに追いつくだろうということは説明しておいた。それを聞いて安心したようで、【宵鴉】たちの表情が幾分か安らぐ。
「見ない間に強くなったね……あ、俺たち任務で一緒になったことなかったね!」
「見ない間もクソもなかったな兄弟! はっはっは!」
「「はっはっはっはっは!!!」」
……訳の分からない笑いのツボがある、という噂は本当だったのか。何が面白いのか一ミリも理解出来ない。
聞くに彼らは戦災孤児で、発見時の身体欠損が極めて激しかった。このままでは死ぬ。生きるためには、人間よりも生命力に優れた魔獣の肉体を使用するしかない。それ故に当時はまだ発展していなかった、魔獣の移植手術を実行……奇跡的に三人とも生き残り、チームを結成したという。
専門家が複数人いて、ようやく奇跡的に成功する魔獣移植手術……鬼門は、力技で生き残ったのか。なんという。
「しかし、噂より強くなっているのは本当のようだね」
「……噂? ああ、魔獣の子というアレですか」
「いやいや違うよ、レオちゃんは冷酷且つ残忍な目をして刀を振るい、敵に一切情けをかけない剣客だという噂がね」
「……? 今も変わらないと思いますが」
魔獣に情けをかけているつもりは一切ない。
人の敵として生を受け、それでよしとしているのだから、刈り取られて文句は言えまい。命は命、死に向かう道標。寧ろ、どうやって情けなどかけられようか。
しかし、そういうことではない、と言わんばかりに【宵鴉】は首を横に振った。【暁鴉】も同じ動きをしている。
「レオちゃん。“強い”って、なんだと思う?」
「哲学的ですね……“強い”。殺されずに、殺すこと。負い目も懸念も一切なく、当然の如く死を押し付けること……かと」
「うーん、それは“強い”じゃなく“勝利”だね」
強ければ負けない。即ち勝利……違うのか。
そんなこと、考えたこともない。そもそも無意味だ。冒険者という立場一つでも、ランク査定で降格しない強さ、生き残る強さ、必ず任務を達成する強さ……“強い”には、無数の意味がある。考えること自体に意味がない。
「俺たちの出自もあるのかもしれないけど……“強い”っていうのは、誰かのために戦えることだと思うんだよ」
「誰かのために……」
「俺たちは、お互いのために戦ってる。こいつらを死なせたくない、いつまでも一緒にいて、笑い合いたい。そう思って戦ってるから……パンデミック相手でも俺たちは負けない」
鴉たちがグータッチする。強く、逞しく。
絆を感じさせる触れ合い方だった。何度でも何度でも、数え切れない回数そうしてきたような。
「家族ってのは無敵だ。待ってる人がいる。俺もこいつらを待ってる。守りたい守られたい……な? 強いだろ?」
確かに、彼らの出自に大きく依った考え方だ。
戦災孤児として、互いを求め合いながら生きるしかなかった鴉たち……けれど、その考え方は間違っていない。今も、あの人が待っているから、負けたくない、と……
「レオちゃん、好きな人でも出来たかな?」
「……」
「ふふ、冗談。好きにも色々意味があるからね」
ただ、と言いながら【宵鴉】が立ち上がる。
遠くに、手を振りながら走ってくる【白鴉】の姿が見えた。同時に、パンデミック第二波の足音も。
「家族が……好きな人がいるの、最高っしょ?」
改めて、気付かされる。
こんなにも好きだったのかと。
「ええ……」
最愛のあの人の顔を思い浮かべる。
弱くて、臆病で、でも自分にないものを全て持っていて、隣にいるだけで安らげて。世界でたった一人の……
私の愛する人。
「これ以上なく、最高です」
冒険者時代、その“誰か”はいなかった。いなくていいとすら思っていて、いつも自分のために刀を振るった。
ああ、なるほど。やけに刀が軽く感じていた。
あなたがいるから、か。
――――――
「んあ、おかえり。今日のはウィイが作ったから、美味しいわよ〜! もう三杯目おかわりしちゃった!」
「ただいま戻りました……いい匂いがすると思いましたよ」
あの日依頼、好意を隠さなくなってきた鬼門に出迎えられながら、食堂の椅子にどかりと音を立てて座った。彼女も根が怖がりだから……今までのように、ツンケンした態度を取って、そのまま別れるかもしれないと思うと、怖くなったのだろう。ということを佩盾が言っていた。
社会常識とか、人間の距離感とか……彼女の出自からして、分からないのだろう。無理もない……いつも強気に振舞っていても、中身はまだまだ子供と同じなのだ。
「お疲れね。パンデミック、大変だったでしょ」
「ええ、本当に……第五波あたりから記憶がありません」
「うわあ……今回、何波まであったのよ。八?」
「十三です。【白鴉】さんとか、発狂してましたよ」
初手で【村雨の刃】を使ったのが失敗でしたね〜とぼやく獅子王を、鬼門が小さな手で撫でながら慰める。
「……十三? おい錏、ちょいとおかしくねえか?」
「今までは多くても九……タイミング的に、“師匠”が関係しているかもしれん。近日中に探りを入れるか」
「そうだな……いや、今回は俺だけで行ってくらあ」
食堂の端で、螻蟻たちがそんな会話を交わす。普段の獅子王なら間違いなく聞き逃さない声量だが、流石の彼女も限界のようだ。鬼門に撫でられながら呻き声を漏らす。
ひとしきり撫でた後、仕事道具の整備のために鬼門は自室に戻った。小さな手の感触が消えたことに少し寂しさを覚えつつも、獅子王はプレートに料理を並べていった。
今回は流石に肉と魚料理が多めだ。ウィイの料理は、どんなカラクリか知らないがその日の体調にドンピシャなものが出てくる。お陰でスっと体に染み渡る……
「うまうま……うまうまですねえ……うまうま……」
「初めて聞く擬音だな……どうだった、初パンデミックは」
「うまうま……【ルーラーズトリニティ】の皆さん、これに特化しているとはいえ、毎年毎年よくやりますね」
「はっは、そうだろう。すげえよなあ、あいつら」
佩盾がバーに戻り、螻蟻が獅子王の対面に座る。殺し屋ギルドの依頼は毎回タイプが違うので、達成した日は彼が色々とアドバイスをくれるのだ。とても有難い。
パンデミックは例外的な側面を多く孕む。加えて、恐らく来年からも獅子王が派遣されるだろう……今回のアドバイスは、特によく聞いておかねばならない。
「つまりパンデミックは切り札の温存が何よりも大事で」
「獅子王〜? ちょっと聞きたいんだけど〜」
ふむふむ、と頷いていると鬼門が食堂に戻ってきた。
気付けば、佩盾も食材のチェックをしているし、ルゥとフィフスがウィイに喧嘩を売っている。
いつの間にこんなに集まったのか……
何か欠けている。疲れた頭ではその何かに気付けず、鬼門や螻蟻との受けごたえも雑になってきたその時。
「あ、獅子王ちゃん。おかえり、もう帰ってたんだ」
「あ……ただいま戻りました、鼓吹先輩。お疲れ様です」
「ふふ、獅子王ちゃんの方が、よっぽど疲れてそうだね」
「それはその、はい……あの、鼓吹先輩も、良かったら一緒に食べませんか? き、今日はウィイさんなので……とても美味しくて、美味しいんです。だから……」
「あはは、落ち着いて獅子王ちゃん。そんなに焦らなくても大丈夫だから。今料理をとってくるよ」
頬を若干赤らめている獅子王と、やけにはっきりと喋るようになった鼓吹。何より、先刻までのどこか上の空な雰囲気が嘘のように、ビシッとしだした周囲の空気。
これまたいつの間にか佩盾とホムンクルス組は食堂から消えていて、鬼門もこそこそと立ち去ろうとしている。螻蟻だけは訳が分からない様子で、周囲をキョロキョロと見つめている。思わず鬼門の平手打ちが炸裂した。
「ちょっと何してんの! さっさと行くわよ!」
「いや、ん……? 鼓吹はさっき飯食ってた……」
「死ねぇ! 今だけは死ねぇ!」
困惑の極まった表情で、鬼門に引きずられながら螻蟻が食堂から出ていく。あまりにも察しが悪すぎる。
二人だけになった食堂で、楽しげな声が響き渡る。
「ふふ、美味しいですね、鼓吹先輩」
「うん、やっぱりウィイさんは料理が上手いなあ……」
「はい……でも、それよりも」
鼓吹の横顔を見つめながら、獅子王は微笑んだ。
料理の美味しさは、きっと味だけでは決まらない。
「あなたがいるから、美味しく感じるんです」
二人だけの食事は、少しだけ賑やかさに欠けるけれど。
でも、とても、幸せだった。