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第一話 殺し屋ギルド

 物事には、集まりが必要だ。同じ職で働いている者たちが業務内容を共有したり、必要としているものを与えあったり。そういうことをするのに、集まりは絶対必要。


 冒険者ギルド。世界を巡り、危険な魔獣を斃したり宝物を見つけたりするロマンに満ち溢れた仕事……それを生業としている【冒険者】たちの集まり。今日も大盛況だ。


「うおっ……お前またそんなグロいの狩ってんのかよ」


「ははっ流石! それ、A級の土竜蟲だろ? エグいな〜」


 言語能力が乏しい若者たちに話しかけられる、一人の少女。彼女は冒険帰りのようで、背負った大きなずた袋の中には巨大な複眼を持つグロテスクな蟲の死体があった。


「鑑定お願いします。今夜はパーリィしたいので」


「……パーリィ? あパーティーですか。確か獅子王さんはソロでしたよね? 誰とパーティー、するんですか?」


 彼女の名前は【獅子王村雨ししおうむらさめ】。現代では珍しい、スーツという衣服を好む冒険者。ランクは最上級のA+級だが、ある要因からギルドの笑いものになっていた。今も、受付の言葉で小さな笑い声が起きている。


 魔獣の子、と。そう呼ばれている。


「殺し屋ギルドの皆さんと」


「はい?」


 ヒュカッ、という、高速で刃物を突き立てた音。ずた袋は破れ、中からは青色の血液を垂れ流す死体が零れ落ちてきた。いつ抜いたのか、手には刀が握られている。


「私、スカウトされたので!」


 ――――――


「……螻蟻。本気か? あいつ結構役立ってるんだけど?」


「本気も本気、超本気!“ガチ”と書いて“マジ”だぜ」


「カタカナにカタカナのルビ振る人初めて見た」


 冒険者ギルド、ギルド長執務室。このギルドはあくまで支部だが、それでも内装は豪華なものだ。


 フカフカのソファーにフカフカの絨毯。フカフカのカーテンにフカフカのベッドと、ここのギルド長の好みが100%反映された執務室。アイドルのポスターも満載だ。


 冒険者らしく筋肉のついた体……しかし、対面に座っている壮年の男は、彼が枯れ枝に見えるほどに筋骨隆々の体躯をしている。見ているだけでシャツが可哀想になる。


 胸元に提げた認識票に書かれた名前は、【螻蟻勁松ろうぎけいしょう】。殺し屋ギルドのギルド長だ。


「いいじゃねえか。ウチは万年人手不足だぜ?」


「ってもよお、アレはA+だぞ。稼ぎ頭だ。そう簡単に失う訳にはいかねんだよ。そうそうなれるもんでも」


「ちっすギルド長〜? ちょっと火急の用なんですけど〜」


「ならもうちょい緊張感持って話してくれるかな」


 殺し屋ギルドは、冒険者ギルドから派生した組織。名前通り殺しを生業とする者の集団で、成功率は今のところ脅威の100%。貴族から平民まで、様々な顧客が存在している。


 しかし問題なのは人手不足。メンバーは現在四人しかおらず、その任務故になれる者も決して多くない。


 (ありゃあいい目してる……絶対適性があるぜい)


 のほほんとした声で火急の用を訴える連絡員。冒険者ギルドのギルド長はうんうんと頷きながら内容を聞き、やがて大きなため息を吐いた。この世の全てが嫌になったような顔をしている。


「……螻蟻。持ってけ。もうじゃーんじゃん持ってけ」


「どしたい急に気持ち悪ィ」


「何俺嫌われてんの? 俺はお前のこと好きなんだけど?」


 冒険者ギルドのギルド長が差し出したのは退職届。平民特有の汚い字で何かが書かれたサイン欄には、でかでかと【獅子王村雨】と書いてある。


「……獅子王の退職届? どういうこったぃこれは」


「辞めたんだよあいつ。今フリーだよ、フリー」


 数秒何かを考えるような仕草をした後、螻蟻はニパッと笑った。冒険者ギルドのギルド長の背中を叩きながら退室する。


 丁度執務室に向かってきていた役員は、豪快に笑いながら歩き去るその姿に腰を抜かし、這う這うの体で逃げるようにして入室した。パクパク開いた口が驚愕を物語る。


「ぎっぎぎぎぎぎギルド長。あの歩く人間要塞はななな」


「気持ちは分かる……歩く人間要塞だよな……」


 後日。


 各地の冒険者ギルドにて、巨漢の筋肉ダルマがスーツの女を抱えて大笑いする光景が共有され、短期間ではあるが討伐願が出されるに至った。


 ――――――


「自己紹介……いるか? いらねえよな! ハッハァ!」


「う〜ん……これは一体どういう……」


 集会所で情報を集めていると、突然この大男にホールドされて連れ去られた。連れ去られている間は何故か指先一つ動かせず、それが特殊な技術だということはすぐに分かった。


 真昼だというのに暗い山間部のキャンプ地。他のテントを押しのけて、彼女……獅子王と螻蟻は談笑? していた。

「お前さんをスカウトしたのは俺だもんなあ! 今更自己紹介なんぞいらんいらん! 必要なのはホレ、この腕だ!」


 そう言って、パンパン!と銃撃か何かのような爆音を立てながら腕を叩く。螻蟻のその動作だけでも人を殺してしまえそうな厳つさだ。思わず感嘆の声が漏れる。


 獅子王は、自身の細腕を見つめる。そんな音はとてもじゃないが出せそうにない……一応鍛えているのだが。


「ここは、殺し屋ギルドの本拠地ですか?」


「まさか。ここは昔っから、腕試しに使ってるんだ」


 どう見てもキャンプ地、観光地だが。


「若いのがうるさくてなあ……先に実力を見て、加入させていいかどうか見極めろって言ってくるんだよ」


 ボリボリ後頭部を掻く螻蟻と視線を合わせながら、獅子王は音を立てずに刀を抜いた。静寂が場を支配する。


 ブツブツブツブツ何かを言っている螻蟻の声は、何一つとして届かない。ここを本当に腕試しに使っていると言うのなら、既に始まっている。気を抜いてはいけない。


「でなぁ? お前より少し小さいぐらいの小娘がまァ」


 座っていた。胡座をかいた状態だった。


 刃を立て、支えにしながら立つ。風が吹き抜けるように滑らかに移動、獣の如き低姿勢から居合の構えに移行。


 (……ヘェ、こりゃあ……)


 抜刀。横薙ぎの一閃が、視界内の木々を薙ぎ倒した。


 聞き慣れない人たちの声が聞こえる。 


「ってちょっと! やり過ぎよバカ! バーカバーカ!」


「怖い……怖かった……頭の上ひゅんってパーリナイ……」


「君は慎重派というより臆病だねえ……」


 パチン、と刀を収めると同時、切り株となった木々の隙間から三人の男女が姿を現した。今日一日であまりに情報量が多い。しかも三人とも格好が場違いすぎる。


 キャンプ地ではないのかここは。


「紹介するぜ。殺し屋ギルドの現メンバーだ」


「おお、あなた方が。他にはいらっしゃらないので?」


「ん? ああ……アレ、言ってなかったっけ」


 首を傾げながら、螻蟻が葉巻に火を点ける。


 またか……と呟きながら、細身の男性が取り上げた。何かの罰らしく、螻蟻は子供っぽく頬を膨らませている。


 その体躯でその動作は軽くホラーだろう。


「ちっ……殺し屋ギルドは、ここにいるので全員だよ」


 ――――――


「ハイもっと飲んでェ〜! パーリィだよパーリィ!」


「だぁあ〜ら正式名称に拘われよクソボケアホカスゴミィ」


「口悪いよ鬼門〜! あいっちょお! 口悪い〜!」


「二回言うカスがあるかよバカクズノロマハゲガキィ」


「そんな言う? ねえそんな言う?」


 怖がらせたお詫びということで、獅子王は一旦街に降りて大量の酒と食品類を買い込んでパーティーを開いた。明らかに飲酒可能な年齢をしているように見えない幼女もいるが……まあ、螻蟻も何も言ってこないから大丈夫なのだろう。


「一応言っとくがあいつは十九だぞ。合法合法」


「これマジれすか」


 すっかりアルコールにやられた頭で、メンバーを見渡す。先程の螻蟻の説明によれば確か……


 先程から暴言のハッ〇ーセットを全方位に叩き付けている幼女は【鬼門方伯神きもんほうはくしん】。


 テンションジェットコースター、情緒不安定の極みみたいな、気の弱さが見て取れる青年は【蝉折鼓吹せみおれくすい】。これといった外見的な特徴が見受けられない。


 そしてここをバーか何かと勘違いしているらしい、氷を成形したり年代物の酒を開けまくっている、モノクルをかけた細身の男性が【佩盾錏はいだてしころ】。


「螻蟻しゃァあ〜ん、飲んでますかァ〜?」


「酒入ると変わるなお前……今後は飲ませんぞ……」


「これで全員、なんですよねェ〜?」


「さては脈絡というものをご存知でない?」


 そもそも、数百万人が所属する冒険者ギルドと比べて、何故殺し屋ギルドはこんなにもメンバーが少ないのか。


 それはその性質にある。魔獣、人、果ては半神に至るまで。依頼があればどんな敵でも殺すのが殺し屋ギルド。だがそれが可能な実力と精神を持つ者は極端に少ない。


 ここにいるのは精鋭。そして、獅子王もその性質を見出されてスカウトされた。これは滅多にないことだ。


「はぁ……お前ら! 明日も任務あるんだぞ!」


「う〜わ螻蟻さんに言われたら終わりだよ。やめやめ」


「うるっさいのよハゲハゲハゲハゲ筋肉ぅ」


「これ罵倒か? ワンチャン褒め言葉じゃねえかあ?」


 どうやらハゲ四連打は聞こえていなかったようだ。


 まだフサフサの髪を撫でながら、螻蟻は葉巻に火を点けて笑った。酒を酌み交わすなど、いつぶりだろうか。


「獅子王。忘れんなよォ……」


「殺し屋はこんなに気の抜けた集団ってことですね」


「違ぇよ。いやまあそう……いや違ぇよ」


 既に眠り始めた鬼門、蝉折に布団をかけていく佩盾を見つめる。慈しみに満ちた表情は、とても殺しを生業にしている者には見えない。どこにでもいる老紳士のようだ。


「殺しやってる俺たちでも、こうする権利はある」


 ピクリ、と獅子王の眉根が動く。


 螻蟻は獅子王を見ていた。何もかもを知っている訳ではない、けれど……彼女の苦しみは、分かっている。


「お前と同じだ……忘れるなよ」


「はい。私は……殺しをしていても、忘れません」


 胸の前で手を合わせる。祈りのように。


「殺し屋ギルドはこんな気の抜けた集団だってこと」


「だから違ぇって」


 ――――――


「今日から教育係になったわ。鬼門よ」


「名前が覚えにくい先輩。よろしくお願いします」


 鬼門方伯神。青筋を浮かべて怒鳴り散らかそうとするが、まだ酔いが残っているのか口元を押さえて堪えた。


 いつか絶対殺すわ、と呟いて移動を開始する。本拠地には任務終了後に戻るようで、手早く任務を終わらせれば早く戻れるから、足引っ張んじゃないわよ!と脅された。


「昨日はあんたの歓迎で出張ってあげたんだから。しっかり感謝して、それを行動で示す! いいわね?」


「私の退職金と土竜蟲の報酬で酒とご飯買いましたよ」


「バカアホマヌケハゲクズゴミカスノロマ」


 どうもこの先輩は言葉に詰まると罵倒する癖があるらしい。それもかなり低レベルの。品がない。


 しかし、この先輩は口は悪いが見た目が幼女。まだ声も幼く、正直罵倒されている気がしないのが本音だ。ギャップ萌えとは恐らく、こういうことを言うのだろう。


「……見えたわ。アレが今回の標的よ」


 馬車を乗り継いで移動すること四時間、鬼門が指さしたのは貴族風の格好をした家族。幸せな家族旅行風景だ。


「問題は父親ね。麻薬、殺人、裏社会にどっぷり」


「殺人は私たちもですけどね」


「社会のゴミは早いうちに始末する。行くわよ」


「え私も始末されちゃうんですか」


 やかましい獅子王の後頭部を殴る鬼門。なんてことはない見た目相応の腕力だが……何故か意識が遠のいていく。視界はぐらつき耳は聞こえない……気付けば倒れていた。


 ほんの僅かに機能する視線を向けると、鬼門は可愛らしい走り方をして、貴族の父親に近付いて行った。


 何か話している。内容はまったく聞き取れない……どころか、指先一つ動かせない。瞼は次第に重くなっていき、やがて世界は暗闇に包まれた。何も、感じ取れない。


「おお、これは大変だ。すぐに楽にしてあげないとね」


「ええ、そうなの。ごめんなさい私の護衛が……」


「はは、部下思いの優しいお嬢さん。気にしないで」


 この距離ならば流石に聞こえる。


 昨夜の様子や、彼女の暴言癖を知っている人間が聞けば本気で心配してしまう猫なで声。貴族の父親を連れて、鬼門は獅子王が倒れている場所まで戻ってきた。


 何をする。何をされる。これが殺しにどう繋がる。


「あ、そこ、お気を付けなすって」


 直後、刃のように鋭い嘴を持つ鳥型の魔獣……渡り柄鳥の生首が落下してきた。父親の心臓を一瞬で貫く。


 獅子王の耳元に落ちてきたその生首は、まだ温かい血液を断面から垂れ流している。ドサリと倒れた父親の遺体は、他の家族から見えないように草っ原に放り投げる。


「そろそろ感覚戻って来たでしょ。立ちなさいよ」


「うう……今のは、どういうことですか。鬼門先輩」


「ふふ、びっくりした? これは私の異能よ」


 馬車から降りてここまで来た時のように、鬼門を抱えて走り出す獅子王。背後で絹を裂いたような悲鳴……家族が遺体を見つけたか。まあ、あんな雑な隠し方ではそうなる。


 しかし気にも留めない。恨むなら、裏の世界に手を出した父親を恨むことだ。悪事は悪事。裁きが下った。


「ってあんた、動じなさすぎでしょ」


「一応元冒険者なので」


「いや……冒険者は魔物専門でしょ? 人は……」


「もう先輩、何言ってるんですか」


 ふふ、と。獅子王は上品に笑った。


「人も魔獣も、死は死ですよ」


「……あんたがスカウトされた理由、わかった気がするわ」


 馬車に乗り、移動を開始。


 鬼門の異能、【鬼門の目】。不幸の起こる場所と時間を視覚的に発見出来る、彼女だけの異能。鬼門は対象を不幸の発生地点に誘導し、一切手を出すことなく仕留める。


 完全犯罪型殺害。【剛無殺ごうなしごろし】の技。


 獅子王の最初の教育係である。

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