憂鬱な竜
『騎士の宴』より1週間が過ぎた。
トントントンと、ナイフが俎を叩く調子よい音に続き、ハルデの溜息が漏れ、空に白く登っていく。周囲には煮焚きをするために焚かれた簡易かまどのたてる煙と、食欲をそそる香り――残念ながら街の料理屋のそれには一段劣る――が漂い、その中心に並んだ机の上で、ハルデは20回目を越える騎士隊<ガルデ・ディオ・コルナ>の食事の準備をするため食材を刻んでいた。
「8回目……なんかどっかで見た感じっすね」
マキネカラビナがそう言いながら、近くに積んである薪の上に割ってきた薪を降ろしていく。
「なにがだ、マキ」
低い声で尋ねると、彼女は大きく伸びをしてから答えた。
「溜息、聞いてるだけでもう8回してます。溜息3回につき1つ幸せが失われるって言ってたっすよ、カルキン卿が」
「もうほぼ3つか……そうか」
空を仰ぎ、大きく息を吸って、吐いた。再び、白い吐息が宙に漂っては、ゆっくりと消えていく。第16対戦車騎士隊はこの1週間、陣地での部隊の支援を命じられ、行き交う部隊のための糧食の準備を続けていた。ハルデは出撃中の味方に対する直接的な戦闘支援が出来ず、ストレスを溜めていたのである。
「9回目っすね。ダメっすよ、かっこいい騎士は幸せも手に入れるもんっすよ」
「これは溜息じゃない……こんなに放置されているかっこいい騎士などいるものか」
「いるんすよ、ここに。わたしはそうだと思ってるんすから!かっこいい騎士の隣にかっこいい相棒もいるし!」
「いや、俺は『相棒』は作るつもりはない……」
そう言いながら、刻み終わった2種類の材料を鍋に投入する。鍋に最初に加えておいた香辛料代わりの野草が、熱で成分を放出して、芳醇な、カレースパイス様の香りをたて始めていた。そこに水を注いでゆく。
「なんで『相棒』がだめなんすか? 『共に行こう』って約束は?」
マキネカラビナは不満そうにそう漏らす。
「ああ確かにそう言ったが……でも、配属先がずっと一緒なんてことは考えづらいだろう。特定の要員に依存する体制は危険も大きい」
「わからないっす。例えば『1+1=4』になるような『相棒』の何が危険なんすか?」
「思うに、俺たち騎士団は『戦い続ける』ための軍事組織だ。通常、『1+1=2』で、1000人いれば1000だと期待される。確かに、『相棒』が500組いて1000人で2000になるならそのときは有利かもしれない。普通の組織ならそれで終わりだが、しかし俺たちの場合は戦いで擦り減る組織だ。戦いで500人死んだとしよう。このとき、『相棒』関係の片割れだけが運悪く死んだらどうなる?」
ハルデは両手の人差し指を立て、左手の人差し指のみをクニクニと曲げ、左手を背中に隠してみせる。
マキネカラビナはハルデの右手を見ながら、頤に手を当て、唸る。
「んー……500になる……っすかね?」
答えが出ると、ハルデは頷く。
「そうだ。最悪の場合、半数の損失で戦闘力が4分の1になってしまう。司令部は毎戦擦り減る人員の『誰が相棒か』なんて管理できないだろうし、互いの実力を発揮できるような『相棒』は補充できないから、戦闘後にどれくらい戦えるのか、何をどれくらい補充するべきかわからなくなる……これは組織としてはとても都合が悪い。そう思わないか?」
「そ、そうかも……じゃあじゃあ、『仲間以上、相棒未満』みたいなところを目指せばいいんすかね!」
「それは……いや、よくわからないな」
首を傾げると、マキネカラビナは少しだけむくれた。
「む~、まぁいいっす。わたしが勝手に相棒だと思ってることにするっす」
彼女はひとりで繰り返し大きく頷いた後、思い出したように鍋に目を向けた。
「そういえば、今日は何の料理を作ってるんすか?」
「ん、ああ。カリネラシオっていうシルフィアの……スープ料理、かな。見てみろ、もうすぐカロプレアの色が変わるはずだ」
鍋を指差すと、先ほど投入した紫色の根菜の一つが、みるみるうちに橙色に代わっていく。
「えーっ、面白いっすね! こんなに急に色が変わるなんて!」
マキネカラビナは目を輝かせている。
「そしてカロテータが崩れてドロドロになって、スープのとろみになるわけだ。もう崩れてきている」
同じく投入された、いびつなお手玉型の根菜が、熱に溶けてドロッとした液を形成していた。
「カロプレア、カロテータはともにシルフィア原産の根菜で、同じ畑で隣合わせに栽培したり、料理にも一緒に入ることが多い、国民的な野菜だ」
「同じ畑で隣り合わせ? 仲がいいとかあるんすかね?」
マキネカラビナが、好奇心に満ちた顔でハルデを見ている。
「ああ。たしか、カロプレアを食べる虫はカロテータが苦手で、カロテータを食べる獣はカロプレアが苦手だそうだ」
マキネカラビナは不思議そうな顔をする。
「なんか、貴族が野菜を育てる話をしてるのは、変な感じがするっすね」
ハルデはそう言われて、頬を指でかく。そして、まだ幼い頃に時折、両親に連れられて帝都に滞在していた時のことを思い浮かべた。
「確かにそうかもしれないが。帝都にある……いや、昔帝都に持っていた、別邸の菜園で育てていたことがあるから」
母は「そんなことしなくても」と止めようとしたものの、父は「何でもできるのがハルデのためだ」と彼を連れ出して、あっという間に庭の一角に畑を作ってしまった。騎士のための修練で泥だらけになることはあったが、わざわざ自分から土をいじるのは新鮮で、大いに楽しんだように思う。
結局は、帝都を訪れても、数日中に領地に戻ることになるのが常だったため、最後まで育てられなかったが……別邸を手放すまで畑は維持されており、きっと食卓に並んだこともあったのだろう。
鍋が煮立つと、炒めておいたマーヒローの干し肉を入れる。味を確認しながら、匙を使って、塩やヴァイネク(少しだけ酸っぱい、酢のような、油のような調味料)で味を調えていく。
ある程度味がまとまったと思ったところで、ハルデはマキネカラビナに声をかける。
「味見してくれ」
マキネカラビナは口を開けて待ったが、ハルデは手を取って、匙を手渡した。
目を細め、横目でハルデを見ながら、マキネカラビナは鍋の中身を匙ですくって啜る。
「どうだ」
「不思議な味……ん~……大丈夫じゃないっすか? たぶん」
『たぶん』と言われ、ハルデは渋い顔をする。
「塩辛すぎたりしないか?」
「それはないっすね」
マキネカラビナが、今度は澱みなく答えた。
「ならいいか。ちょっとここで鍋をかき混ぜててもらえるか? 鍋底を……」
そういってその場を任せようとすると、マキネカラビナの肩がビクンと跳ねて、そっぽを向いた。
「ま、薪を割ってきます」
「薪はもう足りてるだろう」
去ろうとするマキネカラビナの肩に手をかけ、自分の方を向かせる。
「かっこいい騎士以前の話になるんだが、騎士は自分のことはすべて自分でできることが期待される。ここに至って、我が仲間は料理はしないな。それと、手伝いも。それはなぜだ?」
ここのところ、本来の毎夜の番のために必要な量を超えて、大量に薪を生産するように命令されていたが、マキネカラビナは意外なほど手早く薪を用意していた。一方でハルデが料理をし始めるといつも、彼女は何か別の用事でその場を離れた。ハルデはそんな彼女の手を取り、言い含める。
「俺は、お前を『相棒』とするつもりが無くとも、『仲間』だと思っている。お前の得意なこと、苦手なことについて、ちゃんと知っておきたい。お前はどうだ?」
そうすると、マキネカラビナは目をさまよわせながら、おずおずと語り始めた。
「その、わたしは料理が苦手です、本当に……切った具材を床に落とす、包丁を落として足を怪我する、鍋を火だるまにする、とか、いろいろ……とにかく、そのうちに家では台所に立つの自体禁止にされちゃって」
俯くマキネカラビナ。ハルデはどうするべきか悩み、目をつぶったが、意を決して目を開けると、彼女と目が合った。
「そうか……俺はマキを人々に『騎士ストリケパイラン』として紹介したい。お前が騎士を名乗るには、できるようにならないとな。どうだ、やる気はあるか?」
ややあって、マキネカラビナは頷く。
「やる、やるっす。夢のためならなんだって」
「よし。今は他人の分もあわせて作っているから無理だが、自分たちの分を作るときに仕込んでやる。今回は聞きながら見ててくれ」
鍋のかき混ぜ方――鍋が軽い時は押さえてから混ぜること、当然熱いので素手で触らないこと。でんぷん質が溶けている鍋では底をこそぐようにすること、今回は少しだけ焦がしてしまって、焦げが浮いていること――、包丁を持つときの心構えなどを解説した。
「もう、頭がパンクしそうっす」
「覚えるまで何回でもやろう――おっと、第1騎士隊が帰ってきたな」
太陽に手を伸ばしてみると、日がまさに中天に差し掛かったところだった。
戦力を消耗した<ガルデ・ディオ・コルナ>は、第4・第5騎士隊の人員を第1~3騎士隊に編入して戦闘力を回復させた上で、一時的に各隊に乗馬騎士隊の騎士を編入した。そうして、敵の斥候狩りのため、交代で出撃することになっていた。他にも、何かを捜索しているらしく、常に半個騎士隊が拠点を離れており、第1~第3騎士隊のうち1.5個騎士隊と、第16対戦車騎士隊やその他支援部隊が居残っていた。そしてちょうど、第1騎士隊が任務を終えて帰還したのである。
この日の第1騎士隊の騎士たちは、早朝に陣地を出て、周囲を回り、敵の斥候を発見した場合には捕捉して撃破、あるいは最低限撃退して、昼には帰還するよう定められていた。
実際の交戦状況はわからないが、返り血を浴びているらしい者も見て取れた。おそらく敵の斥候と接触したのだろう。そして一人も欠けることなく当初の予定通りに帰還したということで、なかなか良い手並みだなとハルデは思った。
軽く手を上げて挨拶すると、第1騎士隊の一人が気づいて応じ、やや疲れた様子で近づいてきた。
「今日もうまそうな香りをさせてるな、ヴォルテーラ卿」
そう言って彼が拳を突き出したので、ハルデはそれに軽く拳を合わせる。
「首尾はどうですか」
ハルデが尋ねると、いかにも好青年という風貌の騎士はさわやかに笑う。
「かなりいいよ。目標が達成できていること、これは気分がいい。こんなにすっきりしているのは久しぶりだ。失敗続きだったこの間までと比べれば格段の差だな」
「それは、そうかもしれませんね」
連合帝国がのちに調査したところによると、開戦以降、コルナ村での『勝利』に至るまでの間に、西部方面における7回の会戦のほか、その他無数の小競り合いにおいて『敗北』を重ねていたという結果が出ている。当時は『当初設定した目標は達成した』として良い結果と見られていたものも、後に『戦略的には敗北という評価は免れない』と、評価がひっくり返った交戦結果も少なくない。そんな中で、明確に敵軍を押し返した先日のコルナ村の戦いは、戦争の帰趨を変える大きな一歩として、連合帝国内で広く吹聴されはじめていた。
「とにかく、このままの調子が続いてくれればいいんだが。しかしまぁ、疲れた。早く報告をすませてその塩の効いた美味そうな汁をいただくとしよう」
ハルデは(塩の効いた…?)と思いながら、首を傾げる。騎士が手を振りつつ離れるのを見てから、マキネカラビナがおずおずとハルデに話しかけた。
「ハル、実は聞きたいことがあるんすけど……でもなぁ」
「なんだ? 何か気になることがあるならはっきり言え。知ってて困ることは少ないが、知らずに命取りになることは多い」
ハルデはそう諭しながら、マキネカラビナに先を促す。
「ちょっとバカみたいな質問なんですけど……毎日出撃しなきゃいけない理由というか、皆、結構無理して出撃してますよね。可能な限り、出会った敵を誰一人生かして返すなーって。これってなんでなんすか?」
不明を恥じる、といった様子で語る、マキネカラビナ。わからないことによって『かっこいい騎士』像と離れるのが嫌なのかもしれないなと、ハルデは感じた。答えをすぐに伝えてもよかったが、彼女が将来『かっこいい騎士』となるなら必要だろうと、ヒントを与え、自分で考えさせることにした。
「なるほど、それは……よし、ちょっと考えてみようか」
「うっす、お願いします」
彼女はしっかり頷いた。
「よし。ではまず……俺たちは先の戦いで、大きく数を減らすことになった。そして今なお補充を受けていない。このままの戦力でここを当面維持することを期待されている。ここまではいいか?」
「はい、それはわかるっす」
「うん。そうだな……お前が敵だったら、まず何をする?」
「いっ、いきなり言われると……? そうっすね、まずは相手がどれくらいいるかを調べますよね。ふつうは最初から敵を打ち破れないような攻撃をするわけにはいかないから……」
「そうだ。敵は俺たちの状況を知らないから、攻めて来られないわけだ」
「ふむふむ、敵はそのままでは攻められないので、斥候を出して、わたしたちのことを調べようとする、と」
マキネカラビナはそう言いながら、手のひらに指で何やらメモ書きのような仕草をした。
「……うん。それで、我々が敵の斥候を放っておいたらどうなるだろうか」
「ふむ、そのままだと敵はこっちの情報を得るので……そしたら前回と同じくらいの兵力で攻めれば、突破できそうだと思うっすかね?」
「そうかもな」
「なるほど。えと、つまり……私たちは、敵の斥候に情報を持ち帰られないようにして、敵に攻めるきっかけを与えないようにしてる?」
「そういうことだ。わかったじゃないか」
「えへへ」
マキネカラビナは照れた様子で、指で髪の毛をいじっている。
「とにかくそういう理由で、多少無理してでも、時間を稼いでいるってわけだ。何かは知らないが、探し物が見つかるまで、な」
「なるほど~……ということは、たくさん薪を割ってたくさん篝火を焚いているのも……?」
マキネカラビナは上のほうを向いて考える。
「ああ、なんでだと思う?」
マキネカラビナは手を打つ。
「なるべく元気そうに見せたいから?」
「ああ、そうだ。篝火をたくさん焚いて、こちらの数を多く見せる工作だ。これはやりすぎると逆効果にもなりうるから、注意はいるが」
「逆効果?」
「遠目に見るとたくさんいるように見えるが、やりすぎると明るくなりすぎて数が少ないのがわかりやすい」
「あー、なるほど」
「わかってくれたようだな。たまにはこうして頭の体操をしよう」
「はい、よろしくお願いします! で、探し物って何なんすかね?」
「何かものすごい機密なんだろう。新人には教えられないくらいの」
ハルデは極力、不貞腐れたように見えないようにしながら、そう答えた。
ふと2人を呼ぶ声が聞こえた。声のする方に目をやると、司令部テントの前で、先ほどの騎士がハルデとマキネカラビナの二人に手招きをしている。二人は目を見合わせると互いに頷き、テントに向かう。
「そういえば、白い息を吐くハルが何かに似てると思ってたんですけど」
テントへの道中、マキネカラビナがやおら口を開いた。
「なんだ?」
「竜に似てるなと思って」
ハルデは驚いた。
「見たことあるのか? 竜を?」
「いや、物語の本で見たくらいっすけど」
「ならわからないじゃないか」
マキネカラビナはけらけらと笑い、ハルデは呆れて溜息をついた。




