ハルデの初陣
うっすらと積雪したコルナ村。地を踏むほどに雪は解けて、泥濘と化して騎士たちを悩ませる。
戦闘の準備が着々と進んでいた。すべての要員が完全武装状態になっており、塹壕や掩体越しに陣取っている。その数162騎。
そこにハルデとストリケパイラン義勇卿も加わるのである。
金の縁取り装飾のある、使い込まれた全身鎧の騎士が神への祈りを囁き、黒い革鎧の長弓手が弦を弾いて弓の具合を確認する。
ハルデは、金属鎧の各所の留め金が止まっているかを確認し、対戦車投擲槍の魔法術式のかすれがないかを確認した上で、石突きの手前についた端子に蓄魔法素器を接続して魔法素を充填し、直剣(ハルデは幅広の片手半剣を用いている)に刃こぼれがないか確認し、連射弩弓のボルト弾倉に入ったボルトの数を確認し、弩弓の装填装置にも魔法素を充填して、およそ確認が必要なものすべてを確認した。
『アルカエールの精鎧』という寓話では、小さな騎士の精が丁寧に装備を整備して回ったのち、合体して1人前の大きさの騎士になり、ピカピカの鎧を着込んで巨人を打ち倒すのである。幼い頃にそれを読んで以来、ハルデは細かい装備の確認を丁寧に行うようにしていた。
<ガルデ・ディオ・コルナ>は麾下に司令騎士隊、5個の通常騎士隊(近接武器・連射弩弓・盾を中心に装備した騎士達の部隊)、1個乗馬騎士隊(一般的にイメージされる騎士に一番近いのはこの分類の騎士隊の騎士だろう。馬に乗り、槍や剣での近接戦闘を得意とする)、1個砲騎士隊、1個魔法騎士隊を有し、そこに第16対戦車騎士隊を加えた。通常騎士隊はそれぞれ『ガルデ・ディオ・コルナ第1~第5騎士隊』と呼ばれ、基本的には30人程度で編制されていたが、現在はその人数に満たなくなっていた。
コルナ村はちょうど峠にあり、北西から村の中央を通って東に抜ける峠道がある。
<ガルデ・ディオ・コルナ>はコルナ村から北西側に一段下がったところから先に陣地を築いて、魔族軍を迎え撃つ形であった。
最も高い陣地に大砲が4門と、騎士隊所属の魔法騎士のために補助魔法陣があり、そこから下段に3段の通常防御陣地を用意していた。
ふもと側から第1~第4陣地と呼称され、各陣地間は塹壕でつながっていた。
大砲のある第4陣地に立ち、ハルデ達は魔族軍が向かってくる方向を見下ろしていた。左右には高い峰があり、進軍方向を制限していた。
「下からゆっくり登ってくる敵戦車を叩く、か。言うだけなら簡単だが」
ストリケパイラン義勇卿は、台に置かれたミニチュア地形図に置いてあった、戦車のミニチュアを興味深そうにつつく。
「1両だけなら何とかなる……っすかね?」
ミニチュアの魔族人形を地形図上の道路脇によけながら答える。
「他の魔族の邪魔が入らなければ何とかなるかもな。問題はどうやってそういう状況にもっていくかってことだ」
「なるほど、ヴォルテーラ卿には何か考えが?」
「無い。そんなことができる奇策があってもそうチャンスがあるわけじゃないし、結局のところ基本は地道に取り巻きを剥がして機をうかがうしかない」
「うー、ダメっすかー……」
偵察隊はつかず離れずを維持して魔族軍の監視を続行していた。彼らからのより詳しい報告によると、中量級の戦車が1両に魔狼族が12頭、魔人族騎兵が6騎、他は魔人族歩兵ということであった。
魔族の中心的存在は、連合帝国において魔人族と呼ばれる、人型で、人族と同様の皮膚に加え、主に肩から腕まで、および腰から足先までに硬くしなやかな外皮をまとった種族であると報告されていた。身体能力は総じて高く、戦闘においては体が重くなるのを嫌ってか鎧は着ないことが多かった。
魔狼族は鋭い爪と牙で時には金属鎧をも破断し、個体によっては準魔術といわれる氷の息を吐くものもいた。
魔族には他にも怪物と呼べるような者たちもいるが、その数は少ないようで、ほんの数回目撃されているだけで、今回の戦場にはいないようであった。
魔族軍と<ガルデ・ディオ・コルナ>の接触が迫っていた。今にも落雷しそうな黒雲が空を覆い、騎士たちの緊張を物語っているようであった。
ハルデたちは第2陣地に移動して待機していた。前衛と交戦して混戦になったら戦車を撃破するチャンスが来るのではないかという目論見であった。
偵察隊が騎士隊に戻って来て、何やら報告をし、隊列に紛れていく。
<ガルデ・ディオ・コルナ>騎士隊長・マストック卿が、騎士らしく騎士たちを励まそうと声を上げた。『クローネト・クローネタ!』(演説では『騎士の中の騎士たちよ!』と解される)の呼びかけに始まる彼の演説はしかし、官僚気質な彼の『あー』とか『えー』とかの多い語り口で、いまいち効果を上げなかった。仕方なく彼は、最後に呼びかけとは別に『クローネト・クローネタ!』(騎士の中の騎士たれ!)と叫んで演説を締めた。騎士たちはそれでようやく歓声を上げた。
わずかな高揚感と莫大な不安感が、ハルデを満たした。騎士たちと一緒に声を上げたハルデがふと目をやると、目尻を下げて震えるストリケパイラン義勇卿と目が合った。
「ヴォルテーラ卿は、怖くないっすか、戦うの……?」
ハルデは大きく深呼吸をし、ふいとストリケパイラン義勇卿から目線を外してから答える。
「恐ろしいよ。今日もまた、何人もの騎士達が死ぬんだから」
でも、と再びストリケパイラン義勇卿を見つめる。
「それでも、今日、俺は騎士達とともに、国と民のために戦える。2年前とは違う…俺も、今度は……」
拳を握りしめ、ヴェルフラ市を守り戦った父の顔を思い浮かべる。
「ストリケパイラン義勇卿も俺が守るべき臣民に含まれるし、行動は慎重にしてくれ。無駄死にはするな、騎士の誇りにならない」
努めて平静を装いながら、ストリケパイラン義勇卿を励まそうとする。
「は、はい……気を付けるっす。ヴォルテーラ卿はその、冷たい感じの人かと思ってたんすけど、アツいところもあるんすね!」
「アツい……か。でも、本当のところは……」
胸の中に去来する思いを言いかけたところで、後方の陣地で動きがあるのが見えた。大砲が照準をはじめている。ここに配置されている大砲は、砲丸を飛ばす類の旧式のものだったが、今回は戦車がいる以外は剣や弓で戦う戦場であり、存在価値はあった。
「いよいよだな。俺たち2人で戦車を倒す。落ち着いていこう」
「了解っす!」
ストリケパイラン義勇卿がそう言った瞬間、大砲が一斉に火を噴いた。音に反応し、目に見えて飛び上がるストリケパイラン義勇卿。
「おち、おちおち……」
「落ち着け、な」
ハルデは子供にするように、震えるストリケパイラン義勇卿の頭を両手でつかみ、言い含める。ストリケパイラン義勇卿はかくかくと頭を縦に振った。
この国に伝わる濃青色火薬が、100m先からでもすぐ近くから発せられたかのように感じさせる轟雷音を響かせ、火を噴いた大砲の第1射。
砲丸が、魔族軍の複縦陣の先頭を行く戦車に向かって跳ね、転がっていく。
すべての砲丸が戦車に命中する……かのように思われた。
次の瞬間、戦車の周囲を覆う、シャボン玉のように色を変える魚鱗状の魔術障壁! 砲丸は阻まれ、ゴム鞠のごとくに力なく転がった。戦車を最前列に押し立てて密集した魔族軍に被害を与えられなかった。
第2射も戦車の障壁に阻まれたが、障壁への入射角が浅い砲丸2発が、高速のまま後ろ側に転がり、魔族兵が巻き添えになったのがハルデにも見えた。
安全が確保しきれないとみるや、魔族軍は散開陣形をとり、移動速度を上げた。
第3射以降は、魔法榴弾を使用した射撃が行われた。
注入された魔法素により時間差で術式が発動、弾着時に爆発し、周囲に砲丸の破片をまき散らして損害を与える魔法榴弾。
騎士隊の魔法騎士が砲弾に魔法素を注入して回り、装填が終わると斉射されていく。
繰り返し放たれた弾は死をまき散らす! 少なくない魔人族兵を破片ですり潰して物言わぬ骸に変え、負傷者も続出させた。
魔族軍は砲撃による損害の大きさに慄いたが、戦車の乗員が身を乗り出して喚くと、急き立てられたように突撃を続けた。
ずっと戦場の様子を窺っていたハルデは、砲撃がちゃんと効いているのだとわかり、少しだけ胸がすく思いがした。
(このまま、砲撃が続けられれば、もしかしたら戦う前に退散してくれるんじゃないか……)
そんな甘い考えが生まれるくらい、魔法榴弾は効果的に思えた。
距離400m。
<ガルデ・ディオ・コルナ>長弓手の射撃。しかし散開した魔族軍相手に効果を得ることができなかった。命中した矢も、半数は魔人族の外皮に弾かれ地面に逸れる。
ほぼ同時に魔法騎士が雷撃魔法による攻撃を開始し、最初の雷撃で魔人族歩兵が数名、魔人族騎兵が1人、被雷して黒焦げになる。
一方、魔族軍の戦車が弩砲で反撃を開始した。
繰り返し放たれた弩砲。1発が装填中の大砲の砲口に命中、火薬が爆発・炎上して騎士2名が火傷を負う。
さらに距離が近くなる。
激しい撃ち合いが始まった。騎士達が連射弩弓を、魔人族歩兵が短弓を撃ちまくった。
ハルデが配置された第2陣地は、未だ射程に入っていなかった。
魔人族歩兵は軽業じみた動きで弩弓射撃を避けながら接近してきた。
騎士の弩弓射撃が続く中、魔狼族と魔人族騎兵が両翼より<ガルデ・ディオ・コルナ>の陣地に到達する。12名の乗馬騎士が迎撃のため出撃し、白兵戦が開始された。
程なく、魔人族歩兵も第1陣地まで到達した。
白兵戦が開始されると、第2陣地にも命令が飛んだ。第4騎士隊・第5騎士隊が負傷者と戦力の入れ替えを行うため第2陣地から第1陣地へ駆け出した。
しかし、第16対戦車騎士隊は依然として対戦車戦力温存のため第2陣地右翼での待機を命じられた。
ハルデは第2陣地から第1陣地の右端を弩弓で狙う他なかった。
乗馬騎士が馬を戦車の弩砲に射貫かれた。派手に落馬した騎士に魔族兵が群がる。乱戦の中、ハルデは騎士に当てないように撃つ自信がなくて、弩弓の引き金を引くことが出来なかった。騎士が手を天に伸ばすと、それと交差して魔族兵の槍が突き下ろされる、何度も、何度も……
断末魔が響く。そんな末後の声でさえも、戦場は些細なものとして打ち消していく。
ハルデの弩弓を持つ腕が下がる。手を握りしめる。肩が揺れる。思考が揺らぐ……
(『臆せず戦え』、『無理せず立て直せ』、『決して逃げるな』、『命を最優先にしろ』……)
相反するような命令が頭に浮かんでは消える。だんだん体が自分の物じゃなくなっていくような感触に襲われた。今にも倒れそうになるのを、必死で堪え、体に力を取り戻そうとする。
互いに未だ決定打を与えることなく、戦闘は続いていた。序盤の射撃戦で全体での数的不利を概ね埋めた<ガルデ・ディオ・コルナ>はしかし、身体能力で勝る魔族との乱戦でやや不利な戦況にあった。
事務方、騎兵科と支援兵科が2割強を占める<ガルデ・ディオ・コルナ>において、歩兵科の標準騎士および従士は105名といったところで、歩兵戦における数の上で未だ劣っていた。さらに、従士は優秀な身体能力を誇る魔人族歩兵と渡り合うには力不足なことが多かった。
乱戦の第1陣地。射撃戦で騎士たちの身を守ってくれた陣地が、頭の上を抑えられるという形で牙をむいていた。戦車に睨まれて、塹壕を離れての陣地間の移動が制限され、第1陣地からの負傷者の後方移送も、後方陣地からの第1陣地への増援も滞っていた。
「こ、このままじゃ第1陣地に残ってる味方は包囲されてすり潰されるぞ! くそっ、敵の戦車の位置は……」
「第1陣地中央まで来てるっすよ!」
焦れるハルデに、ストリケパイラン義勇卿が左前方を指し示す。
乱戦になった今の状況では砲撃・魔法の支援を受けられず、前線は徐々に押されていた。戦車に対しても、全く持って傷一つつけることができていなかった。
そういう状況を見てか、魔族軍は再び戦車を前面に押し立てて、盾にする構えだ。
「今ならチャンスじゃないっすか。ここから敵戦車まで70mくらいっすよ!」
「いや、失敗したらどうする! もう少し引き付けてから……」
「今あの戦車を倒せば、まだ第1陣地の仲間たちを助けられるかも……」
確かに、戦車を倒すほかに道はなかった。第1陣地の味方が一掃されてしまったら、戦況が一気に傾いてしまうのは疑いようがなかった。
ストリケパイラン義勇卿は対戦車槍を抱えなおした。その両の眼には強い光を讃えていた。
一方のハルデは怖気づきかけていた。ほとんど戦闘に関与できぬ間に、悲惨な結果が忍び寄っていた。何の成果も上げられずに今日、死ぬかもしれないのだ。
「しかし……」
「しかしもへちまもないっす!」
ストリケパイラン義勇卿は左手でハルデの右頬を打った。
「さっき騎士たちと共に戦えるって言ったっすよね、仲間と共に戦えるってことじゃないんすか? 仲間も守らない騎士なんか国と民を守れるわけないっす! うちはそんな、人を守れない、かっこ悪い騎士になんかなりたくない!」
そう言ってストリケパイラン義勇卿は塹壕を乗り越えて戦車の前方に出ていった。
数瞬の自失。気付けば『守るべき臣民』の1人は目の前から消え失せている。その姿を探すと、まっすぐ戦車に向かっていくのが見えた。
小柄な体が、鎧ごと弩砲に撃ち抜かれる姿を幻視した。
「マキネカラビナ……あの馬鹿!」
俺は何をやっているんだ。もう追いかけても助けようがない。
「ああ、聖ミルディールよ、かの騎士に加護を与えたまえ。どうか私に、彼を救える幸運を与えたまえ……」
そう呟いたハルデは、対戦車投擲槍を2本担いで、塹壕を第1陣地側に向けて走り出した。
5秒ほどして、マキネカラビナ・ストリケパイランは戦車の正面にいた。
戦車はゆっくりと前進していた。魔族軍は第1陣地の掃討に集中しており、戦車の周囲に魔族兵の姿はなかった。
まさにチャンスだった。今なら邪魔は入らない。
このチャンスをモノにすれば自分は騎士になれる、そう思った。ここから自分の騎士譚が始まるのだ。当然、名乗りを上げなければ。大きく、息を吸い込む。
「うちは『粉まみれ』のマキ! うちの槍を、躱せるものなら躱してみろ!」
対戦車槍を掲げてそう叫んだあと、腰を落として射撃体勢に入った。『マキ』は近しい人々が呼ぶ愛称で、『粉まみれ』は実家の粉ひき屋を手伝っていたときに周囲の人間がつけたあだ名だ。今名乗れるのはそれだけだった。かっこいい称号とかあれば良かったのに。
狙うは向かってやや左、戦車の右の履帯だ。直感がそう叫んでいる。
戦車の砲塔は向かって右を向いていて、徐々に正面、マキネカラビナの方向を捉えようとしていた。マキネカラビナが対戦車槍を構えているのを認識したのか、戦車は速度を上げ、右旋回をはじめる。
マキネカラビナは十分に狙いをつけて対戦車槍の発射スイッチを押した。対戦車槍は手に若干の反動を残し、物体加速の魔法術式を展開し、穂先を射出。刻印された魔術障壁中和の術式により戦車の魔術障壁を突破した穂先は、戦車の右履帯に吸い込まれるように命中し、履帯は破断した。
ガラガラと音をさせながら履帯が脱落する。戦車は履帯が切れたほうの推進力を失い、マキネカラビナから向かって左方向に曲がる。途中、マキネカラビナを狙って弩砲を放ったが、その太矢はマキネカラビナの左に逸れていった。戦車はマキネカラビナに対して左側面を晒して停止した。
もし1対1ならここから先は装填力勝負だ。中量級の魔族戦車の側面に対して、装備している対戦車槍が十分な打撃を与えられるかは五分五分で、少しでも近づけば威力はまだしも命中率はマシになりそうだった。腰のポーチから対戦車槍の替えの穂先を取り出し、戦車に接近しながら、自分が無意識に戦車の右履帯を狙った理由……現在の戦車の後方、その先にいてほしい人物に向かって叫んだ。
「うちのことを、仲間のことを救ってよ、ハルデ・ヴォルテーラ!!」
マキネカラビナが対戦車槍を掲げていた頃。塹壕を走りながら、ハルデはマキネカラビナと戦車の様子を左手に窺っていた。
「今時名乗りなんて、本当に馬鹿だな……」
速度を緩めず考える。
(仲間、か……)
自分は死んではならない、と思っていた、ただ、漠然と。父と約束したから、成果を上げずに死んではならないと。
それはどういう意味だったのか。この2年間、何もわかっていなかったのではないか。
『国と民のために戦う』と目標を掲げながら上滑りしていた感覚が、『仲間のために戦う』というとぐっと身近に、自分のものに感じられた。
戦場で騎士たちは、仲間のために命を張って戦い、国と民を守るという成果を求めるのだ。
金属の破断音に続き、ガリガリと金属と地面がこすれる音がする。顔を上げると、戦車が自分に背を向けて止まったのが見えた。
「あいつ、やってくれるじゃないか!」
周囲を見渡し、他の敵がいないことを確かめると、予備の槍を塹壕の上に転がし、塹壕を乗り越えて、素早く対戦車投擲槍の投擲の構えをとる。
戦車の砲塔が、向かって左――マキネカラビナの方に向けて回っている。マキネカラビナがハルデに向かって叫んでいるのが聞こえた。
「間に合えぇぇ!」
叫び、大きく振りかぶって槍を投げる。籠手の魔法術式が発動、槍は加速した。
緊張で右腕がこわばったせいで、槍は狙いより浅い角度で飛んだ。瞬く間に戦車のほぼ真後ろまで到達し、最高到達点で機関探知の魔法術式が行き先を微修正する。
先にマキネカラビナの対戦車槍を受けた魔術障壁。不完全なそれはあっさりと中和され、突破された。槍は推進の魔法術式でさらに加速して戦車に襲い掛かった。背面の装甲の薄い箇所を突き破り、魔導動力機関に達した。
破損した魔導動力機関は爆発を起こした。激しい魔素流が戦車内を駆け巡り、爆風が砲塔を吹き飛ばす。さらなる爆発が、砲塔を10m以上の高さへ押し上げた。励起状態の魔素が7色の光を放ちながら戦車の開口部から噴出した。
(や、やった……)
敵の戦車を撃破した。爆発の劇的な光景が、一時的に高濃度となった大気中の魔素が、心を麻痺させる。
己が右腕と投擲槍で、魔族の戦車を殺ることができた……
仲間のために戦うという目標が、黒い、別の欲望に塗り替えられ始める。
震える腕が、さらなる敵を求めて直剣に手をかけようとする。
しかし視界の隅で、対戦車槍の射撃体勢を解きつつあったマキネカラビナが、戦車の車体横ハッチからの爆風で後ろに吹き飛ぶのが見えた。
湧き上がる黒い欲望が、仲間の窮地に反応して掻き消える。
「マキネカラビナ!」
ハルデは仲間の安否を確かめるために走り出した。
「マキネカラビナ。大丈夫か?」
そう言いつつハルデはマキネカラビナを抱き起こす。
マキネカラビナはゆっくりと目を開いた。励起状態の魔素をもろに浴びて、やや目の焦点があっていないような様子だ。
「なんとか……」
「よかった。なぁ、その……お前は名前が……呼びづらくて。何か愛称で呼んでもいいか?」
「では、『マキ』と……」
そう告げてマキネカラビナは弱々しく微笑む。
「戦車はどうなりました、第1陣地の騎士たちは……」
ハルデは状況を確認してから答える。
「戦車は撃破したし、第1陣地に殺到した敵も撤退を始めた。お前のおかげで仲間を救うことができた」
「それは、良かったっす……あ、あの」
「なんだ、マキ」
「うちも愛称で呼んでいいっすか……?」
「え、ああ……好きにしてくれ」
「じゃあ、『ハル』……助けに来てくれてありがとう……」
そういうとマキネカラビナはゆっくり目を閉じた。ハルデは慌てたが、マキネカラビナが寝息を立てるのを確認すると、安心して体の力が抜けた。
後ろの陣地から騎士たちが駆けてくる。撤退する魔族軍の追撃に向かう者、第1陣地の救援に向かう者、2人の救護に来る者……不思議と、ひとりひとりの顔がよく見えた。ただの味方というだけではない、仲間の顔であった。
この日<ガルデ・ディオ・コルナ>は死者27名、負傷者41名の損害を出しながらも、何とか魔族軍を撃退し、コルナ村の防衛に成功するという成果を上げた。連合帝国が戦いで領土を失陥しないのは久々のことで、これがハルデとマキネカラビナの初陣であった。
吟遊詩人によると、この戦いは以下のようにうたわれているようである。
――戦況が決してしまうかと思った次の瞬間、我らが英雄『救世主殺し』は魔族が遣わした『救世主』を呼ばわる邪竜の前に立ちはだかった! 声高らかに名乗る『救世主殺し』! 槍を構えて邪竜に駆け寄る! 邪竜の吐く炎を躱して、一直線に首元に飛び込む! 神槍一閃! 一突きすると、首は跳ね飛び邪竜は息を引き取ったのである! 震える貴婦人の手に接吻した『救世主殺し』は、貴婦人の愛を一心に受け取るのであった……――




