第16対戦車騎士隊
連合帝国が最初に魔族の襲撃を受けてから3年が経過していた。前線は徐々に後退しつつも、その後退速度は低下しつつあった。
連合帝国の軍勢の主力は騎士たちが所属する騎士団であった。騎士は一定以上の戦闘技能を保持し、連合帝国に仕える者に対して与えられる称号であり、皇帝の名によって叙任が決定され、各所属国の長によって叙任された。
騎士たちにとって「自分の事を自分でする」のは当たり前であり、彼らは最低限を超える従者を従えるのを嫌った。
騎士団に含まれる騎士の比率が高ければ高いほど、その騎士団は自立した精強な集団であるとされ好まれた。開戦前の時期の騎士団では、兵士の採用を廃し、完全に騎士と従士(騎士学校に入学せず、騎士個人の下働きに従事する者。十分な修練を積んだと思われたときに騎士学校の試験を受け、騎士に昇任する)によって運営する体制となっていた。騎士団内部では、『職権を離れれば騎士同士は対等である』とされ、横のつながりを極めて重視していた。
開戦前には精強無比と思われていた騎士団であったが、彼らは緒戦において多大な死傷者を出しており、その戦力は低下していた。
この状況下にあって、連合帝国議会は「義勇騎士法」を制定し、戦力の増強を図った。義勇騎士法では、「一般市民や兵士から人員を募集し、修練を積ませ、一定の技能を取得したものを『義勇騎士』として登録する。彼らは騎士隊に配備されたのち、各個人の活躍によって騎士と認められる」とされた。登録された義勇騎士は戦力を要求する騎士団とその麾下の騎士隊に派遣された。
そしてここに、新たな人員を必要とする騎士隊があった。<ミルカウ市>防衛騎士団<フェンシエ・ディオ・ミルカウ>麾下に新設される第16対戦車騎士隊である。
――連合帝国歴211年晩秋 ミルカウ市西 <フェンシエ・ディオ・ミルカウ>駐屯地――
ミルカウの秋は寒い。ひと月に数日は雪が降り、積もることもままあった。この日も細かい雪が舞い、人々の心をも凍らしていくようだった。
魔族軍に対するミルカウ市防衛を担う騎士団駐屯地では、その任務のために新たな騎士隊が毎日のように編成されていた。
騎士学校を卒業して叙任された直後の騎士、ハルデ・ヴォルテーラ。
彼はヴェルフラ市からの脱出の後、帝都<ユーレスユマニア>の騎士学校に入学し、本来3年かかる課程を2年でこなす速成コースでこなして、この年の卒業試験を卒業生1085人の上から22番目の成績で卒業した。
そして、駐屯地における人事部テント前の広場で、寒さに耐えていた。
「こんなんじゃ戦う前に凍えて死ぬかもな……」
ハルデはそう独り言ちる。
彼はヴェルフラ市で生まれ育った。ヴェルフラ市はミルカウ市よりはるかに温暖であり、彼にとってここの寒さはそれは厳しく感じるものであった。
さらに、戦場では金属鎧を着用する必要があり、ますます寒く感じられることが予想された。
編成を待つ騎士達はおしくらまんじゅう様の塊になっていた。ハルデもまた、その一員であった。人事を待ちながら、寒さをこらえている。中に1人だけ連合帝国標準の軽金属鎧を着込んだ小柄な騎士がいて、迷惑そうな視線を浴びていた。
人事部テントには先ほどより、塊から数名~10名程度が呼び出され、入室しては退出するのを繰り返していた。ここはまさに最前線であり、時には1回の出入りで1つの新編部隊が出来上がっていくのである。
騎士の1人がテントの中から顔を出し、ハルデともう1人、義勇騎士に声をかけた。
「ヴォルテーラ卿、ストリケパイラン義勇卿、中へどうぞ。」
ようやくかと思いつつ、ハルデは塊を割って進み出て、テントの中に入る。『ストリケパイラン義勇卿』は塊の中で迷惑そうな視線を浴びていた、ハルデよりやや身長の低い、可愛らしいという形容が合いそうな風貌の人物だった。おずおずと抜け出してきて、やや挙動不審な様子でハルデに続いた。
テントの中は煙草の煙が充満していて、ハルデはむせそうになるのをこらえた。ハルデの隣に並んだストリケパイラン義勇卿も顔をしかめている。
ハルデが何とか威厳を保って敬礼すると、ストリケパイラン義勇卿は思い出したようにそれに倣った。
人事部の、椅子に掛けた眼鏡の騎士は、2人の入室を認めると咥えていた煙草を灰皿に置き、手を挙げて2人に敬礼を解かせる。もう一人の人事部騎士が人員一覧と装備品の目録が挟まれたバインダーをハルデに手渡すと、眼鏡をかけた騎士は話をはじめた。
「ヴォルテーラ卿ハルデおよびストリケパイラン義勇卿マキネカラビナ。よくぞ参られた。貴卿ら二人で、これより第16対戦車騎士隊を編成する。ヴォルテーラ卿ハルデを騎士隊長に任ずる。隊の編制は騎士団法に基づき、騎士団長と各騎士隊長の協議の結果により更新され得るが、表記の通り対戦車戦闘を旨とすることが期待される。新編に際し、貴卿らには180式対戦車投擲槍<コースソル>、189式対戦車槍<ダージル>とその弾薬をはじめ、その他各種装備品が先ほどの目録通り支給される。これらは主計騎士隊へ要求されよ。他に必要な物品があれば隊費を用いて主計騎士隊と交渉せよ。今後の指示は上級騎士隊である<ガルデ・ディオ・コルナ>に仰ぐように。彼らの連絡用車両がそこまで迎えに来ている。何か質問は?」
メガネを掛けた人事部騎士は、むしろ疑問を差し挟む余裕を与えないように、捲し立てたように思えた。早く次の部隊の仕事に進めたいのだろう。どのみち異論を差し挟む余地などなく、何かあるとしたら職権に基づいて何とか調整するしかあるまい。
ハルデは問いに沈黙で答え、ストリケパイラン義勇卿はぎこちなく首を振った。
それを見て人事部の騎士はうなずく。
「では、励みたまえ。退出してよろしい」
そう言って彼は再び煙草を咥えた。
ハルデとストリケパイラン義勇卿は再び敬礼をして人事部テントを後にする。
テントの外に出て深呼吸をすると、冷えた空気が肺に入ってきて、煙草の煙を薄めてくれる気がした。
リストを確認すると、お互い今回が初めての騎士団勤務になるようだった。この年若い、騎士にもなっていない人物と、たった2人で戦車に立ち向かわなければならないと思うと、正直不安でたまらなかった。
深呼吸の後に、改めて小さくため息をついた。それにストリケパイラン義勇卿が気付き、子供のような高い声で話しかけてくる。
「何かこの編成に不満でもあるんすか、ヴォルテーラ卿?」
「いや、何でも……」
やや気まずく思い、ハルデはごまかそうとするが、ストリケパイラン義勇卿はしつこかった。
「言いたいことがあるなら言ってほしいっす。これからお仲間になるんですから」
ストリケパイラン義勇卿が騎士になっていようといまいと、協力しなければ成果が得難いことは疑いようがなかった(対戦車騎士による各種槍型兵装を用いた対戦車攻撃の成功率は1割に満たないと言われていた)。そして2人が関わるうちに、考えていることはいずれ知れることと思い、ハルデは口を開く。
「はあ……俺たち、戦力としてあまり期待されてないなと思って」
ストリケパイラン義勇卿は、ピンときていない様子で首を傾げた。
「そうなんすか?」
「人員は新人だけだし、たった二人では手持ちの対戦車装備くらいしか運用できないだろう。せいぜい『もの凄くうまくいって1両撃破できれば御の字』くらいのものさ。せめて4人いれば大型兵器が使えるが、いずれにしても部隊規模が小さすぎて効果的とは言えないしな……」
この世界にも火薬を利用した砲はあったが、魔法が一般に使われてきたため、それほど普及していなかった。対戦車装備も100年以上前までの装備を魔法術式で強化したものが一般的であった。
「なるほど、人数不足……」
「まぁ、2人でもいいと思われてるともいえるかもしれない。<ガルデ・ディオ・コルナ>の守備領域は山岳地帯だし、戦車が大量に攻めてくるとは考えにくい」
「すぐにそこまで考えが回るとは、さすが本職の騎士っすね」
ストリケパイラン義勇卿は素直に感心した様子だった。
「いや、これくらいはだれでも考え付くはずだ……とにかく、うまくいけば生き残れるかもしれないな。喜べ、ストリケパイラン義勇卿」
「やったー! って、それじゃあ成果があげられずに騎士になれないじゃないっすか」
はっとした。この義勇騎士は、おそらく平民でありながら、自ら死地に向かうような酔狂な人間なのだ。野心があるはずだ。
「そうか、当然、騎士になりたいんだよな……貴卿はなぜ義勇騎士になった?」
「じいちゃんに憧れてっすかね。じいちゃんは騎士だったんすよ。勲章つけてるのも見せてくれて、かっこよかったなぁ……騎士団では機械技師職で、戦車を開発してたらしくて、私の名前もじいちゃんがつけたっす。私もかっこいい騎士になりたいんすよね」
マキネカラビナというとノストルキア公国の言葉で、「機械式騎兵」といった意味の言葉のはずだ。およそ人につける名ではなかった。
連合帝国標準語で<ミシア>と呼ばれている戦車だが、黎明期にはこの新兵器の呼称を<ミシア>とする派閥と<マキネカラビナ>とする派閥があった。ストリケパイラン義勇卿の祖父は後者の派閥だったのかもしれない。
「変な名前……失礼、変わった名前だと思っていたが。かっこいい騎士、か」
ハルデも「騎士がかっこいい」と思ったことがないではなかった。幼少の折にはそう思っていたが、年を経るにつれて、自らの騎士としての任務の重さと、ここのところの騎士団の失態により、その気持ちは小さく萎んでしまっていた。
「むー……まぁ、いいっす! ともかく、よろしくお願いするっすよ、ヴォルテーラ卿」
失礼なハルデの物言いに、一瞬不服そうな顔をしたものの、結局は笑顔で手を差し出すストリケパイラン義勇卿。
「俺は気にしないけど、少し言葉遣いには気を付けたほうがいいぞ」
「言葉遣い、っすか?努力するっす……」
ハルデはストリケパイラン義勇卿と握手を交わす。ストリケパイラン義勇卿の手はハルデの手より暖かく、そして幾分小さく、柔らかいものに感じられた。
その感覚に改めて不安がよぎる。
「……本当に訓練を受けてきたんだよな?」
「一応、卒業試験は突破してきてぇ、ます……っすよ?」
そういってチラと目をそらすストリケパイラン義勇卿。ますます、このにこにこ顔の義勇騎士のことが不安になってきたハルデだったが、今更命令をなかったことになどできず、溜息を噛み殺しながら、出撃準備のために主計部テントに向かって歩き出した。ストリケパイラン義勇卿も後に続いた。
ハルデとストリケパイラン義勇卿は受領した需品を確認していた。
ハルデ、ストリケパイラン義勇卿双方の身の丈を超える、馬上槍によく似た長大な槍が5本(手元のスイッチで穂先を射出する対戦車槍が2本、そのまま投げる対戦車投擲槍が3本)並んでいるのをはじめ、槍をはじめとする各種装備に魔法素を供給する蓄魔法素器(携帯充電器のような装置。魔法動力機関より供給を受け、およそ2時間の間、魔法素を他の機器に供給できる)、対戦車槍の穂先の替え、部隊間無線機のような装備の他、騎士の身支度ができる大きめの寒冷地用テントや日用品の類もあった。
「なんで1人用テントを2つなんだ……?」
「2人なんで1人用なら2ついるっすよね?」
「嵩張るだろう。2人用テントの在庫不足とか?」
「いやぁ、どうっすかね……?」
そんなやり取りをしつつ、点検しながら荷物をまとめていると、遠くから叫ぶ声が聞こえてきた。
「第16対戦車騎士隊! 第16対戦車騎士隊はいるか!」
声のする方を見ると、騎士隊<ガルデ・ディオ・コルナ>所属と思しき騎士が主計部に向かって走ってきていた。
目印になるよう手をあげると、騎士はこちらに気づいた様子で向かってきた。
「何事か!」
そうハルデが声をあげると、騎士は口に手を当てて叫ぶ。
「私は<ガルデ・ディオ・コルナ>の騎士、トースと申す! コルナ村に敵が接近している! 急いで荷物をまとめてくれ、私は車を回してくる!」
にわかに周囲が騒がしくなる。他の騎士隊の守備領域の状況を見極めつつ、余力のある部隊からは攻勢を受けた地点への増援も検討される。あらゆる騎士が出撃する可能性があった。
また、<ガルデ・ディオ・コルナ>が突破された場合に備えて、駐屯地は警戒態勢を引き上げるだろう。
なんとか荷物をまとめ終えたハルデとストリケパイラン義勇卿は、トース卿が回してきた魔法動力機関搭載型のオープントップ車両に荷物ともども乗り込む。
「どういう状況なんですか、トース卿?」
「斥候が敵部隊を発見・通報した。敵は目算でおよそ200騎、戦車が1両いるそうだ。山道を進軍中で、およそ4時間で陣地まで到達すると予測される。我らが陣地に戻るまでこの車で1時間だ。貴卿らも2時間くらいは周囲の地形の確認が出来よう。現在、我が騎士隊の対戦車戦力はそなたたちしかいない。騎士団にも増援を依頼してきたが、当面は貴卿らに頼るほかない。よろしく頼むぞ」
「いきなりの仕事っすね……き、緊張する……」
緊張からか寒さからか、ストリケパイラン義勇卿は肩を震わせた。




