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クローネト・クローネタ! トリエストラスタ騎士物語  作者: フローランス
第1章

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父への祈り

 連合帝国歴209年早春。連合帝国トリエストラスタ・インピアラティア西部・神聖ミルキリア王国フォーレ・カインドリティエ・ミルキリールの南西部にある都市<ヴェルフラ市>には暗雲が立ち込めていた。


 市街外縁部では弓の弦のなる音や剣戟の音、魔法、魔術、法術の各種術式が放たれる音、戦車の走行音、壮絶な悲鳴 ―― 戦の音が絶え間なく響いている。


 魔族軍ヴァーケス・マークェスおよそ4000騎が、西よりヴェルフラ市に侵攻を開始してから2時間が経過していた。



 ヴェルフラ市庁舎は現在、ヴェルフラ市防衛の前線司令部になっており、連合帝国の騎士達が慌しく行き来していた。


 連合帝国のガールマルフラ伯爵ネーフィエ・ガルマルフリアであり、騎士(クローネタ)でもあるヴォルテーラ卿クロンリュール・ヴォルテーラ・クロン(訳注:日本語の騎士の呼び方としては名+卿あるいは姓名+卿、つまりクロン卿/クロン・ヴォルテーラ卿と表記するのが正しいが、敬称『卿』を援用した上で、現地語に近いニュアンスを残すため、姓に卿を付けた『ヴォルテーラ卿』のような表現を本書では用いる。)。


 彼は胴鎧、足鎧、右手に籠手を着込み、左手は皮手袋という、連合帝国の対戦車騎士の標準装備に近い出で立ちであった。そこにガールマルフラ伯爵家の家紋をあしらった外套を羽織った格好で、ヴェルフラ市防衛を担う騎士団(クロネティアラ)<ニスガルマルフラータ>の指揮を執っていた。その戦力は、交戦開始前の段階で騎士・従士合わせて982騎しかいなかった。


 クロンの補佐官である騎士が、悲壮な表情で報告する。


「敵は第一防衛線に進出中。持久の見込みがない地点は第二防衛線に移行中です。南部は市街南広場を利用した反包囲攻撃を企図し誘引行動中です。騎士隊(クロネティア)<ヤークヤル>が守備する北部には、残数約240名に対しておよそ6倍の敵が殺到しており、中央には敵戦車も来ています。閣下、このままでは……」


「なんとか持たせてくれ。右翼、アラフラ北地区に<ナルヴィマータ>を増援として回せ」


 クロンは焦っていた。


 ヴェルフラ市の第一防衛線は突破されかかっており、<ニスガルマルフラータ>はすでに全戦力の1割近くを消耗していた。援軍の要請はしているが、連合帝国は現在多方面で攻勢を受けており、ヴェルフラ市に戦力が回ってくるのはいつになるかわからなかった。


(防衛線が維持できるのはあと3時間程度か? 何とかハルデが逃げるまでの時間を稼がなければ)



 ハルデ・ヴォルテーラはヴォルテーラ家家令のカミルを伴い、父親であるクロンを捜してヴェルフラ市庁舎を訪れていた。


 彼はヴェルフラ市防衛に参加するべく、父に直談判しに来たのである。ひとりでも多くの市民を避難させるために、役に立ちたい一心であった。状況は詳細にはわからなかったが、人手が必要なはずだ。無碍にはされまい。


「ハルデ様、お早く退避を……」


「父上はどこにおられるのか。会って話を」


「なりません。お聞き分けください! ハルデ様!」


 ハルデは制止するカミルを押しのけて進む。カミルは人の良い初老の紳士であったが、ハルデがなにかほんの少しでも危険なことをしようとするとひどく嫌がったため、彼の事を少々煩わしく思っていた。


 行き交う騎士たちの怪訝な顔は、あえて無視した。


 程なくして、運よくクロンと会うことができた。クロンは対戦車投擲槍と対戦車槍2本を抱えて、部下に指示を出しながら、自らも出陣するところであった。


 ハルデは父に声をかける。


「父上!」


「突破されるよりは後退して遅滞を……ハルデか! 早くここを離れるように言ったではないか」


 父はあきれ顔でハルデに歩み寄る。


 ハルデは自分の思いを素直に表出した。


「私にもここで何か手伝わせてください!」


「ハルデ、今ここでお前がすることなどない」


 父は息子を冷たく突き放した。


「しかし父上!」


「この馬鹿者が!」


 父はハルデの顔を左手で平手打ちにした。彼はとっさに父を睨みつける息子の両肩をつかんで、きつく睨み返した。


「お前がすべきことは市民とともに脱出し、騎士学校で修練し、捲土重来を期すことだ。今ここで、無駄に命を散らすことではない。お前が連合帝国のために何の成果もあげることなく死ぬことなど許さん!」


 捲し立てる父のその剣幕に押され、徐々に睨む力を失っていくハルデ。 


 父は大きくため息をつき、そして右手につけていた籠手を外して息子に手渡した。籠手は投擲運動に反応して支援する魔法術式が搭載されたもので、ヴォルテーラ家の家宝であった。


「これを持っていけ。役には立つだろう……では早く行け。連合帝国の未来を頼む」


「……わかり、ました」


 悄然として、父に道を譲る。幼少より後を追いかけた父の拒絶に、胸が軋む。父は、死ぬつもりだ。父は死ぬのだ、きっと魔族と刺し違えて死ぬのだ。父の事だ、未だ市民の避難が完了しないうちに、逃げ出したりはすまい。


「父上、その……『クローネト・クローネタ』……」


 ハルデが弱々しく首を垂れると、クロンは厳かに敬礼を返した。騎士の敬礼は、足は肩幅、手は水を掬うような形で、手の甲を上にし、胸骨の前あたりに手をぴったりと付ける。得物を地面に突き立て、戦う意思がないことを表し、相手に敬意を示すという古の所作の、得物のない形式のものとして知られていた。


 『クローネト・クローネタ』、この連合帝国の『騎士の合言葉』的な慣用句は、戦地へ向かう勇者への手向けの言葉であり、死地へ向かう家族への祈りの言葉でもあった。



 3時間後、ヴェルフラ市庁舎前・大通りにて魔族軍とニスガルマルフラータの激闘は続いていた。


 騎士たちは、圧倒的不利な状況下でもなお、闘志を失っていなかった。


 市庁舎前広場西の大通り。バリケード越しに連合帝国標準の連射弩弓や魔法銃で狙う騎士たち。


 通りの向かいの家にずけずけと入り込んだ魔族兵が3階の窓から弓矢で騎士を狙った。魔族の放った矢は、騎士の連合帝国標準187式肩鎧に弾かれた。


 隣の騎士が魔法銃を応射する。銃身を覆う魔法術式。発射された弾丸は魔族の首を撃ち抜いた。魔族は息ができずもがき、あっさり息絶えた。


 魔族の増援が通りを埋め始める。騎士たちは騎士隊長の合図で、一斉射撃を行った。魔族兵がばらばらと倒れる。


 魔族軍の突撃が始まるかと思った次の瞬間、路地から巨大な戦車が現れた。100tは超えていようかという巨躯に、長大な主砲を讃えた怪物が進むと、魔族たちが道をあける。


 騎士たちはその圧倒的存在にもかかわらず、陣地を保持し続けようとした! ここを抜かれればもう後がなかった。せめてもの抵抗とばかりに、道路脇によけた魔族に対し、再び一斉射撃。数人の魔族が倒れる。


 魔族の巨大戦車は前進を続け、あっさりとバリケードを踏み潰した。巨大戦車が目前になってようやく、騎士たちはヴェルフラ市庁舎広場へ退却した。


 巨大戦車は悠然と、騎士たちを威圧しながらヴェルフラ市庁舎前広場に進入した。


 戦車は騎士たちの士気を挫くように、主砲をヴェルフラ市庁舎に向けた。魔導動力機関が唸る。水色のレール様の紋様が砲身に走る。紋様が静止したあと、レールガンのように加速された主砲弾が発射された。


 砲弾は市庁舎の、向かって左側の壁に命中した。主砲弾は爆発、市庁舎の壁が大きく崩れ落ち、建物全体の窓が割れて破片が宙を舞った。爆発の衝撃で近くに居た騎士が吹き飛ばされる。


 誇らしげな巨大戦車。その横合いから、クロンの放った対戦車槍の穂先がほぼ同時に2本飛んできた。装填に時間のかかる対戦車槍を、2本順繰りに発射することで、装填の隙をつぶしていた。


 巨大戦車の魔術障壁に接触すると、1本目の穂先は魔導障壁中和の術式を展開したが、中和しきれずに軌道を逸らされて、地面を削って転がっていく。2本目の穂先は1本目と同様の術式を展開して、魔導障壁を突破した。


穂先は慢心する戦車を嘲笑うかのように、駆動輪の歯の間に刺さり、挟まって履帯の動きを阻害した。


 クロンは魔族戦車の動きが止まったのを確認した。そして助走をつけて、対戦車投擲槍を空中に、力の限り投げ上げた!


 槍は4m程の高さまで上昇し、曇天の光を集めて、なおも騎士たちを鼓舞するがごとく輝いた。最高点に達したところで発動する機関探知の魔法術式。戦車の機関部に向けて方向を変えた槍。方向転換が完了すると、槍の柄に書き込まれた推進の魔法術式が発動、槍自身を加速させた。


 魔導障壁に当たった槍は中和術式を展開、すでに風前の灯火だった障壁を突破した。そして槍は戦車の側面装甲に達し……


 弾かれた。穂先が折れ曲がる。


 弾かれた槍は力なく地に落ちた。<ニスガルマルフラータ>の最後の支えが、崩れた。


 キィッと、ハッチを開く音が響く。巨大戦車から1人の魔人族が身を乗り出した。騎士たちはその意図を図りかねた。


 しばらくしてその魔人族は、腰に下げていた曲刀を抜き、優雅にさえ見える所作で、クロンの前に降り立った。


 魔人族は、戦車の動きを止めた槍の持ち主であったクロンを認め、口角を上げた。


 ヴェルフラ市防衛継続の最後の望みを絶たれたクロンは、腰に下げた直剣を抜き放つ。抜き身の刃を魔人族に向け、きつく睨みつけた。直剣は未だにその刃に強い輝きをたたえていた。


「ここまでだな……総員に通達、退却せよ! 1人でも多くの騎士が味方の元へたどり着き、散った騎士たちの雄姿を後世に伝えるのだ。私は最後までここで時を稼ごうぞ!」



 ヴェルフラ市から避難する馬車の中。ハルデはヴェルフラ市庁舎から上がる火の手を見つめていた。


 幼少からの父との記憶が、浮かんでは消えた。『騎士になるのだ』と、厳しく躾けられた毎日。そこに父の愛があったのかはわからなかったが、国と民のために戦う騎士となる目標は、心にしかと刻まれていた。


 しかし、視界に上る火がそこに、灰のような、煤のような、ひりついた黒い感情を生み、焼き付いていく……



 半月後。騎士団<ニスガルマルフラータ>はすべての守備領域を失い、用を成さなくなったとして凍結された。騎士隊<ヤークヤル>は消耗が大きく、人員を他の騎士隊に抽出して消滅。<ナルヴィマータ>は補充の後、別の騎士団に編入された。他の人員もそれぞれ他の騎士隊の補充要員に充当され、方々に散っていった。



 ハルデの避難先、連合帝国首都<ユーレスユマニア>の騎士学校宿舎の掲示板に新聞が張り出される。


 戦車の上部ハッチから身を乗り出す指揮官と思しき魔族の写真と、その横にヴェルフラ市防衛司令官だったクロンの写真。


 新聞記事には、以下のように書かれていた。


―― 騎士たちは4倍近い魔族軍に対し、寡勢にもかかわらず非常なる勇戦を見せたのである。彼らは500名を超える魔族兵を撃破し、5時間近く持ちこたえ、魔族の巨大戦車にも臆することなく立ち向かった! ……ここに、騎士団長・ヴォルテーラ卿クロンをはじめとする280名の騎士の冥福を祈り…… ――


 翌日、ハルデは略式の儀式を経て、ガールマルフラ伯爵位を継いだ。

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