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クローネト・クローネタ! トリエストラスタ騎士物語  作者: フローランス
第4章

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19/21

英雄

 謁見の間を出ると、すぐにマキネカラビナが近づいてきた。


「お疲れ様っす! どうでした?」


「勲章をもらった……一番いいやつ……あと、このワッペンと、隊旗を」


「おぉ、おじいちゃんももらったことないやつ! すごー! って、なんか疲れてます?」


「すまん、ちょっと休ませてくれ」


 そう言って壁に寄りかかると、次第に周りに騎士の人集りができた。


「何だ、救世主殺し(ドゥラクニール)は具合が悪いのか?」


「いや、その、感極まってしまって……」


 ハルデは目を手で覆い、咄嗟に嘘をついて、言い訳をした。


「なんだ、泣いてるのか。まあ無理もないな。演説も頑張れよ」


「おい、あまり圧力をかけるんじゃない。若いのに大変だな。ほら、散った散った!」


 見知らぬ騎士の気遣いに助けられた。しかし、少し休めたところで、今度は演説をどうするか考えなければならなかった。


「ヴォルテーラ卿、大丈夫そうですか?」


 離れていった騎士達と入れ替わりに、フォルキリエが近づいてきた。


「ブレヴフェンシア卿……俺たちは、もしかして……」


 彼女は壁に手を当てて、顔を近づけた。声量を落とす。これなら、他の人間には聞こえないだろう。


「うろたえすぎですよ。手続きをしながら、実はもうわかってやっているんだろうなと、わたくしは思っていましたよ」


「そう、ですか」


「ええ。陛下も、形振り構っていられない、と思っておいでのようですね」


「そう、ですか」


「壊れた機械みたいですね……この後の演説、大丈夫そうですか? 駄目そうならわたくしが代わりに」


 一瞬、それを考えてしまった。しかし、考え直す。無理を押して、叙勲してくれたアールグレア。その思いに応え、自分は何とか国を背負わねばならないのだ。


「いえ、それは陛下が俺に課したことです。だから、俺自身で何とかしますよ……」


「なら結構。できれば、民衆が奮起できるような演説をしていただけると助かります」


「できる限りのことをします」


 何やら、ひそひそ声が聞こえてくる。それに気づいたらしいフォルキリエは、ハルデから離れた。


「では、お願いしますね」


 頷き、深呼吸をする。恐らく、自分はかなり険しい表情をしているだろう。ひそひそ声がする方をちらりと見やると、2人の女性騎士がそこにいた。声が止み、道が開けた。


「どうしろっていうんだ、いったい。ちょっと1人にしてくれ……」


 開けた道を歩く。しばらく歩き続け、中庭の隅の方まで歩くと、立ち止まった。


「はぁ。もう少し、上手くつけてきたらどうだ、マキ」


「ば、ばれちゃいました?」


 物陰から、マキネカラビナが顔を出した。


「ああ、お前は諜報には向かなさそうだ」


「あはは……」


 彼女は頬を掻いて、所在なく笑った。


「そんな諜報員に聞きたいんだが。ひそひそ声の原因は何かわかるか?」


「え? ああ、さっきの女性騎士の。それは、『カーヴェダンター』みたいだな、って話っすかね」


「何みたいだって?」


「『カーヴェダンターの歌』、っていうお話で、主人公の騎士が、想い人を壁のところに追いやって、告白をする、みたいなシーンがあるんすよ。ちょうど、ブレヴフェンシア卿がハルを壁に追いやって迫ってるみたいだーって、話してたみたいっすよ」


 初めて聞いた。どうやら、貴族女性向けの恋愛小説のようだ。


「それは、有名な話なのか?」


「んー、そうっすね。各国語で翻訳写本があるくらいには」


「そ、そうなのか……誤解が広まったら困るかもな」


「こ、困るんすか……? ふ、ふーん」


 マキネカラビナは口をとがらせている。


「俺にはそういうつもりがないからな」


「そっか、そっか……」


「なんだ」


「いや。それより、演説って何するんすか?」


「演説って、演説だよ。皇宮のバルコニーから、民衆に向かって話す」


 開戦以前から、時の皇帝と、その部下1人か2人くらいが、国の状況について民に説明する機会が、数ヶ月に1回、設定されていた。ハルデは、その演説者の1人に選ばれたということだ。


「ええ、じゃあハルが民衆の前で演説するんすか? なんとなく想像つかないっすね……」


「なんでだ」


「なんだか、寡黙なイメージというか、苦手そうというか……」


 マキネカラビナの想像は概ね当たっていた。ハルデは、自分の腕前が評価されるのを好んだが、口でどうこうして評価されたり、名が知られるのをあまり好ましく思っていなかった。


「まあ、得意ではないな。だがとにかく、俺はこれを何とかやり遂げなければならないんだ」


 演説の構成を考える。民が、騎士団とともに頑張ってくれるような、そんな演説を打たなければ……


 視界の隅で、マキネカラビナが『頑張れ』と言いたそうに、両の拳を握っていた。



 演説の内容について考えている間に、気づけば皇宮のバルコニーの上に立っていた。手すりの向こう、遥か下方には、無数の人、人、人……数万人は下らないだろう数の人が、集まってきていたのである。


 依然として、頭の中は整理されているとは程遠い状態だったが、もう自分の番が来てしまったのであった。宰相が民衆に、術式魔法拡声器を用いながら、ハルデの身の上を軽く紹介した。


 それに合わせて歩み出でた。一瞬、宰相の慌てた顔が見えた気がした(事前の打ち合わせでは、宰相から拡声器デバイスを受け取る予定であった)。しかしそれには目もくれず、最低限考えてきたことをまとめて、話し始める。


「諸君、私は本日『救世主殺し』の名を賜った、ハルデ・ヴォルテーラである! 騎士団は勇敢に戦っているが、今のところ苦戦を強いられている。騎士団には力が足りない。騎士団の力の源とは何か、諸君は知っているか?」


 自分が思っていたよりもはるかに大きな声が、自分から発せられた。民衆は黙っていた。ハルデは少し待ってから、次の句を継いだ。


「騎士が食んでいるのは何か、知っているか。騎士はジル粉をこねて作られるジルバンを食む。つまりこれは、民の中にいる農夫と、パン職人の(わざ)によるものである。当然、肉や魚も食むが、こちらも畜産農家や漁民の業によるものだ」


 民衆の中に見えた、農夫、パン職人など、対応すると思われる人物を指差しながら、ハルデはそう叫ぶ。


「騎士達が振るう武器が何か、知っているか。騎士は武器を自分たちで製造していない。騎士が振るう武器は、武器職人の業によるものである」


 民衆の中の、いかにも重量のありそうな金づちを抱えたものを指差しながら、ハルデはそう叫ぶ。


「防具もそうだ。騎士の身を守る防具は、防具職人の業によるものだ」


 民衆の中から、何とか防具職人と思しき人物を探し出して、指差しながら、ハルデは叫び続ける。


「騎士が駆る戦車(ミシア)は、設計こそ騎士自身で行っているが、生産は工場の労働者の業によるものだ」


 ハルデは右手を広げて、すべての民衆を指すようにし、叫ぶ。


「そう、すべてだ! 我々騎士の力は、すべて貴公等の業によって成り立っている! ただ、我々は貴公等より先に立ち、命を捧げる。そして、貴公等の業を以て、貴公等の家族と財産を守るために戦っているにすぎないのである!」


 少し間をおいて、さらに続ける。


「つまるところ、連合帝国の『戦争』というのは、騎士を間に用いた、『貴公等の業』と『我等の敵』とのぶつかりあいに他ならない。戦っているのは単に『騎士団』と『敵』ではない! 『貴公等』と『騎士団』を併せた『我等』と『敵』なのだ!」


 民衆がざわめく。ざわめきが収まるのを待ったが、収まる様子が見られなかったので、自分の声でそれを成すこととした。


「今! 騎士団は全力を尽くす! 騎士団の全力で、貴公等の家族と財産を守れるようにするために、貴公等自身の業を我々に貸してほしい! どうか、この通り!」


 ハルデはそこまで言って、手すりに手をかけ、頭を下げた。民衆は押し黙った。しばらく待って、顔を上げる。


「私は貴公等を、仲間だと見做している! 貴公等自身の業と、我々の命で、連合帝国の平和を掴み取ろう! 救世主殺し(ドゥラクニール)・ハルデ・ヴォルテーラ、騎士の(フォルモ・)中の騎士(クローネト・)より(クローネタ)(ティオ・)(ヴィリオ)……」


 失敗した、と思った。ハルデはここで『(ティオ)たちへ(・ヴィリアティア)』というつもりで、噛んでしまった。少し考える。そして、ええい、ままよとばかりに、思いついたことを口にした。


(ティオ・)の中の民に(ヴィリオ・ヴィリア)! 親愛をこめて(ヴィール・ロヴィラ)!」


 ハルデはそう叫んで、右の拳を天に掲げた。


 民衆は、しばらく黙っていた。民衆の間には、『騎士を含む貴族というのは、仲間以外には決して頭を下げたりしない』と、本気で信じている向きさえあると聞き及んでいた。しかし、いやそれゆえに、ハルデは先程、目の前で、頭を下げて、彼らに頼んだのである。


 沈黙が続き、ハルデは内心慌てていた。しかし、次の瞬間、それは起こったのである。


「うおおおおお!」「騎士の中(クローネト・)の騎士よ(クローネタ)!」「民の中の民よ(ヴィリオ・ヴィリア)!」「連合帝国に(フレイスプ・ヴィオ・)繁栄を(ストラスタ)!」「騎士団に(カレイル・ヴィオ・)栄光を(クローネタ)!」


 大喝采であった。ハルデにはなぜそれほど民衆が叫んでいるのか、その時はまだよくわかっていなかった。



『ヴィリオ・ヴィリア』は、それ自体では『民の民』という、意味の分からない言葉になるはずであった。だがそれは、『騎士の中(クローネト・)の騎士(クローネタ)』という慣用句と対になり、この瞬間から、彼ら民衆を「連合帝国の誇るべき『民の中の民』」として呼ぶ言葉として、民衆に受け取られ、さらには語り継がれていくこととなるのであった。


 ある民の証言がある。


「お高く止まっていた騎士の、それも皇帝に二つ名を賜るほどの男が、頭を下げ、俺たちを仲間だと言い張り、俺たちの業が必要だと説いた。今あの時のことを思えば、自分は完全に『言葉に酔って』いた」……



 民衆の興奮が収まる様子が見られなかったため、ハルデはそこそこのタイミングで敬礼をして、バルコニーを後にした。入れ替わりで皇帝アールグレアが、ハルデの肩を2回叩いた後、ハルデの立っていた場所に立った。民衆は鎮まった。ハルデの仕事は終わったのだ。


 民衆から見えないところまで来ると、フォルキリエが水の革袋を差し出した。


「いや、驚きました、ヴォルテーラ卿。なかなかどうして、やるではありませんか。拡声器無しで、あれだけの大声で演説をするなんて」


「いえ、俺はもう精一杯で」


 本当に、どうやってここまで喋ったのか、自分でもよくわかっていなかった。水を口に含む。からからの口に、水分が染みわたっていく。


「声が大きいというのは、それだけでもよいことです。そして特に『ヴィリオ・ヴィリア』というのは、傑作ですね。まさかあの聖ミルディールが『クローネト・クローネタ』を初めて発したときを再現するなんて。オタクですね」


「えっ?」


 心当たりがないことを言われて、混乱した。


「んっ? 違うんですか?」


「すみません、どういうことですか」


「いえ、ですから。聖ミルディールも、演説で噛んだところから、無理やり押し切って『クローネト・クローネタ』の名句を生んだんですよ。ご存じでは?」


 フォルキリエは、ろくろを回すような手の仕草をしながら、そう説明した。


「いえ、知りませんでした」


「そうなんですか……てっきり、信奉者だというからそういうエピソードもよく知ったものなのだとばかり」


 初耳だった。自分が、聖ミルディールの演説の再現をしたというのか……?


「もしそれが本当なら、信じてやってきた甲斐があるというものなのかもしれませんね」


 終わってしまえば、軽口も言えたものだった。


「ふふふ。狂信者ならでは、だったのかもしれませんね」


 フォルキリエは、本当に愉快そうに笑っていた。


「狂信者ではないんですが」


「冗談ですよ。ひとまず今日のところはお疲れさまでした。パーティの時も今日みたいにお願いするかもしれませんね」


「それは……できればご遠慮願いたいですね」


「それは残念。でも、ともかくパーティには来てくださいますよね?」


「それは、もちろん」


 彼女は胸をなでおろした。


 結局、演説が終わって、ハルデが落ち着いて歩けるようになるまでには、10分ほどかかった。



 彼の今回の演説は、終戦の後に編纂された歴史書『大雪崩(ヒルデブランサ)全史』に、全文が掲載されて残っている。書内において、この演説は「国民意識の醸成に一役買った」として、非常に高く評価されている。

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