凱旋
帝都<ユーレスユマニア>中央駅前北口広場。ここから皇宮までとにかく行進をする、というのが凱旋式であった。有り体に言えば、ただ歩くだけといえた。ただ、今回は以前の凱旋式とは雰囲気が異なっていた。
広場には、騎士団<ブレヴフェンシア・フォルテガールタ>の騎士達が集合していた。そのすべてが、画一的なデザインの制服を着たうえで、鎧を着こんでいるのである。以前は各々好みの服装でいたが、今回からこの制服を着ることとなったのである。
今回のように、画一的な服装の騎士がずらっと並んでいる光景は、民衆にとっても初めての経験のはずであり、物珍しさからか大勢の民衆が集まってきていた。
最前列の馬上に、騎士団長であるブレヴフェンシア卿フォルキリエがいて、騎士達をきれいに整列させていた。彼女は騎士団長用の特別な制服を着ていた。
「あれは第何種制服というやつになるんだろうな」
「何なんでしょうね」
そう、疑問を口にすると、誰かが話しかけてくる。
「どうも特種制服とかいうらしいぞ」
「そうなんですか……って、ええと、ナトラン卿?」
「おう、数日ぶりだな、ヴォルテーラ卿、ストリケパイラン義勇卿」
それは、ミルカウ市の駅までの馬車を共にした、ナトラン卿マウイであった。
「この凱旋式の後、退役ですか」
「そうだ。今日が騎士としての最後の日ってわけだ」
「そうですか……」
「立派に歩いて、せいぜいちやほやされるさ。ではな」
手を振り、彼と別れる。しばらくその場で待機していると、出発の合図があった。
ハルデは第16対戦車騎士隊の隊旗を、マキネカラビナは対戦車槍を担いだ。
午前10時ちょうど、凱旋式は予定通りに開始された。
ただ、姿勢を正して歩くだけ、といえば簡単に見える。しかし、前後の距離を測りながら、間が詰まったり、開きすぎてしまわないように歩くのは、意外と難しいのだった(読者が日本人であれば、『そのことをよく知っている』ということもあるのかもしれない)。ただ、騎士団はよく訓練されており、負傷者さえ混ざりながらも、それを完全に実行していた。
民衆の歓声。その中から、時折、気になる言葉が聞こえてきた。
「あれがそうかな、竜を倒したっていう」
「ヴォルテーラ卿ハルデ? なかなかいい男じゃない」
「ケガの具合はどうなんだろうな。戦線に復帰できるのかな」
なぜ、自分のことがこんなに民衆の間に広がっているのだろう。きっとブレヴフェンシア卿が、何か裏で糸を引いているのだろうが……
その後、行列は何ら問題なく、皇宮まで行進した。
騎士たちは皇宮に招き入れられる。この後、者によっては特別に叙勲されるのである。
特別に用事のある者、謁見の間に入ることが許される者達の名が呼ばれていく。その中に、ハルデの名もあった。
「本当に、叙勲するつもりなのか」
ハルデには一抹の不安があった。
「うーん……でも、名誉なことではあるんすよね」
「そうだな。一生に1度、あるかないかかもしれないな」
「わたしもそのうち……」
「十分な功績を上げたら、俺からお前を推薦しようと思う」
対戦車の能力から、人並みの勲章であれば、彼女はすぐ受勲できるのではないか。彼はそう思っていた。
「お願いします!」
「でもまあ、とりあえずは騎士になってから、だな」
「はいっ!」
マキネカラビナは期待した様子で頷いた。
しばらくして通された謁見の間には、それは大勢の人々が中央通路を向いて、等間隔で並んでいた。ハルデから見て右側には貴族たちが、左側には騎士団の高官たちのうち、帝都で働く者たちが顔をそろえていた。
正面に伸びる長い階段の上には、3つの大きな段があり、それぞれに椅子が置かれていた。1番低い段にはノストルキア公、ミニトルキア公が右側に、サストルキア公が左側に並んで座っていた。2番目の段の右側にはグランヴェール王が座り、空きの玉座が1つ。左側にはハルデの敬愛するミルキリア女王と、イストイスラティア王がそれぞれ座っていた。
そして、一際高いところにある最上段に、2つの特に大きく壮麗な玉座があって、それだけですでに威風を振りまいているのである。
謁見の間に通された騎士達は8人で、2行4列に並び、ハルデは一番右の後ろにいた。目だけで視線を巡らすと、騎士団要員の中でも玉座にほど近い位置に、ブレヴフェンシア卿フォルキリエの姿があり、目が合った。目が合うと、彼女は薄く笑った。
皇帝陛下が入室される旨が伝えられると、その場にいたあらゆる者が頭を下げ、片膝をついて礼を取った。宮廷貴族たちは平手の掌を内側で、右手を胸に当てた。それは宮中式の礼であった。騎士は、宮中の儀礼においてはこの宮中式の礼との折衷案である、騎士礼の片膝をついたバージョンの礼を取るのであった。
どれくらい時間が経ったかわからなかった。緊張感が、完全に場を支配していた。
しばらくして、声が聞こえた。
「面を上げよ」
恐る恐る、ゆっくりと顔を上げる。何段もある階段の上、その一番上の左の椅子に、皇帝にしてシルフィア王、アールグレア・シルフィンが掛けていた。
普通なら、背後の大きな窓の光で、影しか見えなかったかもしれない。しかし、極めて広い謁見の間を、煌々と魔法の明かりが照らしており、齢50を過ぎてなお美しい彼女の顔の、わずかな皺さえ明らかにしようとしているかのようであった。地面に届くほど長い編み込みの亜麻色の髪で、少しだけ尖った耳を持つ偉大なる女帝。間違いなく、それは敬愛すべき皇帝陛下に相違なかった。
そして、その隣には皇配陛下が座っていた。
皇帝アールグレアが、皆に語り掛ける。
「皆、よく今日という日のために集ってくれた。朕がこうして日々を過ごすことができるのは貴公等の努力の賜物である。本日は貴公等の中でも特に、武によって国を盛り立ててくれる者たちについて、これに感謝し、叙勲することとする。名を呼ばれたものは朕の元へ出でて、勲章を受け取るがよい」
現実感のないまま、時が過ぎる。1人、また1人と名を呼ばれ、アールグレアの前に出でて、勲章と言葉を賜っていく。
「ヴォルテーラ卿ハルデ。前へ」
自分の番だ。ふわふわとした頭のまま、しかし自身の動作はしっかりしていて、不思議な感覚があった。
途中、自らが奉ずる直接の主君であるミルキリア女王、『幼き』ミルディリア・ミルキリス(当時、彼女は12歳であった)が、心底誇らしげにしているのが見えた。
段を上りきり、先に述べた宮中式騎士礼を取る。アールグレアが口を開いた。
「ヴォルテーラ卿ハルデは、コルナ村に名高い成果を上げた。魔族の『戦車』1両を撃破したのち、我が連合帝国の重要な史跡に巣食う竜を退治したのだ。その功績を称え、ここに帝国払暁章を授与する。
ハルデは驚嘆した。払暁章といえば、およそ騎士に与えられるうちの最高の栄誉のはずであった。
アールグレアが近づいてくる足音が聞こえ、それが目前で立ち止まる。
「面を上げよ」
顔を上げると、陛下が手ずから勲章を差し出しているのがわかった。
「つ、謹んでお受け致します」
左腕を吊っているハルデのことを思ってか、勲章にはネックレス様の金属紐が取り付けてある。そして、胸につけるではなく、首にかけられた。ハルデが礼を言ってそれを受けると、アールグレアはハルデの耳に顔を近づけて、低い声で囁いた。
「貴卿には過大なる苦労を掛けるであろう。しかし、貴卿は滅私奉公して、我らが連合帝国の将来に必ず寄与すると信ずる。信頼を裏切るでないぞ……」
ぞっとした。この勲章が、自分には過大である、そう言っているように聞こえた。それでもそれを与え、奮起に期待すると言っているのだ。それもおそらく、ハルデとフォルキリエの嘘と、目論見を知った上で……!
「はっ、ははっ! 微力を尽くします!」
アールグレアは再び、皆に聞こえる声で続けた。
「あとで、貴卿には民に対して演説を行ってもらう。頼むぞ」
「はっ」
「ヴォルテーラ卿には、本勲章に加え、『救世主殺し』を名乗ることを許し、所属する第16対戦車騎士隊に『救世主殺しの担い手』の名を永久に授与するものとする」
勲章を得ることは当然として、二つ名を名乗ることを許されるというのは、滅多に得られない名誉であった。現在生存している二つ名持ちの騎士はわずか3名のはずであって、そこに4人目として加わるのである。また、騎士隊が固有の名を賜るというのもまた大変な名誉であった。このような騎士隊は、戦時編成が解かれた後も、どこかの騎士団に編制され、残り続ける定めであった。
アールグレアは宰相から『救世主殺し』の証となるワッペンと、『救世主殺しの担い手』の隊旗を受け取り、ハルデに手渡した。ハルデはそれを受け取る。
「かの栄えある騎士の、更なる奮励努力に期待するものである!」
皇帝アールグレアの宣言の後、人々は新たな『英雄』の誕生に沸いた。王侯達は、貴族達は、騎士達は、民衆達は、彼をそうやって迷いなく奉じるのだ。本人の焦燥など当然埒外であり、彼は否応なくその道を歩み始めたのである。




