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クローネト・クローネタ! トリエストラスタ騎士物語  作者: フローランス
第3章

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16/21

屋敷

 ハルデ達は、荷物を引きずりながら、迎えに来ているはずのヴォルテーラ家家令・カミルの姿を探していた。


「相変わらず、すごい人だな」


「手を離さないでほしいっす! 絶対迷子になる!」


「わかったから、引っ張るな!」


 戦場で遠くを見るときと同じように目を凝らすと、スーッと視界が開けていく。睨まれていると勘違いしたらしい人々が、視線から逃れようとしていた。


 程なくして、伯爵家の家令としてはやや粗末だが、決して貧相ではない服装のカミルが、馬車の前で待っているのが見えた。


 近づくと、彼は恭しく礼を取った。


「ハルデ様、よくお戻りで」


「カミル、心配をかけるな。少しやつれたか?」


「私のことはご心配召されますな。ハルデ様こそ、精悍になられたようで。そちらは?」


 カミルは、不思議そうな顔でマキネカラビナを見ていた。


「彼女は、マキネカラビナ・ストリケパイラン。我が同僚の義勇騎士だ。しばらく、世話をすることになった。問題ないだろうか?」


「マキネカラビナです。マキと呼んでください。よろしくお願いするっす!」


 彼は、それを聞くと、笑顔を見せた。


「マキ様でございますね。ドージェ様はお喜びになりましょう。何しろ、ハルデ様が女性を連れてくる日がやってきたのでございますから」


「俺と彼女はそういう関係ではないからな」


 そう言って釘を刺す。


「いえ、そうではなく……ハルデ様は女性がお苦手でいらっしゃいましたから」


「それは、そうだが。とにかく、トクルウィーシエ伯爵邸に向かおう」


 ヴォルテーラ家は所領であるガールマルフラ領を失陥しており、収入のほとんどを失った。明日の糧も怪しい、備蓄金を切り崩す日々。それゆえ、ほとんどの使用人にいとまを出し、帝都の屋敷を手放した。そして前述のように、ハルデの母ミュリエラは親戚であるトクルウィーシエ伯爵の屋敷に身を寄せていた。


 馬車の中から見る帝都は、一見して戦争前と変わらないように見えた。


 歩車分離の広い道路、上下水道、街路灯……帝国全土には決して行き届いていないようなインフラが、すべてそろった夢の都市。当初からの計画に沿って整然と進められた計画都市、すべての人族(ユマナ)を抱擁するための都、ユーレスユマニア(人族統一の都)


「不思議な感じっすね、前線はあんなに埃と泥まみれなのに、帝都はきらきらしてる……」


「帝都がきれいなのは、まだ戦う余力があるということさ」


 トクルウィーシエ伯爵邸は皇宮に近い、やや古めかしいデザインが目立つ、神聖ミルキリア王国貴族の邸宅が集まった区域にあった。


 邸宅の門を過ぎ、しばらく進むと、正面扉前のロータリーの中央に、両手に杖と槍を持った、大きな石像が見えた。


「聖ミルディールよ、貴方を讃えるこの家に叡智を与え、繁栄を齎さんことを……」


 ハルデがいつもそうするように、聖人に祈りをささげると、マキネカラビナは首を傾げる。


「たまにそういうのを唱えてますけど、聖ミルディールっていうのはどういう……人、なんですか? あの石像の人なんですよね?」


「ああ。500年ほど前、まだ連合帝国が無かったころのミルキリア聖王だ。当時、軍国主義を推し進めていたグランヴェール王国が西方に侵攻した際に、叡智をもってこれを打ち払ったとされる英雄だ。軍の指揮官でもあり、偉大な魔法使いでもあったが、実は結構気弱な方だったという噂もあって、少しだけ親近感が――」


 ハルデが饒舌になりだしたころ、馬車は止まった。


「……もし、気になるのであれば、また今度話そう」


「そ、そうっすね、また今度」



 大扉が開き、中に招かれると、室内にもかかわらず、未だ太陽の下にいるかと勘違いするような、明るい応接間に通される。魔素と法素を吸った家庭用魔法動力機関が、煌々とした明りを室内に提供するのが、帝都の富裕層の日常であった。


 金糸の刺繍を施された上等な衣装の青年と、同じく上品な桜色のドレスの妙齢の女性、小さな子供の男女が2人、そして少々くたびれた藍色のドレスを着た年嵩の女性が待っていた。


「まずは、トクルウィーシエ伯爵、伯爵夫人。滞在を許してくださったことに感謝申し上げます」


 年若い2人、トクルウィーシエ伯爵ドージェ・レイズとその夫人シルシエ・レイズに恭しく騎士礼をすると、マキネカラビナもそれに続いた。伯爵と夫人は宮中式の礼を返す。


「あまり堅苦しくしないでくれ、ハルデ。僕らは再従兄弟なんだから、苦しい時は頼ってくれていい。シルシエも、人が多いほうが喜ぶ」


 そう言って伯爵が夫人に目をやると、彼女は頷いた。


「わかった。とにかくよろしく、ドージェ兄さん。レクダノ、エウレラも元気だったか?」


 ドージェの長男レクダノは力強く頷いた。同長女エウレラは母シルシエのスカートに隠れてしまった。


 子供たちの様子を見ていると、心が凪いだ。これを守っていかなければならない、騎士として。しかし、この後に、心を再びざわめかせる再会があるのであった。


「それから、母上……ご壮健そうで何よりでございます」


 残った年嵩の女性――ハルデの母、ミュリエラは小さく頷き、踵を返した。


「母上……」


 ヴォルテーラ親子の様子を見て、ドージェは肩をすくめた。それから、彼は緊張で固まっていたマキネカラビナの方を見た。


「そちらは?」


「こちらは我が同僚にして義勇騎士、ストリケパイラン義勇卿マキネカラビナです。同僚のよしみでここに泊めてほしいのだが、どうだろうか」


 そうハルデが尋ねると、彼は軽く彼女を品定めするような目線をやった後、頷いた。


「承知した。ストリケパイラン義勇卿、我が家と思って寛がれてください」


「お、お世話になるっ……なります!」


「そう、堅くならずとも結構ですよ」


 そう言って、ドージェはマキネカラビナに甘く笑いかける。それを、夫人がじっとりとした目で睨んでいた。


「ともかく、部屋に荷物を置いて、旅装を解いてきたまえよ。案内させよう」



 自身にあてがわれた部屋に荷物を置いて、服を着替えたハルデ。彼は母・ミュリエラに呼ばれて、その部屋を訪れていた。


 彼はこの母が苦手だった。ただひたすら彼に厳しく接し、彼が女性を苦手になった原因であった。彼は母に愛されていないと思っていた。


 緊張に体を硬くするハルデ。母はいつも、何か突拍子もないことを言い出して、息子を惑わせるのだった。


 テーブルを挟んで対面のソファに座ると、ミュリエラは単刀直入に切り出した。


「ハルデ、お前はいつになったら孫の顔を見せてくれるのかしら」


 ハルデは面食らった。


「は……?」


「私は、後継者をどうするつもりかと聞いているのよ」


 すました顔のミュリエラの発言に、困惑を隠せなかった。


「いや、後継者も何も、婚姻もしていないのに」


「それを、早く考えなさいと言っているのよ」


「その辺からそういう話が生えてくるわけでは……」


「お前は伯爵家の当主なのよ! ちょっとは考えなさいな!」


「そんなことを言われても、俺は騎士で」


「騎士だったらなんだというの!」


 だんだんと語気を強めるミュリエラに、ハルデも過熱しだす。


「ですから、今婚姻して、わざわざ未亡人を生むような真似が、できるわけないではありませんか!」


「お前が騎士をやめれば、そんな心配はないではないの!」


「この連合帝国危急のときに、騎士が騎士団を離れるなど!」


「伯爵家だって危急のときだわ!」


「連合帝国がなくなったら、伯爵家だって終わりです!」


 ヒステリックに髪を振り乱して叫ぶミュリエラに、目を瞑り、さらに大きく声を荒げるハルデ。


 ひとしきり言い合って、一呼吸置くと、ミュリエラは静かに続けた。


「とにかく、後継者のことはしっかりと考えて頂戴。この件をどうこうできるのはお前しか……はっ」


 ミュリエラは再びハルデを睨み、震えだした。


「はい……?」


「お前、もしかして、今日連れてきたあのちんちくりんと一緒になるつもりではないでしょうね!」


 一瞬、何の話か分からなかったが、どうやらマキネカラビナのことを言っているようだ。


「いや、彼女は騎士の仲間で、そういうものでは」


「あんな何処の馬の骨とも知れない、ちんちくりんの田舎娘が嫁いで来でもしたら、伯爵家はおしまいだわ!」


 仲間を悪く言われて、頭に血が上り始める。


「母上! それ以上マキを侮辱するなら……!」


「侮辱したらなんだというの!」


「騎士として、仲間を侮辱する者は、誰であろうと許しはしません!」


 ハルデは、生まれて初めて、母親を睨みつけたのであった。


 ミュリエラはまだ何かを言おうとして、しばらく口をパクパクさせていたが、次第に険がとれ、しまいには笑いだしてしまった。


 ハルデは困惑した。


「母上、いったい何を笑って……!」


「あはは、ハルデ、お前……そうやって人を睨んでいると、クロン様によく似ているのね」


「は……え……?」


 ミュリエラの、先ほどまでのヒステリックな印象は鳴りを潜め、優しい声色で語りだす。


「気弱なのに、困ったり、緊張しているときほど相手を睨みつけて……私に求婚するときだって、怖い顔で睨むものだから、何か、私の悪事でも告発する気かと思ったんだから」


 ハルデは、母は昔を懐かしんだりしないのだと思っていた。いつも、『今がこうだから将来はこうなる、だからこうしなければ駄目だ』と、そういうことばかり言っていたのだから。恐る恐る、尋ねる。


「悪事を、したんですか?」


「しないわよ、悪いことなんて。私を何だと思っているの」


「そう、ですか」


 思えば、母が優しい声でハルデに話すのは、物心ついた最初のころ以来で、父の昔の話をハルデにしてくれるのは初めてだった。


「はぁ。私は、お前にはいつも厳しくしてきたわね。クロン様がそうしろと言ったからそうしてきたけれど、もしかしてお前には悪いことをしたかしらね」


 ミュリエラは遠くを見つめた。


「騎士は……騎士団というのはいつも、私の大切なものを根こそぎ奪っていくわね、『必要だから』と言って……クロン様だって、お前だって……」


「大事な、もの……」


 ハルデは、自分の心の中の『女性』と、少しだけ和解しなければならないと思った。


「そういえばハルデ、お前、最近ブレヴフェンシア辺境伯様とご懇意にしていただいているそうね?」


「え……?」


 確かに、前線から帝都まで同道したものだが、それを母が知っているものだろうか。今一つピンとこなかった。


「この間から、私宛に手紙が届くようになったわ。お前を騎士団で使いたいとか、事業に使いたいとか」


 フォルキリエは軍需産業や出版業をはじめとするいくつもの事業を経営しており、辺境伯家はそれら事業から莫大な利益を得て、連合帝国でも最も力のある家の1つであった。


「辺境伯様の機嫌を損ねないように、くれぐれも気をつけなさいね。我が伯爵家の助け舟にもなれば、致命傷にもなるわ」


 ハルデは若干の動揺を、無理やり押し込めた。まさに、そういうやり取りをしたばかりだったからである。


 ミュリエラは立ち上がる。文机のところに向かい、引き出しから手紙を取り出すと、ハルデに手渡した。


「前に、私宛の辺境伯様からのお手紙に、お前がどれだけ騎士団に必要かって、5枚に渡って延々と書かれていたわ。あの方にそれだけ言われたら、撥ねつけるわけにもいかないわよね。本当は嫌なのだけど、お前は騎士団の要請に対して、きっと首を横に振りはしないわよね」


 ハルデは手紙の内容を確認する。差出人は予想通り、ブレヴフェンシア辺境伯フォルキリエであった。


「パーティへの参加要請、マキも一緒に……? まだ日はある、か。この手紙については騎士団としての要請ではないですね」


「騎士団の要請にしろ、そうでないにしろ、あの人の言うことをちゃんと聞いて、伯爵家にとって有益な関係を結んできなさいね」


「は、はい。何とか考えます」


「そうして頂戴。はあ。あとで、そのマキ……なんとかさんをここに呼んで頂戴」


「なぜです?」


「いいから。悪いようにはしないわ」


 信じていいものか一瞬悩んだが、大丈夫だろうと思い頷く。そしてハルデは、扉を開いて部屋を辞した。

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