帝都行き臨時列車第11便
フォルキリエは、見覚えのない、縫製の良さそうな服を着ていた。白を基調とし、ところどころ紫色の生地が見える、ぴっちりしていながら動きやすそうな服装。それは皇宮の近衛騎士の制服(近衛騎士は皇帝の警護用に編成された、特別扱いの騎士であった。当時、このような制服を着ているのは近衛騎士だけだった)を思わせる服装であった。彼女の傍に仕えている騎士もまた、白を基調に深緑を用いた色違いの服を着ているのだった。
彼女はこちらに気づくと、カップを置き、手を振ってきた。無視するわけにもいかず、会釈をして近づく。十分近い距離まで来たところで、正式に敬礼をすると、彼女の方も立ち上がって答礼した。
「ヴォルテーラ卿、マキさんも。招聘に応じて下さり、感謝します。あなたと同じ馬車の傷病者が乗ったら、確認を済ませてから出発します。あなた方はわたくしとともに指揮車両へ」
「いえ、通常の車両の隅で……」
ハルデはフォルキリエと同乗せよと言われると、気まずさが勝った。控えめに隅の車両を指差して主張する。
「ここだけの話、わたくしは『貴方がたを』待っていました。それなのにあなたはわたくしと一緒に乗るのは嫌だとおっしゃるのですね……わたくし、さすがに寂しくなってしまいます」
顔を伏せて泣く(真似をしているだけだろう)彼女。ハルデはなぜだかそれを無視できなかった。小さく溜め息をつく。マキネカラビナをちらと見ると、指揮車両に興味津々とみえる顔をしていた。
「はぁ。わかりました、ご一緒しましょう」
それを聞いて顔を上げた彼女は、朗らかだった。
「たいへんけっこうです。彼らをすぐに指揮車へ。すぐ飲み終わるので、出発準備に取りかかってください」
彼女の宣言が周囲の慌ただしさに拍車をかけた。ハルデとマキネカラビナの2人は、フォルキリエの側近に導かれて列車に乗り込む。振り返って見ると、彼女は立ったままカップを呷り、カチャンと音を立ててソーサーに置いた。
今回の列車は、先頭に魔法動力機関車、その後ろに計6両の客車の真ん中に1両の指揮車が挟まり、後尾に4両の貨車がつながる、12両編成であった。これは当時としては大型の列車編成であった。この編成はおよそ500名の人員を運搬可能だった。
ただ、貨車には復路の荷物がなく、ここに騎士を詰め込んで、さらに多くの人員を後方に移送する計画となっていた。
魔法動力機関車は、文字通り魔法動力機関を搭載した鉄道車両だった。魔法素使用には優先順位がつけられ、制限がかけられることが多かったが、機関車はその経済性から優先順位が高く、戦時でも一般的に用いられていた。
給水や給炭は不要で、現地の魔法素を利用して駆動した。煙は出ない。当然、給水・給炭目的では停車せず、目的地に到達したときや、食料補充などの必要があるとき、乗員の交代の時に停車するのだった。
2人はフォルキリエに先駆けて、側近とともに指揮車に乗り込んだ。
指揮車は1車両の中に大部屋1つと小部屋2つの計3部屋で構成されていて、中は極めて豪華な内装となっていた。これは、騎士達の指導者たる騎士団長が、前線において冷静な判断力を保つため、ストレスを極力減らすべく努力した結果……ではなく、単に絶大な権力を保有するブレヴフェンシア辺境伯フォルキリエの趣味の賜物であった。
しかし、後に前述の目的のため、そこから豪華さを排除した、しかしスペースが広く乗り心地の良い車両が開発され、指揮車両として運用されることとなる。
外装については、他の車両と見分けのつかない作りとなっており、指揮車両が狙われないための彼女のこだわりであった。
「まるで高級宿みたいな車両だな」「ほえー、すごい……」
部屋の中央には、円卓が1つと椅子が4脚据え付けられている。進行方向向きの椅子は、他の椅子よりも良さそうな設えをしていた。
車両前方の壁には術式魔法コンロ付きのキッチンとカウンターが備え付けられ、そこそこ本格的な料理さえできそうだった。後方にはトイレ室と浴室があり、左側の車窓のない部分(外見にはダミーの車窓が取り付けられている)は、壁から簡易ベッドが引き出される仕組みになっていた。この車両だけでも生活できそうな作りだ。
また、彼らの前に、2人の従士が乗り込んでおり、不動の体勢で警備に当たっていた。彼らに略式の敬礼をすると、彼らは正式な敬礼を返した。
側近が、ハルデ達に椅子を勧める。側近が先に座り、背もたれについているひじ掛けを下ろすのを見て、それに倣った。
「その、座っていてもいいのでしょうか。ええと……確かコルナ村にもいらっしゃいましたね?」
ハルデがそう言うと、側近は頷いた。
「コヴィト・グランカレだ。ブレヴフェンシア卿の参謀をしている。貴卿等のことは良く調べてきているので、紹介はいらない」
「調べている?」
「そうだ。閣下は貴卿を……特別に遇されるおつもりだ。後で閣下ご本人からお話がある」
「特別に、とは?」
そう尋ねたが、彼は目を閉じ、それっきり口を利かなかった。マキネカラビナも、緊張した様子で黙っていた。
気まずい雰囲気が流れる中、しばらくして、フォルキリエが略礼をしながら指揮車に乗り込んできた。
「お待たせしました。なんですか、この空気は。あ、そのままでいいですよ」
そう言って彼女は、空いている、良い設えの席に座った。おそらく、そこは彼女の指定席なのだろう。
「さて。彼らに何まで話しました?」
彼女はグランカレ卿に向かってそう切り出した。彼は黙って首を振った。
「はあ、そんなに反対しなくてもよいですのに」
彼女は少しの間彼を睨んだが、彼が反応しないのを見て、吐息を一つついた。それから、ハルデを真っ直ぐに見つめた。
「ヴォルテーラ卿は、わたくしのお願いを聞いてくださいますか?」
「さあ。内容によると思いますが」
当然、この段階で、ハルデには判断はつかなかった。ただ、実直そうなグランカレ卿が反対している様子で、嫌な予感がした。
フォルキリエは従士たちに目配せする。そうすると従士たちは席についている4人のためにお茶を入れて、それから敬礼をして部屋を出て行った。扉が閉まって、少し時間をおいてから、彼女は口を開いた。
「ふふ。では、そのお願い事なんですけれど……わたくしの英雄になってくださいませんか?」
「えっ?」
「わたくし、貴方がたが見つけてくださった、あの魔法陣のお話の責任者をやっているんですけれど。竜のことを前から気にしていたんです。もし本当にそれが見つかって、騎士団中で大騒ぎになったら面倒だと思っていて、でも……あなたが、ほんの数人の仲間と一緒に、その竜を倒した」
「いえ、あれは竜では……」
「竜なのです、誰が何と言おうと。もう、事実を知る方々にも話はつけてあります。あなたは竜さえ殺す騎士として名を残す。わたくしは貴方のことを皇帝陛下に推薦し、貴方は二つ名を賜る英雄となる。わたくしは強力な盟友を手に入れる……そういう手筈なのです。もう、陛下にはあなたへの叙勲の申し入れを行っていて、受理されています」
皇帝に対する、『騎士に二つ名を与える叙勲の申し入れ』というのは、相当の功績を積まなければ俎上にも上らない審議だ。それが、自分のような新人騎士のために、すでに行われているというのは、信じがたいことなのであった。
「な、なんですって?」
「あなたが竜殺しの英雄として遇されるのは既定路線となっているということです。ただ、手続き上の問題で、名目上は『竜殺し』ではなく『救世主殺し』と呼ばれることが決まっています」
「え、ええ……いくらなんでもそれは、人々を愚弄しているのでは。陛下はそのことをご存じなんですか?」
一般の民草に対して嘘をつき、誤魔化す、というのであれば、よくある話かもしれないと思った。ただ、皇帝を謀るとしたら、それはとんでもない暴挙だ。
「どうだと思います?」
「それは……」
彼女の目を見つめる。何か読み取れるのではないかと期待したが、その目はまるで透明なガラス玉かのごとく、何も映していないように見えた。
「わたくしたちには、英雄が必要です。それが本物であろうと偽物であろうと……わたくしたちが魔族どもを追い返すためには、英雄の支援が必要なのです」
「私にはそんな力などありませんよ」
「これから、そういう騎士になってくれればよいのです。もちろん、タダでとは言いません。伯爵家も事情が厳しいでしょうから、それに関して我が辺境伯家から支援を致します」
「まあ、厳しいのは確かなんですが……私は反対です。陛下と国と民とに嘘をつけと、本気で仰るのですか?」
「嘘をつくのはわたくしで、あなたは利用されるだけ、としたら?」
「それでも納得いきません」
「では、お願いではなく、命令だったら?」
「承服できかねます」
しばらく睨み合い、やがてフォルキリエは、慈愛さえこもっているような微笑みを浮かべ、俯いた。
「驚くほど頑固ですね。素敵なことです」
ややあって、彼女は硬い、機械のような表情で、顔を上げた。
「では敵対的な方法について考えますか。コヴィト、ガールマルフラ伯爵家を干上がらせるのに、どれくらいかかりますか?」
そうフォルキリエが尋ねると、グランカレ卿は怒ったような声で答えた。
「閣下が本気でなさるのであれば……2日もあれば、彼の家が、いつ、どこに、何を、どれほど積もうとも、何も買えなくできましょう。ただ、そうやって、言葉を尽くした説得をする前に、裏で手を回したらと言って脅すのをやめた方がよろしいと、何度も申し上げているはずです」
「そうですね、それは何度も聞いています。ただ、わたくしは本当に欲しい時にしかそういうやり方は口にしません。さて、ヴォルテーラ卿。どうなさいますか?」
時折噂に出てくる、急に没落した貴族の話も、こうやって生み出されたものがきっと少なくないのだろう。冷や汗が止まらなかった。彼女にこうやって詰め寄られて、拒絶できる人族など、この連合帝国にはそう居はしないのだ。
母の顔が思い浮かぶ。父とともに、自分に厳しく接し続けた母。苦手だった母でも、ハルデにとっては大事な家族であり、その顔が苦悶に歪むのを避けたいと思った。
「ここに呼ばれた時点で、こういうこともあるのかもしれない……とは思っていました。はあ……できる限りのことをしましょう」
そう言って、ようやく承諾すると、フォルキリエは破顔した。
「ふふ、うれしいです。ガールマルフラ伯爵家には恩がありますから、何かのタイミングで恩返しをしたいと思っていたんですよ。すでに名誉は約束していますが、他にも入用でしょう。お金、それとも物品……いえ、もしかしたら婚約者とかかしら」
「わ、私は当面どこかと婚姻を結ぶつもりは……」
「無いんですか? わたくしの妹とかどうです? そういう婚姻関係で盟を結ぶのが、わたくしとしては手っ取り早くてよいのですが」
「いえ……」
貴族の論理としては、よくわかる話ではある。家と家の、もっとも原始的で強い結びつきが、婚姻関係であった。ただ、ハルデの考えでは、一生を共にする相手を、手っ取り早く、かつ政治的に選ぶつもりはなかった。そういう意味で、ハルデは却って『俗』(庶民的、程度の意味)であった。
「そうですか。では金品で……」
「それも、うーん」
「直接的な経済援助はうれしくない?」
「そうですね、我が伯爵家にというよりは、避難している領民に対して、十分な手当てができないのを気にしています……領民のための就職斡旋とか……いや、制度上難しいとはわかっているんですが」
連合帝国の各領地の領民は、住民登録された領地の仕事をすることが決まっていた。帝都に避難している帝国直轄領以外の領民は、通常は帝都の仕事に就労できず、例外的に元の領主が帝都で執り行う事業の仕事にのみ、従事することができた。また、昨年の臨時議会で、帝都の東の開拓事業(つまり、極めて重労働な、日払いの野良仕事)については、避難民が従事することが許されていた。
「ふむ。例えば、あなたが帝都に事業を持っていれば、それに対して発注をかけるくらいは容易です。ただ、法を超えるようなやり方は難しいでしょうね」
「皇帝陛下と国と民にウソをついて、ずるをして二つ名を得るのは簡単なのに、っすか?」
そう言って、マキネカラビナがいじけたような声で口を挟んだ。
「戦果の勘定については、わたくしたちの専心事項ですから、そういうこともできます。ですが、内政については手強い官僚たちがいますから、あまり無理は効かないものなんですよ。そして、我が家はそれでもいろいろ口出しを許されている方なのです」
マキネカラビナは机に手をついて立ち上がった。
「そんなの……そんなのかっこよくない! 騎士はかっこいいのに……!」
「二つ名持ちの騎士、格好良いではありませんか」
「ちゃんとした方法でもらわないと、そんなのって」
そう震えるマキネカラビナに、フォルキリエは厳しい口調で告げる。
「いいですかマキさん。我々の世界には、『受けるか断るか選べる話』と、『どう受けるか選ぶしかない話』とがあります。今回のヴォルテーラ卿は後者だった。これは、わたくし自身が事を急ぐしかないため、そういう形に致しました。何しろ、わたくしたちが賭けているのは、連合帝国の命運なのですから」
「連合帝国の、命運……」
「そうです。今の騎士団では、魔族を倒し、帝国の領土を取り戻すことなどできない。だから、騎士団を改革し、これを可能にする。たとえ、その改革の結果、そして戦いの結果……」
そこまで言って、フォルキリエは目を細めた。そして、再びしっかりと見開き、机をたたき、語気をさらに強めた。
「騎士が滅びようとも、連合帝国は滅びてはならないのです!そのための十分な時間がわたくしたちにはありません。だから、ヴォルテーラ卿には無理にでも協力してもらう。わかりますか? わたくしだって、皆とともに、誇らしく、格好良い騎士でいたいのです。ですが、時局はそれを許さない……!」
「うぅ……」
一騎士団を率いる者の迫力が、そこにはあった。マキネカラビナは力なく座り、フォルキリエは姿勢を正した。
「わたくしは、やる必要があることをやります。あなたも、ヴォルテーラ卿を助けて、この戦いが、我々の都合の良いように終わるよう、力を尽くしてください。よいですね、マキさん?」
「わかり、ました」
マキネカラビナは、膨れ顔のまま、小さく頷いた。
こんこん、と扉が叩かれる音がした。フォルキリエが入室を促すと、従士が「出発準備が整った」旨を伝えた。彼女が一言、「出発」と号令をかけると、列車は動き出した。
2025/12/22:表記ゆれの修正。




