頂を目指す者
2025/12/13:この話の周りの展開のために、前話の最後の方を加筆しました。
2025/12/15:読者の皆様によりよく楽しんでいただけるように、この地域の地図を用意しました。本話のあとがきに追加しています。
――カルドルナラ渓谷・魔族軍キャンプ――
カルナラ山――カスカフドーミル領の南、ミルカウ市の南西、山中にコルナ村がある――の西のふもと、さらに西にあるドルーナ山の間、カルドルナラ渓谷の付近に、キャンプが設営されていた。ここはまさに、広大な人族領域・トリエストラスタ連合帝国を攻める魔族の尖兵たちの、一時的な住処であった。
魔族がアプティル 族軍、人族が魔族軍と呼ぶ軍隊の、一軍の将であるアヴドニは、督戦のためにここを訪れていた。
アプティル族軍は、魔族の帝国において支配的な地位を占めるアプティル族(人族が『魔人族』と呼ぶものたち)による軍隊の総称であり、その中核としてアプティル常備軍、加えてアプティル族の市民・農民・労働者などから召集されるアプティル召集軍、さらに魔狼族や卑竜族、巨人族などの召集軍や傭兵を配して構成された。
各軍の編成から指揮まで、あらゆる指導を、複数ある各アプティル部族の族長が部族毎に行うこととなっていた。軍同士の協力は大抵限定的で、魔族全体の長である魔族帝の要請のもと、各族長が個別に目標を設定して動くことが常であった。
アヴドニの軍の主力はコルナ村の南の山向こうを大回りでミルカウ市を目指して進軍しており、配下に任せた別動隊で問題が発生したと聞いて、わざわざここまで来たのであった。
天幕の中で、アヴドニは椅子に座り、部下と話をしていた。
「先日、山上の戦で敗れ、イニケレが討ち死にしたと聞いたが」
イニケレは、アヴドニの12人いる弟の1人だった。戦車が好きで、部族の戦車を勝手に持ち出しては乗り回す、お調子者であった。今回の戦役で、彼は戦車を与えられ、部隊を率いていたのであった。報告によれば、連合帝国の勇敢な騎士たちによって撃破され、敗死したということだった。
部下の男は極めて大柄だったが、縮こまってアヴドニにひれ伏していた。
「はっ、面目次第もございません。わしがついていながら……つきましては腹を切って」
「そんなのはいらん。次回勝てばよい。そして最終的に負けたときに腹を切るのは我だ。我が責任を横取りするな」
「はっ、ははっ」
「しかし、イニケレは……間抜けな男だった。功名心が強すぎて、身を滅ぼしたのだ」
アヴドニは思案する。彼は今戦役において、常備軍はもちろん、召集軍・傭兵にも、略奪を禁じていた。これは、現地の人族に生産活動を続けさせ、その物資でもって戦争を続けるためであった。これは、魔族が略奪時に、大抵の奪えないもの(大型の設備など)は破壊してしまうゆえの措置だったのだが、これによって彼の部隊全体の士気は徐々に低下していた。魔族は伝統的に略奪を好んだ。戦争とくれば略奪なのであった。
イニケレも、士気の低下について気にしていたと聞いている。それゆえ、小規模でも勝利を得て、士気を向上させるつもりだったのだろう。弟の死に、彼は感傷を抱かなかったが、貴重な戦力を消耗したことが気がかりであった。
彼も、この戦争が魔族にとって一般的な『生活のための戦い』であれば、略奪を全面的に許したはずであった。それであれば、気軽に帰ってこれるところを攻めて、物を奪い、帰ってくればよかったからである。ただ、今回は事情が違っていた。
『トリエストラスタ連合帝国の帝都に、軍隊を率いて最も早くに到達した者。これを次期魔族帝とする』
体の弱りつつある現魔族帝のこの言葉が、魔族をこの長い戦争へと駆り立てた。あらゆる部族の軍が、我先にと連合帝国の領域の奥深くにある、帝都<ユーレスユマニア>を目指していた。アヴドニは自軍の進軍を円滑に行うため、『現地の人民に協力させる事』を選んだのである。それが、人質を用いて脅すことであれ、協力させるのに変わりはないと思っていた。
魔族の領域から人族の領域へ、軍隊の物資補給を行うには、『海』(魔族は単にこう呼ぶが、人族はこのマケトゥキア・カリノヴェイルの間の海をマクカリ海峡と呼ぶ)を超えて海上輸送をする必要があり、その負担は相当に重くなることがアヴドニには想像がついた。そのため、単に現地から略奪するのではなく、『現地で作って調達する』方法を試みることにしたのだ。
その方法を実施するにあたり、「『現地の、貴族と民のつながりの強い土地』を素早く攻め落とし、その貴族を利用して、民に生産活動を続けさせる」というやり方を採用した。そして、今のところ、これについてはうまくいっている。彼はそう判断していた。
現に、今戦士たちが食んでいるのは元々の連合帝国の民が育てたダージル(ミルキリアで広く栽培される麦様の穀物)を挽いた粉から作られたジルバル(パン様の食物)であり、そして戦士たちが振るう武器もまた、彼らの鍛えた剣や斧であった。
ちらりと左を見ると、天幕の反対側の隅に、仮面をつけた鎧の男がいる。彼こそが、『利用されている現地貴族』なのだ。現在はアヴドニの軍の客将となっているのであった。
「ムスケス。騎士団というやつは、山上に我らを撃破できるだけの戦力を置けるものなのか?」
彼は仮面の男を呼び、連合帝国の言葉で語りかけた。だが、仮面の男は黙ったままであった。
「無事に帝都まで到達できれば、貴様の領民を安堵すると言っているではないか。なぜ黙っている? やはり何人か処刑すればよいのか?」
強情な男だ。彼は何か情報を引き出そうと声をかけるたび、一旦は無視しようとする。
「……私にも考える時間くらいは必要だ。普通はコルナ村のような小さな村にそんな部隊は配置しないだろうが、山越えでミルカウ市の南門を急襲されるのを嫌って、多少の守備隊を置く、というのが常識的なところだろう」
仮面の男は低い声でそう答えた。実はアヴドニは、彼の落ち着いた雰囲気と、自分に僅かばかりの反抗をするところを、殊の外気に入っていた。アプティル族の、ある部族の長となるべくして生まれ、大抵の場合傅かれて生きてきた彼にとっては、その反応が新鮮だったからであった。
「では、このところの、斥候さえ寄せ付けない活発さは何だと思う?」
アヴドニはなるべく早くこの山を突破したいと考えていた。近く、山の向こう、北の平原において、他の部族の軍が攻勢をかけると連絡があった(もし、ある部族の軍が抜け駆けをしようとして、仲違いし、結果同士討ちのようなことになるとしたら、『馬鹿馬鹿しい』と、魔族も考えていたそうである)。彼らより先にミルカウ市に到達できれば、そこの処遇で主導権を握れるという算段であった。
「自分では考えないのか? 頭を使わねば馬鹿になるぞ」
「貴様、アヴドニ様に向かって……!」
言葉の意味が分からずとも、その様子から、主人に何か無礼なことを言ったのだと思い、部下が仮面の男に食って掛かるのを、アヴドニは笑って止めた。
「フハハ! よい。考えてやろう……思うに、やつらはやせ我慢大会でも催しているのであろう。実はもう戦力はないが、元気のいいところを見せて、我らを少しでも押し留めようとしているのだ。どうだ?」
見えない仮面の奥の表情を推し量ろうと見つめると、仮面の男は舌打ちした。
「あくまで可能性の話だが、そういうこともあるかもしれん」
彼は、仮面の男の考えを見事言い当てたのだと思った。もしそうであるならば、次にすべきことは明白だ。
「戦士達を集めよ。我自ら、山上を攻める」
そう言った時、天幕の外、かなり遠くで破裂音が聞こえた。
「何の音だ?」
「この音は発煙発音弾だろうな。あんな古いものをまだ使っているのか」
仮面の男は苦々しい顔をして、天幕を出ていく。アヴドニも後に続く。
目を細めて見ると、遠く山の上に、わずかに青白い煙が見えた。
「何の合図かわかるか?」
「わかるわけがない。事前に部隊内で決めた符号に従って使われるものだ。単発であれば、私だったら『問題が起こった時』に使うようにすると思うが」
「ならばなおさら良い機会だ。重ねて命ずる、戦士達を集めよ」
――コルナ村――
夕方、山上の村に到着したアヴドニ率いるアプティル族軍は、拍子抜けした。そこにはもはや騎士団の姿はなかったのである。騎士団は村にあった家々を焼いて、その場を立ち去ったようであった。
「逃した、か……」
その場に残された、確かにそこに騎士団がいたという痕跡を注意深く見ていく。それは消そうと試みた跡ではなく、彼らが慌てて立ち去ったことを示していた。
「どれくらい経っていると思う、ムスケス?」
「なぜ私に聞く? 他にも部下はいるだろう」
「貴様の反応が一番面白いし、騎士団がどう考えるのかがわかってためになるからだ」
そう言うと、仮面の男は鼻を鳴らした。
「忌々しい……2時間くらいだろう。車両も騎馬も数がいないように見える。夜通し追撃したら、かろうじてミルカウ市の手前で手が届くかもしれん」
「それでは、追撃は無しだな。戦士達に勝利を味合わせたかったが、仕方あるまい」
アヴドニは手を打ち鳴らして、周囲の注意を引き、叫んだ。
「戦士達よ! よく聞け、いいか。ここをキャンプ地とする!」
魔族の戦士達は、少々不満げだった。ひたすら歩いて、戦いもせず、一夜を山上で過ごさねばならないのだ。
そこで、彼はこう付け加えた。
「この村には騎士団が残していったものがいくらかあろう! 今日はそれを奪ってよい! 先に手を付けた者の物だ!」
そう言われると、戦士たちは沸いた。我先にと、何か戦利品を手に入れるべく、散っていく。
これで多少は士気が上がるだろうと思っていると、仮面の男が近づいてきた。
「どうした、ムスケス」
彼は、何やら四葉の植物を差し出した。注意深く顔を近づけると、眩暈がした。
「ぐっ、何だこれは……!」
「やはりな。兵たちを止めた方がいい。これは魔族には毒だ。その辺にかなり咲いているぞ。焼き払わせるがいい。他にもどこかに群生地があるかもしれん」
アヴドニは、すぐに付近の戦士達に、この植物を焼き払うよう命じた。しかし、仮面の男が指差した付近の戦士達数人が倒れ、またアヴドニもふらついているのを見て、戦士達には動揺が走った。
「くそっ、こんな毒草のあるところにいられるか! 俺は山を下りさせてもらう!」
ある戦士がそう言い放ち、軽い恐慌状態に陥るものが出かけた時、アヴドニは不意に、眩暈に耐えて、ものすごい声量で叫んだ。
「ウォーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
戦士達は、その声に平静を取り戻した。彼らは普段の騒がしさに反して粛々と四葉の植物を焼却し、身の安全を確保したのであった。これは、魔族の中には『声の大きいものに従うと大抵のことはうまくいく』という信仰のようなものがあるためであった。彼は時折こうして、部下たちを引き締めるのであった。
その後、戦士達は仮面の男に詰め寄った。彼がアヴドニを害しようとしたと思ったようであった。手に武器を構える者さえおり、一触即発の空気が漂う。仮面の男はたどたどしい魔族語で「皆生きている」「知らずに放っておけば死人が出た」という旨の反論をした。
そこに、呼吸を整えたアヴドニは口を挟んだ。
「今回のことはムスケスのせいではない。いずれにせよ、誰も我の預かる者に勝手に手を出すことは許さぬ。皆、下がるがよい」
将にそう言われると、戦士達は渋々引き下がった。
「ふう……ムスケス、我に何かあったとき、貴様の領民を皆殺しにするという話を、忘れたわけではあるまいな」
「ふん。それがなければその首を100回は刎ねているところだ」
「そうだ。その殺気を放ったまま、我に仕えよ。戦いが終わったとき、お前がどうなっているのか、実に興味深い」
「約束を守ることだ。そうしなければ、お前をずたずたに引き裂いて、誰が死んだのかもわからない有様にしてくれよう」
焚かれ始めた篝火の炎に、仮面の男の目が閃く。アヴドニはそこに宿る剣呑さを楽しんでいた……




