探し物
ハルデは司令部に招き入れられ、マキネカラビナがあとに続いた。
テント中央に地図を広げた大きな四角い机が置かれている。騎士隊長であるマストック卿、彼の片腕であるトース卿と、あともう一人――見知らぬ顔、長身、長髪癖毛の、眼鏡をかけた学者風の男性――が机を囲み、地図を指差してなにやら議論していた。
ハルデ達が姿勢を正して敬礼すると、騎士二人も礼を返し、学者風の彼も、若干もたつきつつ頭を下げた。
「第16対戦車騎士隊、参りました」
そのままの姿勢でそう告げると、マストック卿が手を上げて制する。
「うむ、よく来た。楽にしてくれ」
ハルデ達が休めの体勢にはいると、マストック卿は話を始めた。
「ではまず……紹介から。こちらは帝都の魔法学院から派遣された魔法使いで、ノーダン・クラール殿だ。我らの任務に協力してくださる」
「よろしくお願い致します」「おねがいしまっ……します!」
挨拶で噛むマキネカラビナを見て、クラールは表情を緩めた。
「ノーダン・クラールです。魔法陣術師として魔法学院に所属しています。共に仕事に当たれることを光栄に思います」
「ご協力に感謝いたします、クラール殿。私は第16対戦車騎士隊長のハルデ・ヴォルテーラ。こちらはストリケパイラン義勇卿マキネカラビナです」
「緊張しているのが私だけではないようで、安心しました」
クラールはそういってマキネカラビナに微笑む。彼女も曖昧に笑みを浮かべた。
彼女の方を見ると、手を挙げていた。
「どうした?」
「えっと、質問、よろしいでしょうか」
クラールはマストック卿を一瞥する。マストック卿が頷いてから、自身も頷いた。
「どうぞ」
「すみません、魔法陣術師、というのは?」
「魔法陣術は魔法術式のご先祖で、術式魔法のように文字列ではなく、図形を主に利用して魔法術を行使する形式です。通常、魔法使いはどこでも魔法術を行使しますが、魔法陣術には魔法陣が必須です。私はその専門家なので、魔法陣術師と名乗っています」
「わかりました。ありがとうございます」
マキネカラビナは深く頭を下げて礼を言った。クラールも応じて頭を下げる。
「いえいえ。さて、早速本題に入っていただいても?」
クラールはマストック卿のほうに手を差し伸べて、そう促した。
マストック卿はその場の全員の顔を見回し、一呼吸おいてから、頷いた。
「クラール殿も急がせてすまないが、そうさせてもらおう。任務の話だ。第16対戦車騎士隊にはこれより、クラール殿と組んで……あるものの捜索に向かってもらう」
ハルデはマストック卿の歯切れの悪い言いようを疑問に思った。
「あるものとは?」
そう問うと、クラールが眼鏡を抑えて答えた。
「20メートル超級の魔法陣です、国家機密の。それを封印する、というのが我々の仕事となります」
「国家……」「機密……?」
ハルデとマキネカラビナは一瞬目を見合わせる。彼女の目が好奇にきらめく。ハルデの胸には不安が滲んだ。
「それは、我々の手に負えるものなのですか?」
ハルデは当然とも思える疑問を口にするが、マストック卿ははっきりと頷いた。
「心配する必要はない。手に負えるように、クラール殿に来ていただいたのだからな。もちろん、これらに関する情報は高度な機密ゆえ……今後、機密指定が解除されるまで、その存在、場所など、一切他言無用だ」
マキネカラビナが唾を飲み込むのが分かった。ハルデはなるべく気づかれないように深く呼吸をする。
「十分気を付けます。それで、場所は」
ハルデは、重要なことを聞き逃すまいと、耳をそばだてる。
「北側の捜索は他の騎士隊により概ね済んでおり、こちらでは目標は発見されていない。ゆえに、貴卿らには南側、地図でいうと、このあたりの山間を捜索してもらおうと思っておる」
マストック卿が差す山間を思い浮かべる。途中から急激にきつくなる山肌だったはずだ。
「我々は、目標の大きさを考慮すると、それは地下、例えば洞窟、それも人工洞窟のようなところにあると考えています」
そう、クラールは補足した。山の中の洞窟を発見し、潜る必要があるということだ。
「目標は大量の魔法素を必要とすることが見込まれますから、周囲の魔法素が薄くなり、それによって探知ができるかもしれません。これについては私が調べます」
ハルデは頷く。
説明が止んだ。終わりかと思ったが、クラールは頤に手を当てて考え込んでいるようだ。
「他に何かありますか?」
そう促されると、クラールは思いもよらない質問をよこしたのである。
「この辺で、竜を見たことはありませんか?」
「竜?いえ……『卑竜族』ならまだしも」
そんな話があるだろうか。竜といえばその存在だけで伝説だ。魔族が使役しているという、体調10メートルほどの竜の近縁種であると噂される『卑竜族』でさえ、ハルデはまだ見たことがなかった。
「まあ、そんなものが近隣にいるとしたら、コルナ村防衛などと言っている場合ではあるまいな」
マストック卿も、懐疑的な様子だ。
「記録によると、はるか昔にこのあたりで竜を見たという通報がありました。その時は見間違いだとして処理されたようですが」
「その記録の竜に、捜索中に出くわすかもしれないと?」
馬鹿馬鹿しいと思いつつ、ハルデは尋ねる。クラールは『残念ながら』と言いたそうに首をすくめた。
「ええ、まあ。魔法陣の元の持ち主のことを考えますと、いないとは言い切れません」
「竜を従えるような、ということか?……一体誰なんです?」
「『偉大なるミルディール』、ミルキリアの聖人です」
その後も細かい打合せを続け、第16対戦車騎士隊と、随行者のクラールの3人でコルナ村南側の捜索が実施されることが決まった。
マキネカラビナは司令部を出ると、大きく息を吸い込んだ。早冬に入って、寒さは増してきていた。もともと寒いノストルキア出身の彼女でも、厳しく感じるようになっていたが、それが却って故郷にいるような安心感を彼女に与えていた。
彼女は、冒険が始まると思い、気分が弾んでいた。竜と出会うとしたら怖いが、冒険前から怖がっていては、かっこいい騎士にはなれないのだ。
ざくざくと、雪を踏む音。前を行くハルデが、彼女を置いて足早に進んでいくのに気づき、慌てて追いかけた。
打合せが終わってからのハルデは素早かった。第16対戦車騎士隊の野営につくなり、瞬く間に荷造りを済ませてしまった。
マキネカラビナはいつもと様子の違うハルデを不思議に思った。
「ハル、何をそんなに急いでるんすか?」
そう問うと、ハルデは何やら祈る仕草をしながら、こちらを見もせずに答える。
「聖ミルディールの遺構が見られるなら、早く見たい」
「な、なるほど」
(そういえば、いつもお祈りしてるのが、聖ミルディールだって言っていたっけ)。
信奉する聖人ゆかりのものを見られるかもしれない。そう張り切るハルデの事を、マキネカラビナは少し微笑ましく思った。
マキネカラビナは急ぎつつも自分のペースで準備を進めた。
(鎧よし、剣よし、着替えよし、ごはんよし、おやつも少し……もうちょっと持っていこうかな?)。
などと考えながら、程なくして荷物を鞄に詰め終える。
「準備は?」
「もう行けます」
ちょっと大袈裟に頷くと、ハルデは少しだけ心配そうな顔をした。
「では、確認だ。俺がお前の荷物を……」
そこまで言って、ハルデははっとしたあと、渋い顔をして考え込む。考えをなんとか読み取りたくて、マキネカラビナは彼の顔を覗き込んだ。ハルデは彼女の顔を見ると、少し赤面したように見えた。
「ええと、荷物について、クロスチェックを行っておきたいんだが、その」
彼はそういいながら、マキネカラビナから目を逸らした。
「何っすか?」
「お前は、見られたくないものとかあるよな?」
マキネカラビナは考え、「すべてのものを確認する」という、教本の原則に則るべきだと感じた。
「原則は原則なので、全部見せられるっすよ」
「いや、原則に問題があるかもしれない。見せたくないものは何か別の袋にでもまとめてくれ」
「見せたくないものってなんすか!」
そんな恥ずかしいものなど荷物にない、と思い、憤然となる。
「下着、とか……異性に見られるのはあまりいい気持ちはしないだろう」
ハルデは申し訳なさそうな顔で、絞り出すようにそう言った。
「っ~~~~! た、たしかに」
「あとで対応を司令部に問い合わせて、できれば不安感を減らせるよう、女性の騎士か従士を補充してもらうようにしよう」
「えと、ごめんなさい。気を遣わせて……」
「いいんだ、仲間のためなら」
数分後、マキネカラビナの荷物の確認は済んだ。彼女は追加で、ハルデが司令騎士隊から貸りてきた円盾を左腕に装備した。
「少し狙いづらいかもですけど、それ以外は大丈夫そうっすね」
「よし、マキのほうは大丈夫か。俺も対戦車投擲槍を1本は持っていこう。万が一相手が竜だとしても、剣よりは重い分効く、と……信じるしかないな」
そう言ってハルデから対戦車投擲槍を渡される。マキネカラビナは、槍を矯めつ眇めつ確認して、彼に返却した。
「何が相手でも、槍で何とかしてくれるって、信じてるっすよ」
何とか励まそうと思い、そう言うと、彼は頬をかいた。
「そ、そうか……却って落ち着かないな」
「たはは、そうっすか」
ハルデが鞄を背負い、槍を肩に担ぐ。2人の準備は整った。
「そろそろよさそうですか、お二人とも」
その場を離れていたクラールが戻ってきた。ハルデが応じる。
「もう行けます。そちらの準備は?」
「いざというときのために、携帯用の補助魔法陣を用意しました。魔法障壁と火炎放射、それと爆発がそれぞれ1回、使えます」
クラールが手にひらひらと3枚の布をはためかせた。それぞれに違った見た目の魔法陣が描かれている。
「普通の魔法術師と比べても、さほど不便そうには見えないのですが」
ハルデは疑問に思ったらしく、そう尋ねた。
「この布とインクは極めて高価なものですし、術を行使するのに時間がかかりがちです。普通の魔法使いが何の気なしに使える魔法を、こうして専用の準備をして、なお1回しか使えない、とご理解ください」
クラールは眉根を落としながら、そう応じた。
「長期間、複数回稼働するような魔法陣であれば、大岩や、なんなら金属に刻印することさえありますよ」
その答えを聞いて、ハルデは納得したように頷いた。
「なるほど、わかりました。あと、魔法動力機関の代わりに、蓄魔法素器に補充が可能ですか?」
「それはもちろん。あと、気軽に使えるのは生活レベルの火をつける魔法くらいですが」
「携帯型の魔法動力機関を持ち歩かなくてよいなら、ありがたいことです」
話を聞きながら、『携帯型の魔法動力機関』を思い浮かべるマキネカラビナ。大きいものでは数百キログラムはあろうかという大きな鋼鉄の魔法使い見習いを、時には素手で運ばなければならないのが、騎士という仕事であった。
「目標の探査のほうはどうです?」
そうハルデが尋ねると、クラールは肩をすくめる。
「いやぁ、そちらはどうにも。流石に歴史に名を刻む御仁、魔法陣の隠蔽もお上手なようで」
「じゃあ、虱潰しにするしかないってことっす……ですか?」
マキネカラビナは、なるべく失礼のないようにしなければと思い、言い直すが、クラールは苦笑しながら答える。
「まあ、そうですね。主に山の岩肌に沿って虱潰しにするのがよいと思いますね」
3人で顔を見合って、頷く。
ハルデがやや姿勢を低くし、手の甲を上にして、手を前に差し出した。残りの2人も、そこに手を重ねる。
「恐れずに往き、生きて帰ろう。行くぞ!」
「おー!」「応!」
マキネカラビナは気合がみなぎるのを感じた。2人も、この先に起こることをどうやら楽しみにしているように見えた。
出発時には曇っていた空が、緩やかに雪を吐き出し始めた。
マキネカラビナを先頭に、クラール、ハルデの順で並んだ一行は、正午頃に駐屯地を出発した。途中1回の休憩を取りつつ、2時間程歩いた。山の岩肌に沿って、捜索を続けた。
積雪の上を歩き続け、足取りは徐々に重くなった。竜に出会った場合を考え、周囲に気を張っているため、心身共に疲労が蓄積していった。
後ろで、ハルデがクラールに気を使っているのが聞こえる。マキネカラビナは足を止め、後ろを振り返った。
「マキ! ちょっと休憩を取ろう!」
そう言われて、盾を掲げる。
「了解!」
ハルデが地面から飛び出た岩の上から雪を払い、クラールに勧めると、彼はそこに腰を下ろして大きく息をついた。
「ふぅー、はぁー、こんなに山道がきついとは……!」
「喋らず、ゆっくり息を整えてください。帰りもありますから……もっと早く休憩を取るべきだったな」
ハルデは、そうクラールに声をかけつつ、地図にメモを取っている。
「うーん、洞窟、見つからないっすね」
マキネカラビナは周囲を見て回りながらぼやいた。崖下を恐る恐る覗き込む。やはり何もない。
「おい、落ちるなよ。クラール殿がもう少し歩けそうならいいんだが」
「もう帰ります?」
「うーん……2時間経った、か。進む進まないに関わらず、一旦、装備に魔法素を補充したい。クラール殿にお願いしたいんだが、大丈夫かな」
ハルデがクラールを一瞥した。
「魔法素の補充ですね、やります、やります」
クラールは立ち上がって、指を鳴らした。
「もう少し休んでからでもいいんじゃないっすか」
「いえ、迷惑をかけていますから、これくらいはササっとやってしまわないと」
「では、今のうちにお願いしましょう」
ハルデが依頼すると、クラールは再び左手の指を鳴らした。手袋の掌に描かれた黒い魔法陣に、徐々に七色の光が灯っていく。魔法陣の全体に光が灯り切ると、掌から10センチメートルくらいのところに光の球が浮かび上がった。
ハルデが各装備の一部を指差していく。クラールはその部分に、光の球をちぎって、刷り込むような仕草をした。光が吸い込まれ、魔法素インジケーター部が、装備に魔法素が満ちたことを知らせた。
「うん、良さそうだな。ありがとうございます」
「どういたしまして。確か、これで3時間程度使えると聞きましたが、合っていますか?」
「はい。交戦が始まる直前に補充するのが理想ではありますが、実際にはまだ動くうちに補充しておく、ということが多いですね」
「ほわー、すごい……他の魔法陣術も見たいっすね」
「それは……まぁ、問題が起こったらお目にかけることもあるでしょう」
マキネカラビナは期待を込めてクラールを見たが、あしらわれた。
「うーん、残念」
1枚くらい使って見せてくれたらいいのにと、心底残念に思いながら、少し休もうと岩の壁に近づく。背をつけて、体重をかけた途端、得体のしれない力で後ろに軽く引っ張られるような感覚を得た。
「ひぁっ」
視界が真っ暗になる。その時間は、本当は一瞬だったのかもしれないが、10秒くらいあったように感じられた。
尻餅をついた。瞑っていた目を開いても、何も見えなかった。
「は、ハル……? クラール殿……?」
声は暗闇に反響するばかりで、返事を得ることはできなかった。




