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市井育ちの聖女 1

お読みいただきありがとうございます!

ヒーローが出てくるまでもう少々お待ちください…!

 ――それは、セレアがゴーチェにカロン侯爵家のパーティーに連れていかれる五日前のことだった。


「このグズ、さっさと拭きなさいよ‼」


 義母アマンダに、背中をヒールで踏みつけられ、セレアは小さくうめいた。

 セレアは今、アマンダがわざと床の上にこぼした紅茶を、自分のドレス――しかもぼろぼろの――の裾で拭けと言われて、拭いている最中だった。

 背中にめり込んだヒールの激痛に顔をしかめて、セレアはできるだけ急いで紅茶を拭きとる。


(このくそババア‼)


 そう叫べたらどんなにいいだろう。

 アマンダは、セレアがゴーチェに引き取られてデュフール男爵家に来たその日から、これでもかとセレアをいびり倒してくれた。


 セレアの母親が、ゴーチェが戯れに手を付けた元メイドと言うのが気に入らないのか、それともセレア自身が気に入らないのかはわからない。

 アマンダに反論すれば必要以上にいびられることは、この七年で嫌と言うほど学んだので、セレアはぎゅっと唇をかんでただひたすらに苦痛に耐えた。


 ゴーチェはと言うと「顔には傷をつけるな」とは言うが、それ以外のことは見て見ぬふりだ。

 父親だと言うくせに父親らしいことは何一つしないゴーチェに、性根の腐った義母アマンダ、そして頭のねじが一本どころか数本飛んでいそうなアルマンとの生活に、セレアはうんざりしていた。

 というか、本当にゴーチェが自分の父親なのだろうか。


 セレアは赤銅色のまっすぐな髪に空色の瞳をしているが、ゴーチェは金髪に青い瞳だ。髪の色は母親譲りだとしても、瞳の色の濃さも違えば顔立ちも全然違う気がする。

 しかし、相手は貴族。市井育ちの平民で、それも父親不在で母親も他界していたセレアが、父親だと名乗る貴族の言葉を突っぱねることはできなかった。


(こんなところ、絶対いつか逃げ出してやる‼)


 連れて来られてから七年。

 虎視眈々とここから逃亡する機会を待っているのだが、基本的に家から出してもらえないセレアに、そのチャンスはなかなか巡ってこない。


 貴重な聖女であるセレアを、誰かよその人間が盗みに来るとでも思っているのか、ゴーチェはやたらと邸の警備を厳重にしているのだ。セレアが逃げようとしてもすぐに捕まるのは目に見えていた。


 ドレスの裾で紅茶を拭き終わると「見苦しいから出ていけ」と、アマンダは自分が呼びつけたくせに、まるでセレアが押しかけてきたかのような口ぶりで言って部屋から追い出した。


(くそババアくそババアくそババア! 化粧臭いのよ、それから何の香水かしら、すっごく獣臭くて鼻がひん曲がるかと思ったわ‼)


 口には出せない悪態を心の中で好きなだけついて、セレアは二階の物置部屋に向かった。

 窓もないこの物置部屋が、セレアの部屋だ。

 ゴーチェは最初、開いている部屋の一つをセレアに与えようとしたのだが、それが気に入らなかったアマンダが、強引にこの物置部屋をセレアの部屋にしたのである。


 セレアは紅茶で汚れたドレスを脱いで、これまたつぎはぎだらけのボロボロのドレスに着替えると、木箱を積み上げて古い布を張っただけのベッドに腰かける。

 この物置部屋が与えられて唯一よかったと思うことは、ここに古くて使わなくなったドレスが詰め込まれていたことだ。


 アマンダはゴーチェの母と折り合いが悪かったらしくて、ゴーチェの母が死んだときに、金目のものだけ回収すると、不要になった古臭いドレスはすべて物置部屋に押し込んだ。

 古いものなので虫食いだらけで手直しが大変だったが、おかげでセレアは着る服がないという悲惨な状況に陥る羽目にならなかったのだ。それだけは救いだった。

 セレアにはゴーチェが外に連れまわすときのために買い与えたドレスがあるが、それらは普段別の部屋のクローゼットの中で、その部屋には無断で入ることはできないのである。


(デブがそろそろ嫁ぎ先がどうとか抜かしてたから、早く逃げなきゃ逃げられなくなるのに、どうしたら……)


 デュフール男爵家に領地はなく、王都の邸もさほど広くない。だから隙さえあれば逃げ出せるはずなのだ。邪魔なのはゴーチェが雇った警備たちである。


(警備にこっそり下剤入りのお菓子でも差し入れしようかしら。……ああでも、お菓子を持ってないわ)


 セレアをいびりたいアマンダは徹底していて、セレアにお菓子などの嗜好品は一切与えない。食事もダイニングで食べることは禁止されていて、パンやスープの残りが与えられるだけだ。


(お母さんと暮らしていたときも貧乏だったけど、その時の方がよっぽどご飯が美味しかったわ)


 母は隣のマリーおばさんが経営するパン屋で働いていて、パンが余ればそれを分けてもらえた。パン屋ではパイやケーキも売っていたので、ごくたまにそれらがもらえることもあったのだ。あれは美味しかった。


(はあ……あの家に帰りたい……)


 セレアはごろんと固い木箱のベッドに横になって、そっと目を閉じた。






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